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イタリア日誌-10【イタリア人はなぜ美しいか/イタリア女性の悲哀】
 以前の項目でイタリア人女性の悲劇のことを書いたが、とにもかくにもイタリア女性は美しい。まちなかでどうも美しい女性が多いので、日本と出生率が違うのかとか、郊外と都心との年齢層の差がハッキリ分かれているために都心部に若い人が多いのか等、いろいろ考察していたのだが、それは単純に僕が女性ばかり見ているだけだと指摘を受けた。



 実際のところ、イタリアの出生率桁外れに低く、1995年の段階の1.19を最低値として、2007年では1.34に回復している。南イタリアの方が出生率が高いがあるが、北イタリアで出生率が上昇し、南イタリアでは今でも減少している。先の出産奨励的な社会的プレッシャーの割には意外と少ない数字であると思われるだろう。(これに関しての考察は後にする)日本が1.27であるから、統計を見て見ると、日本とイタリアの出生率が逆転していることが分かる。このデータを見る限りは、若い女性が目につくのが出生率によるものではないことが分かる。
出生率

 

 では、若い女性が多く見られるのは、出生率の問題だけではなく、人口ピラミッドによる若年層の割合に起因するのではないか。これが日本よりも高ければ(私は決してロリコンではないはずなので)20歳以上(つまり1991年生まれ以前)を対象として、日本の割合よりも高ければ、私が若い女性にばかり目がいっているという主張を跳ね返すことが出来るはずだ。(ほんとか?!)


人口ピラミッドデータ。(イタリア語)
だめだ!
これだと、たしかに高齢者を除く20歳以上の割合が日本よりも高いことが導きだせるが、書いてある数字上18~64歳までしかパーセンテージが分からない。私だってそんなに女性のストライクゾーンは広くないので、日本よりも若い女の子が目につく理由が年齢別の割合によるかどうかが分からない。
(どちらかというと、友人の指摘の方が正しいという結果が導きだされてしまう。)

 しかし、このデータをよく見ると日本とイタリアのもう一つの共通の問題点である高齢化の問題点が浮き上がってくる。主要国の65歳以上人口割合で、2010年→2050年の予想をみると、
日本:23.13→39.56
イタリア:20.59→31.85
日本が上回っているものの、非常に高い数字だ。(国立社会保障•人口問題研究所資料)
 少子化と高齢者の寿命が延びると想定される今後、日本と同じように大きな問題が絡んでくるだろう。

 
 高齢者の問題には年金の問題やケアの問題が大きく挙げられる。
イタリアは日本と同じく非常に優遇された高齢者補助がなされていた。しかし、知っての通り近年のイタリアの経済状態から考えるとその保障を維持できるわけもなく、1992年には年金開始時期が男性65才女性60歳へと変更された。今後も高齢者に対しては厳しい条件が突きつけられることになろう。

 
 社会的な保障はなにも国家的なところで全て補おうとイタリア政府も考えてはいない。極端にいえば、お金がない中でイタリア政府が導きだしたのは「高齢者のケアは家族でやってね」という答えだ。




 イタリアにはカンパニリズモ(campanilismo)愛郷心、クリエンテリズモ(clientelismo(引き立て)という言葉がよく主張されるようにイタリアはよくも悪くも家族中心主義、内輪主義だ。マンマミーア、とお母さんにべったり、昼には家に帰ってご飯、いつだって家族への愛を示し、家族間は常に仲が良い。しかし、それが社会保障まで家族単位で考えられてしまうと、そこから外れた人間は保障を得ることが難しくなってしまう。また、女性は孫や高齢者の介護などを一手に引き受け、遊びにもいけず、ひたすら家事に追われる姿がある。この問題を考察したい。


 女性の悲劇を語ると、出産を奨励され聖母のように子供を見守ることを求められるので、どうしても職場から離れずを得ず、家族から離れて自立するのが難しい状況に陥らされる。そして、社会的な抑圧から、親の介護をみるのも女性の役割となってしまう。一方で南イタリアの街のおっちゃん達を見る限り、男性の役割としては女性ほどの役割を潜在的な欲求として求められていないとようだ。年金で朝からバールにたむろして、そして、昼寝して夕方5、6人の中まで外にたむろする。ナポリでもどこでもおっちゃん達はサッカー観戦に明け暮れている。女性は街の生活の為に決起して、マフィアだろうが国家だろうが抗議する肝っ玉母ちゃんのイメージが強い。イタリアの男性って一体なんなんだと、考えさせられる。


 であるから、離婚率(2006年)はヨーロッパ圏内で著しく低い。日本と比べても1/2の以下の数値だ。ただし、これはカトリックの戒律によるだけではなく、国家的な社会保障戦略の上で女性が家族から離れるのが難しい状況をつくりだしているのだろう。
離婚率




 つまり、イタリア人女性が美しいというのは、この厳しい社会体制の中で離婚しなくてもすみ、家族のことも家計のこともしっかりできる、素晴らしい男性を捕まえるための魅力である。、動物的にいえばフェロモンとか、毛繕いなようなものか。このようにフェミニストの方々だけでなくとも、多くの女性のお叱りを受ける考察結果になるが、イタリア人の女性の美しさは国家的な抑圧の下で作り出されていると思うと、イタリア人女性の美しさにちょっぴり哀愁を感じてしまうのだ。




 なんて、イタリア人女性に話したら、




「そんなことないわよ。恋愛は自由よ。ロミオとジュリエットを知っているでしょ?」




なんて、いわれてしまう。



繰り返すけれど、この考察は決して私が悪いのではなくて、
イタリアワインがそう考えさせるのだ。
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[2011/07/11 15:54] | イタリア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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