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1年3ヶ月ぶりに被災地へ その5( 志津川の堤防に想う)
解体された志津川エリア
s-_MG_8894.jpg


計画されている高すぎる堤防。波に流されたこの地に再び人が住むのだろうか、この海と街を分断する堤防は一体誰の為に、何を守るために。
s-高すぎる志津川堤防
(まちの人が書いたのだろうか、下部には「堤防高スギ!」上部には8.9mと書いてある)

津波によって破壊され、一部残る堤防
s-志津川過去の堤防
堤防の後ろに見えるのが、上記の建物だから過去とは大きく異なる計画だ。



 高度成長期が終わり、建設•土木工事はかつてほど必要なくなった。けれども、21世紀になろうと、景気は落ち込もうと建設業の会社は多く残り、旧態依然の不必要とも思える公共工事で食いつないでいた。仕事が減る中で既に建設業者が飽和していると誰もが分かりつつも、日本は体制を変えられずにいた。自棄バチの入札が行われる等、建設業の終焉はすぐそこのはずだった。しかし、大震災は起こった。この復興によって、建設業者は仕事を得て、息を吹き返す。延命できたのだ。多くの土木建設業者がいたからこそ、震災直後の素早い復旧が出来た一方、(非常に良いかたは悪いけれど)極論すれば数年後には再編が必要となる業態に栄養を与えたと言っていい。

現在でも名前を変えつつ建築関連だけでも毎年1万人ほどの学生が卒業している。高度成長期の体制が残りをいつまで続けるのか。将来を見据えて復興事業の規模やペースなどを考慮する必要があるだろう。

そんな状況の中、工事の目玉が港湾事業だ。堤防を作ることは建設業者や土木コンサルに多くの資金を提供する。しかもその事業は市民の安全を守る一方で、高すぎる堤防は湊町を殺すこととも言えるかもしれない。街と海とを分断し、海も見えなくなるような高い堤防が必要なのか。日本の都市は災害に耐え切るのではなく、震災後に柔軟に再生出来る都市であるべきだろう。もちろん、土木側からもそのような考え方で討論されている。街の復興の形はケースバイケースではあるけれど、海と生きるという前提のもと、堤防工事のための堤防ではなく、未来のまちの為の堤防を作ってほしいと心から願う。

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[2012/08/15 00:16] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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