イタリア日誌42-「落書きに見るイタリアの喪失」
 イタリアは落書きの多い国です。




トンネル等の落書きスポットのみならず、はたまた電車自体に、それも窓にまで書かれている国です。

 しかし、この国の若者には一つの不文律がありました。それは歴史的建造物には落書きしないというルールです。新しくペンキを塗れるところには、いくらでも落書きします。もちろん商店シャッターにも落書きします。けれど、古い石積みには落書きをしていませんでした。イタリア人のストリートアートをしていた友人に聞いても、古い建物に書くのは出来る訳ないじゃないかと、常識として語ってくれました。




 世界的に有名なストリートアーティストのバンクシー映画「 EXIT THROUGH THE GIFTSHOP」で、ストリートアーティスト同士の繋がりも描かれていましたが、暗黙のルールを破った人間には何らかの制裁が加えられるはずです。ブラジルでストリートアーティストと話していたとき、決して地元のグループの許可なく落書きをすれば恐ろしい制裁が待っていると聞きました。きっと、元気一杯の盛りのイタリアの若者の中にも、この不文律がきちんとあったはずです。


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写真はイギリスのロンドンのスポットにて



 けれど、近年不文律であったはずの古い建築物への落書きが発生しています。
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 移民が多く入って若者は徒党を組み、若者の世界で台頭してきているのではないでしょうか。落書きにも、イタリア人を馬鹿にするような落書きが見受けられます。アートなど頭になく、ただ破壊と鬱憤ばらしです。私が最も嫌う行為です。


 イタリア人、もちろん私たちも200年以上も前に名前も知らない人々が作ってくれたインフラを享受しているわけです。名のない彼らがいなければ、今僕らは洞窟にでも住むしかありません。僕らは生まれながらにして、建物や都市を通じて、彼らに感謝しなくてはならない立場にいます。200年前の人々がそうであったように、私達は昔からの素晴らしい遺産を、より良くし、未来に繋げて行く役割を担っていると私は信じています。


 私は決して移民やどの国の人間が悪いと言う気持ちはありません。いくらかのイタリア人の学生も真似して同じことをしているはずですが、街自体の落書きが増えるたび加速的にモラルが壊れていきます。過去からの遺産に尊敬と感謝がなくなれば、それはすなわちイタリアの未来すら失われてしまうのではないでしょうか。


 過去の遺産を大事にするというイタリア人の当たり前の共通感覚を、イタリアに在住する全ての人々、というか世界中の人々が今すぐに再共有する必要があると感じています。


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[2011/11/01 23:42] | イタリア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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