世界の工事現場から04~チェコ プラハ〜
チェコ、プラハ

ヴルタヴァ川に架かるカレル橋から見るプラハ城
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街の中心ヤン・フス広場
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美しい街のプラハ。宝石の様な建物群が魅了している。赤っぽい河原が街に統一感を与えている。
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ヨーロッパの建物は基本的に北に行けば行くほど屋根が尖ってくるが、この美しい屋根を保つのも一苦労だ。下地を着けて、強い日差しの中、屋根の瓦を大人数で設置していく。
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屋根の面積が広く、急斜面なぶん苦労も大きいだろう。
伝統的な街並を守るために多くの職人が働いている。

[2012/12/30 01:49] | 世界の工事現場から | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
世界の工事現場から03~スイス ツェルマット〜
スイス、ツェルマット

夏でも山頂付近には深い雪が残る。
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美しいマッターホルンを背景に、短い夏の機関に工事が行われている。
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高低差がある山地での作業は、困難を極める。かつてロープウェイを作った時はどれほどの苦労があったことだろうか。
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現在では資材はヘリコプターで運ばれる。運びやすいように軽量化を施し、現場で組み立てやすいように設計されている。施工も重要だが、この設計と資材の調達こそが山岳地での工事の鍵だろう。
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こんな工事をしてくれる施工者のお陰で、僕らは気軽に山に登っていける。
[2012/12/30 01:13] | 世界の工事現場から | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
世界の工事現場から02〜イエローナイフ、氷の城〜
全てが凍るカナダ、イエローナイフ。

日本人にはオーロラ鑑賞で有名な街だ。冬の寒い時は-45℃ほどにも気温が下がる。マイナス何℃と書くとどうも凄さが伝わらないのだが、日本の冬の5°と比べて、50℃も低い。もしも、これが50℃高かったら、気温55℃の世界。5℃と55℃だと実感をもって伝わるだろうか。

冬は広大な湖が全て固く凍ってしまう。(旅途中ブログに書きました)
こんな氷の世界での建築は、当然、氷の建築となる。
極寒の中凍った湖の上に、施工者は自然素材(氷)*おそらく雪を圧縮したブロック で出来たお城を作っていた。
イエローナイフ2

-20℃の極寒の中、施工者が一つ一つのブロックを手作業で積み上げていた。
このお城は観光客や市民に開放するという。氷の壁が倒れてこないように積むときにはお湯を掛けて、溶かして再度固めるというように施工しているのだろうかと思ったが、そんな事をしなくても氷は圧着されると一体となる。
イエローナイフ


この現象はふくひょう【復氷 regelation】というらしい。”氷に圧力を加えると融点が下がって溶け,圧力を除けば氷に戻るという性質によるもので,このような現象を復氷という。”
 壁に使うのは氷のみで接着の補強も要らない。水もすぐに凍って固まるので、モルタルと違って待ち時間がなくていいかもしれない。

寒くて大変だろうけどが、今日もどこかで氷の建築施工が行われている。
[2012/12/30 00:42] | 世界の工事現場から | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
WEconomyとは?(メモ)
時代に必要なアイディアはどんどん変わって行く。
今日、新しく知ったのは”WEconomy”。

ぱっと見ただけで想像がつくと思うが"We”と"Economy"を合わせた造語だ。

■WEconomyとはなにか?

この考え方は2008年の世界的な恐慌からはじまった。経済を自らのコミュニティに取り戻す。主体が顔の見えない資本主義ではなく自分たちに、意志の通じる経済体系への試みだ。

WEconomy(イタリア語サイト)にはこう書かれている。

 経済が危機なのではなく、特定の経済が危機に陥っている。共通のビジョンと自分たちのマネジメント基づくものだ。殻に閉じこもり、確信や創造、共同での創造が出来ていない。
Web 2.0、ソーシャルネットワーク、によってデジタル世代は、より透明、より参加型の、より開かれた新しい挑戦的事例を発表し交換している。共有、相互評価とコラボレーションの文化。私たちは活動の中にある:インターネットから現実の世界への移行、その声や価値、機会を広げる。これは私たち中心の、現代に対応する具体的な新しい経済のオプションだ。未来の企業はビジネスプロセスを民主的な仕事のプロセスで行う。

