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1年3ヶ月ぶりに被災地へ その2(仮設住宅)
 震災後、約五万三千戸の仮設住宅が建設された。(資料)
仮設住宅は2年間の設置を目処に建設されているが、震災直後のの想定通り、仮設住宅の入居期間が長期化するだろう。仮設住宅はあくまで仮設であり、人が安心して住まえる十分な空間を提供出来ているわけではない。間口も狭く、前後の仮設住宅との間隔も狭く、コミュニティスペースも少ない。愛着が持てるような個性もなく、住宅性能も決して高くはない。建設前から専門家からは危惧する声も多かったが、震災後は緊急で、被害が甚大かつ広範囲である東日本大震災のため、多くの仮設住宅は以前の形式で進められた。



現在の仮設住宅の状況。
s-RIMG2193.jpg
周辺には私有地とはいえ広い空間があるのに、手続き上、土地の確保がうまく行かなかったのだろうか。
前後の間隔も狭く、十分な居住環境と呼べないだろう。



 膨大な量の仮設住宅があり、自力再建も難しい状況では、規定路線のように仮設住宅→本設住宅(個人の再建にて、もしくは復興公営住宅等)とするのも難しい。こうなったら仮設の更新なども含めて検討して行くべきだろう。



一方、長期化により阪神大震災の仮設住宅の中で起きた孤独死や自殺者が出たことからの経験から、仮設住宅の居住環境を少しでもよくしようという動きが多く見られた。地元産の木材を使い、地元の大工による仮設住宅なども実現された。

その仮設住宅の中では女ノ川で実施された坂茂氏設計の仮設住宅が素晴らしかった。コンテナを使い、積み重ねて前後の間隔を広く設けている。これだけでも十分素晴らしい計画だが、当初の計画では隣の住宅との間に中空ガーデンを作るなど、コミュニティスペースも考えられていたが、実施段階では実現出来なかったようだ。周辺環境も含めて当初の坂茂案が出来ていたら、復興公営住宅と見間違うほどの、仮設住宅が出来ていただろう。また、既にある頑強なコンテナを利用することにより、計画案の発表から半年強で作り上げてしまったスピードにも大きな賞賛を送りたい。

元野球場の中に作られた仮設住宅群。12棟が配置されている。
s-坂スタジアム2


中央にはマーケットや、人が集まれるコミュニティスペースも用意されている。
s-坂3


坂茂氏によるサイト ←こちらの方が詳しい。
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[2012/08/14 23:08] | 震災復興 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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