1年3ヶ月ぶりに被災地へ その6(気仙沼)
次々と解体されて行く街並。大正時代のレトロな建物が残っていた地区の建物も被災し解体されていっている。1階の屋根まで津波が浸かれば
全壊として認められ、多くの建物が公費解体された。

2011年5月初めで被災しつつも残る歴史的建物
s-気仙沼旧街中

 
 自分にとっても街にとっても大事な歴史的な建築物。けれども、生活の不便さもあるし、改修には新築よりもさらに多くの資金が必要となる場合もある。それを公費(無料)で解体してくれるというなら、お願いしたくなるという気持ちも分かる。ただ、一度壊してしまったら決して蘇ることはない。街の記憶が失われてしまう。それを理解して、多くの困難が待ち構えているにも関わらず、古い建物を残すと決断した所有者を心から尊敬する。歴史的な建物は解体の費用を公費で行うなら、修復に対してこそ援助があって欲しい。

s-気仙沼新街中
この建物は残すと決断したのだろう。応援したい。





こちらは鹿折唐桑駅近くの第十八共徳丸。この近辺は船を運ぶことも難しい為復興公園にしようと取り組まれているとのことだ。こちらは反対意見もあろうが、残すとの決断だ。
2011年5月時に比べ、周辺環境は随分変わっていた。
s-気仙沼船周辺

2011年5月初めの状況
s-気仙沼船旧

現在(2012年8月)
s-気仙沼船新


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