建築コラム「返済金利とエコフラットSとハウスメーカー」
 例えば仮に3600万円を借りると、利子だけでとんでもない金額になります。(※MOOKのローンに関する書籍より) 住宅金融支援機構でフラット35のローンでも1600万程多く返すことになります。


優良住宅なら金利が下がるわけですが、異常なほど頑丈な仕様にしないといけない。しかし、この金利による総額の下がり幅は実は設計料よりも大きい。 設計して、模型つくって、打ち合わせして、設計監理して、、交通費払って、構造に支払ってと誠心誠意、建主さんの喜ぶ顔のために1年以上の期間働くより、金利による差額の方がよっぽど大きいのには、やるせない気分になってしまう。多分、きっと建築家のみならず、多くのクリエーターは共感してくれるはず。


 プロジェクトを進めるお金がなければ困るけど、何も世の中に生み出していない実態のない利子の方がよっぽど多くの対価を得るってのは、啄木と同じく、じっと手を見るしかありません。

 そもそもエコフラット35は一部のハウスメーカーのひどい施工の住宅を少しでも改善する為に作られた制度ではあります。少し穿った見方かもしれませんが、今では大手のハウスメーカーと結託して、まじめに設計し続けてきた建築家を排除する制度の様な気がしています。理念自体は誰も反対すべきものではありませんが、この制度があまりにハウスメーカーの販売システムに合致しています。長期優良住宅制度や性能住宅制度、等等新たに機構が次々と生み出されるのは、何か天下りのための団体のようすら思え、何か裏に関係性があったのではないかと勘ぐってしまいます。同じ大きさの住宅なら、銀行にもっと借り入れをしなければならなくなり、貸し手側にもメリットがありますしね。



 ハウスメーカーは高い技術の結晶として住宅を商品化して、モデルハウスというショーケースに入ったような住宅を「販売」します。                                             
 モデルハウスの住宅地に見学しにきた人の中には、まるでデパートに並んでいる服を買うようにカタログで住宅を買う人もいるようです。

 建築は世界に唯一の敷地あってのものですから、同じ家を置くだけでいいのでしょうか?もちろん、ハウスメーカーにも設計の自由度があるように話してくれますが、制限がたくさんあります。ハウスメーカーの住宅の長年の研究蓄積やクレーム対応により、耐震や設備や汚れに至るまで完全にシステムパッケージしており、設計変更に自由度がありません。


もちろん、例外的にそれを飛び越えた完璧な自由設計も出来ますが、コストは跳ね上がります。打ち合わせのために、いくつかのハウスメーカーの図面や資料を拝見し、フォローアップに関しての相談乗りましたが、施主が希望を出しても、プランの変更やその敷地の場所性を考えた提案が全くと行っていいほどありませんでした。

そもそもハウスメーカーで図面を描いた人は建て主の敷地を見に行ったのでしょうか?それすら疑問になるほどでした。建築はその敷地や周辺状況、家族の生活シーン、希望等多くの要素によって形作られるものだと信じています。数値化して出来上がった固い箱を土地に置くだけではないはずです。そのやり方は効率の良い最大公約数ではあるけれど、決して建て主の希望の最大値には届かないですよね。

 ハウスメーカーは広報から打ち合わせ、設計から現場監理まで何でもこなす建築家と違って、内部も分業化されています。打ち合わせする人と図面を描く人が違いますし、年度が替われば担当も変わります。でも一度、モデルルームに行けば何度も営業の人が、細かく顔見せに打ち合わせと称して、値段や安全性を謳いにきます。図面を描くことが仕事ではなく、施主さんにそんなに来てくれるなら悪いし、この商店で買ってしまうかという人情への刷り込み作戦を展開します。


 そして、広告にもお金が掛かけて安心感を謳います。でも、広告が建て主さんの建物が良くする訳ではないですよね。

少し古いですが参考にさせて頂いたサイト
 http://www.housemaker.jp/price/adcosts.html

「積水ハウス株式会社 第57期 有価証券報告書」には、同社およびグループ会社が 2007年に費やした宣伝広告費は、266億7,500万円と記載されています。日清食品の広告宣伝費が、120億円くらいです から、倍以上です。広告費は一件あたり57万が設計をする以前に住宅の料金に加算されているようです。

 広告で大きく書かれているのは安全性や耐久性、保守点検等の安心を謳っています。その根拠になるのが、前述した長期優良住宅瀬系や性能住宅制度に当たります。この制度と密接に結びついて「安心性」をアピールするとともに、大きな利子の差額の補助を得ることが出来るのでお得ですよ、と割引感をアピールすることに役立っています。正直フラット35Sなどがなければ、ここまで性能を上げる必要はないはずです。


 今回の文章は逸脱した部分もありますが、そんなこんなで、フラットSやフラット35Sとか20年金利引き下げタイプとかの金利優遇制度には僕は少し懐疑的です。一般的にはこの金利に依る差額がまじめに設計している建築家から仕事を奪っているのが実情でしょうし、過剰な設備投資をさせてしまった住宅もあるでしょう。性善説に立てば本来必要のない制度でしょうし、いろいろと基準に関しては突っ込みたいところもあります。


 でも、もちろん制度は制度。制度を利用することで建て主さんの為になるのなら、何でも利用しますけどね。


全ては建て主さんの笑顔の為に。
[2011/11/29 00:21] | 建築・都市コラム | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
イタリア日誌46-「外国人わさびを食べる」
語学大学で一緒だった外国人学生が わさびを食べたときの反応。わさびに対するリアクションが2人で全く違う。何度見ても笑顔になってしまう。


This is Funny tasting " Wasabi" movie , how European(from Swiss and Greek) eat wasabi , this reaction is soooooooo funny movie. they were my classmates.

こんなにも味覚が違うものなのかと。

秀逸movie!
(video was taken by Sebastiano)

[2011/11/25 17:34] | イタリア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
イタリアの日誌-45「イタリアの教会/宗教」
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 イタリアではどこの街の中心にも教会(ドゥーモ)があり、目を楽しませてくれます。住み続けると、教会が本当の意味で街の中心にあるのだと実感しています。


 毎時間(15分ごと)聞こえてくる教会の鐘の音色で時間が分かるし、礼拝による毎週のコミュニティ機能のみならず、子供が生まれたら洗礼、結婚したら結婚式、死んでしまったらミサと、一生の生活は教会と共にあります。また、教会前の広場と一体となって様々なイベントが行われ、季節ごとの楽しみがあります。


 また、キリスト教関連のバザーやチャリティーイベントも多くあり、市民活動の拠点にもなっています。これを機会に、ちょっと宗教のことを あえて斜めに構えて考えてみたいと思います。


 金銭的な報酬がなくても、人に対して平安を与え、周りの人を無償で助けるのはなかなか出来ることではありません。素晴らしいことなのですが、異常とも言えます。ということは、宗教は異常をつくりだすための理念なんでしょうか。



 人は一般論(性悪説、生物的ですが)として対価報酬がなければ他の人を助けようなど思わないですよね。誰だって1度や2度なら助けてあげるけど、4度も5度も助けてばかりで自分に得がなかったら、「お前なんか絶交だ、とまで行かなくても関わりたくない!」って思ってしまいますから。
けれど宗教は無償で隣人に愛を捧げようとします。 とすれば、異常なことですよね、
(素晴らしいし、見習いたいですが、あくまで穿った考え方で見たら!)


 でも、考えてみると、宗教に決して対価報酬がない訳ではなくて、死後に天国に連れて行ってもらえるという確かめようのない絶対的な報酬を用意してくれています。だからこそ無償のように働けるんだろか。

 穿った見方を続けると、特に施政側が資金を出さなくても、下々の人間同士で勝手に助け合ってくれて、神の名を使って苦労せず市民の不満を抑えてくれるわけです。こう考えると施政側にとっては、「しめしめ、ラッキー」。彼らに取って宗教は非常に都合のよいシステムを作っているわけです。


 宗教団体は貧民が抑圧されていた時代には必然的に生まれざるを得なかった機構であり、大多数の劣悪な環境にある人間が社会を形成する上で必要な機能を担っていたはずです。最小限の資本で統治する為に、施政側が宗教システムを裏から作り上げたと考えてもおかしくないぐらいです。


 宗教が社会的機構を保管しています。例えば泥棒を捕まえるのに警官をあちこちに配備していたのでは社会的サービスへの費用がかさみすぎてしまいますが、泥棒を減らしてしまった方が効率が良いです。そこで宗教の出番です。私は神を信じないなんて行っている日本人も、おばあちゃんから言われた「お天道様が見ているから、悪い事はしちゃダメだよ」なんて信じていたのではないでしょうか。この感覚は日本人独自のものですが、他の国も多かれ少なかれあります。宗教が社会的なシステムを補う為に作られていたわけですから、犯罪を抑制する教義もちゃんと作られています。イスラム法では盗人は手を切ってしまう戒律もあり、イエメンではほんの30年ぐらいまでしっかり手を切って広場に晒されていました。また、犯罪ではなくて衛生面に関しても、不衛生な豚を食べちゃいけないとすることで、食中毒者を減らし、街の臭気も抑えられるようになった訳です。法律だと反対もありますが、神様の決めてくれた戒律じゃぁ文句の言いようがないですからね。


