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[建築コラム]教会の塔の地域的変遷

 中欧に来て気付くのは教会の形態が変わってきたことだ。イタリア・ローマを中心とした石の建築文化はアーチを使いこなして大空間を得た。一方でどうしてもその高さや光の取り込みに難ががあった。キリスト教は徐々に北へと伝播していった。そのとき教会は「木」の文化に出会った。ドイツ以北には木を模したような独特のリブ構造が見て取れる。森や木の形態からヒントを得た建築家がゴシック建築を生み出したと、故吉阪隆正先生がそんな文章を書いていたと思う。

それをヒントにするとこの中欧での鋭塔のデザインは南欧からロシア正教、アラブの文化が混ざった形態だと見出せる。
 単純に図説するとこんな感じになる。

s-100_4764.jpg


南欧で生まれた教会は屋根もそんなに鋭角ではない。徐々に北に行くほど、鋭角になっていく。ドイツのハンブルグの方まで北へ行くと殆んど針のような形態をみることが出来る。一方で、ギリシャの島々では円形の屋根がある。この地方はイコンなどを信奉するロシア正教の影響を受けている。ロシアではあのスパース・ナ・クラーヴィ聖堂を代表するようなずんぐり(むっくり)とした屋根をつけた建物がある。
 
これらの地域の中心にある中欧の教会は鋭角な部分がありその下部に少しずんぐりした形態になる。東西の建築を見るとこれは中途半端な形態に見えてこないだろうか。もちろん至極単純化してのことだ。建築は国境で形が変わるわけではなく、風土や文化・慣習の影響によるのだと思う。

この地域的な塔の形態の変遷はシルクロードを渡って日本にまで繋がっていると考えている。

ある地域で一定の様式が成り立つと、それは風土を飛び越えて伝播することになる。だけれども、様式が成立するときには風土が関与している。その思想を見出すことは面白く、その場にいなければイメージできないことだ。

以上は今ある考えをざっとまとめてみたものだ。きちんと勉強して整理したい。
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