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[080510]Algeciras→Tanger→Meknes
 アルヘシラスからジブラルタル海峡を越えてモロッコのタンジェへ。フェリーで2時間半の距離には別世界が広がっている。海を挟んでスペインとは言葉も文化も人種も服装も全て変わる。

 モロッコの公用語はモロッコ語(アラビア語)とフランス語だ。モロッコ語は数え方が英語やラテン語とまったく違う。文字は蛇のような形態で理解できるわけがない。挨拶も簡単なものしか覚えきれないだろう。モロッコを旅するのに本当はモロッコ語を覚えなくてはならない。それにモロッコ語はほぼアラビア語と同一なので全イスラム圏で使えるので覚える価値は高い。
しかし、私は近々フランスに行くことになるのでフランス語を予習しておいたほうがいいだろうということもある。ともかくフランス語を覚えるほうが私には楽なのだ。


 実はフランス語を高校大学と5年勉強していた。が、完璧に忘れてしまった。高校生の私はフランス語をそれはそれは熱心に勉強したのだが、結局さっぱりだった。勉強した5年間を返して欲しい。
以前フランスを訪れたときにフランス語で話しかけても、パリジェンヌ達からの返答は全て英語だった。フランス語のあの鼻を抜けるような音が僕には出せない。特に風邪気味で鼻が詰まっている今の私にとっては無茶難題。いや、不可能なことだ。フランス人が風邪を引いてもフランス語は喋れるのだろうか。私はそれには懐疑的だ。


 フランス語への愚痴はまだある。数の数え方が気に食わない。なぜ80をキャトルバン(20×4)と数えるのか。10進法を使って欲しいと思う。私はなんと間抜けな言語なのだと思っていた。
しかし、フランス人はとても頭が良かったとも言えなくもない。かつてミクロネシアの原住民は5までしか数えられず、それ以降はただ「いっぱい」と表現していたらしい。それに対して西洋人は10だった。つまり、原始人は片手の指の数、西洋人は両手の数が数えられた。それに対してフランス人は両手と両足を全て使って20と数えているのだから頭の良い人種だったのかもしれないということだ。ただ、現代でもその慣習を残す必要はなかったと私は思う。 



 5年も勉強してフランス語は全くといっていいほど使い物にならなかった。こんなことは他の国の人でも経験があるのではないだろうか。特に日本円が強かったときオーストラリア人は小学生のとき日本語が必修だった。友達には日本語をマスターして日本に住んでいるオージーもいるが、ほとんどのオーストラリア人は日本語を学んで役に立たなかったと不満に思っているだろう。学生に何語を学ばせるかは国策にも繋がる。私の母校は今でも大して役にたたないフランス語を教えているのだろうか。(あくまで劣等生だった私の場合です。マスターしていればフランス語はアフリカなどでも大活躍のはず)

 

 タンジェに着く。すぐに抜ける予定だったがちょうど良いバスがなかった。そのため4時間ほどの待ち時間でタンジェのメディナ(旧城郭内)を探索。ガイドブックには悪質の自称ガイドはずいぶん減ったと書いてあったが、来るは来るは自称ガイドが。ヨーロッパでは、声を掛けてくる人は少ない。タンジェではあちらこちらから「コンニチワ」「サヨナラ」「チーノ」「ジャッキチェン」「ブルースリ」の声を掛けられる。久しぶりにこの間隔を味わう。第三カ国、特に中東ではこれが多い。中米よりもこの攻撃は多い。全国民によるすれ違いざまの一言攻撃だ。「チーノ」は違うよと否定する。かつてはジェッキー・チェンとブルース・リーも日本人ではないと否定していた。しかし、二人はカッコいい映画スターであり、わざわざ否定することもないかなと今では思っている。中東人にとって日本は「ジャッキーチェンとブルース・リー」、「トヨタとホンダ」、「サムライとニンジャ」がいる素晴らしい国なのだ。それでいいのだ。

 この攻撃というかチョッカイは別に印象悪い事だけではない。一言すれ違いざまに

「WELCOME To Africa!! Japanese welcome!!」

なんて言われると気分は悪くないものだ。そんな歓迎の言葉を見知らぬ旅人に掛けてくれる国がこの世界にどれほどあるだろうか。



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メディナ内は幅員1.8mほどの路地が続く迷宮だ。日本では建築は全て4m以上の道路に接しなければならないという法律がある。日本では下町でも一生懸命4m道路を作っているが、世界にはこんな街並みもあるのだ。火事も地震もあまりない国だから出来ることとは言え、一律道路幅ではない街並みのつくり方もあるのではないか。またメディナの細い路地は外敵からの侵略を防ぐためや、密度を高めて日陰を作りだすための機能性も持つ。所変わればなんとやらだ。おばさんには坂道もあって日常の買い物は大変かもしれない。しかし助け合いの精神と身近にあるスーク(商店街)でなんとかなる。




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スケッチは迷路のようなメディナ内にて。隣にはスケッチの間中ペンをせがむ子供がいて、落ち着いてスケッチなどできない環境だった。

 イスラム圏に来ると今までのようにビールが飲めなくなる。イスラム教は禁酒が基本だからだ。これからはお茶とコーラの日々になるだろう。モロッコのお茶はシューナナというミントティーが基本になる。甘くて香ばしくて旨い。こちらでは薬とも言える健康的な飲み物である。

s-100_4533.jpg



 もちろんビールが存在しないわけではない。夜、外からは見えないように幕が張られたバーでビールを飲むことが出来る。タンジェの次の目的地のメクネスではお酒に寛容な街だった。
モロッコ現地音楽と喧騒の中、皆楽しくビールを飲んでいた。ただし、通常のご法度品だけあって他の物価に比べ高価であった。
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[2008/05/10 03:40] |  -モロッコ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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