イタリアの世界遺産サイトにおけるマネジメントプランについて
私はイタリアにて、世界遺産サイトにおけるマネジメントプラン(管理計画)の作成手法について研究していますが、現在この内容について日本語できちんとまとまっているものが少ないので、誰かの参考になるように、私的メモの一部を抜粋しておきます。(長くなります)


■世界遺産に置けるマネジメントプラン(Management Plan:運営計画,管理計画)

ユネスコ世界遺産委員会は世界の世界遺産及び自然遺産の保護に関する条約(ユネスコ1972)によって設置され、その目的である“顕著な普遍的価値の文化遺産及び自然遺産の保護に参加する”世界遺産リストを作成している。
 現在(2012年12月)のところ、世界遺産リストの中には157の異なる国に属する962の遺産(文化遺産745つ、自然遺産188つ、混合遺産29つ)が登録されている。そのうちイタリア国内でリストに登録されているサイトは47サイト あり、一つの国としては最多である。
イタリア国内の世界遺産の文化•自然遺産を管轄する文化省( Ministero per I Beni e le Attività Culturali = MiBAC )にはイタリア国内の世界遺産の数をさらに増やすだけではなく、それぞれのサイトにより質の高い管理システムを設置することが求められた。
この背景としてユネスコでの宣言2002年のブダペストの宣言によって、マネジメントプランの重要性についての認識がされた。この結果、新たな登録推薦資産には管理体制の記載が求められた。その後、2005年の世界遺産サイトの作業指針(Operational Guideline of 2005)において、“各登録推薦資産には、資産の顕著な普遍的価値をどのように保全すべきか(参加型手法を用いることが望ましい)について明示した適切なマネジメントプランの策定又は管理体制の設置を行うこと (作業指針 par 108)”との記載に結実された。
 2005年からの作業指針によれば効果的なマネジメントプラン、ないし管理体制に共通する要素として、以下のものが挙げられる。(作業指針 par 111)
a) すべての関係者が資産についての理解を十二分に共有していること。
b) 計画、実行、モニタリング、評価、フィードバックのサイクル。
c) パートナーと関係者が参加していること。
d) 必要な(人的、財政的)資源が割り当てられていること。
e) キャパシティビルディング。
f) 管理体制の運営に関するアカウンタビリティと透明性。

このような管理計画の理論はこれまで多くの研究 によって培われてきたものであるが、これまでの建物の保護保全などを行ってきた管理者の体制と管理領域の範囲を超えてより広い範囲でのマネジメントが求められている。

 この2005年の作業指針の課題として付け加えておくならば、2002年の段階から(緊急登録が求められる遺産を除き)新たに審査されるサイトに対しては非常に強く管理体制を求める一方で、既に登録されている世界遺産サイトに対しては義務的な設置としての効果が発揮出来ない点が課題であろう。



■文化的景観

 世界遺産サイトにおけるマネジメントプラン策定が必要となった背景として、単なる遺跡や建造物の保全ではなく、その地域に含まれる環境•経済•文化の統合されたシステムの価値を認めて、それらと一体となった価値の保存が重要であるという考えがあった。この概念の大きなターニングポイントになったのが1992年の16回委員会にてその重要性を示された文化的風景の概念であろう。文化的景観とは“人間と自然との相互作用の表れ” であり、認知される景観を人による行為を含めて保護していくという考え方からきている。1978年に世界遺産一覧表への遺産登録が開始されて以来、遺産登録数は着実に増加した一方で、世界遺産一覧表に各種の不均衡が見られるようになってきた。このような傾向に対して、ユネスコ世界遺産委員会では、「顕著な普遍的価値の総体」としての世界遺産一覧表の信頼性が揺らぐとの懸念を抱き、是正策について検討し、1994年に「世界遺産のグローバル・ストラテジー」 を採択(作業指針の段落 54~61)し、文化的景観の考え方によりアジアやアフリカの遺産登録へ強く反映された。また持続可能な発展へ反映する考え方としても文化的景観の役割を述べることができる。文化的景観の特性は持続可能な土地利用の具体的な技術を反映しており、この文化的景観の保護、つまり土地利用の伝統的な形式の存続は多くの地域で生物多様性を維持する上でも役立つとしている。このように建築単体のみならず、それを含む人の営みや環境を適切に管理する必要性からマネジメントプランへの考えが強まっていったと言えるだろう。


