スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[--/--/-- --:--] | スポンサー広告 | page top
上海日誌-68「日本国民。じゃなくて、一人の人間として」
中国では外国の事務所は基本的にデザイン事務所であり、行政からのハンコをもらって申請図面を作るためにはどうしても地元の設計院に依頼しなければならない。特に設備や構造の図面は彼らに頼らざるを得ない。
そのため、自分たちが描いた図面を地元の設計院が書き直すことになるので、どんなに説明して、きちんとチェックして、こちらでも書き直しても、まるで図面が施工図面に反映されていないことばかり。

打ち合わせで説明して、分ったと口で約束されても、なかなか作業して直してもらえない。期日が経って、もう時間的に直せないという段階で再度修正されていない図面が渡される。設計院の担当も変わるし、図面の精度基準も違って自分のデザインでもないのだから実質的には熱心に作業してもらえない。職人肌の日本建築世界から考えると仕事に対して真摯であってほしいのだが、中国の設計院の成果はどうしても満足しきれなりがちになる。


初歩設計(基本設計)以降の設計は、直す直さない、直すと約束した期日の確認など、実質設計作業ではなく、相手に作業してもらうことが主になってしまうことがある。こちらに非がなくても、約束した/しないなど結局口論になり、設計者としては貴重な時間を無駄にしてしまうことになる。それを避けるために、打ち合わせの度にきちんと相手が承認したといことを確認して、証拠として残し、いざという時にはクライアントの前で公表しなければならない。
 

けれども、それは相手に非を認めさせることではなく、こちらの努力を知ってもらい、協力していい建築を作り上げるための過程の話。相手を非難するだけでは喧嘩して終り。こちらに非がなくてもプロジェクトが進まなければ、クライアントからの信頼も得られない。何もいい結果は生まれない。





さて、今回のビデオの件。




実際の映像を見てみたかったし、GJとしたいけれども、このタイミングで国家機密が流失するっていうのはどうだろう。公開するには流出しか方法はなかったろうし、政府側の対応が悪かった、結果はいい方に進むかもしれないが法治国家なのだから愛国無罪っていうのは論外。この愛国無罪の風潮が出てきているのはちょっと怖い現象。
日本中、気がたっている。

 ビデオを見た巷の意見では「ほーら見たことか、日本の主張が正しかったとか」「中国って国は、、、、」なのだろうけれど、中国ではビデオの件は報道もされていないし、誰も関心を持ってはいない。そのビデオを見せられたとしても以前の中国側の主張のことは忘れているだろうし、そもそもあの周辺は中国のものだと理解しているので反省などしないだろう。

中国では日本人が陥っている「国家と同化した気分」はないように思う。


中国と少しでも関わっている人なら誰だって中国に文句の一つも言いたい。けれど、中国人も日本人もどちらも持っている情報は常に正しいものではなく、限られていて、偏っていることを常に意識したい。どんな戦争を起こした指導者も自身が間違っていたなどとは思いもしていないだろう。ついでに事実と真実も異なる。自分の情報と知識を常に疑わないと人は間違える。人は自らが善良だと思いこみながら他人とっての悪事を犯す。
 

(ニュースから推測するだけだが)日本大衆世論がビデオが流失したことをもって、中国に対して勝ち誇って気分になっていることは全く意味がない。尖閣諸島が日本の領土であることでどれだけの利を日本が得るのかをきちんと説明できずに、中国の問題点ばかりあげるのはただの拒否反応にすぎない。

中国は隣人。この地理的条件は動かせない。
それに今後若い世代は日本だけのことを考えて生きていけないだろう。世界の立場から中国をどのように国際社会の中に受け入れていく、ないし相互理解ができるようになるには絶対的に時間が必要。(国際社会という言葉も疑問がたくさんあるにせよ)

今の中国の20代に子供ができ、大人になり、地方も含めて考えれば意識が変わるには必ず2,3世代はかかる。日本だってそうだっただろうと思う。中国はほんの20年前までほとんど外国に開かれていなかった。遠い昔のように思える文化大革命時に子供だった人がまだ今の30.40代だ。まだまだ時間がかかる。




のんびり構えて、まぁ、カッカせずに。中国のことより自分のことを。個人が国家に自身を重ね合わせて3人称の「日本国民」にならず、一人の人間としてどう中国と世界に向かい合うか。そう考えたい。尖閣諸島の領土問題に関して日中の2者間だけでは解決するわけがない。日本のことを憂慮するより(もし憂慮するなら)日本人は個人的に直接世界に繋がるチャンネルを持つべきだと思う。


これだけ人が動く世界。国に頼らず生き、国籍関わらず友達になれる世界だ。
国ではなく一人一人の個人が世界の有り様を作る時代がすぐそこにある。



関連記事
[2010/11/06 22:11] | 上海日誌 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
<<上海日誌69-「中国の建築法規はここでダウンロード」 | ホーム | 上海日誌-67「国のかたちの一側面」>>
コメント
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバック URL
http://hirokijourney.blog35.fc2.com/tb.php/433-c4a10d7a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。