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[080424] Sao Paolo
 次のヨーロッパでの旅へ向けて身辺整理の日。溜まったスケッチブックや冬服などを日本に送る。ブラジルでは意外と面倒な作業になった。

3ヶ月伸びっぱなしだった髪を切りに床屋へも行った。イカツイおじさんが豪快に髪を切ってくれた。思えばここはシェラスコの国だった。牛肉を切るようにおじさんは髪を切る。バサバサと落ちていく自分の髪を見ながら、僕は「まな板の牛肉」の気分になった。

 買い物もした。服が徐々に擦り切れてきたからだ。服が徐々にぼろぼろになっていくのを見るのは、少年期以来ではないだろうか。

 
例によって高台へ。サンパウロには観光用タワーはないが最も高いビルの屋上に上った。屋上から見るサンパウロは雑然としていた。サンパウロの人口は1500万人といわれている。
世界でもこんなにも密度が高く、高層化され、かつ雑然としている都市はここだけではないだろうか。道が直線的でないことに加え、地形も丘陵地を含んでいるため建物が折り重なるような景観となっている。東京よりも密度が高いように感じた。

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 日本移民博物館へ。先人の苦労とその努力、ブラジルへの貢献に感銘を覚える。また、先代の皇后様の歌会で読まれた歌が実によかった。移民の方も実に喜んだろう。高い知性をもち、民衆に慕われる天皇家は実に素晴らしい仕事をされている。

 「移民きみら 辿りきたりし 遠き道に イペーの花は 幾たび咲きし」
※ イペーの花とはブラジルにおける桜みたいなもの

 一方で、現在では多くの日系人が日本に渡ってきている。25万人ほどといわれている。私は以前ブラジル人の家族に日本語を教える機会を得た。日本語があまり喋れずとも二音には仕事などがたくさんある。1980年代には多くの日系人が海を渡ったそうだ。100年前とは逆の状況が起こっている。1999年には15億ドルほど日本からブラジルへ送金をしていると書かれていた。日系人にとって祖国という感覚はどういうものなのだろう。


 夜は1ヶ月ぶりに日本人の旅行者と豪華飯。とんかつカレー。夢のタッグ。
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コメント
歌に拍手。
[2008/04/30 12:17] URL | Bu-- #- [ 編集 ]
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