[080216]tanna island → port villa
 朝4時半に起きて空港に向かって出発。2泊したタンナ島を後にする。
ポートビラに着いてカルチュラルセンターへ。ここではバヌアツ唯一の世界遺産のSANDROWINGを見ることが出来る。とはいえ、観光客はあまり来ないとのことで、レセプションの人すらいなかった。

 3,4人の観光客と共に、sandrowingの実演をみる。sandroingとは砂に特殊な意味を持った紋様を描く無形文化財で、一つ一つの紋様には歌と物語がある。指が砂の上をすらすらと滑り美しい紋様を描いていく。部族間で言葉が通じなくとも、この紋様によって関係を保つこともあったという。

 バヌアツには数多くの島と、無数の部族が暮らしている。今日の朝までいたタンナ島でも30ほどの言葉が使われているそうだ。バヌアツは通常英語に近いビシュラマ語が使われているため、現地の人が話していても何となく理解することができるのだが、現地語だとさっぱり分からない。たとえば ごめんなさいは、ビシュラマ語では sori tumas だが、
ヤスール火山の近くの村では タナカソーリだ。(逆に覚えやすい?)

 バヌアツには非常に多くの慣習があり、これを全て知るのは不可能だ。その中でも知ったな中の一つに村と村との交流はお互いに貢物を送ることで関係を保っている。今でも結婚をして娘をもらうときは、子供に女の子が生まれたときは、娘のお父さんに女の子を渡さないといけない。
 これが昔であった場合、豚をもらったら豚を返さねばならず、戦士を渡したら戦士をお返しに渡さなくてはならない。これが守られないと村同士で争いになったらしい。バヌアツでは食人の慣習もあったため、多くの宣教師が食べられてしまったそうだ。タンナ島の東側では40歳ぐらいの人であれば多くの人が、人を食べたことがあるとのことだ。それを考えれば、バヌアツは相当現代化したのだなと感じる。

 夜はお世話になったSPTの方々、海外青年協力隊の方々とバーへ。思えば3つの島全てで海外青年協力隊の方とお会いしている気がする。合計10人ぐらいと会って、話したり飲んだのだろうか。まぁ、バヌアツは観光客の数より海外青年協力隊の方が多いので、可能性は高いのだが。バヌアツは生活に逼迫する飢餓等はないので、土木や観光の方もいるが、もっぱら教育部門の方が多いとのこと。自分の言葉のつたなさにストレスは感じても、子供に教えることにストレスを感じないとのこと、フレキシブルだし、残業もない。日本では先生は人間関係やら何やら大変な思いをしているのだろう。

 なにはともあれ、こういった協力隊の方が働いてくれているので、バヌアツでは日本人に好意的だ。商業を営み中国人などは嫌煙されがちなのを考えると、本当に待遇がちがうのだなと、バヌアツだけではなく、世界中でそう思う。
関連記事
[2008/02/16 08:07] |  -バヌアツ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
<<[コラム]日本が取り入れたい乗り合いタクシー | ホーム | [080215]tanna island >>
コメント
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバック URL
http://hirokijourney.blog35.fc2.com/tb.php/34-4b7816da
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |