イタリア日誌41-「昨日は牛の鳴き方を学びました」
サスティナブルなコンセプトで作られた集落を見学していたとき、
イタリア人のおじさんが「もーもー」と陽気な声で牛の鳴き声を真似ていたので、

「70歳近いのにずいぶん陽気なおじさんだなぁ」と思っていたら、

突然、遠くの牛達がおじさんに答えて鳴き出すではありませんか!

おじさんが「もーもー」と声を出すたびに、向こうからも「もーもー」と。

若い子達が薮の中に入ってしまった牛を追おうとしていたのに、おじさんの「もーもー」に呼ばれて牛が勝手に畜舎に戻ってくる。

 僕が「もーもー」しても答えてくれないのに、おじさんの「もーもー」には必ず反応する。一体なぜ?やっぱり「もーもー」にも、イタリア語ってあるの?イタリア語的にはやっぱり「mou mou」?おじさん、日本に行ったら日本の牛とも「もーもー」できるの?


おじさんは言った。「長く生きていれば、色んな言葉が話せるようになるのさ。( ´U_,`)」 

 私「。。。お見それしましたorz」   



けれど、おじさんはイタリア語しか話せない
[2011/10/27 21:39] | イタリア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
イタリア日誌-40「イタリアで新規事業を始めるとしたら」

 うーん、寒い。

 寒い。部屋の中が外より寒い。現在でも地区200年程のアパートに住んでいるのですがずいぶん寒くなりました。部屋の中からはパノラマが望むことが出来るですが、その分壁に風が当たり、結果として部屋が寒くなります。どうもペルージャの古い住宅には断熱材を入れていないらしいのです。これはヨーロッパの断熱基準が外断熱を基準としているからなのかと、インテリアデザイナーに聞くと、もちろん内断熱は取り入れられているとのこと。

 暖房と言えば、イタリアでは壁付けの水式のラジエーターが一般的。


新しい住宅では壁の中に管を通して暖めるタイプのものもある。壁に埋め込むときは冷たくなりがちな北側の壁に設置するのが最も効果が高い。しかし、高い天井を持つイタリアの住居では、そんな暖房では暖まることは出来ない(と思います。)

 自分の観点からは、高い壁を生かして15cm程きちんと床暖房を通した方が良いではないかと思います。古い住宅の改修にも歴史的な文化財修復時にも適用出来るし、これはヒットして床暖房市場を一気に広げて、いつしか大会社の経営者に、、、なんて夢想すらしてしまいますが、ここで一つ文化の壁があるのに気づきます。靴を脱ぐ習慣のないイタリアでは、床暖房の有効性がいまいち発揮されないのではないか。靴を履いていたら床暖房なんてあまり意味がありませんからね。足から暖めることが重要だと言うことが、アジアでのように一般論になっていないように思います。

 では、新規企業を開拓するとしたらどうすればよいか。

 イタリアにも自宅スリッパの習慣はあるので、これに小さな電気マットを使えば良いのではないだろうか。これは電熱マットの要領だけれども、充電式の保温スリッパを作り、30~40ユーロで売り出せば人気商品になるのではないか。

 もちろん、プロダクト的にきちんとしたデザインを施し、コードレスの充電システムなど付帯させて、中国企業に真似されないプロダクトを目指したい。
(ちなみに、中国には1分で暖まる電熱式湯たんぽがあって、アレは重宝します。10元ですが、時々爆発します。)



 他に考えられるとしたら、日本古来の素晴らしいプロダクトである炬燵の改良だ。
炬燵
写真はhttp://www.shimaris.com/agallery/ukF2Suz2.htmより


ヨーロッパの家庭にあるテーブルに設置出来るような仕組みを考案すれば、よいかも知れない。ただし、ソファーに移る場合も多いので、そのへんも考慮して常に携帯出来るような仕組みが必要でしょう。

 また、日本に置いても炬燵は改良の余地があるはずです。

 現代は、TVに家族が集まる時代からPCや携帯等の個人の活動が中心で、場所が固定されない時代になってきています。日本の炬燵は囲炉裏からの発達、TVに集まる家族中心型(居間中心型 リビング•ダイニング兼用型)の産物であるとしたら、この時代にそぐう発明品が出来上がる可能性があるはずです。

 笑い話ではなく、「暖房付きの携帯電話」あり得るかもしれません。携帯が生まれる前には、誰も懐中電灯代わりに電話を使うなんて考えられなかったはずです。


 尾崎豊の「15の夜」の歌詞で「100円玉で買える温もり、熱い缶コーヒー握りしめ~」と
いう一節がありますが、そのうち、冬のバス停で女子校生が「熱い携帯電話を握りしめ~」という時代がきっと来るはずです。
 

 今回も、ずいぶん話が逸れました。

まとめ:
 イタリアの暖房システムは新規設置よりも、修復や追加の方が求められる。建築的にはオーナーが簡易に施工できる内断熱システムと郊外であれば太陽熱を使って建物全体にも適応出来るソーラー温水システムと床暖房を組み合わせた製品、ないし北側壁暖房装置が普及させることが出来れば、この国の冬はより快適なものになるに違いない。


では、ボナノッテ
[2011/10/26 21:36] | イタリア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
イタリア日誌-39「パーティを開こう」
 先日、共同体における(一般社会と書いてもいいし、人間形成と書いてもいいのですが)パーティの重要性について考える機会を頂きました。もちろん、僕の場合は日本でも上海でもパーティを開くので余り関係ないのですが、イタリアでは事あるごとに、家にお客さんを招いてパーティ(夕食)を開きます。庭があれば外でワインやプロシュート等簡単なもので済ませたり、メロンのプロセッコ浸け(これは日本でも作りたいが高くつきます) など、簡単だけれども家で作ると美味しいものを用意して会話を楽しみます。


 実際にパーティを開くとなると、いろいろなことが起こります。事前に準備が必要だし、何人来るのか、誰が飲むのか、どれぐらい飲むか、好き嫌いはあるか、宗教的な問題はあるか、会話のネタはなにかと、常に相手のことを思いやっての思考の連続です。イレギュラーなことは起こりますし、外的な要因も働きます。ホストは色々なことを考えオーガナイズして、お客さんに最高の時間を過ごしてもらいたいと思います。もちろん、パーティの参加者の一員である自分が最も楽しむことが重要ですね。

 ただ、準備は大変です。結婚式を開いたことのある経験がある方は分かるかもしれません。本当に細部まで用意しなくてはならず、こんなにも配慮しなくてはならないことがあるのだと。おそらく、結婚式を挙げた人は招待状の返信を遅れて出すことは、まずありません。それほど準備の大変さを知っているからです。

 「何故、会社面接のときに全ての人にリーダーシップ経験を求めるのか
というブログ記事がありました。趣旨は一つのチーム、お祭り、なにかのプロジェクトの時にチーム全員にリーダーとしての経験があれば、お互いにプロジェクトを動かす為にどのように自分が機能すればよいか、自分で判断し、行動出来るからチームはリーダーの経験を持った人間を求められるということです。

会社にリーダーと言えば難しいですが、イベントの仕切りが出来る人という意味に置き換えることも出来ると思います。宴会の仕切りが出来る能力は、勉強ができるとは違う共同体に取って重要な能力です。
 特にこれを感じたのは震災直後のボランティアセンターでのことです。本来、人にどんどん指示を行うべきボランティアセンター職員が全く機能していませんでした。非常時の指示が行き届かない状態で、本来指示をする人間が指示待ち人間になっている状態がありました。つまり、職員が人を取り仕切ったことのない人だったのです。言い方は悪いと思いますが、例えるなら市役所にいるパートの案内おばちゃんでした。(4月のブログ参照)

 非常時にコレでは困りました。このような非常時に活躍したのがNPOでした。彼らは医療チームや山岳パトロール等に非常時に的確な判断が出来る人だったり、音楽のパーティをオーガナイズするなど大多数の人間を誘導する能力に長けている人達でした。(以前のブログ参照)もちろん、普通は山岳パトロールに入ったり、音楽パーティを主催するのは難しいと思いますが、自宅でパーティを開くことは(きっと)出来ます。夕食でもいいし、誕生日パーティだったりでもいいんです。少々面倒ですがが、きっと楽しいことがありますよね。世界中を旅しても酒や車のない国はあっても、パーティのない国はありませんでした。当然ですね(笑)
 

 結論を大げさに書けば、パーティは「なんらかの共同体の形成(維持)の為に必要な行為だけではなく、共同体(社会)に取って必要な能力を持つ人間を育てる場」でもあると言えるかもしれません。

友人の言葉を借りれば
“パーティとは「人間を人間たらしめている何か」であることを疑っていません。 「ホモ・ルーデンス(人間とは遊ぶヒトである)」という語とのアナロジーからしても。”です。
 ま、難しいこと書けばそうなのですが、上に書いたことは全部パーティを開く口実ですね(笑)



 それでは、よい夜を!