■イタリア内の世界遺産サイトにおけるマネジメントプラン

 イタリアにおいては2004年の文化省によって世界遺産におけるマネジメントプラン策定と管理体制策定のための指針( Linee guida per la redazione e l’attuazione dei piani di gestione)が作成された。これを受け、海外の良事例(主にアングロサクソン地域)と国内の先行的なサイト(オルチャ渓谷やノート渓谷のバロック都市群等)での経験を基に、コンサルタントErnst & Young が加わって、2006年にはマネジメントプランと管理体制策定の為のモデル教本 が作成された。この中では詳細にマネジメントプランの論理的、及び方法論的アプローチが示されている。世界遺産一覧表に含めることの理由、長期的な持続可能な開発目標の決定。それらの中短期的に達成する為に必要な計画やプログラムを、普遍的価値観の上に土地管理の統合システムとして確立すること。モデルの中ではその実施を達成するための適切な管理体制を評価する為の指標等も示されている。
 また文化省は2006年に法77/2006 “ユネスコの保護下に置かれた世界遺産のリストに登録されている文化的、景観的と環境的な目的のイタリアのサイトの保護と利用の特別措置”を公布した。これにより、イタリアの景観法であるウルバーニ法典(n. 42 /2004) に基づき、イタリア国内で世界遺産として登録されている全てのサイトでマネジメントプランを策定することが義務づけられた。ここではドラフトの状態でも良いので作成する様に求められている。始めの3年には調査や策定のためのサポートも多く、補助金も出るようにn.77に記載されている。2006年から2008年にかけ129件のプロジェクトに対して総額10,074,000ユーロの補助金が捻出され、その半分はマネジメントプラン策定のプロセスの為に使用された。補助に関しては継続的に行われている が、n.77の法律の記載と補助金から、文化省は当初概ね3年を目処に策定を求めたと言えるだろう。

ここでイタリアにおけるマネジメントプラン作成までの経過を簡単にまとめておく。
2002年: ブダペスト宣言-The Budapest Declaration(2002年に採択、再確認し2007年に完成)これに伴い暫定リストへの立候補地に対し、その管理体制の状況を記載して立候補するように指示された。また、この宣言に伴う様にイタリア文化省がイタリア国内の世界遺産サイトに対するマネジメントプラン策定への研究を始める。
2004年:文化財と景観に関する法典(ウルバーニ法典) (law n. 42/2004)
   イタリアにおける景観やその保護保全に関する非常に大きな転換点となった。
2004年: 世界遺産サイトへのマネジメントプランへの指針(文化省)
2005年:ユネスコの行動指針にマネジメントプラン が記載される。
2006年: ユネスコサイトへのマネジメントプランを実現するためのモデル(文化省とErnst & Young編)
2006年:イタリアの全ユネスコサイトにマネジメントプランの設置を義務づける法 n.77の公布



■イタリアにおけるマネジメントプランの策定モデル

 イタリアに置けるマネジメントプランの策定については2004年の文化省が作成した指針”Modello per la realizzazione dei Piani di Gestione dei siti UNESCO”と2006年にMiBACとErnst &Youngまとめた詳細なモデル教本が参考になる。
2006年のモデル教本がより新しく、詳細に記載されているので下記にその要点をまとめる。

□方法論のコンセプト
 まず重要なのは地域の社会経済発展のニーズを持つサイトの保護と保全のための必要性を組み合わせた "統合的アプローチ"の概念である。文化と資源、地域経済や社会等単一の視点だけではなく複数の視点、多角的に総合的に遺産を含む地域を持続可能な発展させることを意図している。

□マネジメントプランのプロセス
 マネジメントプランのプロセスには4つの段階があるとしている。
1.開始段階
 この段階では管理計画関わる組織、様々な利害関係者を特定するところから開始する、サービスの会議の手段によって実現することができる相談では、様々な利害関係者間の覚書の調印を目指す。
•管理計画(計画事務所、資源、資金、ロール)を設置
•管理計画(目標、行動計画、プロジェクト、アクション)の承認
•法的形式及び管理計画の実施を確保するための責任がある経営体質を定式化する。

2.申請段階:
 前項で特定されるように計画機関は、関連する行動計画を含めて、経営計画の技術的な一貫性を定めなければならない。様々な作業工程の中ではいつも主催者はその主要な利害関係者の共有を通じて行われる。

3.承認段階
 管理計画の準備が完了した後、それが承認されるための覚書の契約者に提出される必要がある。具体的には、各当事者が管理計画の実施を想定している目標、行動計画、法的及び管理構造とその既存の約束を承認する必要がある。計画が承認されない場合には、利害関係者による承認のための新しい経営計画を提出して計画局に適切な修正を加える必要がある。