 このように施政側が社会的サービスを行わなくても、宗教の戒律によって社会の欲求不満を減らすことが出来るが故に、そのシステムの代価として各国の宗教法人は免税されていると考えるとすっきりするのではないでしょうか。税金を払っていないのではなく、施政に変わって社会サービスを行っているわけなのですから、金銭のやりとりのない契約を交わしているといってもいいかもしれません。


 もちろん、宗教を運営する人々が途中で私利私欲に走ったりして不必要な教義を付加することも多いのも事実でコレは問題。キリスト教ですらルター以前には免罪符を売ってた訳ですから。それに十字軍の時から他の利権組織(他宗教)を排他する機構制度を作ってしまったのは頂けません。宗教はその形成過程の中で排他をすることで成り立ってきましたから。別にAの宗教でなくてもBの宗教の天国に行けるならいいや、となってしまったらAの宗教に入る人がいなくなるし、Aの対価報酬であるA天国の価値が下がってしまいます。だからこそBを排除しなければならないわけです。


 Bが排除されることでAの正当性が担保されるという、唯一無二を目指さねばならない機構制度を取らざるを得ないのはビジネスモデルとしては現代にはフィットしません。
(あ、ビジネスモデルと書いてしまいました。たしかにこういうのって、宗教が絡んでいると問題になるので、ビジネスモデルとして仮に考えて見ましょう)



 世界としてはビジネスの前提として、独占は割けなければなりません。そして、その上でA商店とB商店、C商店等を公平に市民に選んでもらう必要があるでしょう。また、顧客の混乱を避ける為に、旅券の行き先は同じことを前提とすべきでしょう。A商店の旅券をかっても、B商店の旅券を買っても同じ場所に旅行出来るのが前提なら、顧客ならAもBも大差ないし、A商店もB商店もその顧客サービスを充実させることに力を注ぐはずです。AもBもCも元々兄弟会社なんだから、仲良くして、どの商店に入っても一緒の旅行先に行くんですと認めて、宣言してもらいたいものです。(移民問題もあって、今はイタリアも宗教には殺伐としていますよね)



 イタリアはそろそろクリスマス気分です。街にはマーケットが開かれ、贈り物やクリスマスカードに人気が高まってきています。日本はどうでしょうか?きっとイタリアよりクリスマスな感じだと思います。
 

 日本は節操がないと言うけれど「いいんです。」節操なくて。エジプトだってクリスマスを祝ったりするんです。こんな風に世界中でそれぞれのお祭りが共有されれば、きっとどの神様だって喜ぶはずです。



良い夜を。
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[2011/11/24 21:51] | イタリア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
男性の出生率が高くなっている件について
 そもそも人間は男性の出生率が高く、日本でも5%程高い統計が出ている。しかし、家族として男子を求める傾向の高い中国と韓国(特に韓国)に置いては、男性は女性に対して1割~2割多い。そしてこの傾向は一人っ子政策時代の中国と、現代で少子化傾向の強くなったこの20年間の世代に集中する。ってことはこの世代が大きくなったとき、男性が余るので女性は結婚に困らないということになりますよね。(あくまで統計上の事です)


実際の人口ピラミッドを見てみてみましょう
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図版はこのサイトから拝借させて頂きました。


より最新情報に近づける為に厚生省HPから国連の書物を翻訳した統計を見てみます。


中国は未だに2000年の調査が最新のようです。まず全体の人口として2000年で4000万ほど男性が多い。

一人っ子の世代を比較するため、若年層1~4才の構成を見てみると
男30,188(千人)に対して、女24,996(千人)比率は1.208:1の割合。
(中国では税金を逃れるために女性を登記していない可能性が高いので、統計に信憑性はあまりない。おそらく1.15:1ぐらいかな?)

韓国は2008年の調査なので、中国の調査と同時期を考える為に10~14才の人口で比較すると男1,777(千人):女1,588(千人)比率は1.119:1

それに対し日本(2009年調査)男3,048(千人):女2,902(千人)で比率は1.05:1

となっています。

つまり、日本の同時期、8年後の2020年には20歳~24歳になる日本人女性が290万人しかいないけれど、同世代の中国人男が3000万人いて、女性は2500万人もいるってこと。

仮に中国人同世代同士で結婚すれば、必然的に男性が500万人が余りますよね。つまり、日本人女性は日本人男性の300万人の他にも、中国人も対象とするなら未婚中国人500万合わせて、未婚男性800万人を対象に出来る。それもたった5年間の同世代を対象にした場合だ。もしも結婚対象の範囲を20才差までに広げれば、対象は3倍以上に膨らみます。おぉ~

 もちろん男性比が少々高いのはヨーロッパの国々も一緒だから、世界的に女性は常に優遇される傾向にあります。特に日本人女性は男余りの激しい中韓の女性に人気があるどころか、世界の中でも 最も人気の高い女性なので、日本人女性が数字の上では結婚に困ることはない!(って結論付けちゃいます。)

 さて、困るのは日本人男性ですね。日本人男性は今後国外からの日本人女性の獲得競争にも勝たねば、嫁さんを貰えないということですから。

日本人男性だって海外の女性を得ることも出来るが、どうだろうか?
イタリアで日本人女性がイタリア人の彼氏(旦那)を見ることは多いが、その逆は余り見ない。本当に結婚出来るのか、統計で見てみましょう。

統計では予想外に男性の方が海外の女性を射止めていることが分かります。
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(厚生労働省人口動態統計年報)「夫妻の国籍別にみた婚姻件数の年次推移」平成22年※図はwikiより


2010年には日本では国際結婚の割合は4.3%を占めます。相手の外国人の人数はカウントしないので、日本人の47人に1人は国際結婚をしていることになってます。男性は22,843人外国人と結婚しており、それに対し女性はたった7,364人。


ただし、日本人男性の結婚には偏りが強いように見えます。男性の相手は10,162人が中国人と、5,212人がフィリピン人、韓国北朝鮮が3,664人、そのうちタイ、ブラジルと続く。女性はといえば、韓国(北朝鮮)が最も多く、次にアメリカ、中国、イギリスと続きます。ただし、男女の統計共に韓国やブラジル等は日本人帰化した人や二世も含んでいるはずなので、イメージ上の統計とは多少異なりますかね。


 中国人や韓国人が嫌いというイメージがネットを中心に着きつつもありますが、数字の上では友好な関係を続けていそうです。ただ、日本人男性に自国の女性を取られた中国や韓国男性はアジアのべトナムやカンボジアなどに結婚相手を捜しに行くということもあり国際的な問題になりつつあるようです。実際カンボジアでは2010年3月に国際結婚の60%を占める韓国人との国際結婚を禁じています。(他の外国人と違い、韓国人との結婚の大部分が、結婚仲介業者を通して行われているため だとのこと)



 男性余りが爆発する10年後にこの国際結婚仲介業者は、非常に大きなビジネスになることに違いない。もちろん日本人の女性もターゲットにされる。勧誘され結婚するのは良いが、相手の事情や世界背景を知っていれば選り好みができる特権があることが読み取れる(断言ww)。もちろん、その問題点もいくつも挙げられているのでご注意してくださいね。


 今後も世界戦争のなければ男が余り続けます。人には一緒に生活するパートナーが必要だと前提にするならば、ホモセクシャルが多くなるの必然性を持ってくるでしょう。人口動態を見る限り、特に中国では社会認知をすべきかもしれません。また、一妻多夫制の共同生活の可能性も出てくるでしょう。エチオピアの或る村では、村人全員で共同生活を営んで、全員が全員と関係を持ちます。そして出来た子供はみんなのもの。モラルハザードとかではなくて、将来あり得る形なのかもしれません。


 

さて、日本人女性の0歳~20代の方は日本人男性に限らなければ、問題なく夫を掴むことが出来ます。この問題が発生する、まだ未婚の男性諸君はこの10年で嫁さんを掴まないと、海外男性に嫁さんを取られてしまうので今のうちに(笑)


あくまで数字上なので、あしからず。







追記:

よく考えてみると、二次元を好むオタクが増えているのも、この統計とあながち無視出来ない相関性があるかもしれませんよね。東京都ではアニメ・漫画のキャラクターも「非実在青少年」として「不健全」性の基準に含める青少年育成条例が2010年に改正されました。二次元のアニメが犯罪を引き起こすためというのが大きな理由の一つとのことですが、実際のところは性犯罪率はアニメや漫画文化のない国の方が圧倒的に多いのです。不思議ですね。

wikipedia によれば
(日本での犯罪は)平成16年(2004年)から再び減少傾向に転じている[3]。日本の人口10万人あたりの強姦の発生件数は1.2で、アメリカ合衆国37.0で日本の30倍[4]である。 と日本は圧倒的に少ないようです。


ただし、日本の場合は数字に上がらないものが多いだろうし、痴漢などの軽度の性犯罪は、日本は非常に多いと考えられるので、ここまでの差はないでしょう。でも一概には日本の性犯罪率は低いと言えますよね。(女性からはそんなことない!って怒られそうですが)


 上記から考えるに、アニメやポルノビデオなどの二次元の商品が決して犯罪を誘発しているのではなく、これらが女性の代用品となり、性犯罪を抑制しているとも考えるのも行き過ぎではないと思います。世界的な男性余りの世の中では、男性から社会的なフラストレーションが発生され、治安が圧倒的に悪くなるでしょう。行き着く末は「戦争」しかありません。この自体を避ける為には世界中の男性を「オタク」化させることが、方針として必須不可欠だと仮定出来ます(またもや断言)。


女性の奪い合いが加熱する10年後までに、日本のIT技術と工芸力、執着心を注ぎ込んだラブドール的な産業も 日本の独自の産業になると思う。日本人として恥ずかしいし、教育的にはどうかと思うが、兵器や銃器の輸出産業(死の商人)やアジアの人身売買産業を考えれば、日本のオタク産業はそれらを抑制するものであり、平和産業(生の商人)と言えるので教育委員会が思うより健全でしょう。


また、日本人男児の「草食系男子化」が叫ばれるけれども、世界的な潮流からは奨励すべき傾向ですよね。


ではでは。



[2011/11/21 19:21] | 日本 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
イタリア日誌番外編「日本の強み」
 
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 1522年、マルタ騎士団(十字軍)はロードス島でイスラム勢力に破れた。そのとき、スルタンの寛大な措置によって、島を去るときに宝石や武器を持ちさることが許された。しかし、マルタ騎士団がマルタ島を拠点とすると、団長であったバレッタはスルタンとの約束を破り、イスラム商船から略奪を行うようになった。其れに対してイスラム勢力は、大軍をもってマルタに攻め入ったけれどもこのときは辛うじて撃退することができた。そして、バレッタはマルタの首都の名前となり、死後もキリスト教国からの賞賛を受け続けている。

 さて、世界の歴史が教えてくれる悲しい事実は、どんなに卑怯な手を使おうとも、勝てば賞賛され、歴史に名が残るということ。

しかし、日本には「清貧」という言葉があるおかげで、日本国民のモラルは高く保たれ、僕自身も救われている。(笑)

 この言葉は「勤勉」と同じく、日本独特の一種の宗教のようなものかもしれない。治世者には最も都合のよい国民性。TPPなどされようものなら、すぐに食い物にされてしまう国だ。

 しかし、否応なくグローバル、インターナショナル化する中で鎖国して暮らすわけにはいかない。日本もその一員にならねばならないし、積極的に外部と交流すべきだろう。しかし、日本人が我を我をとグローバルのルール=勝てば良い、儲けさえすれば良いという方向になってしまえば、日本の最も大事な国民性を失う。

 どこにいっても当たり前のように素晴らしいサービスが受けられて、笑顔(作り笑いだとしても)で接客され、見てない部分まで手を抜かないで仕事してくれて、、、という多くの人が高いレベルで保っている組織体としての強みが=日本の強みだろう。この日本的宗教観とも言える「勤勉」の精神を如何に保ち続けるか。これが日本のこれから10年の踏ん張りどころだと僕は思う。
[2011/11/16 10:20] | 日本 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
イタリア日誌44-「街中オリエンテーリング」
PADOVAにて、都市内でオリエンテーリングが行われていた。

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街中を走り抜ける参加者

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チェックポイント

日本だと、中学校のときに行っていた、ハイキングしながらのオリエンテーリングを思い浮かべるだろうけれども、オリエンテーリングは地図読みしながらのマラソンだと考えてもらった方が実際に近い。(オーガナイザーはどうもチェコの協会らしい)

オリエンテーリングと言えば、通常、自然の中で行うイメージが強いけれども、このオリエンテーリングではまちの中で行われている。街中のチェックポイントを地図で探し、それぞれの場所で小さな電子機器を使って通過したことをチェックする。レースに求められるのは走る能力だけではなく、地図を見る能力も必要になる。となれば、地図が読めない人に取っては困難極まりないレースな訳だけれど、都市計画家にとっては非常に有利なゲームと言える。コレなら勝てるか?。

 街の中を走るのは車が制限されたヨーロッパの中心市街地でこそ出来る競技。別に、この大会を開く為に、特別に警察と協議して車を制限したわけでもないのだ。


 こんな競技が日本でも当たり前のように実現できる日が来ることを期待したい。
下記、イタリアのオリエンテーリング協会のサイト
http://www.orienteering.it/
http://www.trailo.it/


ちなみに、日本ではオリエンテーリング協会が日本各地に、オリエンテーリングのチェックポイントを配置してくれている。個人でもチャレンジ出来るので、興味のある方は是非。地図を読むのがうまくなります。

日本オリエンテーリング協会
http://www.orienteering.or.jp/
[2011/11/15 06:41] | イタリア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
イタリア日誌43-「未来の空間コンサルタント業」
このブログでも紹介しているYRシートや自然色のシート(単純に書けばブルーシートではなくて茶色系のシート)の目的が自然の色にとけ込んで目立たないようにすることだとするならば、軍隊で敵に見つからないように工夫された迷彩柄シートが究極の色彩だと言えるのか?

いや、究極のシートはカメレオンのように擬態する光学迷彩シートなのか(ステルス式)?

