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1年3ヶ月ぶりに被災地へ その3


「疲れた、、、」



これが石巻市のまちづくりを支え続けてきた方から始めに出た言葉だった。

街中の住宅や瓦礫の片付けはある程度済んだが、堤防の高さ、幅、形が決められなければ街の復興を始めることができない。現段階では大まかな考えだけではなく、具体的な形を決め、設計図の作成していく必要がある。しかし、様々な意見が噴出する中、堤防の高さや決定することが難しい。これから、どんなに素早く堤防を再建したとしても2年以上は掛かる。商店や住宅の再建はそれからなのだ。それまで待てるだろうか。お店は耐えきれるられるだろうか。

 モノが売れないという。買ってもらう為には、お涙頂戴で被災者(自分自身の)写真を付けて販売するしかないともいう。それでは持続的な経営はな成り立たない。楽しい気持ちで観光客が来て、商品を石巻の作り手から直接買って貰える仕組みがなければ、と前を向いて話してくれた。石巻は最大の被害を受けたが、その分 石巻の名前は全国、海外にも知られるようになった。これは「チャンスでもある」と語気を強めて話してくれた。始めの「疲れた、、」と言う言葉は、復興に向けて頑張っているからこその言葉だった。


かつては自衛隊のお風呂が設置されていた場所。現在は仮設の復興マルシェが設置されていた。
s-復興マルシェ


復興マルシェで食べた石巻やきそば。半熟目玉焼きがのった焼きそばで、麺は出汁でつくっていて、後から石巻焼きそばソースを追加してお好みの味で食す。
s-石巻やきそば


昨年の夏は、ヘドロの影響などによってハエが多く、飲食業を出来る状況ではなかったと聞いた。
話を聞かせてもらった方はこの場所の近くの地権者で、このエリアに石巻でも有名な飲食店を出していたが、苦労した末に国道沿いに仮の店舗を構えた。




復興を進めて行く為にはまずは堤防。マルシェのある地区も川の堤防の形状が決まらないと建物の形も決まらない。川を眺めることができるように堤防と一体化した計画もあるだろう。良くも悪くも堤防から街の復興が始まる。最低でも2年は掛かるとのこと。この期間をまちが耐えきれるか。それが勝負だ。街が死に絶えてしまうのか。街の再編を機として、コンパクトタウンが実現出来るのか。僕は後者に期待したいし、応援している。
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[2012/08/14 23:26] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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