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一つの世界/異なる世界
2007年5月から8月までの3ヶ月間、シェアハウスに住んでいた。
シェアハウスには、カメラマンやデザイナー、料理人からパントマイマー、フラメンコダンサーまでいた。多種多様な37人での共同生活だった。
そして共同生活者と共有のリビングルームで夜な夜な語らった。住んでみて良かったと思うのは、新しい友達が出来たということだけではなく、彼らの世界に触れるうれしさだった。

ここで言う世界とは性格や考え方とも感性とも違う専門的な知識に裏付けられた「世界の見方」だ。専門的な世界の見方を持つ人々との出会いは、いつも頭の中にある方の目をハッと見開かせてくれる。

8年ぐらい前のことになるだろうか、私がまだ大学2年生だった頃、ギリシャ・エーゲ海を航海中に出会った海洋学者が話してくれた。「この海がどうして蒼く澄んでいるか知っているかい?そこには小説のようなおとぎ話があるのではなく、プランクトンがいないからなんだ。」と。

何でもないような出来事だけれど、単に美しいと海を眺めていた学生の私にとってはそれなりに衝撃的であった。
 
独自の世界の見方を持つ人は私には目に見えていない異なる世界が見えているのだろう。例えば、料理人は初めて食べる料理を口の中で舌で感じ取った味を材料まで戻し、そして、焼く/煮る/隠し味、、、等、果てまた作る道具まで辿ることが出来るだろう。例えば、絶対音感をもつ音大生は音楽だけではなく、何か物が落ちる音までがドレミ、、というように音階で聞こえるという。僕が同じ物を食べても聴いても決して感じられないが、きっと彼らはレシピや楽譜に変換しうる世界の見方を持っているのだろう。

私自身も建築/都市計画を携わって10年、そろそろ特殊な世界の見方を持ち始めているかもしれない。

 建築関係の人間には有名なジャンバチスタ・ノリの白黒地図がある。これは建物を黒、広場や道を白としたものと、それを白黒逆転して表現したものだ。都市はこのようにも頭の中でイメージすることができることを示している。
map


私も日本の街を歩けば斜線制限などの法規の線も見えるし、街の鳥瞰を思い浮かべて現実の都市を小さな模型のように思うことも出来る。教会の中を歩けば、自動的に建物が平面図に変わっていく。


それが私が10年かかってようやく獲得した世界の見方なのかもしれない。


文化人類学者のエドワード・ホールの「隠れた次元」によれば、人類はルネッサンスに至るまで人に対する遠近法を獲得していなかったという。人が遠くにいてもそれが小さいと理解できず、近い人間も遠くにいる人間も同じ大きさで描かれていた。それをペルジーノらの芸術家が絵画を持って初めて人類に遠近法という世界の見方をしめした。
隠れた次元Perugino


分子も電子も電子顕微鏡が発明される前から物理学者はその形態を想像していた。一般人には到底感じられようもない世界を、彼らは既にイメージの力をもって見ていたのだ。

私の日々の「人との出会い」とはそんな大それた世界の見方と出会うものではないけれど、独自の世界を持つ人との出会いは人生の大きな糧だ。

明日も誰かと笑って出会いたい。
そう、今日も思うのだ。 
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[2008/01/26 02:07] | 建築・都市コラム | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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