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都市コラム-「地図の読み方」
 うちのKさんは常に道を間違えます。近くに買い物に行くのにも、迷って帰れなくなったりします。私には訳が分かりません。

 街の中で地図を持ちながら道になぜ迷うのか、(残念ながら)ど~うも理解できないのです。。。(方向音痴の人には、ごめんなさい。)

 世の中には街の中で「迷う人」と「迷わない人」の2種類が存在しているのではなくて、「迷わないコツ」があるだけだと思っています。そのコツは自転車に乗るコツと同じように、一度覚えたら、まず迷わないのだと思います。

今回はその街歩きのコツの話です。



■地図は常に正しい

 まず、地図を信じること。「地図が間違っているのではないか」と思う人は、道を間違えやすい思考パターンを持っています。地図は、街を理解するための英知や技術が詰まっています。僕らに必要なのは、そのルールや地図を読み取る技術です。一口に地図といっても、街の形態が各国で異なるため、今回の話はイタリアの都市の地図の読み方を中心に書きます。


■地図をイメージしてみる

 出来るならば、街に入る前に、地図を確認してみてください。
 地図を見た時に街全体の大きさを判断するために、まず地図のスケールと方位を確認してみましょう。駅から自分が行きたい場所や、有名な建物間の距離を南北方向に○○m。旅行中なので歩いて1分50~60mとして、目的地までどれぐらい時間がかかるかを思い浮かべてみてください。

目をつぶっても、地図の全体像はうっすら浮かんでくるでしょうか?

 道に迷う人は大体『全体』ではなく『部分や線』で街を捉えようとします。

『○○通りをまっすぐ行って、○○通りとぶつかったら右に曲がる』とか、
 この思考方法が、街全体での自分の位置を見失わせます。

 歩きながら進行方向にコロコロと地図を回転させる人もいますが、これも全体での位置が分かりにくくなります。コペルニクスは、太陽が動いているのではなく地球が動いているのだ、と訴えました。当時の人からしてみたら、太陽が動こうと地球が動こうと、僕らが見ている太陽の動きは変わりません。地図を回転させようが「どっちでも同じだろ?」と思える内容ですが、根本的に考え方が異なります。車のナビのように地図や街が動くのではなく、街の中で私たちが動くのだと認識しないと地図は読めません。
 
 今ではI-PNONEのツールでも地図上に自分の位置が表示されて、その点が動いてくれます。地図を読むときにもこのイメージしてもらえばよいと思います。(技術が人のイメージを変えるという現代的な例ですね)

 このように、まず、スケール感伴った地図の全体像と頭の中に準備し、その地図を決して動かさず、自分が動くイメージです。



■右とか左ではなくって、東西ですってば~

 日本の話にはなりますが、地下鉄から出てもどっちを向いているのか分からない。そこから右に行けば良いのか左に行けば良いのか分からない。とKさんは言います。改札前で地図を見ても、階段を出るときに周り階段だったりすると、どこに向いているのか分からなくなると言います。


( ゚Д゚)ハァ?


どっちを向いているかではなく、どの方位に目的地があるかを知っていれば良いだけなんだってばKさーんっ!!(涙)。

「自分がどっちを向いているのか分からないのに、
 どちら方向に目的地があるかどうやってわかるのか?」
ですって???

それで先ほど説明した頭の中にイメージした全体図が必要になるわけです。


この図を見てください。

s_map地図



出口1~7 どっから出ても目的地は北に有ります。
右とか左とかまっすぐとか後ろではなくて、北に行けば良いんです。
(もっと大きな地図で場所の感覚を掴んでおくことが必要です。)

どっちに向いていようが、「北は北です」自分がどちらを向いているかとか、そのように考える時点で地図に迷います。
(補正方法に関しては割愛)

北北東方向に600mとか、そんなことさえ分かっていれば、道が曲がりくねろうが平ちゃらです。

方位を判断する方法は後述する太陽や樹木や建物を見る方法が有りますが、慣れるまでは方位磁針を持つことをオススメします。(i-phoneのアプリにも、入っていますしね)