4.実施段階:
経営計画と正式に法的及び管理構造の承認を得た上で、計画の効果的かつ効率的な実施を確保していく。資産活用の一部として定義された様々なプロジェクトを実施し、その管理のために全面的な責任を負うことになる。



図:マネジメントプランの実施プロセス(筆者翻訳)

□マネジメントプランのコンセプト
 管理計画では世界遺産リスト(WHL)のリスト上のサイトの碑文や現地の施設などから統合解析開始し、その後、介入オプションと可能な戦略を介して到達できる将来の目標を設定。対象となる地域への影響を評価し、行動と目標が組になるような計画を策定。調整と実施のための手順を定義し、体系的な監視を実施する指標を通して成果を確認する。


□マネジメントプランの策定のための方法論フロー


第1段階:基礎情報分析
 この段階ではサイトの計画策定に関係ある全ての情報を収集し、それぞれの関係を整理する。この第一段階で行うものとして
1.1サイトの価値の個性を特定
1.2 UNESCOの基準に従って採点
1.3マネジメントプランと反映する領域の要望を巨視的な視点から特定
 *文化的、歴史的、地理的物理的、行政的、社会的、経済的観点から一つの地域として眺める。
1.4利害関係者を特定
1.5規制の枠組みを特定
1.6現在の計画を特定
1.7地域の管理について責任を有する構造を特定
1.8知識(情報)のマネジメント·システムを分析


第2段階a:地域の遺産資源の認識に関する分析
第2段階の主な目的は既存のドキュメントの入手から、現地調査と分析に至るまで、地域を特徴づけるアイデンティティの価値の総体を識別することで構成される。
分析の一般的な目的は、保全、保護、強化、後の段階に推進する事柄を効果的に計画するために、関連する課題と機会が反映される領域の資産資源の状況を確認することである。

2a. 1資産(資源)の調査
2a. 2地域の資源の分析
(歴史-文化的、物理的-環境、社会的-象徴的な、景観-感知的な環境と独特の特性等)
(過去から現代に至るまでの地域の発展を辿り、永続的な要素、感性的な要素を特定する。継続的な監視の目的で、文化財の目録(地図と調査)をまとめる。
2a. 3景観や建築環境等に関する規制を特定し分析
2a. 4リスクの要因を特定し分析
2a. 5現行の法規を分析
2a. 6 魅力の特定(目録をつくる)
2a. 7資産の状態が一覧出来る概要を作成(SWOT分析を行う)


第2段階b 地域と社会経済の枠組み
地域のサイトから得られる社会経済の特徴を特定し、その価値を評価する。

第2段階bを構成するアクティビティは、次に表すことができる:
2b. 1固定的なデータからの地域分析
(インフラの体系、人口統計の特徴、経済活動、経済と財政のプログラムの枠組み)
2b. 2 動的なデータからの地域分析
(申し出、供給、現在の要求、潜在的な要求、遺産に直接的に関係する事柄(修復、研究、プロジェクト、育成)、遺産の利用者に関係する事柄(コミュニケーション、観光、農業、手工芸品)
2b. 3 関係する分野の総合的なSWOT分析
 (これは第1段階と第2a段階を含めて行う。)
2b. 4 要求の分類と可能性のある対象の特定
2b. 5地域の総合的な供給における実質的な位置づけ
 -配置の地図を作成(自己分析)
 -地域と国の競争相手のマッピングと分析
 -関係する市場を意識した実質な位置を決定

第3段階 戦略策定と行動計画の発展
1~2における遺産資源と地域と社会経済の枠組みの分析結果を受け、目的として短期中期長期的な視点に立った地域の目的と戦略の策定。行動計画体系の起案があげられる。
フローとして
3.1戦略の方向性をつける
3.0.1文化地域体系:
資源資産の価値を高め、地域の社会経済を発展させ、文化地域体系として調和させる。
3.0.2 戦略起案のために必要な情報の整理(1,2a,2b段階の情報)
3.2中長期の目標と戦略を定める
3.3短期の目標と戦略を定める
3.3.1 知識の計画
(遺産資産の理解を深める、目録作成、地域への規制の付加、アーカイブ化や協議、調査等)
 3.3.1.1 資源のカタログ化
 3.3.1.2 地域の規制の付加
 3.3.1.3 リスク分析
3.3.1.4 地域と社会経済のデータの枠組みの完成
 3.3.1.5 GIS等を使った情報統合システムの確立
 3.3.1.6 知識計画の形成のための行動
 3.3.1.7知識計画の実行のためのプロセス
3.3.2 保護と保存の計画
 3.3.2.1 保護計画
 3.3.2.2 保存計画
3.3.2.3 保護と保存の計画の形成のための行動
3.3.2.4保護と保存の計画の実行のためのプロセス
3.3.3 価値を高める計画
UNESCOサイトの文化地域システムに含まれるものとして、遺産資産のシステム、人間と社会のシステム、アクセス(交通)サービスのシステム、もてなし(レストランやホテル)のシステム、計画のシステムが含まれる。
3.3.3.1文化的価値を高める計画
  3.3.3.1.1計画の形成のための行動
  3.3.3.1.2 計画の実行のためのプロセス
   3.3.3.2 経済的価値を高める計画(経済、観光含む)
     経済価値を高めるためには3つのことを実行していく必要がある。
     •地域の位置付けを定める
     •地域イメージをつくる。ブランド化
     •地域マーケティングの統合
     (その対象として、計画、訪問者(遺産、地域関連、プロダクト)、宣伝プロモーション)
   3.3.2.1計画の形成のための行動
   3.3.2.2計画の実行のためのプロセス
 3.3.4コミュニケーションの計画
  3.3.4.1 外部(を取り込む)計画(インターネットやイベント等)
  3.3.4.2 可能性の活用プロジェクト(新たな観光客の取り込みなど、ブランド化等)
  3.3.4.3 利害関係者へのプロジェクト(建築建設等に関する提言、セミナーなど)
  3.3.4.4 現在あるものの活用プロジェクト
  3.3.4.5 計画の形成のための行動
  3.3.4.6 計画実行のためのプロセス
3.4 仮の総合的プログラムの決定


第4段階 実施のためのモデルの作成
4.1 可能な法的形態の確立
4.2 特定された法の原則の分析とその価値を高める
4.3 最も適切な法的形式の選択
4.4 選択された法律上の形式の上に作られる管理システムの確立
4.5マネジメントプログラムのプロセスの確立
 4.5.1 実施へのサポート
 4.5.2 監視と報告のシステムの確立
 4.5.3 フィードバックと再プログラム
4.6 プロジェクトのための実際的な構造の確立

と、以上の項目が示された。この各項目に対して目的、手順、事例を交えて作成手順が詳細に記載されている。

 ただし、策定に当たっては多様な分野に渡り、関係者を多く含めて検討する必要があり、記載内容は詳細に渡ることから、このモデルが求めるレベルでの策定には、多くの時間と多様かつ十分な専門知識が必要である。それゆえ、2010年のイタリア国内の世界遺産サイトのマネジメントプランの策定状況調査 によれば 2010年5月の段階で、当時の世界遺産登録サイト44のうちマネジメントプランを策定できているのは20サイトのみという結果となった。策定できていない24サイトのうち8サイトは全く(または、ほぼ)手がついていない状態であり、16のサイトが現在作業を進めている(進めた)という調査結果となった。2002年からは世界遺産リストへの立候補時にマネジメントプランが必要となったため、実質的には2002年以前にリストに登録されていた35サイトのうち24サイト(65%)がマネジメントプランを策定出来ていないという結果であった。これは策定の難しさに加え、専門家が十分に揃うローマのような大都市がある一方、事務所も整備されていない小さな田舎町があるといったように、サイトによって管理者(管理機関)の能力レベルに違いがあること、また実際の策定実務を行った専門家に建築家や都市計画家が多い等の専門性に偏りが見られること、地域内の多くの関係者(県、市、公園管理者、管理団体、土地/建物所有者等)と共に策定する必要があること、イタリア特有の官僚的な遅延が主な原因である。
 また、マネジメントプラン策定は済んでいても、その内容としては単純に既存の法規をただ収集して羅列しただけのような資料集となっているものも散見される。これからもイタリアの世界遺産の多くのサイトで、マネジメントプランの作成、改善が求められている。

 ただし、上記に示したイタリアにおける詳細な作成手法モデルは、他国には存在していません。この指標は十分に日本にも役立つだろう。
(他データ、細かいデータや背景•資料直接連絡をください。)


現時点では(公開されている限り)イタリアとドイツしか国として作成モデルを作っていません。日本でもマネージメントプランが求められていますが、参考になるでしょう。また、世界遺産サイト以外においてもイタリアではleggi urbani ウルバーニ法典が(2004)※2006,2008年改正 で各地の景観計画を作っています。この経済や文化、環境の持続可能性の視点を含めた統合的計画手法(Integrate approach)は、現代の日本に必要だ。

さて、後はこれを実践させてもらう地域を見つけなくては。
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[2012/12/18 01:14] | イタリア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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