イタリアの大学院授業での一コマ
 授業の始めに先生が生徒全員の名前とバックグランドを聞く。たった一回の授業のためであっても、それぞれの名前を呼んで授業をしてくれる。少人数の授業ということもあるけれど、そんな、人と人との関係を尊重することが当たり前の感覚で存在している。 
 ギリシャのソテラクスが開いた青空教室のように、どんな身分でも公平に学ぶことが出来る大学の精神がある。このようにギリシャ文化から継続してイタリアに民主的精神が根付いている。

まちづくりにおいては、市民によって行われたアゴラのように誰もが参加し、同等の立場で政治の議論や地域発展を討論する。参加型まちづくりや、議論の会ではまず自己紹介から始まる。




 変な話だが、こんなに自己主張の激しい国でムッソリーニのファシズムとか、ベルルスコーニの長期政権とか、よく実行出来たものだと思うよ。別のロジックが平行してあるからだろうけど、イタリアでは民主的精神の方が強く輝いていると思うのだけどなぁ。
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[2012/12/02 01:49] | イタリア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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