 それは、顧客を、従業員、サプライヤー、競合他社を巻き込んで行く共同プロジェクトに基づいている。未来はこの集団の才能の循環を刺激し、制御することを私たちに望んでいる。
 ”Weconomy”は、我々の答えだ:オブジェクト、共通の地域は、危機の決まり文句への対応に集団をテーマにしたアイデア、思考と行動の普及と統合する。それが最初の一歩。ジネス分野に限定せず、新しく確信をもたらすものにたいして、オープンな多様かつ継続的にストーリーや刺激を生み出す。
 
(中略)このように未来にたいして頭と心にガツンと響くアイディアを切り開いていかなければならない。
*** 


 要は 顔の見える経済を実現する為に新たな知を結び、繋げ、実施に運動にして行くことが求められているということだ。そのかけ声をWEconomyとする。

これは日本でも必要とされる指針。日本の大震災後に多くの人が動いた。都市計画家ももちろん動いた。一方で復興に当たって遅々としてまちづくりが進まない中で、阪神大震災の時にはあまり見られていない大きな動きがあった。例えば新しい経済的支援、細かく言えば被災商店向けのファンドがあった。
 
 このような動きは、既存の教育機関や専門家からは生まれてきていなかった。WEconomyの例として挙げられる新しい動きだ。日本都市計画の学生は、少なくとも大学の中ではこの動きに能動的に関わっていけていないのが現状のはずだ。日本の都市計画構造はあまりに複雑極まるので、制度自体を知らない人間は都市計画に関わることがむずかしい一方で、このような動きは都市計画的な専門的な知識はなくても動ける。この現在に必要とされている新たな分野をまちの戦略に組み込んで計画していければ、よりよい未来に向かっていけるだろう。日本の制度が悪い為に、なかなか進められることが出来ない新たな時代の力を都市計画家は後押してあげないと。そのためには、まちに関わる人間がきちんとこれらの当たらし思想を理解し、体感していることが必要なのかな。

そんなことをふと考えさせられた。

Untitled from weconomybook on Vimeo.

[2012/12/21 06:59] | イタリア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
新しい時代、動きながら街をつくる。エコポリスの教育手法-01
 インターネットによって、国を越えてどんどんアイディアが交流される時代、現在進行形で論じられている課題や言語は2,3年おきに変わっていく。これは流行等ではなく、短い時間で行われる変遷だ。10年ごとの思想を20世紀に歴史としてかき出せるものが、短い期間で新たな思想が生まれている。
 一方で今でも本当に日本の学術は縦割りで旧態依然としているようにも思える。もちろんレベルは高いし、日本において高い成果を出しているし、日本のまちづくりのレベルは(縦割りや制度に潰されていて動けなくなっているけれども)決して低くない。しかし、一方でヨーロッパに比べるとどうしても若手はおとなしいし、実際に街に溶け込んで体を動かしながら進めているまちづくり専門家は決して多くない。学生だって思うのではないか、世の中にいくつも面白そうな情報がたくさん溢れているのに、学生によっていろんな活動が行われているのに、日本の大学では取り組むテーマもその手法も古いままなのではないかと。もちろん、古い新しいが良いというわけではなくて、地域に対して同貢献できるかが問われる。貢献する為には鋭く的確な切り口が必要であり、その切り口には時代に合わせた思想が必要だ。
 
現在、イタリアのフェッラーラ大学でエコポリスhttp://masterecopoliseng.blogspot.it/p/master.htmlというマスターコースの教育手法を学んでいるが、多くの日本の教育手法と大きく異なる。現在、教育手法に関する論文を書いているので今後詳しく紹介したいが、たった今感じているのはこの教育手法が時代に敏感でフレキシブルで緩やかな共同体組織がどう日本でも実現出来るかということだ。ラテンカルチャーがなせる部分もあるが、現代に求められる多領域や統合的アプローチ、時代のアイディアに合わせて都市や地域の課題に取り組み、実体験を通じて学んで行く。そしてネットワークは多くの人材に及ぶだ。授業機関は試行錯誤の部分やオーガナイズのレベル悪さ、成果の低さからすぐには理解が難しいところだが8ヶ月学んでやっと、その目指しているものの先進性がわかってきた。おそらく、学生の誰もが学んでいるうちには気がつかず、教育手法と時代背景ということを真剣に考えてこそ見えて部分もある。面白い!
[2012/12/20 05:38] | イタリア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
イタリアの世界遺産サイトにおけるマネジメントプランについて
私はイタリアにて、世界遺産サイトにおけるマネジメントプラン(管理計画)の作成手法について研究していますが、現在この内容について日本語できちんとまとまっているものが少ないので、誰かの参考になるように、私的メモの一部を抜粋しておきます。(長くなります)


■世界遺産に置けるマネジメントプラン(Management Plan:運営計画,管理計画)

ユネスコ世界遺産委員会は世界の世界遺産及び自然遺産の保護に関する条約(ユネスコ1972)によって設置され、その目的である“顕著な普遍的価値の文化遺産及び自然遺産の保護に参加する”世界遺産リストを作成している。
 現在(2012年12月)のところ、世界遺産リストの中には157の異なる国に属する962の遺産(文化遺産745つ、自然遺産188つ、混合遺産29つ)が登録されている。そのうちイタリア国内でリストに登録されているサイトは47サイト あり、一つの国としては最多である。
イタリア国内の世界遺産の文化•自然遺産を管轄する文化省( Ministero per I Beni e le Attività Culturali = MiBAC )にはイタリア国内の世界遺産の数をさらに増やすだけではなく、それぞれのサイトにより質の高い管理システムを設置することが求められた。
この背景としてユネスコでの宣言2002年のブダペストの宣言によって、マネジメントプランの重要性についての認識がされた。この結果、新たな登録推薦資産には管理体制の記載が求められた。その後、2005年の世界遺産サイトの作業指針(Operational Guideline of 2005)において、“各登録推薦資産には、資産の顕著な普遍的価値をどのように保全すべきか(参加型手法を用いることが望ましい)について明示した適切なマネジメントプランの策定又は管理体制の設置を行うこと (作業指針 par 108)”との記載に結実された。
 2005年からの作業指針によれば効果的なマネジメントプラン、ないし管理体制に共通する要素として、以下のものが挙げられる。(作業指針 par 111)
a) すべての関係者が資産についての理解を十二分に共有していること。
b) 計画、実行、モニタリング、評価、フィードバックのサイクル。
c) パートナーと関係者が参加していること。
d) 必要な(人的、財政的)資源が割り当てられていること。
e) キャパシティビルディング。
f) 管理体制の運営に関するアカウンタビリティと透明性。

このような管理計画の理論はこれまで多くの研究 によって培われてきたものであるが、これまでの建物の保護保全などを行ってきた管理者の体制と管理領域の範囲を超えてより広い範囲でのマネジメントが求められている。

 この2005年の作業指針の課題として付け加えておくならば、2002年の段階から(緊急登録が求められる遺産を除き)新たに審査されるサイトに対しては非常に強く管理体制を求める一方で、既に登録されている世界遺産サイトに対しては義務的な設置としての効果が発揮出来ない点が課題であろう。



■文化的景観

 世界遺産サイトにおけるマネジメントプラン策定が必要となった背景として、単なる遺跡や建造物の保全ではなく、その地域に含まれる環境•経済•文化の統合されたシステムの価値を認めて、それらと一体となった価値の保存が重要であるという考えがあった。この概念の大きなターニングポイントになったのが1992年の16回委員会にてその重要性を示された文化的風景の概念であろう。文化的景観とは“人間と自然との相互作用の表れ” であり、認知される景観を人による行為を含めて保護していくという考え方からきている。1978年に世界遺産一覧表への遺産登録が開始されて以来、遺産登録数は着実に増加した一方で、世界遺産一覧表に各種の不均衡が見られるようになってきた。このような傾向に対して、ユネスコ世界遺産委員会では、「顕著な普遍的価値の総体」としての世界遺産一覧表の信頼性が揺らぐとの懸念を抱き、是正策について検討し、1994年に「世界遺産のグローバル・ストラテジー」 を採択(作業指針の段落 54~61)し、文化的景観の考え方によりアジアやアフリカの遺産登録へ強く反映された。また持続可能な発展へ反映する考え方としても文化的景観の役割を述べることができる。文化的景観の特性は持続可能な土地利用の具体的な技術を反映しており、この文化的景観の保護、つまり土地利用の伝統的な形式の存続は多くの地域で生物多様性を維持する上でも役立つとしている。このように建築単体のみならず、それを含む人の営みや環境を適切に管理する必要性からマネジメントプランへの考えが強まっていったと言えるだろう。