 ボナセーラ!





※ホモ・ルーデンスはオランダの歴史家ホイジンガ(ハイツィンハ)による言葉
[2011/10/21 22:12] | イタリア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
イタリア日誌-38[baci]

東京ではエスカレーターでは左側に立って、右側を上っていくけれど、大阪では逆。新幹線を降りて、地下鉄か何かに乗り換えるときにちょっと「あれ!?」ってなって、慌てて、左側を空けることもある。日本では車は左側交通だけれどもヨーロッパは右側交通。各国で違う。日本は関係ないけれど、一つイタリアの慣習で右と左がちょっと混乱することがある。

 その一つがBaci(バーチ)。

両ほっぺに交互にチュッチュとするラテン国特有の挨拶。これがヨーロッパと南米では始めにキスをする頬が右と左と順番が異なる。なので、うっかり左側からだと思って首を左に傾けるのだけれど、相手が南米の人だったりすると向こうも首を左に傾けて、、、、、と、うっかり唇を奪ってしまいそうになる訳だ。

これが女の子だったら、

「まぁ、うっかり間違っちゃったよ。えへへ、Forutuna(幸運)をありがとう」

で済む話だけれども、この挨拶、仲が良くなったり、人によってはイタリア人男性同士でもバーチをすることがある訳だ。滅多にないけれど、ちょっと、男同士で、、、というのは、ご勘弁願いたい。


 このバーチは地中海の文化なので、当然地中海を挟んだアラブの国にもバーチの慣習はある。アラブをとらえるときに、西洋と対極的にとらえることもあるけれど、地図を見れば地中海に沿った文化圏としてとらえることも出来る。ローマ遺跡はチュニジアにもエジプトにもリビアにも残っているし、考えてみれば当たり前なのだけれどもついつい忘れてしまう。バーチの習慣があると言っても、イスラム国家なので男性と女性がバーチをするなんてことは無い。男同士で行う。バーチのようにキスをしないけれど、頬と頬をすりあわせる。アラブの男は髭が濃くてゴワゴワでタワシの様なので、僕のようにツルツルの様なお肌とゴシゴシ擦り合わされるときはさすがに好きになれない。エドワード•ホールの隠れた次元の仲で対人距離が最も短い民族はアラブ民族だという研究結果が出ていた。それに暑い国なので汗をかいている場合も多いし、結構体臭も強い民族だ。一方、日本ほど対人距離が離れている国はそうはない。アラブ人と仲良くなるのはいいが、ちょっと男同士でのバーチは勘弁し願いたいというのが日本人としての本音だろう。


 さて、バーチの話。イタリアでは始めは左側。左右左と戻る場合もあるので、相手のリズムを読み取りながら。男性諸君はわざと間違えないように!

追記、
あ、始めは右からだったね。イタリアでは。
[2011/10/14 23:01] | イタリア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
イタリア日誌37[Skype!]


4年前にの日記の中でスカイプフォンが席巻し、通信業界を変えうると書いたけれども、結局変わっていない。ネットにつなげる為のWI-FI自体が通信会社に抑えられているからだ。

そんな訳で、たまに日本に帰国してもネットが使えない。まさしくネット難民。こんなにも技術が進んでいる日本で情けない。新幹線でwifiが利用出来るというアナウンスが流れたので、喜んでmacを開いてみてもロックが掛かっている。車掌さんに聞けば、利用には入会が必要で、その入会の手続きの書類なら渡せます。とのこと。

「。。。」


街を歩けばwifiは8つも10つも飛んでいるのに、結局一つも使えない。一体なんだっていうのか。全ての通信会社が争って配置しているせいで、日本に住む人々の情報取得の向上という純粋な目的に寄与していない。


 これからの時代は世界のビジョンを共有しながら、それぞれの役回りをこなしていく時代。社会主義とは全く違う、新しい資本主義が生まれてくるはず。今世紀の最大の発明品はきっと新しい資本主義。


 旧資本主義で前提となるのが競争原理。もしくは人間は怠惰な生き物であるというような前提としている面がある。でも、世界を滅ぼさず、敗北者を作ることを前提としない方向を目指せば、資本主義は行き詰まるし、競争自体に世界全体にとって意味も無い。富を一極集中させても、人間の一生は所詮80年ほどで使い切れるわけじゃない。結局のところ、万人の幸福度こそが求められる。国全体の幸福度が高ければ、安全も高まり、人間関係においても住みやすい環境が整う。極端に言えば、富を集めて、ゲートに閉じこもり、銃を構えた警備兵がいなければ暮らせないような環境に何の意味もない。シェアワークや上下関係のない会社運営などの試みによって、新たな資本主義の形は模索されている。

 ここでの資本主義はこれまでのマクロ経済学だけでは解けない。倫理学や道徳などの側面からの人間の暮らしの価値を捉えた新たな経済学が生まれてくる。もちろん、もう既にそのような研究が僕の知らないところで、きっと高い次元まで発展しているはずだ。

 さて、wifiの話。
そんなこんなで、たかがwifiの話。

さっさとラジオのように誰もがどこでも、万人が公平に無料で使えるようになってくれ。
[2011/10/14 22:56] | イタリア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
イタリア日誌-36「リビアの未来」
 最近リビア人とよく話すのだけれども、あの国は大量の石油がある。長い海岸もある。美しい観光資源もある。イスラムとの付き合い方をきちんと律することができれば必ず素晴らしい国として再生するだろう。自分の国に誇りを持って話す目こそ、その未来を象徴しているように僕には思えた。彼はリビアの内戦時には8ヶ月間トリポリにいる家族と連絡を取れなかったそうだ。最近になって家族と連絡が取れ、リビアの人々は自由を喜んでいると、目を輝かせて語ってくれた。


 僕が考えるリビアの将来像として、オマーンが浮かぶ。
(オマーンに関しては2008年8月の日記)
オマーンは親米国家であるけれどスルタン(王)による絶対君主制を維持し、豊富な石油資源と少ない国民、長い海岸線がある。山岳地は多少あるけれどイエメンのように部族が強すぎない。とはいえ誇り高きベルベル人のことだ統一を維持出来るかは重要なポイント。1949年の国連の決議により1951年にリビアはキレナイカ、トリポリタニア、フェッザーンの3州による連合王国として独立したが、この3州が分割しないかが今後も見守る必要はあろう。


2008年のデータではリビアの人口は620万人、人口密度としてはわずか3人/㎢だ。それに対して貿易黒字を維持する為にこれまでも石油の量を制限しており、石油の埋蔵量はアフリカ1の埋蔵量をほこる。
 一人当たりのGDPはアフリカでは最上位クラスである1万ドルを超える比較的裕福な国であり、先進国に並ぼうとしている。2010年のリビアの一人当たりGDPは12,062ドルであり、隣国と比べると、エジプトが2,771ドルと圧倒的。
また、教育に関しても6歳から15歳までの初等教育と前期中等教育が無償の義務教育期間となっており、その後3年間の後期中等教育を経て高等教育への道が開ける。義務教育に限らず、国公立の学校の学費は無償である。2003年の15歳以上の人口の識字率は82.6% である。(Wikiより)


 オマーンは少ない人口と豊富な資源にあぐらをかいて、労働力をチュニジアやパキスタンなどの海外から労働力を求めた。結果オマーン人は怠惰な国民性を強めてしまった。 
 オマーンを模範とせず、リビアは教育国家として自国民と他国民を育てる国になってほしい。アラブのみならずアフリカを支援する国家として成り立つことができれば、石油をベースとした教育、医療含めたリーダー的な存在になりうるだろう。リビアで教育を受けた人間は、かならずリビアに恩をいつか返すことだろう。対アフリカに関しては良くも悪くもカダフィぃ政権時代から試みていたことで、この路線を追従することにはなる。現在アラブではヨルダンやサウジアラビアが教育•医療国家となろうとしているが、サウジでは宗教的な観点から完全に開いているとは言いがたい、ヨルダンでは経済的に難しい。リビアが新国家建設時にリビア人の富や利便性に直結することのみ考えずに、20年後の未来の為に投資出来るかに新国家建設が掛かっているように僕は思う。


