「風立ちぬ」感想
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「風立ちぬ」を見てきた。
映画を見ている途中ずーと頭の中と心が苦しい思いをした。
強い感動と共に体の中に貯まったもどかしさ、文章にならないのだけれども、それでも感じたもの正体を僕自身が理解しなければならないように思う。

この映画は空想の世界ではなく戦前の日本が舞台。魔法も使えなければ、超人的な運動能力もない、等身大の人間しか出てこない。描かれる美しい風景は、空想ではなく、本当にあった現実の日本の姿だ。登場人物の所作が美しいのは、確かに日本にあったものだ。僕はその時代には生きてはいないけれど、日本が失ったものをは何かを突きつけられた。日本人のにある感性の糸が深いところで捉えられて動けなってしまう。

 主人公の声も担当した庵野監督は、この映画を「宮崎監督はやっと自分の中にあるドロドロしたもの出した」と評した。1本の映画に恐ろしい量のメッセージが詰め込まれている。メッセージを発しているというより、宮崎監督の子供の時から考えていた思い、ナウシカやもののけ姫で発したメッセージの根本にある「形のない感情、葛藤」そのものだったのだろう。ストーリーはそこに虚構性を持つ事で、実際に起きた事実よりも真実性を持つ。宮崎駿が自分の心のなかに深く潜って彼の中の真実を取り出し、それをアニメーションという虚構を通して我々にぶつけてくれた。この映画を見たあと、僕は真っ暗な葛藤の中で思考の上下左右が分からなくなってしまった。それほどの大きな自己矛盾の葛藤だった。人間が言葉に出来ることなど、「極僅か」しかない。それこそが映画のメッセージ性なのだと思う。 

映画の最後に流れるユーミンの主題歌「ひこうき雲」が頭から離れない。
この歌詞は堀越二郎と菜穂子の二人を歌っている。この映画は堀越二郎と掘辰雄に敬意を込めてつくられておる。堀越二郎は実在する人物だが、菜穂子は堀辰雄の小説「風立ちぬ」に出てくる架空の人物。小説と歌、作られた時代は全く違うが、菜穂子は「ひこうき雲」の歌詞から生まれたような人物だ。
内容に触れないように割愛するが、掘二郎が空という夢を追う人だったのにたいし、菜穂子な能力を持たない市井の人間、むしろ薄幸だった。主人公二郎の声を演じる庵野が無表情で、抑揚の声であるのに対し、菜穂子の声優 瀧本は情熱と強い意志を感じる声だ。激動の時代に、不遇の状況にありながら菜穂子がどう美しく生きたのかを描く事で、人間の尊厳の美しさを見せてくれた。「ひこうき雲」の歌詞が響く。


「白い坂道が空まで続いていた
ゆらゆらかげろうが
あの子を包む
誰も気づかず ただひとり
あの子は昇ってゆく
何もおそれない そして舞い上がる

空に憧れて 空をかけていく
あの子の命はひこうき雲」

この歌は堀越二郎と菜穂子。その対照的な二人を併せたことで、二人が生きた時代を表した歌になった。

この映画には、きちんと2時間使って見て欲しい。

「美しいもの」って何だ
「生きる」って何だ。
「一日一日を大切に生きる」って何だ

「いきねば」
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[2013/08/10 00:48] | 日本 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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