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ベトナム日誌-1「変わる街」
 5年ぶりのベトナム。残っていた10万VND(ベトナムドン)札や1万VND札は使えなくなってきた。レストランで、出してみると、

「これは古くて使えない」



と言われつつも、あれよあれよと次々ウェイターが集まって、

「その古いお金と、自分の新しい1万VND札と交換してくれ」


と、あっという間に1万VND札はなくなった。


ちょっとした浦島太郎。


しかし、ハノイは変わらない。開発新区に行ったり、工場地帯は大きく異なるのだろうが、旧市街ではベトナムの三角帽子をかぶっている人が少なくなったなぁとか、車が増えたなぁという程度の違いでまだまだ大きな変化は見当たらない。以前に書いたけれども、時代の変化は女性のファッションから変わっていって、テクノロジーによる加速し、最後に都市形態が変化する。


  しかし、ハノイはまだ“変わっていなかった”という印象はどこからきているのだろうか。既に美しい町家が残っていたハノイではなく、ショップハウスや土産物屋が乱立して“変わってしまった”ハノイから変わっていなかったというのだろうか。

 おそらく、僕がみていたハノイのは活力に満ちあふれていたけれど、ハノイの最も美しい状態だったとは既に言いがたい状況だったと思う。


 10年ぶりのフエ(Hue)はどうだろう。


 僕が修士論文の時になんとか文化価値として残そうとした船上生活者は見事なまでにクリアランスされていた。無力感というか、フエがフエでなくなった気がした。街に鮮やかさがなくなってしまったようだ。



 (以前の写真)10年前
hue船上生活
hue_boat.jpg
hue船上生活者2







s_RIMG0107.jpg
(現在の状況)

世界で最も多くの船上生活者が暮らしていた、フエはルクセンブルグの無償援助によって良くも悪くも刷新されてしまし。今では船上生活者など見かけない。




笛で失われかけている景色は、なにも船上生活者だけじゃない。
なんとか今、食い止めないと、それも現代に調和した形で以前の遺構•環境システムを取り戻さなければ、無味乾燥な世界に取り込まれてしまう。
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[2011/08/01 01:19] | ベトナム | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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