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都市コラム「地図の未来の話」
google-earth。 
 都市部では建物に立面写真まで貼付けられ、本物にすら見える。重要な建物は、柱の形まで精巧にモデル化されている。google-earthはそれぞれ一つ一つモデルを立ち上げるという作成手順のため、各街でその精巧さに差がある。大都市部では大体同じようにモデル化されているが、郊外では重要な建物以外3D化されていない。

■東京
s_hirokitokyo_1.jpg
s_hirokitokyo_2.jpg


■サンフランシスコ
s_hirokisunfransisco.jpg


■ローマ
s_hirokiroma_1.jpg
s_hirokiroma_2.jpg



と、大都市の3D化は進んでいるが、中国からgoogleが撤退してしまったこともあり、上海での3次元化の量は少ない。郊外都市では上海よりも立体化は少ない。
■上海
s_hirokishanghai_1.jpg


※ただし、そのかわりに中国では、独自の地図が出来上がっている。コミカルな形で3次元化されている上海地図。(下記にリンク。)
http://sh.edushi.com/



一方、google-earthに水をかけられていたmacだったが、今後新しくこの技術を利用して地図が作られる。一つ一つ作るのではなく、全体をスキャンをして立ち上げる。作るのではなく、読み取る。この仕組みは地図の作り方を一変させる。全ての街も地形も同じく、立体化される可能性がある。

http://9to5mac.com/2011/10/29/apple-acquired-mind-blowing-3d-mapping-company-c3-technologies-looking-to-take-ios-maps-to-the-next-level/
 時間は掛かっても動画を見ることをオススメします。少し情報古くなりますがスゴい!。



このような一般的な地図だけではなく、これらの地図をベースにした地図が生まれ始めている。
Federico montanari氏のプレゼンテーションを参考に、いくつか紹介したい。
最後に 今後どう活かせるか、自分の感想を載せた。


【Senseable city lab】
MITの研究室。都市を感覚的に捉えた地図を提供。
ソーシャルマップ、様々な関係を図案(地図)化する実験的地図
http://senseable.mit.edu/


【FanMap】
どの地区の人がどのチームを応援しているか、視覚的に表現される。

s_hirokifunmap.jpg


【twitter chatter during】
同様にスーパーボウル時でのツイッターが全米の地図に表示される。(時間別も)
s_hirokitwitter.jpg



【murmurtoronto.net】
トロントの情報マップ。その場所場所にまつわる情報やお話を電話で聞くことが出来るというシステム。このシステムは2003年から作られ、世界の都市で汎用化されつつある。スマートフォンが出来た時代にはちょっと古いけれども、このアイディアは形を変えて各地のまちづくりで使えるはず。
出来ればgoogleのスマートフォンで、以前紹介したAR技術と共に利用するのも効果的だろう。



【Fix my street Aberdeen】
アメリカ、アバディーン市が点検作業をするのではなくて、そこに住む住民が何か補修が必要な道路を発見したら、市に要請する仕組みが出来ている。これこそ市民参加型行政。これが地図に反映される。


【walk score】
歩ける近隣を作ることが目的でつくれた地図。
交通やミックスユース、地価、歩きやすさからの観点で街のどの辺りに住めばいいかなど判断する材料になる。
商業的だけれども、小さな地区の住み易さを見直す意味でまちづくりのツールに使える可能性がある。
交通条件300m~ とか、地価とかのグラフを変えると地図の表示が変わってくる。遊んでみてください。
 
【Crime mapping】
これはそのままどこで犯罪が起こっているか、様々なアイコンによって表示される。まちの危険度が分かる地図。住民にはまちのどこを気をつけるべきか、判断出来る。
加えて、「それにしても、アメリカは犯罪が多い。。。」ことが分かる。


【percorsi-emotivi.com】
ボローニャの地図サイト。自分の街の思い出等を地図に書き込めるインタラクティブなサイト。ボローニャのアーバンセンターも管理の一端を担っており、今後の展開が楽しみなサイト。
s_hirokiemotivi.jpg



<まとめ>
 fixstreetやwalkscore等は行政が重ね合わせて管理出来ると実質的な効果が出てくるのではないか。住民や旅行者の街の評価が、インタラクティブにこの地図に還元されるように発展普及すれば、住民も行政も街の問題を発見するのに役立つだろう。
 参加型まちづくりの一番始めに行う街歩きや ガリバーマップの巨大ネットワーク版とも言えるかもしれない。今後、発展していく技術ではないだろうか。
Percorsi-emotiviやmurmurは特に街作りのツールとして今後期待出来る。


 出来ることならば、google等の企業に協力してもらい、情報地図のベースを一元化し、行政が管轄の地区をチェックするような仕組みが作れれば、汎用性があり多数の人間に協力してもらえる仕組みができるのではないか。appleやgoogle、携帯端末会社などの協力の下、スマートフォンに社会的アプリケーションとして、相互マッピングが出来るアプリケーションを初期出荷の時点で設置することも2010年代内に起こりうる。

 近年情報がマスメディアから口コミなどの個人ベースに移りつつあるが、これが食べログなどの商業用に使われるのではなく、公共的な分野にも必ず変化していくはず。これまでに観光地の口コミで使われたようなもの、と思えば受け入れやすいかもしれない。


どのように自分たちの街を改善して行くか、多数の人が身近に、実質的に参加出来る仕組みが、これらのヴァーチャルな地図とソーシャルなアプリケーションによって現実的になる。
 
 2110年代は、都市計画におけるIT革命が起こるはずだ。




***
この地図は素晴らしい。世界各国の古地図を見ることが出来る。
http://www.oldmapsonline.org/
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[2012/01/31 01:23] | 建築・都市コラム | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
イタリア日誌-57「イタリアのジェスチャーを勉強しよう」


ITALIAN IN 10 MINUTES - BEST COMPLETE GESTURE'S LESSON - by CARLO AURUCCI

↑イタリア人おじいさんが紹介するイタリア人のジェスチャー
最後の方は、ジェスチャーというかほぼ手話ですね。
こんなに連続で使うとは、もはや何を言っているのかわからない。

次は
http://www.youtube.com/watch?v=SlVd9YTIjrY
イタリアに向かうアメリカ人がイタリアカルチャーを学ぶという設定。
ちょっと笑いのネタにしています。


他にもi-phoneのアプリにはItalian Gesturesでいろいろ有るようです。

[2012/01/29 10:33] | イタリア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
イタリア日誌56-「イタリアの寛容さと犬」
犬も地下鉄in milano。
s_犬in地下鉄
こんな感じで、電車の中にも入ってきます。


本当にイタリアは犬に寛容。犬も歩けば糞に当たる。犬の落とし物を踏むこと、直接的に言えば犬のうんちを踏むことをイタリア人は[fortuna]幸運と呼ぶ。いやな寛容です。

 もしくは西欧人は汚物に歴史的に寛容なのか?例えばハイヒールは都市に巻き散らかされたゴミや糞尿を避ける為に16世紀に生み出されたし、汚物に免疫があるのかもしれません。


 イタリア人はみんな犬が好き。猫もいるけれども、あまりみません。

店の看板犬
s_hirokiRIMG0360.jpg



公園には犬のコミュニティ



本屋の中にも入って、雑談してます。
s_hirokiRIMG0323.jpg



と、ココまでは、多くの日本人旅行者が目を輝かせて旅行記に書いていることです。


でも


イタリアでは減少しているとはいえ、25万匹もの(来年予測)が捨てられている。
(参照サイト)


http://it.wikipedia.org/wiki/Abbandono_degli_animaliによれば、
夏だけで16万匹の犬が捨てられ、年間60万匹捨てられたと書かれてある。(参照)


こちらの表では、野良犬9万5000匹がcanili sanitari(=保健所?)収容されたと書いている。
※右端の欄は各州の人口なので犬の数ではありません。
s_hiroki犬表

Data ultimo aggiornamento:giugno 2011
Fonte: I dati fanno riferimento all'anno 2009 e sono stati trasmessi dalle Regioni al Ministero della Salute entro dicembre 2009 per la ripartizione dell’anno finanziario 2010



 数が違うのは様々な動物愛護団体が協力して里親を探しているので、捨て犬の数と収容の数は異なるのでしょう。新しい飼育者にも教育も施し、行政も罰金を課してこのような無責任な人間を追放しようとしているが、なかなか捨て犬は減少しない。


 イタリア人が犬を捨てる理由は主にバカンスに行く為だ。特に夏の前に捨てられるのは、イタリア人のバカンス=ビーチに行くという構図のため。多くの公共のビーチでは犬を連れて来ては行けないことになっている。


このサイトにはイタリアには8000kmの海岸があるにも関わらず、たった27のビーチしか犬に開放されていないと書いてある。ペンションも犬がOKなモノを予約せねばならず、犬は猫のように家に放置しておくわけにもいかない。結局、家の中においていくのは可哀想という身勝手な思い込みによって、犬は捨てられていく。


イタリア人は犬に寛容だけれども、
イタリア人の寛容さは捨てる人にも寛容でよいのかな?

でも、街の中には野良犬はいない。こちらに関しては寛容ではないのだ。


この記事を読んで、イタリア人って「ひどい!」と思ったら、そんなことはなくて、イタリアの保健所では病気等で安楽死させなければならない場合以外、施設で飼育してくれるらしいです。


 やっぱりイタリアは寛容です。



追記
日本国内の保健所で殺処分される犬は年間約10万頭です。ちなみにアメリカ全土で600万から800万匹の犬猫がシェルターに収容され、そのうち、およそ300万から400万が安楽死させられる
とのことです。
http://www.alive-net.net/world-news/wn-pet/67.html


ちなみに、僕は中道犬派です。
[2012/01/28 01:15] | イタリア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
イタリア日誌55-「サンシーロ 一番盛り上がる応援席で」
長友がレギュラーとして活躍しているインテルミラノの試合を見てきました。

 チケットの取り方は色々なサイトに書いてあるので、ここでは細かいことは書きません。サイトを観ても分かりづらい点のみ、書いておきます。

ネット購入だと、ファンクラブに入っている必要があるので銀行や各街のチケット売り場、当日のチケット売り場で買うと良いのではないでしょうか。

BPMの銀行で購入できる。
s_hirokiRIMG0244.jpg
こんなところでサッカーの切符が購入できるとは、、、、銀行員の収入を考えると無駄?

○ミラノダービーか優勝等が掛かっている試合でなければ8万以上を収納出来るサンシーロが満員になることはまず有りません。ダフ屋に吹っかけられる前に当日の売り場を確認して入ればいいと思います。

こんなに巨大なサンシーロ
s_hirokiRIMG0226.jpg



建築的にも素晴らしい
s_hirokiサンシーロ


一番良い席はどこか?このMAPの緑エリアがインテルのホーム側です。(青はACミラン)。ゲームが観やすい席は値段の高く、オレンジの真ん中の席ですが、値段が高いし、盛り上がりに欠けます。なので、サッカーが大好きな若者は緑の席を取りましょう。
 チケットの値段はミランダービーなのか、強い相手か、どうでもよい相手かで、値段も変わりますが27ユーロ程度です。(INTERの公式WEBを参照してください)
 また、思ったより危険防止の金網は低かったので、2Fのゾーンの方が試合を見やすいと思います。
(1階より安い→熱狂的ファンが集まる!)