■イタリア内の世界遺産サイトにおけるマネジメントプラン

 イタリアにおいては2004年の文化省によって世界遺産におけるマネジメントプラン策定と管理体制策定のための指針( Linee guida per la redazione e l’attuazione dei piani di gestione)が作成された。これを受け、海外の良事例(主にアングロサクソン地域)と国内の先行的なサイト(オルチャ渓谷やノート渓谷のバロック都市群等)での経験を基に、コンサルタントErnst & Young が加わって、2006年にはマネジメントプランと管理体制策定の為のモデル教本 が作成された。この中では詳細にマネジメントプランの論理的、及び方法論的アプローチが示されている。世界遺産一覧表に含めることの理由、長期的な持続可能な開発目標の決定。それらの中短期的に達成する為に必要な計画やプログラムを、普遍的価値観の上に土地管理の統合システムとして確立すること。モデルの中ではその実施を達成するための適切な管理体制を評価する為の指標等も示されている。
 また文化省は2006年に法77/2006 “ユネスコの保護下に置かれた世界遺産のリストに登録されている文化的、景観的と環境的な目的のイタリアのサイトの保護と利用の特別措置”を公布した。これにより、イタリアの景観法であるウルバーニ法典(n. 42 /2004) に基づき、イタリア国内で世界遺産として登録されている全てのサイトでマネジメントプランを策定することが義務づけられた。ここではドラフトの状態でも良いので作成する様に求められている。始めの3年には調査や策定のためのサポートも多く、補助金も出るようにn.77に記載されている。2006年から2008年にかけ129件のプロジェクトに対して総額10,074,000ユーロの補助金が捻出され、その半分はマネジメントプラン策定のプロセスの為に使用された。補助に関しては継続的に行われている が、n.77の法律の記載と補助金から、文化省は当初概ね3年を目処に策定を求めたと言えるだろう。

ここでイタリアにおけるマネジメントプラン作成までの経過を簡単にまとめておく。
2002年: ブダペスト宣言-The Budapest Declaration(2002年に採択、再確認し2007年に完成)これに伴い暫定リストへの立候補地に対し、その管理体制の状況を記載して立候補するように指示された。また、この宣言に伴う様にイタリア文化省がイタリア国内の世界遺産サイトに対するマネジメントプラン策定への研究を始める。
2004年:文化財と景観に関する法典(ウルバーニ法典) (law n. 42/2004)
   イタリアにおける景観やその保護保全に関する非常に大きな転換点となった。
2004年: 世界遺産サイトへのマネジメントプランへの指針(文化省)
2005年:ユネスコの行動指針にマネジメントプラン が記載される。
2006年: ユネスコサイトへのマネジメントプランを実現するためのモデル(文化省とErnst & Young編)
2006年:イタリアの全ユネスコサイトにマネジメントプランの設置を義務づける法 n.77の公布



■イタリアにおけるマネジメントプランの策定モデル

 イタリアに置けるマネジメントプランの策定については2004年の文化省が作成した指針”Modello per la realizzazione dei Piani di Gestione dei siti UNESCO”と2006年にMiBACとErnst &Youngまとめた詳細なモデル教本が参考になる。
2006年のモデル教本がより新しく、詳細に記載されているので下記にその要点をまとめる。

□方法論のコンセプト
 まず重要なのは地域の社会経済発展のニーズを持つサイトの保護と保全のための必要性を組み合わせた "統合的アプローチ"の概念である。文化と資源、地域経済や社会等単一の視点だけではなく複数の視点、多角的に総合的に遺産を含む地域を持続可能な発展させることを意図している。

□マネジメントプランのプロセス
 マネジメントプランのプロセスには4つの段階があるとしている。
1.開始段階
 この段階では管理計画関わる組織、様々な利害関係者を特定するところから開始する、サービスの会議の手段によって実現することができる相談では、様々な利害関係者間の覚書の調印を目指す。
•管理計画(計画事務所、資源、資金、ロール)を設置
•管理計画(目標、行動計画、プロジェクト、アクション)の承認
•法的形式及び管理計画の実施を確保するための責任がある経営体質を定式化する。

2.申請段階:
 前項で特定されるように計画機関は、関連する行動計画を含めて、経営計画の技術的な一貫性を定めなければならない。様々な作業工程の中ではいつも主催者はその主要な利害関係者の共有を通じて行われる。

3.承認段階
 管理計画の準備が完了した後、それが承認されるための覚書の契約者に提出される必要がある。具体的には、各当事者が管理計画の実施を想定している目標、行動計画、法的及び管理構造とその既存の約束を承認する必要がある。計画が承認されない場合には、利害関係者による承認のための新しい経営計画を提出して計画局に適切な修正を加える必要がある。