■感覚だけにだまされない

 地図は確認していても、人間はついつい感覚で街を捉えがちです。ウィンドーショッピングを楽しんでいたり、混雑していると、短い距離でも長く感じられますし、建物も自分が見た建物が大きく感じたりします。

ケビン•リンチは著書「都市のイメージ」(Lynch,1960)に依れば、人間が常に都市空間を抽象化して捉え、自分の感覚によって地図を作ってしまうことが示されています。

**人間には環境の中に秩序を見つけだそうとする要求があり、なにかしら「混沌状態」から有意義なパターンにします。→(「認知地図」=目の前にあるものからその構造や特徴を抽出した地図。それから方位感覚を得て「どこに行けば、どこに行き着くことができるか」がわかるようになる。)
 人々は空間からあるまとまったパターンを抽出し、そのパターンが行動の体制化を助ける。そのイメージがある社会集団に対して問題の環境についての共通の記憶を与える程度が高い程、そのイメージは重要な意味を持つようになる。都市の「性格」はその都市が我々の心に印象づけるイメージがどの程度まで記憶されやすいものであるかによって、大きく決定される。**

 このように人は都市の特徴(イメージ)を無意識に形づくるようです。イメージは街を理解することに役立ちますが、一方で地図とかけ離れてしまう場合があります。そのため、先ほど頭の中に準備した地図をイメージに浸食されないように心かげます。


 私なら、準備した全体の都市のイメージの上に、重要な道や建物を特徴づけます。重要な建物は頭の中で3D化しても良いし、広場等の周辺はノリの図(柱や壁を黒く塗りつぶした図)の様に部分的に詳細化します。どうしても記憶は曖昧なものなので、製図の技術や3D化の技術等のはっきり具現化するとした手法を頭の中で通すことによって、変形されずにアウトプットされます。詳細かした部分を作ることで、記憶の地図のスケールが明確化されます。これが地図読みの次のステップです。

 地図こそ個人個人のイメージに寄らずに出来ているのですから、これこそ信じないといけない訳ですね。
(しつこいようですが、自分のイメージ地図が正しいと思っている方が往々にしているので書いておきます。絶対あそこだ!とか、あれっこんなに遠かったっけ?とか、昔から街がずいぶん変わったなぁとか訳の分からない事を言い出す人もいます。都市の姿は変わっても、スケールは変わりません。)


 困ったことに、部分的にスケールを変更したイメージ優先のディフォルメ地図が配られることがあります。有名な建物だけ個々に地図を見る人(イメージ地図優先の人)にとってはとても有効な地図かも知れませんが、通常の正しいスケールの地図に慣れている人間に取っては迷惑極まりない地図です。きちんとした縮尺1/1000や1/2500,1/10000 ,1/25000を見て訓練し、スケール感を身につけたい。自分で印刷するときも、スケールをきれいにするか、せめてスケールバーと付けて印刷する癖をつけると良いでしょう。



■何度も地図は見ない

 頭の中に全体地図が出来ていれば、何度も地図を見返す必要はありません。いちいち小さな道路の名前なんて覚えなくたって良いのです。
 地図を見て歩くよりも案内板や街の構造を示してくれるサインを読み取って歩く方が街の景色を楽しめ、気持ちがよいですね。地図を見てたってつまらないですからね。

 大体の方向が分かっていれば良いのです。細かい道路は初期に街を形作った人の気持ちにたって思考すれば、街の設計の合理性から道が見えてきます。日本でも、旧城下町都市骨格は街に入るまでは街道が天守閣に向かってまっすぐですが、街に入ったとたんにくねくね曲がってます。防衛が必要不可欠な時代を考えれば、敵の軍勢が見渡せるように道を設計し、街の中に入ったらくねくね曲がった道路の上から矢を放ち撃退することができるからです。他にも、正確なGPSや測量技術がなかった時代においての都市設計は、大通りも基準となる周囲の山にぶつけて(「山当て」)設計されています。設計当時の思考回路に立てば、道がどのように成り立っているか『想像』することが可能です。

