[080620]Milano → Basel
 ミラノからの車窓は雪を被った山々に湖、本当に美しい。建築ばかりを見ていたけれども、スイスでは山を体感しなくては。車中で旅程を変更した。
  
 バーゼルに着くとユーロカップ一色だった。日本ではワールドカップのときにこんな風にはならなかったろう。ヨーロッパ各地からユニフォームを着て街を訪れ、街は彼らに対して国、国民全体で迎えている。インフォメーションブースは各地に作られ、ボランティアの案内、屋台に、みやげ物、パブリックビューイング、とユーロカップのために街が出来上がっている。
 日本では未だサッカーは文化になっていない。

ヨーロッパを旅すると、いや、世界を旅するとサッカーがいかに愛されているスポーツなのかと感じる。どこにだって、世界遺産の街の中にだって空き地があればポールで作られたゴールがあり、街中にはボールを蹴る子供がいる。バーに行けばお気に入りのチームに熱狂し、街にはわが街のチームフラッグがはためいている。サッカーの話をすれば、大体通じる。浦和レッズを知っている人も何人か出会った。一緒にボールを蹴ることもある。ボールで心が通じ合うのだ。きっと。
ユーロカップはワールドカップよりもより近い国同士で戦う。それゆえに各国のライバル心が燃え上がっている。ユニフォームを着た人々は、駅構内でも大きな声で祖国の名を叫んでいた。

バーゼルは現代建築の宝庫となっている。ヘルツウォーク&ド・ムーロンの作品など見つつ、長年見たかったルドルフ・シュタイナー設計のゲーテアヌム(Goetheanum)へ。ここはこれまで見てきた建築の中でも格別の部類に入る。第1ゲーテアヌムが焼失した後、1928年に新たなデザインをもってオープンした。巨大な彫刻的なRC造の建物としては世界初の建物だった。

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 ルドルフ・シュタイナーは元々建築家ではなく、思想家(Philosophy of Spritual Activity、Anthroposophy=Awareness of our humanity=人智学)だった。(これを説明するには理解が足りないので、ウィキペディア等にお任せしたい。)これを表現する神秘劇の表現の場ととしてゲーテアヌムが作られた。
設計時点で当初、外部空間は土で覆い、草が生えているのが理想だとルドルフ・シュタイナーは語ったらしい。明らかに彼は内部からのデザインを意識していた。内部空間は重量のある精神性に満ちていた。ただ、敷地条件等が変更され、窓を作る必要も出てきてこのようなデザインとなった。ただ、完成したのはルドルフ・シュタイナーの死後である。当時、殆んど完成していたとはいえ、天才の考えることを理解し形にすることは難しかっただろう。

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 周辺にもゲーテアヌムの関連施設があり、ルドルフ・シュタイナーのデザインを基調に施設(住宅)が作られていた。

ユーロカップの関係でバーゼルには宿が取れず、しかたなくチューリッヒに宿を取る。移動費がかからないユーレイルパスならではの芸当。しかし、明日も戻るのが実にメンドクサイ。ちなみにユースもユーロカップのおかげで厳戒態勢。セキュリティはいるわ、アルコール厳禁などうるさい。ただ、ホテルのような(実際値段も高い)ホールにプロジェクターでサッカーが見られるのはうれしかった。

トルコが奇跡を起こした。
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[2008/06/20 07:43] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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