4.実施段階:
経営計画と正式に法的及び管理構造の承認を得た上で、計画の効果的かつ効率的な実施を確保していく。資産活用の一部として定義された様々なプロジェクトを実施し、その管理のために全面的な責任を負うことになる。



図:マネジメントプランの実施プロセス(筆者翻訳)

□マネジメントプランのコンセプト
 管理計画では世界遺産リスト(WHL)のリスト上のサイトの碑文や現地の施設などから統合解析開始し、その後、介入オプションと可能な戦略を介して到達できる将来の目標を設定。対象となる地域への影響を評価し、行動と目標が組になるような計画を策定。調整と実施のための手順を定義し、体系的な監視を実施する指標を通して成果を確認する。


□マネジメントプランの策定のための方法論フロー


第1段階:基礎情報分析
 この段階ではサイトの計画策定に関係ある全ての情報を収集し、それぞれの関係を整理する。この第一段階で行うものとして
1.1サイトの価値の個性を特定
1.2 UNESCOの基準に従って採点
1.3マネジメントプランと反映する領域の要望を巨視的な視点から特定
 *文化的、歴史的、地理的物理的、行政的、社会的、経済的観点から一つの地域として眺める。
1.4利害関係者を特定
1.5規制の枠組みを特定
1.6現在の計画を特定
1.7地域の管理について責任を有する構造を特定
1.8知識(情報)のマネジメント·システムを分析


第2段階a:地域の遺産資源の認識に関する分析
第2段階の主な目的は既存のドキュメントの入手から、現地調査と分析に至るまで、地域を特徴づけるアイデンティティの価値の総体を識別することで構成される。
分析の一般的な目的は、保全、保護、強化、後の段階に推進する事柄を効果的に計画するために、関連する課題と機会が反映される領域の資産資源の状況を確認することである。

2a. 1資産(資源)の調査
2a. 2地域の資源の分析
(歴史-文化的、物理的-環境、社会的-象徴的な、景観-感知的な環境と独特の特性等)
(過去から現代に至るまでの地域の発展を辿り、永続的な要素、感性的な要素を特定する。継続的な監視の目的で、文化財の目録(地図と調査)をまとめる。
2a. 3景観や建築環境等に関する規制を特定し分析
2a. 4リスクの要因を特定し分析
2a. 5現行の法規を分析
2a. 6 魅力の特定(目録をつくる)
2a. 7資産の状態が一覧出来る概要を作成(SWOT分析を行う)


第2段階b 地域と社会経済の枠組み
地域のサイトから得られる社会経済の特徴を特定し、その価値を評価する。

第2段階bを構成するアクティビティは、次に表すことができる:
2b. 1固定的なデータからの地域分析
(インフラの体系、人口統計の特徴、経済活動、経済と財政のプログラムの枠組み)
2b. 2 動的なデータからの地域分析
(申し出、供給、現在の要求、潜在的な要求、遺産に直接的に関係する事柄(修復、研究、プロジェクト、育成)、遺産の利用者に関係する事柄(コミュニケーション、観光、農業、手工芸品)
2b. 3 関係する分野の総合的なSWOT分析
 (これは第1段階と第2a段階を含めて行う。)
2b. 4 要求の分類と可能性のある対象の特定
2b. 5地域の総合的な供給における実質的な位置づけ
 -配置の地図を作成(自己分析)
 -地域と国の競争相手のマッピングと分析
 -関係する市場を意識した実質な位置を決定

第3段階 戦略策定と行動計画の発展
1~2における遺産資源と地域と社会経済の枠組みの分析結果を受け、目的として短期中期長期的な視点に立った地域の目的と戦略の策定。行動計画体系の起案があげられる。
フローとして
3.1戦略の方向性をつける
3.0.1文化地域体系:
資源資産の価値を高め、地域の社会経済を発展させ、文化地域体系として調和させる。
3.0.2 戦略起案のために必要な情報の整理(1,2a,2b段階の情報)
3.2中長期の目標と戦略を定める
3.3短期の目標と戦略を定める
3.3.1 知識の計画
(遺産資産の理解を深める、目録作成、地域への規制の付加、アーカイブ化や協議、調査等)
 3.3.1.1 資源のカタログ化
 3.3.1.2 地域の規制の付加
 3.3.1.3 リスク分析
3.3.1.4 地域と社会経済のデータの枠組みの完成
 3.3.1.5 GIS等を使った情報統合システムの確立
 3.3.1.6 知識計画の形成のための行動
 3.3.1.7知識計画の実行のためのプロセス
3.3.2 保護と保存の計画
 3.3.2.1 保護計画
 3.3.2.2 保存計画
3.3.2.3 保護と保存の計画の形成のための行動
3.3.2.4保護と保存の計画の実行のためのプロセス
3.3.3 価値を高める計画
UNESCOサイトの文化地域システムに含まれるものとして、遺産資産のシステム、人間と社会のシステム、アクセス(交通)サービスのシステム、もてなし(レストランやホテル)のシステム、計画のシステムが含まれる。
3.3.3.1文化的価値を高める計画
  3.3.3.1.1計画の形成のための行動
  3.3.3.1.2 計画の実行のためのプロセス
   3.3.3.2 経済的価値を高める計画(経済、観光含む)
     経済価値を高めるためには3つのことを実行していく必要がある。
     •地域の位置付けを定める
     •地域イメージをつくる。ブランド化
     •地域マーケティングの統合
     (その対象として、計画、訪問者(遺産、地域関連、プロダクト)、宣伝プロモーション)
   3.3.2.1計画の形成のための行動
   3.3.2.2計画の実行のためのプロセス
 3.3.4コミュニケーションの計画
  3.3.4.1 外部(を取り込む)計画(インターネットやイベント等)
  3.3.4.2 可能性の活用プロジェクト(新たな観光客の取り込みなど、ブランド化等)
  3.3.4.3 利害関係者へのプロジェクト(建築建設等に関する提言、セミナーなど)
  3.3.4.4 現在あるものの活用プロジェクト
  3.3.4.5 計画の形成のための行動
  3.3.4.6 計画実行のためのプロセス
3.4 仮の総合的プログラムの決定


第4段階 実施のためのモデルの作成
4.1 可能な法的形態の確立
4.2 特定された法の原則の分析とその価値を高める
4.3 最も適切な法的形式の選択
4.4 選択された法律上の形式の上に作られる管理システムの確立
4.5マネジメントプログラムのプロセスの確立
 4.5.1 実施へのサポート
 4.5.2 監視と報告のシステムの確立
 4.5.3 フィードバックと再プログラム
4.6 プロジェクトのための実際的な構造の確立

と、以上の項目が示された。この各項目に対して目的、手順、事例を交えて作成手順が詳細に記載されている。

 ただし、策定に当たっては多様な分野に渡り、関係者を多く含めて検討する必要があり、記載内容は詳細に渡ることから、このモデルが求めるレベルでの策定には、多くの時間と多様かつ十分な専門知識が必要である。それゆえ、2010年のイタリア国内の世界遺産サイトのマネジメントプランの策定状況調査 によれば 2010年5月の段階で、当時の世界遺産登録サイト44のうちマネジメントプランを策定できているのは20サイトのみという結果となった。策定できていない24サイトのうち8サイトは全く(または、ほぼ)手がついていない状態であり、16のサイトが現在作業を進めている(進めた)という調査結果となった。2002年からは世界遺産リストへの立候補時にマネジメントプランが必要となったため、実質的には2002年以前にリストに登録されていた35サイトのうち24サイト(65%)がマネジメントプランを策定出来ていないという結果であった。これは策定の難しさに加え、専門家が十分に揃うローマのような大都市がある一方、事務所も整備されていない小さな田舎町があるといったように、サイトによって管理者(管理機関)の能力レベルに違いがあること、また実際の策定実務を行った専門家に建築家や都市計画家が多い等の専門性に偏りが見られること、地域内の多くの関係者(県、市、公園管理者、管理団体、土地/建物所有者等)と共に策定する必要があること、イタリア特有の官僚的な遅延が主な原因である。
 また、マネジメントプラン策定は済んでいても、その内容としては単純に既存の法規をただ収集して羅列しただけのような資料集となっているものも散見される。これからもイタリアの世界遺産の多くのサイトで、マネジメントプランの作成、改善が求められている。

 ただし、上記に示したイタリアにおける詳細な作成手法モデルは、他国には存在していません。この指標は十分に日本にも役立つだろう。
(他データ、細かいデータや背景•資料直接連絡をください。)


現時点では(公開されている限り)イタリアとドイツしか国として作成モデルを作っていません。日本でもマネージメントプランが求められていますが、参考になるでしょう。また、世界遺産サイト以外においてもイタリアではleggi urbani ウルバーニ法典が(2004)※2006,2008年改正 で各地の景観計画を作っています。この経済や文化、環境の持続可能性の視点を含めた統合的計画手法(Integrate approach)は、現代の日本に必要だ。

さて、後はこれを実践させてもらう地域を見つけなくては。
[2012/12/18 01:14] | イタリア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
読書メモ
藤沢道郎著 「物語イタリアの歴史 解体から統一まで」より

’’390年 快適な生活以外に何の信ずべき価値も持たない大衆ばかりになった。
人口の1/5を占めるに過ぎない少数はではあったけれども、キリスト教徒は自らの髪を固く信じ、劇場や闘技場の非人道的な娯楽を排し、命を賭して信仰を守っていた。自分の命と快適な生活を捨ててでもまもるべき何かを持っていたのは彼らだけだった。圧倒的多数を要する異境とはもはやみずからの神々を信ぜず、信仰の問題にも無関心を決め込んでいた。だから権力はキリスト教徒以外に寄るべき基盤をみいだせなかったのである。コンスタンティヌス大帝が断行したキリスト教の公認•国教化の政策はまさしくこの政治的必要から発したのであって、大帝自身がキリスト教に帰依したからではない。’’


キリスト教は1200年代は本来の愛の思想からはかけ離れたものだった。民衆に質実な振る舞いから尊敬されていたフランチェスコとドメニコ派を利用し、取り込み、自らを正統派として、異端審問を創設。はてはフランチェスコ派も分離し、師の教えに忠実な教徒は異端として殺されて行った。異端尋問とは自分に不都合な相手を、神の名を借りて殺す手法だった。

’’ブルネレスキは市内のサン•ロレンツォ聖堂の設計にも着手している。この聖堂は彼の遠近法理念を具現化した最初の作品となった。遠近法とは、俗に信じられている様に自然をより忠実に模写する方法でも、二次元の平面に奥行きの錯覚を作り出す技術でもなくて、人間の理性が自然空間や視覚のあらゆる偶然性を排除して合理的に空間を把握し、構築する為の、整序された単一のシステムである。そしてこのシステムの中で、全ての対象が比例=均整の関係において位置づけられる。’’

’’アンカラ公もカルヴァンも後悔することなく、良心に何のとがめも感じなかった。自分は正義を行ったのだ、神に逆らう異端の徒を抹殺したのだ、神は我が行為を許し給うであろう。イデオロギーに捕われた信念の人はどんな犯罪者よりも冷酷残忍になり得るという心理を実証した。

”1618年から30年戦争 ドイツでは2000万人だったのが1300万人まで減った。’’

現在のキリスト教自体を悪くいう意図はないが、歴史的に宗教と権力が結びついてろくなことがない。カエサルのものはカエサルに返せ。だ。イタリア人の友人が言う様に、まだまだイタリアと政治と精神の根深い部分にまで、バチカンの影響がイタリアを覆っている。



この文章は秀逸!
’’レオナルドとミケランジェロの対決は単に個人的性癖の差に起因するものではない。芸術感そのものが和解しがたく異なっていたのだ。レオナルドにとっては芸術は「探求」であり、その探求の対象は「自然」である。自然の奥深く分け入り、そこに潜む根源的な力と原理の把握に向かう事である。ミケランジェロにとって芸術は「表現」であり、表現されるものは「理念」である。自然の素材の中に理念は閉じ込められており、芸術家の手によって解放されるのを待ち望んでいる。自然の素材から余計なもの、粗雑で偶然的な要素を取り除くこと、それが芸術家の仕事である。ブルネレスキに始まり、天才ピエロ•デラ•フランチェスコによって完成されたあの抽象的•数学的な15世紀美術の空間把握に対しては、両者ともに対立するが、その方向はまったく逆である。’’

レオナルドは政策をしばしば中断して観察と思考を重ね、新しい要素を付加し、構成を修正する過程を繰り返す。ミケランジェロはその逆に、素材の中に理想のイメージを発見するや、一気呵成にそれを彫り出そうとする。「石の中に人が閉じ込められている」と、そんな物凄い勢いで彫り刻むのかと問うた人に彼は答えた「早く出してやらないと窒息して死んでしまう。」彼にとって芸術の本質は「取り除くこと」にあったので、それ故に彫刻が最も優れたジャンルであると信じていたのである。だが、レオナルドにとって芸術の本質は「付加すること」にあったから、石を彫るなど「粉塵にまみれた肉体労働」でしかなく、絵画こそが最高のジャンルなのである。両者ともに実地に人体解剖をして多くの知識を得たが、レオナルドにとって、それは生命という神秘的な減少の理性的把握に近づくためのものであり、ミケランジェロにとって、それは理想のイメージを肉眼で見る助けとする為であった。両者は互いに相手の天才を熟知しながら、根本的には相手を軽蔑しあっていた。
[2012/12/04 11:44] | イタリア | トラックバック(0) | コメント(4) | page top
施主さんからの手紙に思う。
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設計した住宅の施主さんから長いお礼のメールが来た。設計者冥利に尽きる。