盛り上がる席に行くということは、自分もそれに参加することが前提!チームマフラーぐらいはあった方が良いかも!(みんな日本の応援でも、長友の応援でもなく、インテルを応援しているので)

一番盛り上がる緑の席は、席があってないようなものです。早いもの価値です。と、いっても席は空いているので早く行く必要もないです。このエリアでは席に座ろうにもみんな椅子に立つし、席はタバコ等で極限的に汚れていて座れません。試合が始まるまでやハーフタイムに座っていたければ新聞紙等を持って行くといいでしょう。
ちなみに席はこんな感じ。
s_hirokiRIMG0579.jpg


で、イタリア人は座席背もたれの上に、こんな感じに座る。
s_hirokiRIMG0589.jpg





長友の守備位置は左サイドバックなので、日本人なら若干左側を確保するとよいでしょう。通称長友シフトです。
さて、選手紹介!
選手名のアナウンスが流れると、応援団からというか全客席から各選手のニックネームが叫ばれる。

もちろん、

長友の名がアナウンスされ、
「ユーゴ!」とスタジアムの全員がフォルテッシモで叫んだとき、そりゃぁ興奮!
s_hirokiRIMG0583.jpg


その後はINTERの応援歌[Pazza intel Amala]がかかる!これを歌えるようになっておくと良い!すごい盛り上がる。スクリーンに表示される歌詞も素晴らしい!あまら~♪ 
YOUTUBE(歌)

実際はこんな感じ
(歌詞は追記に)




それにしても、サンシーロの応援はすごい!南米でもサッカーを観てたけど、それ以上!ずっと歌ってるし、青い発煙筒やら、超爆発音を出すクラッカーやら何でもアリ。危険だから売っていないと思っていた酒も小さなプラスチックに入れて売っている。(グラッパなど)
s_hirokiRIMG0600.jpg

s_hirokiRIMG0590.jpg




 そして、タバコだけでなくマリファナを吸っているし、ゴール裏グリーンゾーンはテンション高い。応援もことあるごとに「CAZZO」!
「**切り落とすぞ!」とか、、、、

短い試合時間にいくつの**が切られたことだろう。

プルプル((( ゚д゚;))) 


応援も罵声も、とても日本語に変換出来ない(しちゃいけない!)。椅子の上に立ちっぱなしの2時間。
ときおり決まった歌と共に右に動けーで、右の人たちを押し倒し、左に動けーで左にもみくちゃ。

実際はこんな感じ
s_hirokiRIMG0585.jpg



お世辞にも安心してみられる席じゃない。

 身を盾に守ってくれる男性がいなければ、女性はちょっと危険。でも、イタリア人は女性には優しいので、誰か守ってくれる(かな?)。女性は優しそうな人か、他の女性がいるあたりに席を取った方が無難かも。
 この歌の後は、押し合いへし合いになるぞ、、、という気配が感じたら、元気な(危なそうな)人からは離れるのが、賢い人々。女性や子供を守る男性は心得ている。


逆転ゴールが決まったときは、急傾斜の観客席なのに下の人に向かってダイブ!若いな、みんな。



物理的な危険はちょっとありますが、是非一番盛り上がる席で。インテルを応援してみてください。

続きを読む
[2012/01/27 05:06] | イタリア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
イタリア日記54-自転車中心のまちづくりへ【Bicittà】
かなり衝撃を受けたイタリアでの「正しい自転車の留め方」
s_Italy_自転車


Siが正解で,Noが間違いです。

s_RIMG0141 2

正解の方では、きちんと自転車の前輪を外して後輪と合わせてしっかりと固定されていますね。Noのように前輪だけ鍵をかけただけでは、前輪は無事でも本体は持って行かれてしまうということです。
ちなみにコレは、2008年度のレッジョエミーリア州の自転車の利用方法に関する公式広報より取ったもの。


 恐ろしいですねぇ。

正しい自転車の留め方をしないとこうなります。
 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
s_hirokiBICI.jpg




 基本的にイタリアでは新しい自転車を見ません。なぜなら、すぐに盗まれるから。自転車屋さんに飾ってある、新しい自転車は一体、いつ売られているのだろうと思う。


「でも、盗まれたら新しい自転車買う必要があるはずから飛ぶように売れんてるんじゃないの?」

なんて疑問がわいても此処はイタリア

若者であれば

「いや~、自転車盗まれちまったよ。」

なんて言うと、

「じゃぁ、2、3日待っていて、中古で20ユーロぐらい掛かるけれども良い?」

なんて、どこからともなく素敵なオファーがあったりする。ヨーロッパの都心部には自転車窃盗団が必ずいて、この人が窃盗団なのか、窃盗団の知り合いなのか、窃盗団の知り合いの知り合いなのかわからないけれど、自転車が調達されてくる。


 自分が盗まれた自転車は戻ってくることはないけれど、誰かが盗まれた自転車を利用するという、全く持って不可解なシステム。自転車は天下の回りものって訳。


 とはいっても自分の自転車が何度も盗まれるのは困る。それなら私用自転車を放棄し、自転車は本当に公共財産として、名実共に天下の回りものにしようという動きが出て来た。


という理由は嘘だけれど。


■21世紀初頭から都市内レンタルサイクルがヨーロッパにて行われるようになった。

 自転車利用者もいつも必要としているわけではなく、たまにちょっと乗りたいだけである場合が多く、都市戦略としてもLRT等と組み合わせて中心市街地から自動車を閉め出し、中心市街地の活性化を計りたいと行政は考えた。例えばパリでは2007 年 7 月に開始した“Vélib'が大規模に(2 万台以上)展開している。この自転車のレンタルの仕組みについては、まず4年前のセビリアの記事に書いた。
細かいルールは違うけれど、今回は割愛。

もちろんイタリアでもその動きは盛んで、例えばボローニャの街中レンタル自転車事例。事前登録が必要な市民向けのシステムだけど便利。
s_bologna.jpg



 イタリアでは自転車【bicicletta】と都市【città】を掛けて【Bicittà】
なんて言葉も出て来た。

 


 このように公共の自転車を使う限りは盗まれる確率もぐっと減る。自転車屋さんはちょっと困るかもしれないけれど、修理等+高性能自転車に特化しても十分やっていけるでしょう。だって、自転車の総数が増えるから。


■日本の場合はもうちょっと、他の方法が有りそう。
 例えば渋谷で新しく電動自転車の無料レンタサイクルが出来たようだけど、新品の電動自転車なんてやり過ぎなんじゃないのかなぁ。
 東京の広報曰く、東京都の市区町村が撤去した放置自転車等は毎年大幅な減少傾向(前年比8万7千台減少)にあるらしいけど、それでも平成20年度においても78万2千台とのこと。このうち持主に返還されたものは46万7千台、引き取られずに処分されたものは34万4千台、とある。(保管所にある自転車もあるため総数は一致していない)


 それなら新品の電動自転車なんて華々しくしなくても、この廃棄自転車を活用すればいいじゃないか!


■方法として
(1)駅前にデパートの駐車場を拡張し、駅前に集中してレンタル自転車用の大規模自転車置き場をつくる。
もしくは機械式地下自転車置き場を設置する。*(追記)


(2)加えて違法駐車自転車の撤去場所と修理工場を併設し、修理しながら管理が出来るようにする。(違法自転車はさっさと返却したほうがよいし、修理も同時に行えたほうがよい)

(3) 前回の話のIT技術によって元廃棄自転車フレーム内に位置情報を示すGPSチップを組み込む。その上で統一ペイントを施し、ヨーロッパ方式の課金方式で広く市民に貸し出せば問題解決。GPSでどこに何台あるか明確になっているから、紛失のロスも少ないし、自転車の返却の偏りも解消できるし。


こんな提案は実現出来ないものだろうか?
 




*追記、これら技研製作所やJFEエンジニアリング社等が行っている機械式地下駐車場は地価が高い日本に置いては活用度が非常に高いと思うのだけれども、あんまり展開していないのかな。これは公共レンタル自転車と相乗効果のある技術だと思う。
http://www.giken.com/ja/developments/eco_cycle/
park.jpeg

http://www.jfe-eng.co.jp/technology/technology_urbanring.html
park22.jpeg

写真は各社のHPより
[2012/01/17 22:22] | イタリア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
イタリア日誌53-「ヨーロッパ、歩行者中心の街づくり」
ヨーロッパで住んで思うのは、毎週行われているマルシェが中心市街地のにぎわいを生み出していることです。特別なイベントではなくて、どの街でも行われ、街と共存しています。大量のマルシェの車は水曜、木曜など、曜日違いに各街を周遊し、売り手の収入にもなります。また、クリスマスマーケットはシーズンが終わって観光客がいなくなった地方(シチリアやスイス国境周辺のドイツ語圏)から来る売り手が多いようです。ちょっとクリスマスには特別なものを贈ったり、食べたりしたいからでしょうか。

 南欧の人々は住民が移動しない国だからこそ、マルシェが外部から来てくれることは閉鎖性を解消させてくれます。かつ、少ない投資で様々なイベントを楽しむことが出来ます。ジェットコースターもある大規模な遊園地だって各街を移動してきます。これは大きな都市に資源を一転集中させず、それぞれの街を楽しいものにすることに役立ってます。これこそ、分散型都市圏のあり方を示す好例だと思います。
 

■少し写真を付けて事例をご紹介。

s_IMG_5556.jpg
 ちょっと雨で人が少ないですが、日曜市。チーズやワイン、果物等の一般的な食品の多いマーケット。

s_IMG_5330.jpg
 ペルージャのチョコレートフェスタの様子。世界中からチョコレートが集まってくる。甘い香りに誘われて、街の男女比も変わってしまうようなお祭り。

s_IMG_5972.jpg
 曜日ごとのマルシェの中心は、衣料品等、現代のアラブ人なのか現代のジプシーたちがモノを売ります。午前中だけで店じまいです。各所を移動することが前提で、日差しの強いイタリアではこのテント付きの車が大活躍。

s_RIMG0134.jpg
 広場はもちろん、ステージなどにも活躍します。

s_RIMG0451.jpg
そして日曜のがらくた(?)骨董市。



 Romaで歩行者中心の街に変革する大規模な社会的実験が行われるようです。ちらっと見たテレビで16~18日まで交通制限をすることがアナウンスされていました。
 フライブルク等の小規模の歴史的城郭都市のみならず、21世紀では大規模な都市にも人間指向の街作りに着手しています。バロセロナで成功を収めたような歩行者中心の街作りへの変革は世界規模で広がって行くでしょう。この一助となるのがIT技術だと思います。例えば、歴史的中心市街地に入る車は住民と住民サービスの車のみに限定にしたときに、ICチップなどを彼らの車に設置することによって、外部の車の侵入を制限することが出来ます。また、乗り合いタクシー等にはIC技術は欠かせなくなるでしょう。

s_RIMG0430.jpg
 この出っ張りは、上下して、車をコントロールします。ICチップと組み合わせれば簡単に利用出来そうですよね。イタリアでは機械に対する信用がないのか、修理する自身がないので、機械やテクノロジーに対してアレルギー体質がありそうですが、日本が取り入れそうやすそうですね。


 日本の街作りではIT技術の事を論じている人はいませんが、ITで何が出来うるか検討し、もっと活用すべきだと思います。また、歩行者中心の計画というと交通計画ばかりに目が行きますが、緑化計画や安全政策、また、元々地域の小規模商店やマルシェ、大道芸人等の組み合わせによって歩行者中心のまちづくりが『機能』することも忘れてはいけない。


 さて、日本。各都市共に魅力ある街作りの基盤が徹底的に破壊されていることに改めて愕然とする。キツい言い方ですが、取り壊されることの無い、震災被害地以上の瓦礫の山。この灰色のキャンバスをどうすりゃいいのか。


まぁ、一つ一つ解いて行くしか方法はない。
[2012/01/16 03:21] | イタリア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
未来の共同体を考える-1
ポスト・グローバリズムの世界、あるいは「縮みゆく共同体」を読んで

 世界は人の移動と同化の連続でありましたが、その度に大きな悲劇がありました。現代が過去よりも優れているので有れば、現在もその発展の途上であり、「その悲劇も同じように私たちは受けねばならない」ということになります。

ただし、悲劇を甘んじて耐え、多くの人種が混ざりあい、人が自由に行き来する究極の資本主義が成り立った後に、私たちはもっと素晴らしい世界を教授できるのでしょうか?

これが問題点だと思います。

 アフリカや中国が先進諸国と同じような教育レベルに立たない限り、同じルールで生活も商売も行うことが出来ません。世界的に白人がマイノリティになりうる中、それこそ世界がアパルトヘイト後の南アフリカの状況の様になりかねません。それも彼らは日本や白人至上主義が彼らを長年搾取し続けたのだと教育され続けています。アフリカの独立時のように、統治のたがが外れたとたん、治安が保たれなくなった結果、経済活動を麻痺させ、世界を疲弊させるように思います。
 
人は身の危険があった場合、効率的には働けませんし、他人に心を許せません。
 私たちが仲間だと思える範囲はどのくらいでしょうか。家族、親戚、同民族、宗教? また、その範囲から外部の人間を排除しうる根拠をどこに求めればいいのでしょうか? そもそも方法はあるのでしょうか?

 現在、住んでいるイタリアでは既に戦後60年代から発展よりも地域コミュニティを大事にすることを選んだ。イタリアはユーロ経済圏の劣等生になりつつあるが、それは地域を大事にするが故に、ユーロ経済圏の前提である人の移動を拒んだことにもあるように思います。

一方、経済が破綻する理由として、南のアフリカ大陸から無条件で難民のように押し寄せる移民のせいもあります。イタリアの街では夕方、駅前や講演には多くのアフリカ人やアラブ人がたむろしています。
 また、中国人への嫌悪もひどいものがあります。3日前ローマで中国人が射殺された。経済学的に言えば、閉じることは世界を逆行させますが、人はそれを越えて自分の縄張りを守る動物的な本能があるように思います。

 イタリア的な地方分権•郷土重視思考 に加え 土地への同化政策の義務づけは必要になるでしょう。簡単なところでは、一定程度のローカル言語がしゃべれないのであれば滞在許可証を発行しない、地域の会合(かつては教会が担っていた)などに参加の義務づけ等です。

 日本でも、排他主義に傾いてきているように思います。気持ちも分かりますが、思考を停止させる危険な思想だと思います。一方で無条件に受け入れるというのも不可能だと認識しているので、問題はその手法を、倫理的に、経済的に、心理学的にどう線引きするかだと思います。


そう考えると問題となっているTPPや日本の農業も経済学に従って解くよりも 縄張り論=「まち」学、まちづくり論こそ重要になってくるでしょう。自分たちがどのような街に住みたいか、どんな生活がしたいか、どんな隣人に囲まれたいか、これを考えて行くところにこそ落ち着くように思います。

 どのような形がふさわしいのか、答えは一つではありませんが、考えるヒントとなるものを探っていきたい。
[2012/01/13 23:38] | 世界の未来 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
都市コラム-「地図の読み方」
 うちのKさんは常に道を間違えます。近くに買い物に行くのにも、迷って帰れなくなったりします。私には訳が分かりません。

 街の中で地図を持ちながら道になぜ迷うのか、(残念ながら)ど~うも理解できないのです。。。(方向音痴の人には、ごめんなさい。)

 世の中には街の中で「迷う人」と「迷わない人」の2種類が存在しているのではなくて、「迷わないコツ」があるだけだと思っています。そのコツは自転車に乗るコツと同じように、一度覚えたら、まず迷わないのだと思います。

今回はその街歩きのコツの話です。



■地図は常に正しい

 まず、地図を信じること。「地図が間違っているのではないか」と思う人は、道を間違えやすい思考パターンを持っています。地図は、街を理解するための英知や技術が詰まっています。僕らに必要なのは、そのルールや地図を読み取る技術です。一口に地図といっても、街の形態が各国で異なるため、今回の話はイタリアの都市の地図の読み方を中心に書きます。


■地図をイメージしてみる

 出来るならば、街に入る前に、地図を確認してみてください。
 地図を見た時に街全体の大きさを判断するために、まず地図のスケールと方位を確認してみましょう。駅から自分が行きたい場所や、有名な建物間の距離を南北方向に○○m。旅行中なので歩いて1分50~60mとして、目的地までどれぐらい時間がかかるかを思い浮かべてみてください。

目をつぶっても、地図の全体像はうっすら浮かんでくるでしょうか?

 道に迷う人は大体『全体』ではなく『部分や線』で街を捉えようとします。

『○○通りをまっすぐ行って、○○通りとぶつかったら右に曲がる』とか、
 この思考方法が、街全体での自分の位置を見失わせます。

 歩きながら進行方向にコロコロと地図を回転させる人もいますが、これも全体での位置が分かりにくくなります。コペルニクスは、太陽が動いているのではなく地球が動いているのだ、と訴えました。当時の人からしてみたら、太陽が動こうと地球が動こうと、僕らが見ている太陽の動きは変わりません。地図を回転させようが「どっちでも同じだろ?」と思える内容ですが、根本的に考え方が異なります。車のナビのように地図や街が動くのではなく、街の中で私たちが動くのだと認識しないと地図は読めません。
 
 今ではI-PNONEのツールでも地図上に自分の位置が表示されて、その点が動いてくれます。地図を読むときにもこのイメージしてもらえばよいと思います。(技術が人のイメージを変えるという現代的な例ですね)

 このように、まず、スケール感伴った地図の全体像と頭の中に準備し、その地図を決して動かさず、自分が動くイメージです。



■右とか左ではなくって、東西ですってば~

 日本の話にはなりますが、地下鉄から出てもどっちを向いているのか分からない。そこから右に行けば良いのか左に行けば良いのか分からない。とKさんは言います。改札前で地図を見ても、階段を出るときに周り階段だったりすると、どこに向いているのか分からなくなると言います。


( ゚Д゚)ハァ?


どっちを向いているかではなく、どの方位に目的地があるかを知っていれば良いだけなんだってばKさーんっ!!(涙)。

「自分がどっちを向いているのか分からないのに、
 どちら方向に目的地があるかどうやってわかるのか?」
ですって???

それで先ほど説明した頭の中にイメージした全体図が必要になるわけです。


この図を見てください。

s_map地図



出口1~7 どっから出ても目的地は北に有ります。
右とか左とかまっすぐとか後ろではなくて、北に行けば良いんです。
(もっと大きな地図で場所の感覚を掴んでおくことが必要です。)

どっちに向いていようが、「北は北です」自分がどちらを向いているかとか、そのように考える時点で地図に迷います。
(補正方法に関しては割愛)

北北東方向に600mとか、そんなことさえ分かっていれば、道が曲がりくねろうが平ちゃらです。

方位を判断する方法は後述する太陽や樹木や建物を見る方法が有りますが、慣れるまでは方位磁針を持つことをオススメします。(i-phoneのアプリにも、入っていますしね)



■感覚だけにだまされない

 地図は確認していても、人間はついつい感覚で街を捉えがちです。ウィンドーショッピングを楽しんでいたり、混雑していると、短い距離でも長く感じられますし、建物も自分が見た建物が大きく感じたりします。

ケビン•リンチは著書「都市のイメージ」(Lynch,1960)に依れば、人間が常に都市空間を抽象化して捉え、自分の感覚によって地図を作ってしまうことが示されています。

**人間には環境の中に秩序を見つけだそうとする要求があり、なにかしら「混沌状態」から有意義なパターンにします。→(「認知地図」=目の前にあるものからその構造や特徴を抽出した地図。それから方位感覚を得て「どこに行けば、どこに行き着くことができるか」がわかるようになる。)
 人々は空間からあるまとまったパターンを抽出し、そのパターンが行動の体制化を助ける。そのイメージがある社会集団に対して問題の環境についての共通の記憶を与える程度が高い程、そのイメージは重要な意味を持つようになる。都市の「性格」はその都市が我々の心に印象づけるイメージがどの程度まで記憶されやすいものであるかによって、大きく決定される。**

 このように人は都市の特徴(イメージ)を無意識に形づくるようです。イメージは街を理解することに役立ちますが、一方で地図とかけ離れてしまう場合があります。そのため、先ほど頭の中に準備した地図をイメージに浸食されないように心かげます。


 私なら、準備した全体の都市のイメージの上に、重要な道や建物を特徴づけます。重要な建物は頭の中で3D化しても良いし、広場等の周辺はノリの図(柱や壁を黒く塗りつぶした図)の様に部分的に詳細化します。どうしても記憶は曖昧なものなので、製図の技術や3D化の技術等のはっきり具現化するとした手法を頭の中で通すことによって、変形されずにアウトプットされます。詳細かした部分を作ることで、記憶の地図のスケールが明確化されます。これが地図読みの次のステップです。

 地図こそ個人個人のイメージに寄らずに出来ているのですから、これこそ信じないといけない訳ですね。
(しつこいようですが、自分のイメージ地図が正しいと思っている方が往々にしているので書いておきます。絶対あそこだ!とか、あれっこんなに遠かったっけ?とか、昔から街がずいぶん変わったなぁとか訳の分からない事を言い出す人もいます。都市の姿は変わっても、スケールは変わりません。)


 困ったことに、部分的にスケールを変更したイメージ優先のディフォルメ地図が配られることがあります。有名な建物だけ個々に地図を見る人(イメージ地図優先の人)にとってはとても有効な地図かも知れませんが、通常の正しいスケールの地図に慣れている人間に取っては迷惑極まりない地図です。きちんとした縮尺1/1000や1/2500,1/10000 ,1/25000を見て訓練し、スケール感を身につけたい。自分で印刷するときも、スケールをきれいにするか、せめてスケールバーと付けて印刷する癖をつけると良いでしょう。



■何度も地図は見ない

 頭の中に全体地図が出来ていれば、何度も地図を見返す必要はありません。いちいち小さな道路の名前なんて覚えなくたって良いのです。
 地図を見て歩くよりも案内板や街の構造を示してくれるサインを読み取って歩く方が街の景色を楽しめ、気持ちがよいですね。地図を見てたってつまらないですからね。