 現代においても、一方通行等の新しいルールが出来ていますが、まず、街の都市計画者だったらどう考えるかに思いを巡らせれば、ルールが見えてくるはずです。



■地図がなくても街は歩ける

 エスキモーは雪質やちょっとした起伏により、僕らにはただただ真っ白な雪原としか見えない道を進みますし、ラオスやボリビアのジャングルの村人達は道なのかなんなのか分からない獣道を的確に誘導してくれました。砂漠の民もそうだったし、かつての船乗りも星をみて進路を決めていました。

 現代人にはそんな能力がないから無理!ではありません。都市内の分かりやすいサインを読み取るコツさえあれば良いのです。
 街の中でもまず、太陽や樹木の生え方、建物の窓の向き等で方位は分かります。人の流れや道の太さ、遠くに見える教会の塔もヒントになるでしょう。前述したように自分が街を設計するなら、どう形成を考えるのも良いでしょう。
 また、ヨーロッパで簡単なのはドゥオモ広場に行って、必ず近くにあるインフォメーションセンターに行けば地図が手に入ります。ドゥオモは街の中心にあるので、人を見ればたどり着けるし、ドゥオモはどこ?と聞けばだれもが教えてくれるし、サインにもcentroと書いてあります。



■ドライブの時は、国の成り立ちを考える

 イタリアはたった150年前にはそれぞれのコムーネが独立していた国です。歴史的にイタリアはフランスのように中央をトップとするヒエラルキーで成り立ってはいないようです。つまり、大都市も田舎の都市も同等に扱われることが望まれています。このような考え方に立つと、ローマに向かう表記と、「近くの隣町に向かう表記が全く同じ」という不可解な道路標識の読み取り方も見えてきます。高速を走っていても時々目的地である大都市の名前ではなく、その途中の小さな街の名前が行き先として表記されます。僕らはその小さな街も大都市と同じく尊重し、最終目的地だけではなく通過する街の名前を覚えておかないと苦労することになります。

s_italy-japan_違い


 また、近年では街の中心(チェントロ)には道を通さないようにしようという考え方が一般的です。元々、田舎の都市では街道沿いの都市として成立してきた経緯があり、元々は街道は街の中心を通るように設計されていました。しかし、バイパスが作れるようになると、AからDへの街へ行くとき、Bのチェントロに入らず、Cの街の名前を目指して進路を決定することが素早く移動する為には効果的です。

これも、地図ではなく街を作る都市計画家やイタリア人の発想を考えることで見えてきます。
都市を読むって、ほんと難しいですね。



■やっぱり人に付いて行くのが一番

 色々と道を迷う人は、まぁ、道に迷わない人に付いて行くか、周辺の人に何度も聞いてください。イタリア人は割とキチンと教えてくれますよ。

ではでは。良い旅を。




イタリアの不可解な道路標識についてはこちら
↑イタリアではヨーロッパで最も迷わせる標識システムとして悪名高い。イタリアの場合、道路の名前も変わるし、標識も間違っている(遠回りさせたり、その後の案内がない)、地図にあるはずの道路が崩壊していたりと何でもありです。

※地図は様々なことを教えてくれます。

ゼンリンの地図の作り方

都市計画家の歩き方2


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[2012/01/12 06:11] | イタリア | トラックバック(0) | コメント(2) | page top
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コメント
私もものすごく迷う人です。
地図、まわして分からなくなる・・・。

最近スマホに変えて、現在地が出ることに
いたく感動しているんですがね(笑)

方位磁針、アプリにあったかな?買おうかな??
[2012/01/15 22:03] URL | ちろ #- [ 編集 ]
役にたちましたかね?
ちろ(ねこ?)さん
「話を聞かない男と地図の読めない女」とは言いますが、女性の方が全体像を掴みにくい思考構造を持っているのだと思います。どうしても身近な事を意識してしまいます。でも、地図は誰でもルールが分かっていれば、読めますよ。(多分)。コツは自分の位置を知って、目的地までの大体の方位と○○m。そして自分の歩いた距離の感覚を掴むことです。方位磁針は無料のアプリもあると思いますよ。オリエンテーリングで使う方位磁針は定規もついてて、山での地図読みには大活躍します。
[2012/01/16 02:44] URL | Hiroki #- [ 編集 ]
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