読書メモ「商店街は何故滅びるのか」
「商店街は何故滅びるのか」新雅史 

社会学者がきちんと研究の上で書いている本なので読み応えがある。社会学者なので当然解決方法や実践には言及していないが、商店街が生まれた背景(必要性)プロセス、地域社会での役割、そして、それが衰退したメカニズムを事細かに描いている。

下記、抜粋
‘商店街は伝統的な存在ではない。現存する多くの商店街は20世紀になって人為的に作られたものだからである““設立時期が「昭和20年以前」である商店街は僅か6%であり、多くの商店街は戦後以降の形成である”
“当時の日本社会は零細規模の商売を営む人々を増やさない事、そして、零細小売りの人々を貧困化させない事が課題となった、こおうした課題を克服する中で生まれたのが「商店街」という理念であった。
“商店街の担い手は「近代家族」であったため、事業の継続性という店で大きな限界があった。”(家族経営、跡継ぎ問題)
“商店街」という理念には、個々の小売り業者を専門化し、それを地域ごとに束ねる事で高い消費空間を提供しようという明確な目的があった。また、その空間に娯楽性を付与することで、コミュニティのひとびとがそこに気軽に集まりうる空間に仕立てようとする意図もあった。それは、商店街という空間をとおして、新しい公共性の基盤をつくりあげる試みだった。
“1959年に成立したのが小売り商売調整と区別措置法(商調法)
“中内(ダイエー創業者)によれば当時の商店街は国家による保護だけでなく、製造業とのあいだの依存関係によって維持されていた。
“クロヨン。サラリーマンは課税対象となる所得の9割までガラス張り、(中略)商店主など事業所得者の場合は6割、農家に至っては4割”“ここでサラリーマン層は「社会的弱者」と位置づけられた。*1970年代
“こんんびには 全国の小売店主の業態転換によって初期の発展が支えられた。”“理由は跡継ぎ問題だった”
オイルショック後“「(企業福祉と家族福祉を基軸とした)日本型福祉社会論(家族頼み、大企業本位、男性本位)」と「企業中心主義」の主張へと帰結する”
“85年の年金改革では男性サラリーマンと専業主婦に優遇措置が与えられたのである。
“主婦パートがサービス産業・小売産業に流れ込む事によって、そこ後の若者のアルバイトの時給は、主婦パートと同じ低水準に抑えられる事となった。
“1978年に大店法を改正する。大型店舗に対する規制を中型店鋪にまで広げるという規制の強化。”
“バブル崩壊以降(アメリカとの貿易摩擦解消のために始まった)財政投融資という制度こそ、商店街を根底から掘り崩し、地方を弱体化させた元凶である”
“小売規制を緩和する事で、小売に関わるアクターを増やし、消費者の利益となるような消費空間を実現しようとした。しかし、それは零細小売商の体力を奪う事になった。”当時の零細小売商が規制緩和にていこうできず、その代替措置としての公的資金に頼ったことだった。(麻薬づけ)“
“商店街の消費空間は住宅街からの徒歩圏内に形成されたい田。しかし1980年代に大きく変化した”(バイパス等)
“アクセス道路の整備だけでなく道路周辺の土地の整備が進んだ。これらは大規模な住宅団地あるいは工業用地として整備された。しかし、バブル後の日本企業にはそれらを購入するほどの体力なくなった。地方の自治体は、苦肉の策として塩漬けされた工業用地・住宅用地を商業用地に変更することを迫られた”
 “バブル以降の公的資金の投入は、零細小売商の力を弱めると友に、彼らをとりまく外部環境を変化させたのである。”
“スーパーマーケットを経営していた大規模小売資本はそれまでの出店戦略を根本から変更させた(1)大店法に掛からない小型店の出店を増やす。(2)フランチャイズチェーンを展開する。(3)大店法が掛からない地域で郊外型大型店を出店する”
“フランチャイズチェーンという形態がコンビニで広がったのは小売商業調整特別設置法”による。この規制によれば大規模な小売り資本が食品を販売するには、近隣の商業者の承諾を得る必要があった。そのため、大規模小売資本がコンビニを直接出展しようにもあまりに労力がかかるため、自力で多店鋪展開を諦めコンビニの店主を募ったという訳である。
“1970年代からスーパーマーケットを経営していた大規模小売資本は、「価格破壊」によって零細小売商を駆逐するという戦略から零細小売商そのものをスーパーマーケットの論理に染め上げるという戦略へと方向転換していった。”
“小売り規制の最大の問題は零細小売店主個人に対して強い権益を与えた事であった。“コンビニ本部も既得権益をもった小売業者(酒、タバコ)にターゲットを絞っていた。”
“商店街は専門店が一つの街区に並ぶ事で百貨店に対抗した。いわゆる「横の百貨店」である。だが、コンビニという「万屋」が登場する事によってタバコ屋・酒屋などの古い専門店はその存在意義を奪われた”
筆者は崩壊の理由を2つ挙げている「商店街が恥知らずの圧力集団になったこと」「行政官庁による免許付与は専門性とは全く関係性なく行われた事。小売店は家族系遺影が前提であったため、免許などの権益は親族のあいだで移譲された。
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[2013/06/21 02:30] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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