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[都市コラム]都市計画が世界を救う。
 CATにて純粋な適正技術を見学することができた。

しかし、日本ではエコ・エコと騒がれていたのが逆に振れて、環境問題の嘘・情報の隠蔽が話題になっている。日本は京都議定書に代表されるように、リサイクルやエコロジーに対して最も進んでいる国だと新聞では周知している。今も「チームマイナス6%」と合い言葉のようになっているが、正確には1997年に締結された京都議定書で日本が第一約束期間(2008~2012年)の5年間における温室効果ガス(CO2)の排出量を1990年の排出量から6%減らすということを指している。しかし、実際には減らすどころか2004年において1990年と比べて8%も増えているのが現実だ。これから、たった2年で、現在より14%削減しなければ達成しなければならないということになる。これが事実であり、年々エコロジーな生活になっているような錯覚を大多数の日本国民が起こしているということになる。

 例えば、日本はリサイクルの先端と行っても、政府発行のリサイクルの算出方法は詭弁であり、単に燃やして捨てるのもリサイクルの一部として算出しているという。容器包装プラスチックの回収率は10%であり、自治体に集められたうち実際に別の商品に変えられているのは10%程度であり、その商品が本当に売れているかとなるとその1/3以下だろう。

加えてペットボトルがそのまま、違う商品に変わるわけではなく、リサイクル商品を作るために多くのco2(石油)が使われている。 武田教授の「環境問題の嘘はなぜ まかりとおるのか」によれば、「リサイクルなどせずにその場で燃やしてしまった方がまだ、エコロジーだ」というのである。そうすれば、ゴミの回収の輸送費やリサイクルのためのよけいなco2をかけなくてもよいのだと。


 下手にリサイクルなどするというから、安易にペットボトルが流通し、高額なコストをかけて販売しなくてはならないのだ。明らかに企業側の単価をあげるための構図が見え隠れしている。日本人は極端な衛生好きが多いのと、責任問題でうるさいのであろうが、本来コンビニにはペットボトルに詰め替えるための飲料を用意すれば良いのであって、わざわざペットボトルごと帰る必要はないのだ。自分が紙コップにお茶が一杯欲しいと思っても、コンビニにはおいていないのだ。わざわざ新しいペットボトルを買って、水筒にお茶を入れるという構図は滑稽だが、実際にあるのだ。くだらないことだが日本の現実としてある。

 しかも、(収集や再利用に多大なエネルギーが費やされるが)万が一完璧に分別され、ペットボトルが全て再利用されたとしても、それにco2の排出の分量としては全体の数%にすぎない。あれだけ、善良な日本人の大半がエコロジーというとポリ袋とペットボトルを意識しているのにも関わらず、結果としてたかが知れている。
 CO2の削減を考えるならば排出量0.1%のペットボトルを70%削減してもたかが知れているが、一番多くのCO2を排出している問題点を僅かでも減らせばペットボトルなどのことは気にしなくても良いほどになるのだ。

 
各社から数多くのエコロジー商品が出され、省エネルギーやCO2削減を標語にしているものが多い.実際には新商品は「エコ」の推進の下、買い替える結果としてCO2をより多く出しているという変な構図すらある。

 となれば、どこが一番CO2を排出しているか。それは産業廃棄物と自動車からの排気ガスである。全CO2排気量の21.0%が・自動車等の運輸からの排気だ。考えてみると、自動車はある場所からある場所まで動くから発生するのであって、東京のように都市がよくも悪くも高密にたてられ公共交通が発展していれば一人当たりの排出量は少なくなる。広大な土地に分散して住むアメリカと比べると日本の一人当たりの排出量は半分以下とその差は一目瞭然だ。

 言わずもがなアメリカは世界最大のco2排出国であり、彼らがどれだけCO2排出を減らせるかがが急速な温暖化を緩め、石油の枯渇を延命するための重要なポイントだろう。
 そのためには当然、車の性能を高めてCO2削減すること(だからと行って新しいものを買うということはそれだけCO2を排出するということ)、エコドライブ(これだけで25%削減となるらしい)、そして何より車での移動をしない、移動距離を短くする都市構造の変革が求められる。(ちなみに通勤に車を利用しているアメリカ人が、一日に走行する距離はおよそ64キロ、小旅行並だ)


 フードマイレージという考え方http://www.food-mileage.com/がある。これは食品が自分の口に入るまでどれだけの距離を通っているかという数値だ。例えば国産(北海道)のトウモロコシであれば、アメリカ産よりも9571kmも短い距離をたどって食卓に運ばれることになる。
 フードマイレージが長ければ長いほどガソリンを使う訳であって、地球によいことなどなにもない。政治的な話が大きな焦点になってしまうが、本来都市構造としてベースは近郊農業によって成り立たせるべきなのだと強く思う。

 また、北海道の高速道路が無駄だ、無駄だと騒がれるが、もしも日本で自給率を高めようとするならば北海道に高速道路がなければ耕作物の流通は成り立たないとも算出されている。北海道から小麦を運ぶか、アメリカから小麦を運ぶか、どちらが地球環境によいのかを考えれば、単に局地的にあまり使用されていないという北海道の道路のニュースで判断するのではなく、全体を俯瞰して決断しなくてはならないと思う。

 悲しいことに日本は国家的な戦略がなさすぎる、少なくても表に決して出していないようだ。よくも悪くも、常に日本列島改造論みたいな分かりやすさを持った国土論が必要とされているのだろう。(ちなみに現在出されている国土計画は第5次の全国総合開発計画 21世紀の国土のグランドデザイン?-地域の自立の促進と美しい国土の創造- 平成10年(1998)3月 という代物)よくも悪くも、これは本来政策の根幹をなすもので非常に重要なもの。けれども、一般には知られていないことが問題ではと思う。) 

 農業の観点からも国土計画、都市構造を作るかを考えなくてはならない。安全で新鮮な食品を得るにはなにも、農家の努力だけでは出来ない。国土をどう利用するのか大枠がなければ努力が無駄になってしまうことすらある。
 未だに都市計画というと個人の生活を踏みにじるような悪いイメージがあるように思う。そして、旧態依然の計画をしていても「まちづくり」等の優しい言葉でごまかそうとしている感がある。しかし、都市計画は歴然として存在するし、人の環境を作り出す最も重要な施策の一つである。

 全ての人間は多かれ少なかれ都市に依って生きている。田舎の人の生活も都市からの供給によって成り立っている。(当然、逆もある)。環境問題は人がいるから起こる。人は都市に住まう。環境問題は都市計画によっている。
 都市計画の作り方によって都市のあり方が変わる。都市計画が後手に回らず、具体的なイメージを指し示して訴えていかなければならないだろう。そうすれば世界が変わる。それは決して暗い世界ではないはずだ。


都市計画が世界を救う。
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[2008/07/25 21:20] | # [ 編集 ]
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