イタリア日誌-23「ウンブリアの車事情」
 ウンブリアは城塞都市が点在し、それが今でもすばらしい都市として残っている。
一方で、現代社会においてはその建物間の狭い坂道を通ってモノを運ばないと行けない郵便配達人は大変。
 もちろん、今でもスクーターで運んでいたりするけれど、こんな一人用の郵便配達車もあります。

perugiaペルージャ



しかし、こんな特別仕様の車をつくらないと行けない地形を持っている街の人たちは買い物にもっと不便。ちょっとした買い物なら町中にある小さな商店で済むけれど、値段も高いし、結局は平野部の大きなスーパーに行きたくなる。車を持っている人ならいいけれど、おばあさんなんてどうやったら買い物にいけるのか?

 以前書いたように、家族による社会保障によって担保されているような国だから、もし、そこから外れたおばあちゃんがいたら大変なことになる。もちろん、人とのコミュニケーションを何よりも大事にする国だから、日本みたいに公営団地だけで1191人孤独死しているなんて 状況にはイタリアでは起こっていない。(読売ウィークリー2007年記事より)



でも、本当に大丈夫なのか。

いつだって時代と共に、人はより小単位で暮らすようになっていくのだから。



と、なればここで新しいビジネスモデルが考えられる。


個人宅への宅配サービスだ。食事をセットして、お家のレンジで暖めるだけで大丈夫な形で家まで運ぶ。イタリアの食事はチーズやパン、プロシュートなどの保存食がほとんどだから、生鮮食品やミルクなどを時々持っていくだけでも足りるだろう。

 これらのサービスは、街の大きなショッピングモールが宅配サービスを行うというよりも、街の小さな商店と連携して行うべきだろう。COOPに代表されるように社会的企業の地盤があるイタリアでは、アマゾン等の大手からの宅配よりも小規模エリアでの展開を狙って進めて欲しい。宅配だけでなく、安全状態や地域のお祭りの情報などを含めて顔の見える情報を、顔見知りの人間が行うことがオーラルコミュニケーションを重視するイタリアにはマッチするのではないだろうか。情報を一元化することが、日本でも大切であると考えられているのに、未だに縦割りだ。イタリアではこんな縦割りのネットワークをつくることなく、今後廃れると思われる個人商店がその地域のネットワークの担い手になるモデルがつくられるのではないだろうか。

 これには、行政の誘導もあるだろうけれども、宅配サービス業者の新規参入もしくは、新たな社会的企業の立ち上げの可能性もあろう。どうやったら経営ベースにのるかも今後考えてみたい。



 






(他にも面白い事例がいくつもあるので、いつかトスカーナ地方の車等の動力機関については、またまとめたいですね。)
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[2011/09/14 04:20] | イタリア | トラックバック(0) | コメント(2) | page top
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コメント
時代と共に、人はより小単位で暮らすようになっていくのだから。というのは、事実だろうけど、悲しいね。せめて3世代居住の家族像は美徳として継承する比率がもう少し上がってほしいな。都心のワンルームマンションに住む独り暮らしのお年寄りをみるとやはり悲しい。
[2011/09/16 17:13] URL | 益尾 #K2Rmj1sE [ 編集 ]
>益尾さん。たしかに僕もそう思います。ただ、日本と同じように、「美徳」=「建前」として残ってしまうと介護苦による悲惨な事件や、あるはずとされている繋がりが無かった場合、人に助けを求められない状況もあるかと思います。どちらかに決めるのではなく、例えば8割が親類関連-2割が別の社会保障というように、漏れの無いセーフティネットを張っていって欲しいと思います。
 幸せな家族がいる一方で、自分の家族が面倒を見てくれない=恥ずかしいこと なんて言う状況はないようにすることが、日本やイタリアに必要ではと思っています。
[2011/09/16 23:40] URL | Hiroki #- [ 編集 ]
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