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[080820]Tel Aviv
s-DSC_4575.jpg

 イスラエルの現代建築は彫刻的なデザインが多い。

これは太陽の光が強いと言うことばかりではなく、素材が限定されていた背景があるだろう。エルサレムはエルサレムストーンと呼ばれるベージュのライムストーンが使用され、住宅も壁も石畳も全てこの素材で統一されている。ハイファも地元産の石材が使われている。ヨルダン、イスラエル、シリアの地域は丘が多く、岩盤が固い。そこから石材が取られてくる。
 素材が同じだからこそ表面の凹凸に配慮したり、全体の形態に特徴を持たせる。
また、丘の上に建築を建てる経験が多いせいか階段状の建物が多い。平地であってもこのデザインを踏襲することすらある。これもイスラエル建築の特徴だ。

 
 テルアビブは砂丘の街だった。20世紀初期にシオニストによって建設され、中東のヨーロッパと言うべき都市とまでなった。第一次世界大戦後のイギリス統治時代に計画された。テルアビブはWhite Cityと呼ばれている。街の建築が白く塗られていたからだ。ドイツでは戦時中にバウハウス建築はことごとく破壊されてしまったが、テルアビブにはドイツで学んだ建築家によるインターナショナルスタイル建築が4000棟ほど残っている。2003年には世界遺産にも登録された。
 とはいえ、これがインターナショナルスタイル建築だということが分かる人間がどれだけいるのだろうか。ほとんど補修もされず、更新もされず、残骸のように残っているものが多い。世界遺産都市だと知る人間がどれだけいるのか。ここでも都市計画等の保存運動が後手に回っているように感じる。近年ユネスコは近代建築に対してやたら世界遺産認定をしているが、現状を憂いた措置なのかもしれない。
s-コピー ~ DSC_4489



 中心市街地は都市計画の祖としても知られるパトリックゲデス卿が設計した。円形広場の周りにはインターナショナルスタイルの建築が立ち並んでいる。特にCesther&Mosena Thaniel設計の映画館は秀逸。現在は改装されてホテルとなっている。
 この中心広場は道路の上に立体広場が設けられ当初の面影はなくなっている。ただ、この立体広場の設計は秀逸であり、参考するに値する。
s-DSC_4512.jpg



午後にテルアヒブ大学へ。私がイスラエルに敵対する国家であったならば、はじめの爆撃は大学とするだろう。イスラエルは知識階級の富によって成り立っている国家だ。国内にいるユダヤ人は僅か450万人。東京都の人口の三分の一程度。イスラエルは人的資源の乏しい国だ。だからこそ戦争時には人的被害を極力さけるため、先制攻撃を仕掛けざるを得ない状況に陥っている。相手はエジプトだけでも7000万人、アラブ諸国を合わせれば何億人にもなる。加えてアラブの家族は子供を多くつくる。イスラエルも頑張っているが及ぶべくもない。イスラエルの貴重な人材の中の特別に優秀で貴重な人材は大学にいる。もしくは大学が生み出す。だからこそ敵だったらここを狙う。


 エジプト、ヨルダンと旅をして、数週間ぶりに見たものがある。

 「雲」だ。
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