イタリア日誌6-Emilia regiona
クリエイティブシティに関する会議の会場が、偶然にエミリア•リッジョーナの教育を紹介するエキシビジョンセンターで行われた。ここでの教育方法は世界で最も優れているとアメリカのニュースウィークでも紹介されている。日本でも現在、渋谷のワタリウム美術館で教育方法を紹介する展示会が行われており、日本でも注目されている。友人も小竹向原にまちの保育園という、エミリア リッジョーナの教育手法を取り入れた保育園を建設していて、おおまかな情報を得ていたのだが、まさか自分がエミリア リッジョーナを見学することになろうとは思わなかった。

 この保育園は元々、市の保育園として始まったものだが、現在では半分公共半分私立のセクターとなって外部からの協力や資金も受けながら運営されている。この教育方法の優れている点は子供の感性を引き出すように教育していることにある。先生は日本のように一般的な保育士が毎日絵本を読み聞かせたり、公園で遊ばせる、歌をみんなで歌うなどのクラスをターゲットと授業ではなくて、美術や音楽、工作など多岐にわたる専門性をもった先生が、それらの専門性を取り入れて一人一人の感性を引き出す授業を行っている点にある。
 たとえば、カメラを子供に持たせてまちに出て、国旗の色(赤、緑、白)を探しながら、写真を撮っていく、これらを結びつけて大きな国旗を作ってまちに飾る、などの答えのない自分で発見するような授業を行っている。
s_エミリオレジーア1
s_エミリオレッジーナ
 これらの作成された旗は街のいたるところのレストランに飾られている。




それも驚くべきことに、これらが一過性のイベントで終わるのではなく、毎日、毎週学校の先生によってオリジナルのプログラムが作られていることだ。
(詳しくはホームページもしくは佐藤学著の驚くべき学びの世界~レッジョ・エミリアの幼児教育に詳しく書かれているので参照されたい。)



写真:先生が新たな教育の道具を常に考えている。


 プログラムの例として光を題材にした教材とその空間を丁寧に紹介してもらった。ここでは例えば7つの色の照明が用意されている場所を用意して、自分の影が常に黒ではないことを子供自身に発見させたり、蛍光塗料が塗られた板を使ってペンライトの光によって壁に文字が書けることを発見させたり、ライトテーブルの上に色の着いた半透明のプラスチックを置いて色がどのように混ざるのかを発見させる教材など様々な感覚を豊かなする空間が用意されていた。これらは単純な仕掛けだが、奥が深い。先生はどうしてこういう事象が起こるかという答えを始めから教えるのではなく、子供の好奇心をくすぐりながら自分で、ないし子供同士でわくわくしながら考えて謎を解き明かさせるようにしているとのことだ。


 日本であれば科学館等の施設内でこういう授業があるから別に対したことないではないか、というかもしれないけれども、その機会は少ない。この感性の授業は人数は少なくして自主性を促し、ゆっくりと子供を誘導してあげる先生が必要だ。この幼稚園のシステムでは半年に一回とかではなく手を変え品を替え、毎日、発見に満ちた生活を子供達に提供している。

 これらのプログラム(というか仕組み)は是非、日本の先生も取り入れてほしい。一番良いのは創造性のある先生を雇用した保育園を日本につくることだ。しかし、テレビ番組を子供達に見続けさせているような保育所が多いと言われる日本では、実際に創造性のある授業を出来る人は少ないのだと思う。ましてや保育園にいる先生全員となると、それだけの先生は集められないだろう。(※後日、まちの保育園に行きましたが、それが出来ている。理想があれば若い世代はどんどん世界を変えていける)

 日本の教育のシステムや先生はすぐには変えられないし変わらない。それでも、現状の日本に少しでもエミリア•レジーナの良いところを取り入れるためには、
(1) 文部省か市町村の教育委員会は市立/私立問わず、全ての先生に授業に外部の人間(たとえば絵の先生や音楽家や子供教育を専門とする方)を特別講師として呼ぶことを認め、そのための予算を確保すること。(それが出来ないなら、どこかの財団がやればいい。当初はそこまでお金は掛からないはず)

(2) 新しい教育のために必要となる小道具を個人で用意することが難しいのであれば、それを貸し出せるようにする、もしくは廃材を利用して教育材料をつくれるようなスタジオを用意等して教育者に便宜を図ること。

(3) 道具だけでなく、感性教育に必要な空間(例えば暗室やブラックライトの部屋)が必要であればトラックなどによる移動式教室や空き家を利用した教育スペースをまちの教育のリーダー(別に先生でなくてもよい)の要望にそって提供すること。これらを上手に使いながら、感性や好奇心を一番鍛えるのにいい時期に適切な教育ができる。(現場に必要な教材は、現場で一生懸命活動する人につくってもらうのが一番いい)
 

 加えて、自分の子供に本当によい教育を提供したいのであれば、現状の日本では先生方々に任せきるのではなく、地域の人たちが知恵と時間を出し合って、新しい教育システムを作り出すしかない。



 前述した小竹向原の「まちの保育園」だけではなく、新しい教育方法色々な動きが見えてきている。他にも北欧の教育手法やドイツのルドルフシュタイナーハウス(日本では高田馬場にある)などの教育手法を自分の子供に受けさせてあげたいと感じる。理想の保育園を自分自身で建設することは出来ないにしても、そのために、少し身の回りの環境を整える動きをしていきたい。最近PTAのお父さん会が興隆しているらしいが、同じことを思う人が10人いれば、単純計算でこのような機会を交代交代で10回子供達に提供できるのだから。まずは、お父さんのそれぞれの特技を使った教育や、自然の中での体験などエミリアの考え方を使った教育方法は日本でもすぐに実現出来ると信じている。

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[2011/07/05 20:14] | イタリア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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