この中で書いてあったのは、一般の人は建築対して殆ど知識がなく、建築士にお願いすることに大きな不安があったとのこと。

欠陥住宅や耐震偽造、(施主の言うことを聞かずにデザイン重視)、予算のコントロールが出来ない、とメディアの情報によって そもそも「建築」に対して不安を持っている。その結果ハウスメーカーにお願いしておけば、まぁ失敗はないと思われているようだ。それで、ハウスメーカーに頼むか、私たちに頼むか相当悩まれたそうだ。

ハウスメーカーの営業は凄かったそうで、

”パンフレット、モデルルーム、イベント、家を建てたい気持ちをこれでもかとくすぐってきます。なんて言うわけではないのですが、雰囲気ですよね。ふわぁーとしてしまいます。例えば**ハウスのCM。あのCMの中で、**ハウスで建てられる家についての具体的な説明はゼロです。ただ雰囲気をかもしだしているだけで、家を建てるとすごく楽しい未来がまっているように感じさせます。でも皆それでハウスメーカーを選ぶのだと思います。(マンション、建売住宅もしかりですね)”


そのCMや営業費にどれだけ掛かっていることか。設計者と直接ナカナカ話せなかったり、設計の変更は殆ど出来ず、かつ、ちょっとでも変更すると、異常な値段のオプション費用がかかる。そんなことは宣伝しないしなぁ。メディアはそりゃCMをうってくれるハウスメーカーのことを悪く言うはずはないし、大げさに言えば日本国中、メディアに洗脳されているわけだよな。
 一方、なかなか建築家が新しい住宅が欲しいと思う人と出会うことが本当に少ない。普通、家を持つというのは、ハウスメーカーや建て売り、マンションなどを「家を買う」というイメージしかなく、「家を創る」という感覚は全くない。正直、建築家は敷居が高い様に思われているというより、そもそも、選択肢の中にない。


”私達はハウスメーカーにしなくて良かったと思っています。その選択は人それぞれですから、ハウスメーカーを否定する気はありません。ただ、お二人にお願いして、私達もいっしょに作り上げたという感覚があります。考えて考えて考え抜いた(特に奥さんが)ので、家に対する愛着が大きいと思います。これからこの家と共に楽しい暮らしを考えていきたいと思います。”


ハウスメーカーと私たちのどちらかに頼むかを悩んだ末に、施主さんしっかり「勉強」してハウスメーカーでなくても良い住宅が出来ることを学んだことと、結局は私たちの「人柄」と選んでくれたということだった。

こう考えると師匠の言葉が思い出される。

”建築家に必要なのは「美」「技」「営」の3つ。建築家たるもの美しく設計出来るセンスと高い技術力があるのは当たり前で、それに加えて施主に対する営業や全体をうまく運営できる能力があるかが重要”だという言葉。

”建築家たるもの、打ち合わせの時にすぐに仕事の話をするような野暮ではいけない。打ち合わせの前に気の利いた一言を何気なく交わせるようでなければいけない。そのためには常に頭をオープンにして、いろいろな新しい場所にも通って、見聞を広めておかないといけない”

(正確な表現は覚えていないけれども、主旨はこんな感じだったと思う。)

本当にその通りだと思う。
[2012/12/02 21:09] | 日本 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
イタリアの大学院授業での一コマ
 授業の始めに先生が生徒全員の名前とバックグランドを聞く。たった一回の授業のためであっても、それぞれの名前を呼んで授業をしてくれる。少人数の授業ということもあるけれど、そんな、人と人との関係を尊重することが当たり前の感覚で存在している。 
 ギリシャのソテラクスが開いた青空教室のように、どんな身分でも公平に学ぶことが出来る大学の精神がある。このようにギリシャ文化から継続してイタリアに民主的精神が根付いている。

まちづくりにおいては、市民によって行われたアゴラのように誰もが参加し、同等の立場で政治の議論や地域発展を討論する。参加型まちづくりや、議論の会ではまず自己紹介から始まる。



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[2012/12/02 01:49] | イタリア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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