リビア人のムハメッドが話すリビアにいつか行ってみたい。そして、まだ見ぬアフリカの大地へ。


 これからリビアの明るい未来を信じて!サラーム!
[2011/10/12 21:59] | イタリア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
イタリア日誌35「迷路標識」
イタリアの道路標識が分かりにくい。迷いに迷ったあげく、結局着かない。
この動画を見てくれれば何となく分かってくれるのではないかと思う。
http://www.youtube.com/watch?v=XkInkNMpI1Q



実際のイタリア標識はこんな感じ



これも都市の名前をあまりに並列に書きすぎているところがある。時に都市名がコロコロ変わるし、右も左も同じ都市の名前が書かれていたり、、、リベラル度が高くて、それぞれの街を大事にするのは良いけれども、もう少しヒエラルキーを設けてもよいのではなんて思う。向きごとに色を変えるとか、道ごとに標識を変えないとか、距離を必ず書くとかありそうだ。もしくは道路名を表記するとか。

こんなことになったのも、分散型都市型像が思考過程まで身に付き、大きな都市も小さな都市も同じように扱うが故に、標識のヒエラルキーもないのか。イタリア人のたくさんの抗議を受けて道が戦略的に作られないからなのか。理由は良く分からないけれど、初めてのイタリアを運転ドライバーにとっては迷惑この上ない標識だ。まったく。


追記
イタリアのドライブ。movie
かなりキツいジョーク。
http://www.youtube.com/watch?v=9q6aLxxsoqU&feature=related
[2011/10/05 02:21] | イタリア | トラックバック(0) | コメント(1) | page top
イタリア日誌34「RADICOFANI」
ORCIA渓谷の南側にある小さな街。街の頂上には砦があり、ここからは渓谷の全景が見渡せる。
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街の中から砦を見る


もちろん、この砦も世界遺産に含まれる。渓谷は丘が連なるが険しいというほどでもないので、攻め込まれやすい地形でもある。その為、城の作り方は多少堅固となり、まちと一体となって砦が建設されるというよりも非常時に村人が逃げ込めるように、街との関係も切り離して建設されることもあるのだろう。
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砦からの眺め



 また、現代と違って飛行機も無ければ、大砲も銃もない時代だった。こういった中世からの都市や街を眺める為にはその当時の軍事体制や火気の技術、移動方法、帯同食料等をきちんと勉強しないとその都市の成り立ちや作り方を知ることが出来ない。城の展示から当時どのような武器が使われていたのか等を知ることは都市計画者にとって非常に楽しい行為。
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 radicofaniのように防衛と都市の形態を切り離せないのは日本の城下町も同じで、通常城下町では街へ続く旧街道が遠くからはまっすぐ天守閣へ向かっているけれど、適当に近づいたところで幾重にも曲がっている。これは防衛的な理由からで、敵を発見しやすく、街の中に入ったら渋滞して一気に攻め込めず、近くの壁から相手を弓や銃器で攻められるようにするためだ。
 イエメンの山岳都市では例えば、Shibam &Kawkabanでは商業都市と防衛都市と分割して街を運営している。崖の上の防衛都市が敵を発見し、商業都市の人間と入れ替わって崖を降りて戦う。

 イタリアは日本と同じく農業国家であり、かつ、各地に国家が分散していた。領主制度より、各地に分散型都市を作っていたが、独自防衛が必要なくなり、交通の手段も社会体制も変わった現代において、この都市形態のままで良いのかは再考の余地がありそうだ。ドイツやオーストラリアでは農業地であっても住居は集約され、街にインフラが集まっている。それと比べるとイタリアは牧歌的ではあるけれど、或る側面で非効率と言える。
 
 昔ながらのわが町に住んでいて、、、、という愛着はあっても、ご先祖様はその当時の生活に起因して、その土地に移り街をつくった。世界を一旦まっさらな状態としてとらえて、人口60億人をどうやって住まわせるかゼロベースで考えるシムシティのようなゲームがあったとしたら、どの様に人を配置するか。仮定の話は意味が無いかもしれないが、そのある側面からの理想的な世界と比較することは出来るかもしれない。誰が好き好んでドバイの様な都市に800Mを超えるビルを建てるのか。
 


訪れた日にはテントが張られ、忠誠の騎士達の生活や戦い等を再現したお祭りが行われていた。
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 広場では騎士同士の戦いなどが演じられるのだけれども、なにか、こう、牧歌的で地域の住民のお祭りという感じがした。ステージが用意されて、椅子に座って鑑賞するっていうものではなく、演じる人も、見に来る人も一体となって楽しむ。まさに地元のお祭り。
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日本だと世界遺産のお祭りとなれば、行政主体で大々的に行ってしまうものだが、ローカルな人たちの手によって、遺跡を凍結させない、自分の生活の中に或る遺跡として使われるほうが僕はいいと思う。何でもかんでもルール決めして規制するのではなく、活用し、自らが楽しむこと。こんな簡単なことを日本のお役所は忘れがちなので、こういった感性は僕ら生活者の中から発信していければと思う。
[2011/10/04 13:48] | イタリア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
イタリア日誌33-「VAL D’ORCIAの露天風呂/ BAGNI S.FILIPPO」
このブログの目的は世界の温泉を巡り紹介することなので、
これまでにチリハンガリーの温泉等各地の温泉を紹介してきました。

また一つ、イタリアのすてきな温泉を紹介したい。

2004年に世界遺産に登録されたVAL D’ORCIA(オルチィア渓谷)の南側にBAGNI S.FILIPPOという温泉がある。柔白色のカルシウムの鉱分を含んだ温泉で、森の中に或る小さなパムカッレ(トルコ)という感じかもしれない。鉱分によっていくつもの小さなプールが形成されており、自分のプライベートお風呂を楽しむことが出来る。
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川の様だけれども温泉。本当に温かい。
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泥を顔に付けて、お肌つるつる。
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こちらは上部にホテルが作られていて、その温かいお湯がこちらに流れているようだ。
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奥に行くほど水が温くなるけれども、それでも気持いい。プライベート感がでてくる。
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プライベート温泉。
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滝に打たれる?落書きしちゃだめだよ。
(後ろはカルシウム鉱分によって形成されたFosso Bianco。 オルチャ渓谷に行けば写真を見かけるけれども、温泉に入れるって普通は知られていない。)
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近くのエリアにはローマ時代からの温泉、保養地などもあり、滞在にはいい。
ただ、こんな所には日本人旅行者も来ない。イタリアに滞在している方ぐらいしか来られないと思いますが、マニアックな温泉地なので是非。


もちろん水着をお忘れなく~
[2011/10/03 01:16] | イタリア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
イタリア日誌32-「食事のルール」
イタリアに来ないと分からないルールとして、実はイタリアではカプチーノは夜に飲むことが出来ない。まぁもちろん、メニューにもあるし頼めるのだけれども夕食後に頼んだりすると、

「えっ?君は一体何を頼んでいるんだい?え、もしかして私聴き間違えました?」

なんて、こととなり、

近くのテーブルのイタリア人からも、「へっ?」って顔をされる。

つまり注目を浴びて恥ずかしい思いをするぐらいなら、カプチーノを諦めたほうがよいってことなのだ。

 それからピザは昼間に食べるイメージがあったけれど、基本は夜の食べ物。だけど、今では誰も気にしない。もちろんカプチーノもそうだけれども。
[2011/10/01 22:55] | イタリア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
イタリア日誌31-「Marci della Pace(平和への行進)」
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 ペルージャからアッシジまでの25kmを歩くMarci della Pace(平和への行進)に参加してみた。市民レベルでの動きで、シュプレヒコールを叫びながら歩く人もいれば、単に抽象的な平和の為に歩く人、もしくは純粋に楽しみとして歩く人もいる。イタリアのみならずヨーロッパでもニュースになるような有名なイベントで、イタリア中からこの日の為に人が集まった。2年に一度、行進が行われ、今年が50周年目の記念の回だった。


