「講じなかったか」「講じられなかったか」
問題は安全対策を「講じなかったか」それとも「講じられなかったか」

今回の問題は根深い。老朽化していた、津波だった、予想外の地震だった、という問題ではない。僕も皆と同じように東京電力や政府には怒り心頭だし、危険を省みず復旧に携わってくれている方々に感謝している。しかし、根深い問題は「絶対安全」だからと「言わざる」を得ない日本の構図があったのではないか。当然何十にも安全対策をねっていたのは確かだろうが、東京電力と政府や国策上設置を決定し、設置する説明のために絶対安全だと言わざるを得ない。

もしも原発に危険な可能性があると周知すれば設置できないし、絶対安全だと言い切れば避難訓練や事故対策時の想定すらタブーになる。このタブーが神聖視されると、人は恐ろしいことに何も考えられなくなってしまうのだ。頭すっからかんになってしまう。


 今日、日本の水はきれいで、蛇口をひねればいつでも飲めるという神話をドミノ式に崩された。

 実は日本人はもうひとつの大きなタブーを抱えている。

そう、日本は侵略されないという安全神話。だって、他国が戦闘機でもって爆撃始めたときの場合の防空壕訓練なんてしたことはないでしょう?

 中国やノルウェ-では防空壕の設置は法令で義務化されている。神話が神話でなくなった。世界をもう一度フラットにみる。何が大事で、何が危機的か、リスクはどうか。世界のシステムを再構築する時期にきている。
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[2011/03/24 14:43] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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