[080902]Muscat → Dubai
ドバイは同時代の観点で見るべき場所だと考えていた。今、ドバイを見なければならないと。そのためにわざわざドバイにまで「今」来たのだ。トランジットでもこれそうなドバイに。

ドバイのその都市化のスピードには驚かされる。バスが街に近づくにつれて浮かび上がる高層ビルのシルエット。ニュードバイ地区の高層ビル群にも圧倒されるが、夜にアル・ミナ地区を訪れたときには声を失う。「まさか、ここまでとは・・・」
 

 ドバイはUAEの首長国の一つだ。ドバイといえば石油国家というイメージがあるが、ドバイは石油依存をとっくに脱している。国家の戦略は的中したが、殆んど自国民の見当たらない。ドバイの外国人割合は7,8割ほどだと言う。この国は一体アラブ国と言えるのか。40年前のドバイ人はこの国の在り様を目指したのだろうか。楽市楽座の経済政策には賛成であるが、移民を受け入れていくということはこの状況もありえるのだ。

下記、ウィキペディアより抜粋

*********
原油依存経済からの脱却の取り組みと産業の多角化を進めてゆく。その流れのうえで1981年(1985年)に開設に至った『ジュベル・アリ・フリーゾーン(JAFZ)』という名の経済特区、およびナショナル・フラッグ・キャリアとしてのエミレーツ航空の開港は、国外資本や外国企業の進出とあわせて『人』と『物』の集積地としての発展を急速に促していった。[1][4][5][6][7][8] 1970年代からわずか約20年のうちに起こった変化は、都市外観のそれのみならず、経済の石油依存率は半分以下に減じ、GDPの伸びは30倍に達するなど、『中世から近代への急変』との表現をもって語られる激変そのものであった
、2004年の後半から続く原油高がその発展を更に後押ししている。2005年度の経済成長率は16%に達し、総数120万の民の都市となったドバイは、摩天楼の連なる幻惑的な百万都市を擁する都市国家として中東でも随一の繁栄を誇っている。[
***********


ドバイは石油を核として人を集めた。ドバイに発着する航空便にはサーチャージが掛からない。経済特区と合わせて人が集まる仕組みをきちんと作っている。歴史上、人が自由に集まれ、商業ができる都市は栄えると証明されている。

 実際に街はインド人だらけだった。少数の現地アラブ人に対して7億人のインドやパキスタン、スリランカから人が押し寄せてくるのだ。皆働き口を求めて出稼ぎ労働者だ。彼らが必死に昼夜問わず働くおかげでこの街の急速な発展が成立している。
 泊まったユースでもオーストラリア人、フランス人、ニュージーランド人とドバイに就職先を求めてやってきていた。仕事を得るのは容易いらしく、一度の訪問だけで年収800万程度の職の提供を受けていた。

 ドバイの都市化のスピードはすごいものがある。写真をみても40年前は全くの砂漠だった。道路の下にはすぐ砂地だ。そんなところにSOM設計の世界最高高さのビル(818mと言われる)が2009年を目標に建設されている。さすがに1km近いビルともなるとそのスケールが良く分からなくなる。10km先からでも見ることが出来るが、湿気でそのシルエットだけが浮き上がる。手前のビルとは遠近感の関係が良くつかめない。
s-DSC_5409.jpg

 しかし、これほどの高層ビルは必要なのか。都市が高密化しつつあるとはいえ土地はまだまだある。半分の高さのビルを2つ作ったほうが効率いいはずだ。しかし、人間、男の子と一緒で高い建物が好きなのだ。私だって人間がどこまで高いビル作れるのか知りたい。

ただ、この建物が完成してもクエートに1000m超えの建物が既に計画されており、それに対抗してドバイに1400mのビルを建設するというプロジェクトも上がっている。訳のわからない合戦の様相を呈している。

 クエートでプロジェクトを組んでいる友達に聞いたが、アラブの建築状況は異常のようだ。石油を持つ王族はその金の使い方が滅茶苦茶のようだ。どんなにお金は掛かってもいいから世界のどこにもない建物をデザインして欲しいという依頼がくるという。建設への欲求どまるところを知らない。
 クウェートの財団は近年コルビジェの100万人の都市の計画案をコルビジェ財団から購入したそうだ。彼らは砂漠に輝ける都市の計画案を実現させると言う。そんなに住む人間がいるのだろうか。まったく理解に苦しむが、現代社会にもそんな無茶苦茶な計画が進行する。
 ドバイもそうだ。世界地図を模した人工島や椰子の形をした人工島、ありとあらゆる形のビルが建ちつつある。


 一つ一つのビルに個性をつけることはいい。勝手にやればいい。しかし、スカイラインと言う意味ではよろしくない。全体性がないのだ。まとまりとしての美しさがない。市場重視、機能重視の都市計画であるがゆえに街としての成熟されたアメニティまで手が回っていないようである。雑誌にもDPI(DUBAI Investment Park)の局長が答えていたが、あくまでドバイは市場に任せているのだ。
 彼らの出来ることは交通に関してなどの機能性に関する内容とツーリズムへの対策だ。

 都市計画の全体性はないが、ドバイではデベロッパーによって人工島が次々と作られ巨大開発が行われる。そこには一定のまとまりを持った都市像が生み出されている。結局都市全体での制御は不可能なのだ。

s-DSC_5429.jpg
アル・ミナ地区の夜景

 
 ラマダン(断食月)は予想以上に辛い。比較的寛容だと思っていたドバイでさえ日が出ている間は一切飲食ができない。とてもではないが私には耐えられない。となるとコソコソと水やビスケットを口にすることになる。人前でやると警察に捕まる。学校で授業中に早弁するのをスケールアップしたようなものだ。教室が町全体に、先生が警察になったようなもの。ほんと変な戒律をつくったものだ。
関連記事
[2008/09/02 00:50] | 世界一周旅行 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
<<[080903]Dubai | ホーム | [080901]Muscat>>
コメント
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバック URL
http://hirokijourney.blog35.fc2.com/tb.php/281-9bcf3e78
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |