「いただきます」の本当の意味
■「いただきます」の意味

「いただきます」の語源を調べてみると
「山や頭の一番高いところを「頂(いただき)」と言うように、本来は「いただく」は頭上に載せる意味を表した語である。中世以降、上位の者から物を貰う際に頭上に載せるような動作をしたことから、「いただく」に「もらう」という意味の謙譲用法が生じた。やがて、上位の者からもらった物や神仏に供えた物を飲食する際にも、頭上に載せるような動作をし、食事をしたことから、飲食する意味の謙譲用法が生まれ、食事を始める際の挨拶として「いただきます」と言うようになった。(語源辞典)」とある。


 一般的に「いただきます」は生産者や運搬者、小売人、養ってくれる両親、調理人、自然の力、神様など食卓に届けてくれる全ての人や環境への感謝の意味の他に、食卓に用意された「魚や野菜の命を頂いて、自分の命にする」という意味があると、子供の頃に教えてもらった記憶がある。



分かりやすく「いただきます」の派閥をまとめるとこうなる。

(1)なんにも考えてなかったけど、いただきますくらい言うよ派(習慣派)
(2)神よ!今日の糧に感謝します派(神に感謝派)
(3)お母さん、板前さん、お百姓さんありがとう派(人に感謝派)
(4)自然の恩恵は素晴らしい派(自然に感謝派)
(5)殺された生き物に対して感謝するよ派(命に感謝派)


(5)の「命に感謝派」は北海道のアイヌ民族の「イヨマンテ(霊送り)」※1という儀式にも見られるが、日本以外の地域、特に人間のみに魂があると考える他宗教ではなかなか理解してもらえない。また、動物だけでなく、植物も命ある生き物だと考える点に大きな隔たりがある。「命に感謝派」は日本独自の宗教観に根付くものだと考えるべきだろうか。


■「いただきます」って言葉は日本だけ?

 イタリア語ではBuon appetito!(ブォナペティート=召し上がれ、もしくは、良い食事を!)という言葉があるけれど、日本語の「いただきます」という意味合いとは違う感じがしますし、中国にもこれにあたる言葉がない。輪廻の考え方を持つ仏教国のタイでも使われていないようだ。

 他の国で一般的ではない「命を頂いて生かされている」という気持ちを、日本人の私たちが自然に理解できるのは,なにか日本独自の宗教観によるものだろうか。


こんな公式データがある。
日本における宗教の信者数は、文部科学省の宗教統計調査によると、神道系が約1億700万人、仏教系が約9,800万人、キリスト教系が約300万人、その他約1,000万人、合計2億900万人となり、日本の総人口の2倍弱の信者数になる。神道系と仏教系だけで2億人にせまる
(それぞれの宗教団体が多めに申告しているようです。詳しくはWIKI)


このデータをそのまま信じれば、日本人のほとんどが神道、かつ仏教系にも属している。この融合的な宗教観が中国やタイなどの他の仏教国にない「いただきます」という言葉をつくっているのではないだろうか。


■神道ってなんだ?

 日本人の殆どが理解出来ていないのと同じように、実は自分も神道を正しく理解できていない。けれども、イタリアにいると時々宗教の話になるので、自分の宗教は(仏教と混じり合った背景を含めて)SINTOISMO(神道)と答えることになる。正しい説明は出来うるはずもないが、海外では単純に時々神道=天皇崇拝として捉えられる誤解が時々あるし、なんらかの形で説明しなくてはならない。


その時は「いただきます」の概念を利用してこのように説明している。

 神道はキリスト教やイスラム教のように一神教ではなく、多神崇拝。アニミズムであり、なんと(たとえとして)800万もの神が日本にはいる。昔は日本人の数より神様は多かった。たとえば、何百年も生きている木は神木として神様として崇められる。日本人は自然の中に神を見いだして、それを崇拝(感謝)するという考えが根底にある。 キリスト教イスラム教が生まれた厳しい自然環境とは違い、森の豊かな自然を受け入れるという受容的(寛容的)な観念があったはずだ。例えば6世紀頃から仏教を取り入れて(神仏合体)もあって、長い年月で融合したものと考えられていた。

これを平たく言えば、政治体制を変革する恐れから導入当初には大きな争いも起こったが、市井の人々からは

「おっ!中国にもお釈迦様なんてありがたい神様がいるのか!それも尊いもんだろうから、日本にもありがたく迎え入れよう」

ってなんて感じで日本の神様に加えてしまったのだろうし、日本でクリスマスも広く受け入れられているのも

「キリスト様も西洋のありがたい神様だから、尊い神様も古来の神様と同じように日本に向かえ入れよう」
っていう受容的な考え方があったんじゃないだろうか。


 神道のポイントは自然に感謝、アニミズムの概念があると言ったけれども、それは食べ物でもある動植物への感謝に繋がる。イタリアでは日本人が鯨を食べることを野蛮だと非難されることがあるけれど(*2)、日本では昔からクジラを食べる一方で、鯨塚などの動物への感謝を捧げた塚が各所にある。そもそも、日本には「いただきます」という言葉を食事前に発して、自然環境や動植物に全てに感謝して食事をする。ベジタリアン※3の中には「動物は生き物だから食べない」という人もいるけれど、日本人にとっては鯨も牛も魚もトマトも人参も「みんな同じ生き物」(※4)として考えているんだ。

