木を切る
今日は祖母宅の庭で生い茂る樹木の枝を切っていった。たかが枝を切る、って言ってもなかなか色んなコトを考える。
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先ずはモミジ。綺麗な葉っぱをしているが、隣地境界線を越えた枝は切らなきゃならない。それが人間界のルール。それを教えてやらなぁいかん。

でも、建築家としては隣地の住人にこう聞いてみたくなった。
「この葉が窓に映る姿は意外と悪くなかったんじゃないの?」
「そちら側だけ、無惨に刈り取られた枝で良いのかい?」
「あれ、ついでに琵琶の実がなりかけているから、ちょうど窓から取れるんじゃない?」

けれど、この想いは叶わない。第一、隣地窓の北側に面した窓は曇りガラスのfixだ。隣地の庭の借景なんて考え方は現代では期待出来ない。

「ああ、仕方がない。切ってやるさ、隣地を越えようとする不届きものを!」

とは言え、既に6m程の高さがあるので、高い脚立を持ってくる。
しかし、高い脚立にのっても、その横に伸びた枝には届かない。かといって、横枝のずっと手前、手が届く範囲で切るのはちと可哀想だ。

そこで、何年ぶりだろうか、脚立から木に登って、木の上から枝を切ることにした。木の枝を切りながら、一方で木に身を任せる。地面の固定されない土の上に置いた脚立より、木の方がよっぽどしっかりしている。電動のこぎりとはいえ、両手を使いたい時もある。木の上では枝葉が足場だけでなく体ごとを柔らかに支えてくれる。木は自らの枝を切る僕を、しっかり包み、作業しやすくしてくれる。考えれば不思議なものだと思う。横に伸びる枝だけを切る僕は、一応彼にとって共存すべき相手になるのだろうか。そう思うと、何年後かにまた生えてくると思っても、なかなか過度には切れなくなってしまう。

「これに懲りたら、あまり、そっち(隣地)にいくなよ」

心の中でそんな言葉を掛けてみた。
けれど、綺麗な紅葉を見せてほしい。




さて、次の木。これは楠の木だろうか。まぁ、仮に楠の木にしておこう。この木には参った。枝を見れば見る程、トゥリーハウスを作りたくなってくる。一緒に作って喜んでくれる男の子がいればいいのだが親戚の子もまだ小さい。しかし、だからといって、今から切りすぎる訳にはいかない。後々安定した土台が作れるように。
 木には硬い木もあれば、切りやすい木もある。この木は太くても意外と切りやすい。できるだけ枝と直角になるようにのこぎりを当てて切っていく。最後に下部が割れて汚くならないように下方向からも切れ目を入れておく。多分、トゥリーハウスを作る事はないかもしれないが、ここまで残しておけばなんとか土台はつくれるかな。

次は、イチョウの木。この木は成長が早い。道路沿いにも無惨に枝を切られたイチョウも多い。ましてや住宅の庭に植えるにはちょっと大変。ここでは横にも伸びれず、上にも伸びれず。ざっくり枝を落としておく。幹のみになってしまい、可哀想な枝振りだが仕方ない。好きに大きく育ててあげたいものだ。

電動のこぎりと言っても振動があって大分握力を使う。作業中は時には気づかなかったが、普段使う事のない筋肉。夜には箸を使う事が難しかった。
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[2013/05/03 22:18] | 日本 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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