都市コラム:21世紀の共同体
 人間は時代と共に「住む」単位をどんどん小さくしていると書きました。大部族から部族、大家族から核家族、個人、そしてこの個人が家庭や職場や学校、サークル、ネット等に所属しています。つまり個人がさらに分割されているというような状況といっていいと思っています。


 個人の人間像とは、まず自分という本体があって別々の場所に訪問し、体験を自分に付加していく「足し算的」に考えるのではなくて、「自分」というものは存在せず、完全に分解されている「割り算式」に考える必要があるのではないかと考えています。一個の人間とはそれぞれの職場や所属している中で知り合った人間からの評価を持って再び形成されうる。既に人間は20~30人の大家族から小さくなって、一人という単位以下に分解された過程を辿ったと見ています。


 今、ソーシャルな動きをみると、何か個人として動いている以上の大きな思想のうねりを感じています


 100億人になろうとする世界の中では、既に人間は寄生している地球と同じぐらいの力を持ってしまったので、このままでは地球が保たないと理解しているわけです。人間の集合体として、一体の生き物として役割をこなさなければならないと気づいていると思います。この時に自分が所属する組織•共同体の為に働くだけでなく、短期間でも意識的にソーシャルな活動することによって、分解された個人が大きなうねりを作って行くのだと思っています。


これらを繋ぐSNS技術も次々と出来ています。
 僕はこの形のない所属、連帯感が21世紀を動かす共同体となりうると感じています。
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[2011/12/09 22:00] | 日本 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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