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日本のエロ産業は世界を救う
まちづくりの中で、人口減少が問題として、取り上げられることが多いけれども、僕が心配しているのは世界の人口増加で、人口増加による食料危機や、環境破壊、エネルギー問題、移民問題、はては紛争問題に繋がってくる。
 日本は、どちらかというと誇れない文化として、二次元の彼女やAVやら男性/女性用の自己処理のための機器が盛んであり、世界の最先端を走っていると思われる。決してクールとはお世辞にも言えないけれど、これらが、オタク文化と相まって、彼女がいなくても精神的に安定する社会構造を作り出している。それが日本での人口減少に繋がっていると仮定すれば、これはアフリカやアジア諸国での人口増に対しての大いなる対策になるはずだ。
 日本政府は決して、青少年に害を与えるとされているアニメやコンテンツを海外に輸出したいとは言えないだろうけれど、需要もあるし、それに人類にとって有益だ。

日本の性に関わる産業は広大で様々な裾野がある。
 例えば、コンドームの老舗メーカーから出しているサガミオリジナルの0.02は最も薄いゴムで、他国で使われている品物とは、使用感に雲泥の差がある。他にもローター一つとっても、非常に性能がいいと聞く。
 現代では、バーチャルな画像と、体への刺激をリンクさせる開発されつつあり、バーチャルリアリティが視覚聴覚のみならず、触覚や嗅覚と五感に訴える装置が生まれてきた。この分野でも日本はトップを走っている。

 簡単に言ってしまえば、変態的なことをさせたら日本人の右にでる民族はいない。この分野で日本画が開発に成功を収め、海外に大々的に売り出すことができれば、世界はバーチャルな性行為にふけることになるだろう。これは、開発途上国での現実の性行為に歯止めをかけ、人口増加に歯止めをかけることができる。日本のエロ産業は世界を救うことになるだろう。
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[2013/05/25 23:20] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
赤ちゃんにまつわる発明品のアイディア。


アイディア(1)オリジナル乳首
 乳の出が悪いお母さんは、哺乳瓶でミルクをあげざるを得ないのだが、哺乳瓶の乳首は通常赤ちゃんにとって吸いやすく出来ている。哺乳瓶の吸いやすさに慣れてしまうと、おっぱいを吸う口の力が強くならず、ますますお母さんのおっぱいを吸う事が出来なくなるという悪循環に陥るようだ。桶谷式の哺乳瓶と乳首の中には、扁平した乳首の形の吸い口哺乳瓶を作っていて、吸いにくく、かつ、人間の女性の乳首に似た形を作っているとの事だ。

しかし、基本的に赤ちゃんは自分のお母さん以外の乳首に慣れないし、慣れたもの意外の乳首を嫌がるとのコトだ。
そこで提案したいのが3Dスキャナーと3Dプリンターを使った事業だ。お母さんの乳首の形を3Dスキャンを使って読み取り、CADデータ化し、データから3Dプリンターでシリコン製のオリジナル乳首をつくる。これを定型の哺乳瓶に付ければ、子供一人一人に最適の哺乳瓶が出来上がるはずだ。この事業は母乳育児が主流になった世の中では、価値があり、成功するのではないだろうか。

アイディア(2)チャイルドシート取り外し式ベビーカー。
ベビーカーの座席部分を取り外して、車に乗る時にはチャイルドシートになるという代物。もう既にありそうだが、ベビーカーの中で寝てしまった子供を起さずに車に乗せられるのはありがたい。
[2013/05/04 23:39] | 日本 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
木を切る
今日は祖母宅の庭で生い茂る樹木の枝を切っていった。たかが枝を切る、って言ってもなかなか色んなコトを考える。
s-写真s-写真 (1)



先ずはモミジ。綺麗な葉っぱをしているが、隣地境界線を越えた枝は切らなきゃならない。それが人間界のルール。それを教えてやらなぁいかん。

でも、建築家としては隣地の住人にこう聞いてみたくなった。
「この葉が窓に映る姿は意外と悪くなかったんじゃないの?」
「そちら側だけ、無惨に刈り取られた枝で良いのかい?」
「あれ、ついでに琵琶の実がなりかけているから、ちょうど窓から取れるんじゃない?」

けれど、この想いは叶わない。第一、隣地窓の北側に面した窓は曇りガラスのfixだ。隣地の庭の借景なんて考え方は現代では期待出来ない。

「ああ、仕方がない。切ってやるさ、隣地を越えようとする不届きものを!」

とは言え、既に6m程の高さがあるので、高い脚立を持ってくる。
しかし、高い脚立にのっても、その横に伸びた枝には届かない。かといって、横枝のずっと手前、手が届く範囲で切るのはちと可哀想だ。

そこで、何年ぶりだろうか、脚立から木に登って、木の上から枝を切ることにした。木の枝を切りながら、一方で木に身を任せる。地面の固定されない土の上に置いた脚立より、木の方がよっぽどしっかりしている。電動のこぎりとはいえ、両手を使いたい時もある。木の上では枝葉が足場だけでなく体ごとを柔らかに支えてくれる。木は自らの枝を切る僕を、しっかり包み、作業しやすくしてくれる。考えれば不思議なものだと思う。横に伸びる枝だけを切る僕は、一応彼にとって共存すべき相手になるのだろうか。そう思うと、何年後かにまた生えてくると思っても、なかなか過度には切れなくなってしまう。

「これに懲りたら、あまり、そっち(隣地)にいくなよ」

心の中でそんな言葉を掛けてみた。
けれど、綺麗な紅葉を見せてほしい。




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[2013/05/03 22:18] | 日本 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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