上海日記-10「遺体はどこへ消えた?」
話は前後する。
4月4日は中国の祝日だった。日本で言うところのお彼岸の日にあたるらしい。清明節という。
いま宿泊しているホテルの近くには上海の烈士のための記念施設があり、その周りには遺骨が埋められている。記念感は中国の為に亡くなった烈士を追悼するために、そのものズバリ、ピラミッドの形態をしている。非常に分かりやすい。(笑)

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この日はこの場所に献花をする人が多く見られた。
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しかし、

しかしだ。

上海の人口や歴史に比べて、はっきりいって街中でお墓を見る事が少ない。

???

そう、これにはきちんと理由がある。

そう。文革の時に市内のお墓は撤去されてしまったのだ。
1966年の文革以降、上海の葬儀館は閉鎖を余儀なくされた。
約40万基あった墓地は近衛兵たちによって破壊されてしまったという。

恐ろしい話だが、掘り起こされた遺骨は一体どこに行ってしまったのだろう。


思えば人の死を悼む習慣というのは、七万年前のネアンダール人の時代からさかのぼる事が出来る。いつの時代でも故人を思い、自分が亡くなっても自分が生きてきた証が残るという「心」が人を人足らしめていたのだろう。

さて、人口が多くなり、土地の少なくなった現代中国。BROSによれば政府は今、海葬に力を入れているらしい。これまでに数千人の遺灰が海に流されたと言う。海葬の参列費用は一人150元、しかし、遺族には400元の手当が支払われるのだという。しかも、指定のインターネットサイトでブログを立ち上げて、バーチャル線香をあげることもできるのだという。

土地の有効活用と言えばそうなのだが、これにはさすがに閉口する。葬儀やお墓は人を人足らしめていた祖先を思う死の儀式。人間がコミュニティの中で暮らす為に培われてきた技術であり、慣習だ。これがなくなるのは現代人が人のコミュニティを捨てることにならないだろうか。そう考えると文革時代と同じように現代に恐ろしさを感じてしまうのだ。

ちなみに僕が死んだら、遺灰はガンジス川に流して欲しいと友達に頼んでおいた。
僕が亡くなるときにはガンジス川には遺灰は流してはいけないことになっているのだろうか。
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[2009/04/15 23:14] | 上海日誌 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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