イタリア日誌42-「イタリアの修復事情-1」
イタリアでは様々な遺跡保存ならび活用するプロジェクトが動いている。プロジェクトとそれを取り巻く環境や制度について、現地からレポートしたい。

今回の文章は長くなります。


■事例その1(アッシジASSISI)
 FAI(Landscape italian fund)から出資された保存プロジェクト


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建物外観(裏側より)


FIAが12世紀に作られた教会(修道院)を含む地域60haを国?コミューンの許可を受けて購入し、教会の機能のみならず、本屋や観光事務所として修復する。また、以前15世紀頃に作られた粉引き小屋を新たにレストランとして再生する。また、アッシジの防衛の為に使われていた棟の再生を行い、ランドスケープアートと合わせて観光スポットとする計画。

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粉引きの為の穴が残る。地下に水が流れ、その力を使って粉引き機を回していた。(せっかくなので、これを回転寿しなどのように、ドルチェを回しながら見せるのに使ったらどうかと提案したのだが、、、、)



 FAIは当然アッシジの他にもプロジェクトを進行させ文字色ており、サイトでの紹介によれば40程の計画がFAIの出資の元で動いている。

このプロジェクトに進め方について、コンダクトしている建築家に話を伺った。

*****
 まずは体制に関して。

 FIAが登録建築家と建設会社、考古学者をセレクトする。考古学者と言うと、大げさに聞こえるかもしれませんが、イタリアにおいては遺跡保存、歴史的遺産の対象に指定された歴史的建物地域でプロジェクトを進めるためには考古学者を必ず入れるのが決められている。指定は日本で言うと文化財埋設地の様な指定でしょうか。ただ、イタリアの場合は文化財保存が日本より重要視されています。一旦調べた建物でも、解体と修復をしている間に12世紀の建物に15世紀に建て増しされていたことが分かることがあります。そのような発見があるため、プロジェクトの進行にも考古学者が重要な役割を担っています。

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すてきな女性の考古学者リディアさん



次に、このような歴史的な建物を修復するのにどのように進めるか。
 

 FAIが出資し、登録建築家とプロジェクトにふさわしい考古学者と施工者を推薦し、 その承認を(形式的であるが)国とコミューンが行い、建築家のコンダクトの下で、プロジェクトを進める。


 建物の修復といっても、修復以前は壁も崩壊し、屋根も掛かっておらず、床のタイルもぼろぼろになっていることもあります。その場合は補修というより、外部から材料を持ってこなければなりません。この場合、タイルはその土地のデザインに似た素材を古材商店で選んで、それを使います。(詳しくは後述します。)
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建物内部(教会部分だが、床は全て貼り替えられた)



 扉も柱の梁も同様に古いものを選んで据え付けます。このように(200年以上経った古材と言えど)新しい材料を入れることはオリジナルに忠実と言えないかもしれません。しかし、もともとローマ時代から石の文化は昔の建物の上に重ねて作られて来ています。12世紀の古い建物でもその下にローマ時代の遺構が残って、その元々の材料を使い回したりしているのがイタリアです。そう考えると、新しい素材を付加するのも、決しておかしいとは言えません。


 以前のブログに修復のタイプに「オリジナルに忠実に直す」と「オリジナルと区別をつけて直す」の2通りがあると書きました。この事例のような修復はどちらにも属さず、偽物に位置づけられてしまうのかもしれません。けれど、イタリアでは修復という感覚より、以前と同じように使える過去の遺構を、再利用して作り足して行く改築的な感覚が強いと思います。形はモノではなく、オリジナルの「思想」を受け継ぐというのも、修復の手法の一つだと思いました。

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鉄製の階段作成工場。日本と違って湿気が少ないので、溶融亜鉛メッキ仕上げなどの加工をしなくていいところがうらやましい。



■事例2:(ペルージャ近郊)

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 個人のヴィッラ(豪邸)の修復プロジェクト。国や州の文化財でもなく、このような私邸が修復事業となるというのがイタリアらしい。古く朽ちた15世紀の建造物をカナダ人が300万ユーロで購入して、修復を進める。歴史的な建物であるので、修復して使うことが前提となる。依頼を受けた建築家によれば400万ユーロほど改修費用が掛かるとのことだ。


この日は建築家に同行し、電気設備の専門家と設備会社との打ち合わせに動向させてもらった。
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 まず本体の修復を始める前に、まずは周辺環境を美しくするために電線の埋設から始める。電線の埋設も個人の事業で出来てしまうのがイタリアの素晴らしいところ。インフラの整備計画や電気等の配線をどのように通すか決定した後で、実質の建築作業が始まる。

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内部はこのようにぼろぼろの状態。



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各壁(つまり一部屋4箇所以上)は考古学者の指導によってめくられ、壁の内部がどのような状況になっているか調査されている。