 大体の方向が分かっていれば良いのです。細かい道路は初期に街を形作った人の気持ちにたって思考すれば、街の設計の合理性から道が見えてきます。日本でも、旧城下町都市骨格は街に入るまでは街道が天守閣に向かってまっすぐですが、街に入ったとたんにくねくね曲がってます。防衛が必要不可欠な時代を考えれば、敵の軍勢が見渡せるように道を設計し、街の中に入ったらくねくね曲がった道路の上から矢を放ち撃退することができるからです。他にも、正確なGPSや測量技術がなかった時代においての都市設計は、大通りも基準となる周囲の山にぶつけて(「山当て」)設計されています。設計当時の思考回路に立てば、道がどのように成り立っているか『想像』することが可能です。

 現代においても、一方通行等の新しいルールが出来ていますが、まず、街の都市計画者だったらどう考えるかに思いを巡らせれば、ルールが見えてくるはずです。



■地図がなくても街は歩ける

 エスキモーは雪質やちょっとした起伏により、僕らにはただただ真っ白な雪原としか見えない道を進みますし、ラオスやボリビアのジャングルの村人達は道なのかなんなのか分からない獣道を的確に誘導してくれました。砂漠の民もそうだったし、かつての船乗りも星をみて進路を決めていました。

 現代人にはそんな能力がないから無理!ではありません。都市内の分かりやすいサインを読み取るコツさえあれば良いのです。
 街の中でもまず、太陽や樹木の生え方、建物の窓の向き等で方位は分かります。人の流れや道の太さ、遠くに見える教会の塔もヒントになるでしょう。前述したように自分が街を設計するなら、どう形成を考えるのも良いでしょう。
 また、ヨーロッパで簡単なのはドゥオモ広場に行って、必ず近くにあるインフォメーションセンターに行けば地図が手に入ります。ドゥオモは街の中心にあるので、人を見ればたどり着けるし、ドゥオモはどこ?と聞けばだれもが教えてくれるし、サインにもcentroと書いてあります。



■ドライブの時は、国の成り立ちを考える

 イタリアはたった150年前にはそれぞれのコムーネが独立していた国です。歴史的にイタリアはフランスのように中央をトップとするヒエラルキーで成り立ってはいないようです。つまり、大都市も田舎の都市も同等に扱われることが望まれています。このような考え方に立つと、ローマに向かう表記と、「近くの隣町に向かう表記が全く同じ」という不可解な道路標識の読み取り方も見えてきます。高速を走っていても時々目的地である大都市の名前ではなく、その途中の小さな街の名前が行き先として表記されます。僕らはその小さな街も大都市と同じく尊重し、最終目的地だけではなく通過する街の名前を覚えておかないと苦労することになります。

s_italy-japan_違い


 また、近年では街の中心(チェントロ)には道を通さないようにしようという考え方が一般的です。元々、田舎の都市では街道沿いの都市として成立してきた経緯があり、元々は街道は街の中心を通るように設計されていました。しかし、バイパスが作れるようになると、AからDへの街へ行くとき、Bのチェントロに入らず、Cの街の名前を目指して進路を決定することが素早く移動する為には効果的です。

これも、地図ではなく街を作る都市計画家やイタリア人の発想を考えることで見えてきます。
都市を読むって、ほんと難しいですね。



■やっぱり人に付いて行くのが一番

 色々と道を迷う人は、まぁ、道に迷わない人に付いて行くか、周辺の人に何度も聞いてください。イタリア人は割とキチンと教えてくれますよ。

ではでは。良い旅を。




イタリアの不可解な道路標識についてはこちら
↑イタリアではヨーロッパで最も迷わせる標識システムとして悪名高い。イタリアの場合、道路の名前も変わるし、標識も間違っている(遠回りさせたり、その後の案内がない)、地図にあるはずの道路が崩壊していたりと何でもありです。

※地図は様々なことを教えてくれます。

ゼンリンの地図の作り方

都市計画家の歩き方2


[2012/01/12 06:11] | イタリア | トラックバック(0) | コメント(2) | page top
イタリア日誌-51『ユーロ崩壊に思う」
この日経記事を読みました。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20111227/225721/

 ユーロの失敗の原因が地元愛や動かない国民性によるものという指摘に、なるほどと思います。 3年前、ユーロ圏を旅したときには、ユーロは1ユーロ180円を越え、ユーロはまだまだ強いままだろうと感じた。というのも、ライアンエアーやイージージェットなどの格安航空が出てきているなかで、若者が国境もなにもないかのように動き、人もモノも金も動く世界が出来ていることを理解したから。少なくとも、そのときも今もユーロの若者には、ヨーロッパの国境はすぐに越えられる。

 けれども、実体的には人は動いていなかった。どんなに街が衰退していっても街を離れず、自分の街を政府か誰かが保証するものと思っているのは確かだと今なら思える。若者は外国に出ることもなく、国内にとどまり、職のないまま不満だけをためる。(事実、イタリアの学生は毎週地元に帰る)

 一方、中欧や東欧の若者達は西を目指す。貧民だけではなく、西欧の政府が望むように医者等の優秀な人材として西欧諸国で学び、職を得て行く。少子化による労働者不足を補うために、移民は絶対的であるはずの西欧諸国も自分の移動をしないことはさておいて、排他的になってくる。去年中国には何億ユーロが中国に送金されただの、内向きな思考をし始めている。相対的に、一国の紙幣の価値が下がるだけならば、その国に仕事が増すだろうし、そこに出稼ぎに来る人間も少なくなる。だけれども、今のユーロの失敗は、前述のインタビューが書く通り「知性の失敗」他ならない。バイクや車で世界一周をしたジム•ロジャースのよう、に地べたを沿って世界を見た人間でなければ分からない感覚がある。観光ではなく、思考回路を地元の人と同じくするような旅をしなければ感覚は少しも、自分の思考回路に組み込まれない。この思考は知性とは違う。知性も大事だけれども、知性だけで世界が成り立っていないと理解することが世界を動かす人には必要なんだと思う。