 この私の考え方=神道では決してないけれど、この考え方を理解出来る人は神道を基本宗教とする日本人には多いと思う。

 と、外国人には説明している。
 


■実際に生物学と物理学で証明されたこと

実際、私たちの身体の細胞は命で入れ替わる。

諸説ありますがピックアップすると、
•人の体にある細胞の数は60兆個ある。
•これらの細胞は常に分裂を繰り返しながら、古いものは死んで、新しく生まれたものと交替しする (細胞代謝)
•そのペースは、1分間に実に250万個。1日に2%の細胞が入れ替わっており、約1年で体のほぼ全細胞が別物になる。
•白血球のような寿命の短い細胞は4,5日ですべて入れ替わり、皮膚なら1ヶ月、心臓の細胞なら4ヶ月、肝臓や胃、肺等の内臓器官になると約半年。筋肉の場合は、9ヶ月、骨は成人で2年半ほど全て新しくなる。



 つまり、今日食べたお肉が、まさしく数日後には血となり、心臓となり、筋肉になるわけです。食べたものが肉であろうが、豆腐であろうが、野菜であろうが、同じように身体に変化する。そうやって2年後の自分は今の自分とはほぼ違う物体で出来ている。これはスゴい。 今の自分の体とは別に、2年後には新しい体が一体出来上がっているわけだから。

 物理学的には光学顕微鏡も無い時代から、ジョン・ドルトンが1803年に原子説、1804年に倍数比例の法則により原子の存在を唱え、分子の物理学的挙動について、アルベルト・アインシュタイン(1905年)およびペラン(1909年)によるブラウン運動の研究によって実験的にその実在性を確立された。

 人間も動物も植物も全ての物質は分子の結合で成り立っており、また「質量とエネルギーの総和」は一定という自然科学における保存則の中にある。例えば食べ物を摂取すれば、食べ物の分子が人間の分子と入れ替わり、かつエネルギーに変換され、吐いたCO2が植物に吸収されるというサイクルにある。人間は分子結合の集合体で、固形に見えるけれども超難解のパズルの様な物です。そのブロックが”常にいつの瞬間でも”入れ替わっているわけです。嫌な話かもしれないけれど、1年前に私の吐いた空気もあなたの体の一部になっている訳です、物理学的には。


 このように動植物を食べて「命を頂く」という考え方は、本質的に正しいと自然科学で証明されている。この事実を日本人は1000年以上前から自然に理解していた。ちょっと話が飛躍した感じもありますが、こんな話を外国人にすると面白い!と言ってくれる人もいます。



 なので、今日も自分を取り囲む『全て』に感謝して、




「いただきます!!」




注釈)
※1イヨマンテ
肉は自分たち人間の命として食べ、皮は衣服に使い、骨は道具にし、霊を神のもとへ送る。
つまり殺した後、その動物の魂を神の世界、カムイモシリへ送り届ける儀式だ。

送るのは、熊だけではない。鹿もイヨマンテをしたし、鮭もイヨマンテする。鳥も、もちろん送る。
その中でも有名なのが、熊送り。
男達が山に入り、熊を狩る。狩ったらその場で、そこに行き合わせた人だけで簡単な熊送りをする。
もしその熊が母熊で、子熊を連れていたら、その小熊を村へ連れかえる。
村の女たちはその小熊を、大事に大事に育てる。小さいうちは家の中にいれ、布団の中で一緒に寝たりする。
また自分のおっぱいを、ふくませたりもする。人間の子供と、同じようにして育てる。
大きくなってきたら家の外に、丸太で頑丈な小屋を作ってそこで育てる。食べるものも残飯などではなく、人間と同じ物を与える。
そうやって大事に育てて一年くらいたったら、熊送りをする。つまり、殺すわけだ。
このときは何日も前から準備して、盛大な儀式が行われる。これが一般的によく知られているイヨマンテ、熊送りの儀式だ。そうやって大事に育てて一年くらいたったら、熊送りをする。つまり、殺すわけだ。
このときは何日も前から準備して、盛大な儀式が行われる。これが一般的によく知られているイヨマンテ、熊送りの儀式だ。



※2捕鯨
 捕鯨のニュースはイタリアでも良く流れている。シーシェパード側に立つ人々も多いように思う。
 また、イタリアでは日本のイルカ漁の映画「coves」はとても有名。日本では公開禁止になっているが、日本の側面を覗ける。このような映像だけ見せられた人の反対も理解出来る。



※3 ベジタリアン
 ベジタリアンはまだ、イタリアでは主流派ではなく、レストランで言えばベジタリアンメニューを作ってくれるが、特にメニューに書いてあるわけではない。オーストリアやドイツの方が多い。食べないに色々な理由があるが、地球環境の為に穀物中心に食生活にしなければいけないという理由はまぁ、日本もアメリカも南米も肉を食べ過ぎている感じはあるので同意したい。


*4植物も生きている
 植物学からも植物も動物と同じように生きていると生物学的に論じることも出来ます。
 下記、1958年 ワシントン大学のオリアンズとローズ博士が次のような実験結果を発表。木に大量のケムシが取り付いたとき、木がどうやって生き延びるかを観察するため、 ヤナギやハンの木に約7000匹の害虫をはわせ、この攻撃に木がどんな防衛機能を働かせるかを調べました。 害虫が葉を食い始めると、木はアルカイドやテルピンといった化学物質を生成して、これらの害虫の食欲を減退させ栄養失調にして死に至らしめました。 このとき驚いたことに、近くにいた同種の木が突然、同じような防御反応を示していました。 木々は仲間同士ある種のコミュニケーションを取っているのではないかと考えられています。
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[2012/02/04 22:10] | 日本 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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