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イタリア日誌–84【家電を見せるか見せないか」
 イタリアの一般家庭では冷蔵庫が家具と一体になっている。
s-IMAG1398.jpg
写真の棚はオーブンの左側が普通の戸棚で右側が冷蔵庫、右下は冷凍庫。)これは別に新しい動きではなくて一般的。冷蔵庫を見せるのはみっともないものという認識でしょう。
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扉を明けるとそのまま冷蔵庫の扉が開く。 

日本でも日本家屋と家電のデザインがあわないことからAmadanaみたいな美しい家電ブームが生まれてきたけれど、そもそも家具を見せないという手もある。デザインの調整がしやすいだけでなく、冷蔵庫と周辺の棚と冷蔵庫の隙間も生まれていたのが回避できるし有効にスペースが使える。実施あたっては家電とキッチンメーカーと一緒に規格を決めないといけないけれど、日本だって食洗器やオーブンはもはやキッチンに組み込まれているわけなのだから、日本の冷蔵庫だって出来る気がするのだが。どうでしょう?


ヨーロッパサイズの冷蔵庫は横幅が小さめではあるけれど、日本は冷凍庫を含め大容量を望む傾向があるので棚のモジュールを会わせるのが大変かもしれません。けれど調整は可能なはずだ。ここはキッチンメーカーが先導的に、家電メーカーと組んで進めてほしいところ。設計者としても整理出来たら嬉しい。家電メーカーも外観のデザインを考えずに規格化出来るし、機能を追い求められるしメリットもあるでしょう。何が問題になっているのだろうか?


 この家主のイタリア人の場合だと、修理する時に通常より1.5倍ぐらいが費用が掛かるというけれど、「美しいからいいでしょ!」という。けれど日本では、家電は性能を重視する消耗品であり、家具ではなくあくまで機械の部類に属している印象がある。新しいものが安く出るたびに購入し交換し続ける感覚が、家具と一体的に長く使用するという考え方を薄れさせているようだ。また引っ越しなどの時に、家具付きという慣習がないことがあるだろう。


 こんなwebで意見を述べたところ、20年以上イタリアに住む日本人の方から、"これはシステムキッチンブーム時の名残りという側面があり、この10年くらいは冷蔵庫は独立させることがトレンドです。なんとなく温かみがある、という受け方ですね。だからこそ、それなりのデザインの冷蔵庫が欲しいという方向にもいきます。いずれにせよ、システムキッチンで統一感を出すより、凸凹のある空間がいいよね、というトレンドにあるのは確かです"という言葉を頂いた。上述した一体化の考えとは180°異なる考え方だ。

 デザインの好みはトレンドによって変わるという事と、多くのデザイナーの努力により冷蔵庫が性能重視の「機械」ではなく、美しい「家具」という認識に変わってきたということを示唆している。この「もの自体を隠す」と「単体デザイン強化」について考えて見たい。

冷蔵庫以外にも日本では隠したくなるものが多い。オーディオのスピーカーやコードはこれまたミニマムな住宅設計時に頭をなやませる。(素晴らしいオーディオは置いていた方が映えるけれど)この分野で設計を変えてくれそうなのが壁自体をスピーカーに変えてしまう装置SolidDriveだ。http://www.soliddrive.com/ 
tech-pic.jpeg
この装置を板の後ろに貼付ければ、その板自体がスピーカーに変身する。


これなら、スピーカーを設置しなくても壁の裏側、柱と柱の間に装置を組み込めばいい。木造と合板が一般的な日本家屋の設計には相当役立つアイテムだと思う。もちろん音が家全体に響いてしまうので、子供部屋等との関係に注意が必要だがオススメしたい。また、このスピーカーのタイプは日本では緊急避難放送用にも使えるとのことだ。このように見せたくないが設置が必要なものをどんどん隠せるような時代になってきた。そのうち煙感知器なども隠せるようになるだろう。

 イタリアは住宅が古いので現代の機器に対応出来ていないものが多い。その代表格なのはエアコンだ。それも特に外部に出てくる室外機。日本の集合住宅ではいかに室外機を見せないように綺麗に納めるかを考えるけれども、イタリアではベランダがあっても、エアコンがなかった時代のベランダばかりで、室外機を壁に取り付けるので丸見えであることが多い。日本では住宅設計で対応しているが、それが叶わないイタリアではせめて室外機の色をレンガ色に近づけたり、外装の材料を変える等の工夫もする事が考えて行くべきではないだろうか。もっと、日本の空調メーカーのDAIKINなどはこの違いを考えてほしい。

 いかに家具や機器を住宅に融合していくか、「機器自体を隠す」と「機器自体のデザイン」の二つの手法がある。どちらも必要な手法だけれども、今後は後者へ傾いていくようだろうか?

 いや、上記で考えてきたように、必要条件となる機能は隠し、人が触れるものは趣味趣向にあわせデザインしていくという二極化が進むと僕は考えている。
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[2013/01/21 01:46] | イタリア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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