Hurt Locker
 戦争を題材にした映画で独自の戦争映画のカテゴリーを確立していった映画がいくつかある。もちろん主観だけれども、例えばフルメタルジャケットやシンレッドライン、スターリングラード、レッドオクトーバーを追え、等だ。Hurt locker はその中に当然加わる。


 湾岸戦争では戦争の中に人が存在しないかのようなデジタル戦争をテレビの画面の中で見せられた。それに対して現在イラク戦争で起こったのは、存在しない敵に怯えさせられる恐怖。この映画はその恐怖を描き出した。

 主人公は時限爆弾を解除するスペシャリスト、この爆弾は誰かが遠隔操作で爆発させるかもしれない。窓から爆破解除の様子を見ているイラク人はもしかしたらテロリストかもしれない。
 少し前の時代と違って、一般市民が少し言う事を聴かないからといって、殺してしまう訳にもいかない。しかし、イラクの子供達は笑って戦車に向かって石を投げつける。当然、市民はアメリカ軍に対して恨みも持っているし、何か不満を爆発させたいと思っている。街なかの市民にアメリカ人を攻撃するテロリストを心の中では応援するような雰囲気が漂っていて、それがアメリカ軍兵士の恐怖へと変わる。どこに敵がいるのか分からない、市民もなにも信じられないのだ。

 この映画の中では通常の映画のようなダイナミックな戦闘シーンは見られない。ただただ見えない、どこに敵がいるのかわからない恐怖と、突然、自分を見つめていた市民が敵に変わっている無念さが描き出されている。この恐怖がテロリストだけではなく市民にも、あるいは味方にも向けられている。

 この映画を見て、アメリカの人々がどう感じるだろうか。戦争のむなしさや根源的に武力手段ではない方法での解決方法がなかったのかと悔やむことはないのではないか。ただ単に任務遂行に邪魔なイラクの人を皆殺しにしてしまえばいいという短絡思考にもし繋がってしまうのなら悲しい。現代において戦争へと駆り立てるのは征服欲よりも「恐怖」なのかも知れない。マイケルムーアが「Bowling for Columbine」で描き出したように。

 全ての映画の作り手が持っているメッセージは希望だと僕は思う。戦争のような破壊からは創造性は生まれない。その創造性の固まりである映画が戦争の側に立つわけがないのだ。映画「ガンジー」で村人が列になって、ただただ順番に殴られに行く場面、チャップリンの映画「独裁者」でのラストシーンは忘れられない。映画が持っている平和へのメッセージはなんて大きいのだろうと涙した。

 この映画は戦争時の苦悩を新たな角度から描き出した。しかし、出来るならばこの映画が反戦映画としてのメッセージ性をもう少し出しても良かったのではないか。War is Drug… と映画の冒頭でのメッセージは残念ながら映画を通しては伝わってこない。


とはいえ、いい映画です。

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[2010/03/01 23:28] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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