 さて、僕なりの見解を話せば、今はユーロは失敗であったと言えるだろうが、それは単純に時期が早かっただけだと思う。10年後にはそれが当たり前だったと言える。コレは経済的な観点ではなく、ヨーロッパを駆け巡ったヨーロッパ人が40歳50歳になるという事実から。単純だけれど、どの世界の歴史を振り返っても、正しいと思う。
[2012/01/09 07:59] | イタリア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
イタリア日誌-50「Buon anno」
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A Happy New Year!!! from Ferrara
世界遺産のお城に花火を設置して打ち上げまくるって言う感覚は、木造であるということもあるけれども、日本ではないですね。でも、どんな施設でも街の人が楽しんで活用してこそ、価値があるんだと僕は思っています。まぁ、ちょっとぐらい汚れたってそれはそれで歴史の一つ。

『自分の街を楽しもう!』

イタリアではそれを一番に教えてくれます。
[2012/01/07 02:02] | イタリア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
イタリア日誌49「日本とイタリアの違いver.01」
case1:道で目が合うと

日本→目を逸らす
イタリア→目を見てニッコリ。


case2:エレベーターで一緒になる。


日本→階数の表示を黙って眺める。
イタリア→雑談が始まる。



case3:ドアを開ける。


日本:まず自分が入って、後から入る人の為にドアを開けておいてあげる。
イタリア→ドアを開いて待って、相手を先に入れる。



case4:待ち合わせ


日本→外で待ち合わせ、時間ぴったり
イタリア→遅れるのが前提なので、バーで飲みながら待つ。



Case5:呑みに行く。

日本→7時ぐらいに集まって、居酒屋へ
イタリア→6時からアペリティーボ、8時以降にレストランへ、11時ぐらいからはバーへ。



Case6:何を飲む?

日本→とりあえずビール。それも生中。ビール!ビール!ビール! 日本酒、 焼酎 その他 (終わりにお茶)
イタリア→アペリティーボ(スプリッツやスプマンテ)
食事ではワインワインワイン、グラッパ (終わりにエスプレッソ)。
バーでビールビールビール


Case7:乾杯!!

日本→乾杯までひたすら我慢、乾杯と同時に一気に飲む。
イタリア→みんなが集まるまで各自自由に飲む。乾杯の時はグラスとグラス、一人一人と目を見つめ合いながら時間をかけて乾杯。


Case8:風邪をひく
日本:鼻を擤む→失礼   鼻を啜る→OK
イタリア:鼻をかむ→OK   鼻をすする→失礼

この逆転には風邪を引いた時に厄介。鼻をすする行為は西洋ではゲップとか、おならの音を出すようなものかな。

Case9:キッチンに必ずある家電

日本:炊飯器、 
イタリア:エスプレッソマシーン/生ハムを削る機械

まぁ、色々あるね。この辺の違いのいくつかはイタリアに軍配を挙げたい。
[2012/01/06 21:34] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
イタリア日誌-48「Presepio プレゼーピオ」


 イタリアの各地ではクリスマス(12月25日)から御公現の祝日(1月6日)の翌日まで、キリスト降誕の場をジオラマにしたpresepio(プレゼーピオ もしくは presepe)というイベントが各町で作られます。日本でもそうであるように模型好きな人が、何ヶ月もかけて用意し、見事なpresepioを準備します。基本は教会内に飾るのが一般的ですが、街のあちこちでみることが出来ます。

バチカン/サンピエトロ寺院のプレゼーピオ
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 市民が自主的に作るものもたくさんあるので、このようなキットがクリスマス前には、クリスマスマーケットに売り出されます。(ferrara)

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こちらは、町の行政施設の中庭を使ったpresepeのコンテストでしょうか。(Caserta)
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 この時期には、キリスト系のアソシエーションが中心になって、教会施設内でキリストの誕生のストーリーを演じることもあります。アルベロベッロでは町の人が役者となって、古い街並が残る一区画を使って観光客や地元の人たちのために昔の生活を紹介する芝居が行われていました。
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 行政施設で無料のチケットを受け取り、教会内でのちょっとした舞踊を見た後、20人ほどのグループごとに街を練り歩きながら芝居を見て行きます。今年は小麦がテーマになっていて、小麦の重要性や、小麦による村の共同体の結びつき等を紹介し、見る人も見られる人も楽しんでいました。

結婚式の様子
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石臼で小麦を挽く様子
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鍛冶やさん
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古い街のトゥルッリに入っては、昔ながらのパンの作りの様子や織物の仕事ぶりや、靴職人も見ることが出来ました。
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流れ星があっちに流れていったという村の人の声に導かれるように最後の住宅にたどり着きます。そこには馬小屋を模したトルッリ内で、本物の生まれたばかりの赤ちゃんが生まれたばかりのキリストを演じていてびっくり。地域資源を住民が活用して楽しむという好例でした。
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(赤ちゃんは寝ているだけですが主役です)

ツアーの終わりには、ドネーションとして寄付を募ることもあります。今年は日本の津波の為の為だったのか、日本人からは寄付を受け付けないようでした。終わりには芝居中に作っていたお菓子に加え、ワインが振る舞われ、しかも、芝居中に作っていたパンのレシピが見学者全員にお土産として配られていました。


さて、

 キリスト教が地域共同体と一体化して、まちを運営する仕組みがまだまだイタリアには残っています。檀家や神社を中心としたお祭り共同体が日本で弱まっている今、日本は地域共同体を新たに作り上げる、という簡単なようで難しい課題があります。ただ『街を楽しむ』と言う当たり前のことが出来れば、きっとうまく行くはずだと僕は信じています。
[2012/01/02 05:37] | イタリア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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