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復元と復原
復元と復原、どちらも「ふくげん」と読みますが、文化財(建造物)の世界では「ふくもと」と「ふくはら」と分けて呼びます。簡単に言えば、復原は完全に原初の通りに再現することであり、復元は考古遺跡などで、すでに失われてしまったものを(推定に基づいて)再現することを言います。もちろん、復原の場合も旧部材や文献が残っているという根拠はありますが、完全に当時と同じものかどうかというのは常に議論の対象となり、「復元にも関わらず復原と(政治的にあえて)しているのではないか」という非難を受けることもあります。


 最近、こんなにも日本は様々な遺跡整備方針への工夫や努力があるのだと私も勉強させてもらっています。自分も含め、意識しないと一般の訪問者は、見ている遺跡にこんなにも手が加えられているものだとは気付かないのではないかと思います。遺跡整備にも元の土台位置だけ示す、元の柱の位置に植栽する、復元と言ってもオリジナルの遺構を土で覆って守った上でその上に復元するもの。復元と言っても、仮説によるもの、 基壇だけ復元するレプリカとオリジナルを混ぜたものもあるし、安全のために一部変更された場所もあります。石材で作られた遺跡の多いヨーロッパでの考え方(ベニス憲章)と、木造の多い日本では復元の考え方が異なります。


日本では復元された建物は、どのような研究に基づいて、どのような手法で、どの部分をどんな理由によって決定されたのか、まず一見しただけでは分からない。正直、新たな復元された建物と、オリジナルの建物を同一のものとして見てしまう訪問者も多いでしょう。訪問者がオリジナルと新しく整備されたものを混同しないようにするように説明が必要だと思います。実際、現在、整備手法に関する詳しい説明は設置されておらず、専門的な報告書のみでしか読み取れない状況になっています。一方で、見る側もその遺跡の整備の考え方を知った上で、整備された遺跡を見ないと大きく理解を間違える可能性があるなーと、平城京跡や復原に関する講義を受けながら、しみじみ感じました。


〜復元する時代の採択の問題について〜
 文化の有り様については個々意見が違うのは自明ですが、修復時にどのように復元すべきかも決着が付きにくい問題と思います。文化は時代によって変わって来たし、これからも変わっていくものですから、問題は、なぜ、どのように形が変わったのか(変えたのか)、これを記録するしかないのだと思います。最近は政治的な決定がされることが多いですが、せめて隠す事なく公開された議論の上で復元の姿が決定されれば、後世の人が振り返って時代ごとの文化財への復元思想が浮かんでくるのではないかと思います。
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[2014/09/21 18:33] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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