伝建制度の40年シンポ案内
伝建制度が創られたのは1975年で、その頃は開発の波が地方を襲い、その脅威から歴史的町並みを保護する地元からの運動が伝建制度に結実した。今では、開発の真逆の問題、つまり空き家が問題になっている。伝建制度ではこの空家問題には本質的に取り組むようにつくられていない。かつては町並みの景観は保護するという時代だったが、これからは「景観を保護」だけではなく「景観を創っていく」時代。伝建に登録された時期でステージは異なるが、これからは最小限の介入ですませるのではなく、積極的な介入を行なうという腹づもりが必要だろう。

もちろん、予算をもっている文化庁独自で守れるような類いのものでは当然なく、省の区分けだけでも国土交通省、総務省、経産省など協力していく必要があるだろう。実際に文化庁が伝建事業に使っている予算は2015年で年間12億円ほど。(ちなみにクールジャパンの関連予算のうち、クールジャパン・コンテンツの海外展開等の促進(経済産業省、総務省)だけで年間170億円!)文化庁は予算的にいって、まったく他省の事業予算とは比べ物にはならない。現在、伝建地区に経産省や総務省が地域創生枠組みでお金を出そうとしている。協力を望むけれども、文化庁はこれまで伝健は自分達が守ってきたという自負心もあるだろうから、心情的にはなかなか難しいのだろうか。

 伝健地区に約40年間指定されてきた地区もあれば、最近指定された地区もある。伝健を取り巻く状況も、それぞれの地区が抱える問題も多様化している現在、もう少し柔軟に伝建制度を考えていく事も大事だろう。変えるのか、付け足すのか、別の制度を入れるのか、登録時期によって分類するのか。伝建制度はそろそろ次のステージに入っていくべき時期にあると思う。
http://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/denken40.html
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[2016/02/20 23:47] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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