 マーチの最終地点がアッシジ(ASSISI)にになるのは、アッシジの美しい教会フランチェスコ教会に関連する。聖フランチェスコは、裕福な家庭に生まれたが、貧しい人々と共に歩くように啓示を受けてそれを実践した。神の力だけではなく、世俗的な王達の政治的な力も借りなければ貧しい人たちの生活は改善しないことを理解していた。当時、トスカーナ地方では各地の王によって戦争が引き起こされ、貧しい人たちが苦しむ状況下にあった。それをフランチェスコがアッシジに、ペルージャへと向かって友愛を説いた。「あなたを訪れる人が敵であれ、友人であれ、兄弟のように迎えなさい」訴えかけた。これが、平和を祈るマーチの最終目的地である所以だ。


 さて、このマーチは8万人ほど参加する本当に大きなイベントで、先頭も最後尾も見ることが出来ないほどだった。そしてレインボーフラッグの明るい色がはためく姿は圧巻だった。レインボーフラッグは太陽の下、実に映える。色鮮やかな隊列を見るだけで何かのどかな気分になる。
 ちなみにレインボーフラッグには3つの意味がある。1つ目はもちろん世界平和だし、2つ目はそれが転じて男性同性愛者(=つまりゲイ)の権利獲得の為のシンボルフラッグでもある。ゲイが男性人口の30%~40%を占めるとも言われるサンフランシスコに行くと、このレインボーフラッグが各所で掲げられている。ゲイが多く集まるカストロというエリアに行くと、至る所、このフラッグだらけだ。そして3番目は、ペルーのリマにもこのフラッグがはためいている。サンフランシスコを訪れた後にすぐにペルーのリマに訪れたのだが「あれ?リマにもゲイがこんなにも多いのか?」と、思ってしまった。実際にリマにはゲイが多い、なんてことはなく、レインボーフラッグはリマ市の正式なシンボルフラッグだった。その為に、リマ市はゲイに、そしてなぜかサンフランシスコ市にも抗議を行っている。


さて、マーチの話に戻ろう。

 もちろん、平和の為のマーチなので、政治的な主張も多い。タイムリーな話題として、パレスチナとシリアのために祈り、特にパレスチナの独立を支援する動きが多く見られた。パレスチナの旗はあまりに大きいので、近くの人に頼みつつ、みんなで運んでいた。
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マーチを眺めると「イタリアには主張しなければいけないことがなんと多くあるものだな」と考えたくなるほど、多様な主張に飛んでいた。
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 その中の一つで、“No!TAV!”という抗議があった。「電車はいらない!」ってどういうこと?スローフード運動などもこのマーチの中で主張されているなかで、車を使わないようにっていうのは分かるけれども電車を使うなっていうのは分からない。ということで、歩くイタリア人に色々質問してみた。

 分かったのは、トリノの近くの街(だけじゃなく、イタリア各地で)で、高速鉄道が作られようとしているのだ。それも今、既にあるローカル線に沿ってだ。つまり、線路は1本でいいところに、高速のための広軌鉄道を新たに設けようという話なのだ。そんなことは税金的に無駄が多いのもあるけれども、その建設資金がマフィアに流れるという校図が市民の抗議を引き起こしている、とのことだった。
 ナポリのゴミ問題しかり、いろいろと市民が抗議しなければならないマフィア問題は根強いのだ。

 何やらみんな色んな主張をしているようだ。じゃぁ、僕も主張でもしてみるかと思ったけれども、何を主張しようか思いつかない。あまり主張の強い人間ではないことに気づいたので、とりあえず「震災時の時に日本の為に祈ってくれてありがとう。」とイタリア語で書いて歩いてみた。



 しかし、僕のイタリア語が悪かったのか、時々呼び止められて祈りを捧げられる。過去の祈りも、今の心からの祈りも同じで、僕はその行為に感謝した。この祈りが被災地に届けばいいけれど、とりあえずイタリア人に感謝の気持ちは伝えておきました。

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 5時間ほど歩いてアッシジに到着。夕日と美しいサンフランシスコ教会を見ながら、皆、気持ちのいい疲れを感じていた
[2011/10/01 01:53] | イタリア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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