テロについて
イスラエル、デリー、イスラマバードといいテロと間一髪で避けながら旅を続けている。避けたというより、行く先々でテロが多発しているといった方がいいかもしれない。決して危険な地域を旅しているわけじゃない。テロは身近にあり、世界は動乱の中にある。

アメリカを中心に世界はテロを撲滅しようと躍起になっているけれど、強硬手段ではテロはなくならない。テロリズムは権力を手にしていない人々の表現手段だからだ。表面的にテロを鎮圧したとしても、ものいえぬ力の弱い人々がいる限り、世界の内側からテロがいつか噴出する。じわじわと、しかし必ずだ。

もちろんテロは決して許されるものではない。ただ、テロのあった国々で様々な人と話をした。悲しいテロもあるのだと知った。イスラエルがそうだ。自爆テロをしなければ世界から注目すらされない。
パレスチナ人は世界から抹殺されている。イスラエルとの交渉が行われるどころか報道すらされない。ガザ地区では毎日多くの餓死者がでている。
報道がされない、報道をみないという行為がテロを生み出している。世界の無関心が平和への道を閉ざしている。
平和的な話し合いをさせてもらえない人々、社会的に抹殺された人々はテロという手段に走る。圧倒的な武力の前にはゲリラ的な方法しかとれないのかもしれない。


中国ウイグル自治区はムスリムが多い地域だ。このウイグル自治区を通るバスで興味深いビデオを見た。イスラム過激派が作成した啓蒙ビデオだ。その中にはオサマビン ラディンも出てくる。世界各地のムスリムがいかに不遇の立場にいるかをいうことが流される。パレスチナやチェチェンでムスリムの女性が軍人に殴られ、無抵抗の親子が撃たれる映像が映し出される。英語訳もあり、チェチェンでは何万人もの女性がロシア人に暴行されたと書かれていた。一方でクリントンやブッシュ(父)が笑顔でいるところが映り、アラブ人から勲章を受けている様子もつけられていた。
この映像をみたら同胞のためになにかできないかと考えるのが普通だ。血気盛んな若者ほどそうだろう。

(もちろん映像は作為的に編集されている。それは作為的だと反論しても、それは日本人がアメリカのニュースソースをみるのと何が違うのか)

このビデオには8歳くらいの少年たちがゲリラ教育を受けている映像も、勇敢な戦士も映し出されている。(異常な光景だと思うが)祖国や同胞のために仲間に加わりたいと思わせるビデオだ。世界中の誰も戦争やテロを望んでいなくてもこうやってテロは生産される。テロに加わった人々も祖国や同胞のためを思い、解放者としての誇りだけを持っている。


しかし、それでいいのか。テロはなくならないと諦めてよいものか。否、私は一人の人間として決して許容できるものではない。
オウムのドキュメンタリー A の監督の森達也氏がこんなことを書いていた。

[一人称が国家とか我々、国益などの3人称に取って変わる時人間は間違いを犯す。これまでの歴史を振り返るとそうだったはずだ]と。

人には未来を変えられる可能性がある。それは国から離れて一人の人間としての可能性だ。青臭いとは思うが一人ひとりが世界を考え、自分が出来ることを少しでも行えば、そこには可能性がある。

どこかに書いたと思うけど、もう一度書く。



人はもっと対話すべきだし、人はもっと旅をすべきなのだ。
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[2008/10/06 17:25] | 旅コラム | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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