だとすると、このシートを使うとこんな会話になる。


「なんで、何も敷かないでネッ転がっているの?」

「君には、このシートが見えないのかい?ふふふふふ。(微笑)」

で、周りの人は 

(´・ω・`)???

「見えないけど、、、地べたに座ってるみたいで、なんか違う」

となるはず?



であれば、

ということはシートを地面に完全にとけ込ませるよりも、地面にはラグなど、地面との色彩的な対比があった方が本来シートとしては効果的なのかも知れない。

光学迷彩シートよりも最素晴らしいシートが或るはずだ。

 近い未来を考えるとそのうち、有機ELが実用化されて可変シートが出来るようになるかもしれない。
お皿(映像)表示させてi-pad上にお寿司を載せて食べるという方法を考えた人がいる。
http://d.hatena.ne.jp/shiinaneko/20100715/1279252548
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ELシートもシチュエーションに合わせ、模様をかえて使えばいい。
でも、その時に困るのは普通の人はどのような色をシートに移すか戸惑うはずだ。

となれば、ここに商機がある。シチュエーションに合わせて色彩のコーディネートをアドバイスする会社(企業)が必要になる。スタイリストの空間バーションを遠隔操作によって行う。

具体的に言えば、
(1) 依頼人は3D映像•音声が出せるi-padを持って、状況をその会社にテレビ電話で連絡する。
(2) 会社はそのときにふさわしい音楽、映像、周囲に合わせたインテリア等を、送信し依頼者のI-PADにて映し出す。
(食事も一緒に用意してもらいたいところだけれども、空間転送分子移送はあと30年ぐらいは掛かりそう。)
(3) このサービスの情報の提供料で、依頼者からお金を受け取るというビジネス。



技術はどんどん進むほど、結局未来には感性(プロフェッショナル)が重要視される時代になるだろう。



ということで、今日も本物を見て、スケッチをして、いい音楽を聴いて感性を鍛える。
いつの日か世界初の空間サービス会社を設立するために(笑)
[2011/11/13 09:57] | イタリア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
イタリア日誌42-「イタリアの修復事情-1」
イタリアでは様々な遺跡保存ならび活用するプロジェクトが動いている。プロジェクトとそれを取り巻く環境や制度について、現地からレポートしたい。

今回の文章は長くなります。


■事例その1(アッシジASSISI)
 FAI(Landscape italian fund)から出資された保存プロジェクト


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建物外観(裏側より)


FIAが12世紀に作られた教会(修道院)を含む地域60haを国?コミューンの許可を受けて購入し、教会の機能のみならず、本屋や観光事務所として修復する。また、以前15世紀頃に作られた粉引き小屋を新たにレストランとして再生する。また、アッシジの防衛の為に使われていた棟の再生を行い、ランドスケープアートと合わせて観光スポットとする計画。

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粉引きの為の穴が残る。地下に水が流れ、その力を使って粉引き機を回していた。(せっかくなので、これを回転寿しなどのように、ドルチェを回しながら見せるのに使ったらどうかと提案したのだが、、、、)



 FAIは当然アッシジの他にもプロジェクトを進行させ文字色ており、サイトでの紹介によれば40程の計画がFAIの出資の元で動いている。

このプロジェクトに進め方について、コンダクトしている建築家に話を伺った。

*****
 まずは体制に関して。

 FIAが登録建築家と建設会社、考古学者をセレクトする。考古学者と言うと、大げさに聞こえるかもしれませんが、イタリアにおいては遺跡保存、歴史的遺産の対象に指定された歴史的建物地域でプロジェクトを進めるためには考古学者を必ず入れるのが決められている。指定は日本で言うと文化財埋設地の様な指定でしょうか。ただ、イタリアの場合は文化財保存が日本より重要視されています。一旦調べた建物でも、解体と修復をしている間に12世紀の建物に15世紀に建て増しされていたことが分かることがあります。そのような発見があるため、プロジェクトの進行にも考古学者が重要な役割を担っています。

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すてきな女性の考古学者リディアさん



次に、このような歴史的な建物を修復するのにどのように進めるか。
 

 FAIが出資し、登録建築家とプロジェクトにふさわしい考古学者と施工者を推薦し、 その承認を(形式的であるが)国とコミューンが行い、建築家のコンダクトの下で、プロジェクトを進める。


 建物の修復といっても、修復以前は壁も崩壊し、屋根も掛かっておらず、床のタイルもぼろぼろになっていることもあります。その場合は補修というより、外部から材料を持ってこなければなりません。この場合、タイルはその土地のデザインに似た素材を古材商店で選んで、それを使います。(詳しくは後述します。)
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建物内部(教会部分だが、床は全て貼り替えられた)



 扉も柱の梁も同様に古いものを選んで据え付けます。このように(200年以上経った古材と言えど)新しい材料を入れることはオリジナルに忠実と言えないかもしれません。しかし、もともとローマ時代から石の文化は昔の建物の上に重ねて作られて来ています。12世紀の古い建物でもその下にローマ時代の遺構が残って、その元々の材料を使い回したりしているのがイタリアです。そう考えると、新しい素材を付加するのも、決しておかしいとは言えません。


 以前のブログに修復のタイプに「オリジナルに忠実に直す」と「オリジナルと区別をつけて直す」の2通りがあると書きました。この事例のような修復はどちらにも属さず、偽物に位置づけられてしまうのかもしれません。けれど、イタリアでは修復という感覚より、以前と同じように使える過去の遺構を、再利用して作り足して行く改築的な感覚が強いと思います。形はモノではなく、オリジナルの「思想」を受け継ぐというのも、修復の手法の一つだと思いました。

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鉄製の階段作成工場。日本と違って湿気が少ないので、溶融亜鉛メッキ仕上げなどの加工をしなくていいところがうらやましい。



■事例2:(ペルージャ近郊)

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 個人のヴィッラ(豪邸)の修復プロジェクト。国や州の文化財でもなく、このような私邸が修復事業となるというのがイタリアらしい。古く朽ちた15世紀の建造物をカナダ人が300万ユーロで購入して、修復を進める。歴史的な建物であるので、修復して使うことが前提となる。依頼を受けた建築家によれば400万ユーロほど改修費用が掛かるとのことだ。


この日は建築家に同行し、電気設備の専門家と設備会社との打ち合わせに動向させてもらった。
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 まず本体の修復を始める前に、まずは周辺環境を美しくするために電線の埋設から始める。電線の埋設も個人の事業で出来てしまうのがイタリアの素晴らしいところ。インフラの整備計画や電気等の配線をどのように通すか決定した後で、実質の建築作業が始まる。

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内部はこのようにぼろぼろの状態。



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各壁(つまり一部屋4箇所以上)は考古学者の指導によってめくられ、壁の内部がどのような状況になっているか調査されている。

 施主が住めるようになるまで計画としては一年半ほど掛かるということだが、ゆったりとしたお国柄なので、もう少し延びるかも知れない。
 
 

<修復事業に必要な古材店>

 事例1で述べたように、失われてしまった材料をどこからか調達する必要があります。同じ材料の取得は不可能でも、同じ土地の同じデザイン思想で作られた材料を利用することが歴史的建築物の保存には求められます。保存だけでなく「古さ」を「貴重」とする感覚もあるため、古材を利用してアンティーク調の豪邸を「新築」することもあります。




○La Cole (web)
創業60年の老舗で、始めは古材のドアを主に生業としていたそうだが20年前から全ての古材を扱う企業となったとのこと。ここにはイタリア中部各地から集められた石材や暖炉、木材、小物や布までアンティークが集まっています。

 イタリアで最大の規模を誇り、この場所だけではなく、ミラノにもショールームがあり、材料置き場のために、大きなコンテナを20ほど所有しているとのこと。古材の宝庫であるイタリアで最大ということは、つまり世界最大の古材取り扱い店です。

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商店の一部

 
ペルージャ近郊にあるジョージルーカスの自邸を建てるときにも、彼とその建築家はこの店を利用して、一人で100万ユーロ以上の古材を購入したということだ。ただ、建築家はジョージルーカスを喜ばせることは決して出来ないと嘆いていたそうです。

 アンジェリーナジョリーの映画(tourist)に小物のセットを用意するときには、商店の担当者も相当振り回されたというから、いつか偉大な芸術家と一緒に仕事をしてみたいと思いますが、強い精神と忍耐力が求められると思います。



 さて、これほど大きな古材商なのに日本人の建築家で訪れたのは私が初めてとのことでした。イタリアの歴史的建造物の修復現場では日本人が余り活躍する機会がないのかもしれません。もちろん、日本でプロジェクトをするに当たっては、全ての古材の輸出はいろいろと規制が掛かるので敬遠されてきたのかもしれません。日本でもイタリアの中世風という脈絡もないショッピングセンターが作られているけれど、イタリアでは材料から歴史にリスペクとしているようです。

(商店紹介のDVDなどを貰ってきたので、商店に興味が或る人はいつかまた。)


 さて、この場所で特に面白いと思ったのが、商店の元々の仕事である扉の扱いについてです。ここにはイタリア中部各地から集められた石材や暖炉、木材、小物や布までアンティークが集まっています。
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まさに、宝の山です。



○Porto del passano(web)
上記LA COLEとも協力(兄弟会社)関係にある古材取り扱い会社。


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 このお店では15世紀から18世紀のイタリア中部(トスカーナ、ウンブリア)の扉を扱っている。古い住宅からの依頼があれば、そこに赴き買い取りし、作業場で修復する。必要とあれば、新しい木材(といっても古材)を継ぎ足して修復する。この技術は匠の技を使うとのこと。この商店ではあくまで古扉の扱いが中心で、古い扉を使うには新築や扉に合わせて壁の方を調整する必要が出てきます。
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ただ、扉に合わせて毎回壁を壊す訳にもいかないし、同じような扉がいくつも欲しいときは、古材の扉では対応出来ないので新しいオーダーメイドの扉を作る必要あります。

そこで、LA COLEでは古材を使って新しい扉を作ります。ここにはどんなタイプが作れるのかを展示しており、設計者がオーダーして作ってもらいます。
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この古そうに見える扉も実は古材を使った新品です。

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アンティークに見せる鉄職人も作業場にいるので、いろんなタイプの扉がオーダー出来ます。



古く見せる為に、ヒビなどをわざと入れることまでします。
(少々、手が込みすぎていると思いますが)


扉以外にもこういった技術を使って実は有名ブランド****の看板は全てここで作っています。
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パリに本物が一点あるのですが、それを東京等、20カ国以上の店舗にヒビまで似せて作り上げた看板を配置しています。ここまで行くと、古材店なのか大道具屋さんなのか分からなくなります(笑)


 或る意味「贋作」とも言えるような技術ではあるため、当然、世界遺産となるような建物には使用するのは問題かもしれません。しかし、歴史的建造物が当然のように残っているイタリアで、歴史的な建物を再生させる為には、個々の部材にもこのような技術が必要不可欠であると思います。でなければ無数に或る歴史的建築物を未来に繋ぐことは出来ないと感じました。歴史的な建物の味、良さを使いこなしながら、未来へ伝えて行く技術と言えるのではないでしょうか。





 色々な建築修復現場での発見=「点」が結び合って「線」になるどころか、それを取り囲む環境を知ることで「環」となってきたように思います。これからも、色々な場所に自ら訪れることで、この「環」の強く、濃く、大きくしていきたい。
[2011/11/09 20:55] | イタリア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
イタリア日誌42-「落書きに見るイタリアの喪失」
 イタリアは落書きの多い国です。




トンネル等の落書きスポットのみならず、はたまた電車自体に、それも窓にまで書かれている国です。

 しかし、この国の若者には一つの不文律がありました。それは歴史的建造物には落書きしないというルールです。新しくペンキを塗れるところには、いくらでも落書きします。もちろん商店シャッターにも落書きします。けれど、古い石積みには落書きをしていませんでした。イタリア人のストリートアートをしていた友人に聞いても、古い建物に書くのは出来る訳ないじゃないかと、常識として語ってくれました。




 世界的に有名なストリートアーティストのバンクシー映画「 EXIT THROUGH THE GIFTSHOP」で、ストリートアーティスト同士の繋がりも描かれていましたが、暗黙のルールを破った人間には何らかの制裁が加えられるはずです。ブラジルでストリートアーティストと話していたとき、決して地元のグループの許可なく落書きをすれば恐ろしい制裁が待っていると聞きました。きっと、元気一杯の盛りのイタリアの若者の中にも、この不文律がきちんとあったはずです。


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写真はイギリスのロンドンのスポットにて



 けれど、近年不文律であったはずの古い建築物への落書きが発生しています。
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 移民が多く入って若者は徒党を組み、若者の世界で台頭してきているのではないでしょうか。落書きにも、イタリア人を馬鹿にするような落書きが見受けられます。アートなど頭になく、ただ破壊と鬱憤ばらしです。私が最も嫌う行為です。


 イタリア人、もちろん私たちも200年以上も前に名前も知らない人々が作ってくれたインフラを享受しているわけです。名のない彼らがいなければ、今僕らは洞窟にでも住むしかありません。僕らは生まれながらにして、建物や都市を通じて、彼らに感謝しなくてはならない立場にいます。200年前の人々がそうであったように、私達は昔からの素晴らしい遺産を、より良くし、未来に繋げて行く役割を担っていると私は信じています。


 私は決して移民やどの国の人間が悪いと言う気持ちはありません。いくらかのイタリア人の学生も真似して同じことをしているはずですが、街自体の落書きが増えるたび加速的にモラルが壊れていきます。過去からの遺産に尊敬と感謝がなくなれば、それはすなわちイタリアの未来すら失われてしまうのではないでしょうか。


 過去の遺産を大事にするというイタリア人の当たり前の共通感覚を、イタリアに在住する全ての人々、というか世界中の人々が今すぐに再共有する必要があると感じています。


テーマ:海外旅行 - ジャンル:旅行

[2011/11/01 23:42] | イタリア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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