 施主が住めるようになるまで計画としては一年半ほど掛かるということだが、ゆったりとしたお国柄なので、もう少し延びるかも知れない。
 
 

<修復事業に必要な古材店>

 事例1で述べたように、失われてしまった材料をどこからか調達する必要があります。同じ材料の取得は不可能でも、同じ土地の同じデザイン思想で作られた材料を利用することが歴史的建築物の保存には求められます。保存だけでなく「古さ」を「貴重」とする感覚もあるため、古材を利用してアンティーク調の豪邸を「新築」することもあります。




○La Cole (web)
創業60年の老舗で、始めは古材のドアを主に生業としていたそうだが20年前から全ての古材を扱う企業となったとのこと。ここにはイタリア中部各地から集められた石材や暖炉、木材、小物や布までアンティークが集まっています。

 イタリアで最大の規模を誇り、この場所だけではなく、ミラノにもショールームがあり、材料置き場のために、大きなコンテナを20ほど所有しているとのこと。古材の宝庫であるイタリアで最大ということは、つまり世界最大の古材取り扱い店です。

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商店の一部

 
ペルージャ近郊にあるジョージルーカスの自邸を建てるときにも、彼とその建築家はこの店を利用して、一人で100万ユーロ以上の古材を購入したということだ。ただ、建築家はジョージルーカスを喜ばせることは決して出来ないと嘆いていたそうです。

 アンジェリーナジョリーの映画(tourist)に小物のセットを用意するときには、商店の担当者も相当振り回されたというから、いつか偉大な芸術家と一緒に仕事をしてみたいと思いますが、強い精神と忍耐力が求められると思います。



 さて、これほど大きな古材商なのに日本人の建築家で訪れたのは私が初めてとのことでした。イタリアの歴史的建造物の修復現場では日本人が余り活躍する機会がないのかもしれません。もちろん、日本でプロジェクトをするに当たっては、全ての古材の輸出はいろいろと規制が掛かるので敬遠されてきたのかもしれません。日本でもイタリアの中世風という脈絡もないショッピングセンターが作られているけれど、イタリアでは材料から歴史にリスペクとしているようです。

(商店紹介のDVDなどを貰ってきたので、商店に興味が或る人はいつかまた。)


 さて、この場所で特に面白いと思ったのが、商店の元々の仕事である扉の扱いについてです。ここにはイタリア中部各地から集められた石材や暖炉、木材、小物や布までアンティークが集まっています。
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まさに、宝の山です。



○Porto del passano(web)
上記LA COLEとも協力(兄弟会社)関係にある古材取り扱い会社。


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 このお店では15世紀から18世紀のイタリア中部(トスカーナ、ウンブリア)の扉を扱っている。古い住宅からの依頼があれば、そこに赴き買い取りし、作業場で修復する。必要とあれば、新しい木材(といっても古材)を継ぎ足して修復する。この技術は匠の技を使うとのこと。この商店ではあくまで古扉の扱いが中心で、古い扉を使うには新築や扉に合わせて壁の方を調整する必要が出てきます。
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ただ、扉に合わせて毎回壁を壊す訳にもいかないし、同じような扉がいくつも欲しいときは、古材の扉では対応出来ないので新しいオーダーメイドの扉を作る必要あります。

そこで、LA COLEでは古材を使って新しい扉を作ります。ここにはどんなタイプが作れるのかを展示しており、設計者がオーダーして作ってもらいます。
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この古そうに見える扉も実は古材を使った新品です。

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アンティークに見せる鉄職人も作業場にいるので、いろんなタイプの扉がオーダー出来ます。



古く見せる為に、ヒビなどをわざと入れることまでします。
(少々、手が込みすぎていると思いますが)


扉以外にもこういった技術を使って実は有名ブランド****の看板は全てここで作っています。
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パリに本物が一点あるのですが、それを東京等、20カ国以上の店舗にヒビまで似せて作り上げた看板を配置しています。ここまで行くと、古材店なのか大道具屋さんなのか分からなくなります(笑)


 或る意味「贋作」とも言えるような技術ではあるため、当然、世界遺産となるような建物には使用するのは問題かもしれません。しかし、歴史的建造物が当然のように残っているイタリアで、歴史的な建物を再生させる為には、個々の部材にもこのような技術が必要不可欠であると思います。でなければ無数に或る歴史的建築物を未来に繋ぐことは出来ないと感じました。歴史的な建物の味、良さを使いこなしながら、未来へ伝えて行く技術と言えるのではないでしょうか。





 色々な建築修復現場での発見=「点」が結び合って「線」になるどころか、それを取り囲む環境を知ることで「環」となってきたように思います。これからも、色々な場所に自ら訪れることで、この「環」の強く、濃く、大きくしていきたい。
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[2011/11/09 20:55] | イタリア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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