[080604] Split & Trogir
 スピリットは1世紀より城郭として成立してきた。軍事上重要な場所に位置し、時代時代の状況と合わせて城郭と街が発展してきた。1世紀から城壁があったが、14世紀にはオスマン・トルコの侵略に対して城壁を拡張している。スプリットはベネチアに帰属するなど、中欧が常に東西の大国の脅威に晒れていたかがわかる。博物館では過去の遺跡を残しつつ街が発展していく様子を見て取ることが出来る。

クロアチアは石の文化を持つ国だ。 一般の住宅も石が剥き出しのまま仕上げているものも多く、実に中世的な印象を受ける。

 スプリットからバスで50分ほどに位置するトロギールは中世が止まったような街だ。入植もすすんいく。しかし、そこにも元々住まう人々が多数いる。彼らは古い住宅に住み続け、毎日を営んでいる。お供とアドリア海沿岸の都市は城塞都市としての意味合いが強い。場内の建物はギュウギュウに詰め込まれている。モロッコで訪れたフェズも城郭都市であったが城壁で防御するのみだけではなく、住居と狭い道全体が防御壁としても機能している。そのため、街は拡張しつつも迷路のような都市が出来上がっている。

 スプリットでは城壁が防御壁であり、そこが破られると陥落を意味する。場内の建物はそれほど規模の大きいものではない。城郭内の建物は中庭型ではない。のんびりと憩えるモスクもない。かろうじて広場があるが、どこで人々はリラックスできるのか。都市の成り立ちが要塞であるだけに仕方がないことなのだろうか。

 中庭がないため洗濯物が干せない。屋上の空間もない。となると路地の上空しか干す空間がない。日本では日照権が叫ばれるが、こちらは物干権などが論じられたりするのだろうか。道を挟んだ建物の間にロープを通し、滑車を利用して洗濯物を干す。生活観溢れる光景である。

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これらの建物の内部を見学することができる。というのは、普通の住宅の一部屋を旅行者に貸し出している。バスから降りると普通のおばちゃんが客引きに来ている。こちらの住宅は300€ぐらいであるため、1人10€ぐらいで貸せればおばちゃんも潤うのだ。地元の普通の暮らしの垣間見ることができるのは建築家にとってはありがたいことだ。


旅を続けていると時々訳の分からない親切に出会うことがある。トラギールからの帰り、地元に住むニコラに声を掛けられた。ビールを殆んど奢ってもらい、彼の仲間と共に飲み続けた。結局そのバーにあった全ての種類(8本/人)のビールを飲んだ。

彼の父親はサラエボに住んでいた。母親はハンガリー人、彼自身はクロアチア人である。旧ユーゴこそ彼の国であったのだろう。話は戦争のことにも及んだ。彼曰く

「あの戦争は政治的な戦争であって人々の戦争ではないよ。」

「人々の民族対立など関係なかった。」

性急に進む西欧諸国システムへの流れに対して、旧ユーゴの体制を懐かしむような表現もあった。

「クロアチア人は朝から夕方まで働いて、それから馴染みのバーでゆっくりビールを飲むのが何よりも幸せなんだ。これからアメリカのように働くようになってしまったら何のために生きているのか分からなくなるよ。旧ユーゴ時代はやることが限られていて、自分の持ち時間を働けばよかった。これからは働きすぎなければならなくなるかもしれない。」と。

彼の月給は600€。西欧諸国に比べると格段に安い。これからユーロ加盟までどれほどの課題をクリアしていかねばならないのだろう。世界中どこでもそうだが、政治と人々の感覚にズレがあるのだろう。

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[2008/06/04 01:59] | 世界一周旅行 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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