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イタリア日誌-30「ウンブリアの旅はバスでどうぞ」
ウンブリアはバスで移動するのが一番だ。
 「地球の歩き方」がユーレイルパスを販売しているせいで、それを売る為に電車の情報ばかり載せている。(なんて旅人の間では言われているけれども、実際は知らない。少なくとも日本人の旅行者は電車に誘導されているようだ。)
僕も昔はそうであったように、学生は購入したユーレイルパスを使わなくては勿体ないという理由から電車を選択することになる。
 


バスなら電車と違って、坂道でも走れるし、ウンブリアの街の歴史的地区に直接着くことが出来る。例えばアッシジからペルージャならバスなら中心から中心まで40分ほどで着くけれど、電車だと中心地から駅まで歩いたら30分以上かかるし、電車の待ち時間ももったいない。ユーレイルパスも高いけど、高い航空券を使ってヨーロッパにいる時間も貴重だと思うからバス代は高いものじゃない。

 ウンブリア地方では本当は自家用車が一番だけれども、バスと電車、出来ればヒッチハイクも組み合わせるのが上手に旅行するコツ。電車だと駅に荷物預かり所が必ずあるので重宝するけれども、まぁそんなのは近くのバーやタバコ屋さんにお願いして預かってもらえばいい。


 補足をすると、バスの切符はバーで買う。近くのバーに行って切符を買わないと、バスに乗ってから降りろと言われることになってしまう。バーが切符の売り場をかねているように、バーは結構、街のいろいろな機能を補完している。日本でいうコンビニ+社交場的なところがあるかもしれない。切符は売っていないけれども行政に出すための証書を売っているのはタバコ店だし、小商店は地域にしっかり根付いている。
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[2011/09/30 04:36] | イタリア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
イタリア日誌-29「ウンブリアの交通シリーズ ”in Gubbio”」
この様な鳥かごのデザインのリフトは他に見たことがない。
s_gubbio1.jpg
s_gubbio2.jpg



ウンブリア都市での上下移動の乗り物は多種多様。
中国でも乗り物シリーズを書いたけど、イタリアでも出来そうだ。
[2011/09/29 04:33] | イタリア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
イタリア日誌-28「ウンブリアの都市の魅力」
 ウンブリアの一つ一つの街は多様性に富んでいる。一つとして同じ街がないので、いくつの都市を巡っても飽きない。それも、元々はそれぞれの街が国として、コムーネとして独立していた経緯があることにも基づくのだろう。どの国でもそうだと思うのだが、山岳地帯は独立性が高い都市が多くなり、人と情報を排他しがちな一方で、独自の文化が形づくられる。そんな訳でウンブリア地方には魅力的で個性的な街が残ったとも言えるかもしれない。また、防衛の為に作られた城は現代の利便性とは別の論理で山と一体的に作られている。ここに自然と融合した美しさがある。加えて、過去の形態を利用し、活用して昔の姿を今に残している。イタリア建国150周年記念のイベントで都市の今昔展が行われていたが、多くのイタリアの街がそうであるようにSpoletoもほとんど変わらない街並を保持していた。美しい。

上が昔の写真で下が現在の写真。
s_spoleto2.jpg


本来、国土の70%が山地である日本も特徴的で魅力的な都市が各地にあった。独立国がいくつも乱立していたイタリアの様に、つい150年程までは日本にもそれぞれが独立国と言える藩がいくつも存在し、それぞれで独自に統治されていた。イタリアが統一されたのはたった150年前。思えば日本が明治時代に統一されたのとそれほど変わらないのだ。 江戸時代の城下町はそれぞれ多様性に富み、魅力的な街が日本中にあっただろう。しかし、戦後それを全て同じように壊して、魅力を失わせてしまった。建築基準法からして日本中同じものが適用されていることからも、本当の意味で地域の建築は作れない。風土に適合した建築、多様性のある街並を生み出していくという意味であれば、そもそも日本に再び藩制度、今で言えば道州制のようなものは取り入れたほうがいいといえるかもしれない。

 これからもイタリアの魅力的な都市に訪ねていきたい。


最後にSpoletoの写真を。
一枚の写真が、きっと誰かを旅に駆り立てる。
s_spoleto1.jpg
手前は13世紀に作られた水道橋



おまけ
Spoletoの教会は非常に美しい。階段の下った位置に教会がある。教会を見下ろす主アプローチでこれほど美しいのは他に思いつかない。ウンブリアならでは。
s_spoleto3.jpg
[2011/09/28 00:01] | イタリア | トラックバック(0) | コメント(2) | page top
イタリア日誌-27「美しい水門」

名も知れないところに、美しい土木デザインがある。
これは水門だけれども、機能は単純で、かつ、調整がきき、そして美しい。


s_美しい土木


これが発電装置も兼ねていたら、もっといい。
増減はあるけれども川は常に流れ続けている。奥地に大きなダムを作って送電するのではなくて、このような小さな水門を用いて小さな発電を行って地域の住宅に供給する分散化エネルギー供給を目指したい。当然、魚などの生態系を考える必要はあるけれども、迂回河川や小さな発電用の池を作ることで自然への対応が可能になるかもしれない。特に、送電がしっかりしていないラオスメコンの地域や、水資源が豊富な日本の地方村ではこういった小さな水門による小さな発電装置が有効かもしれない。

 昔から水車による粉引きなどあったことを考えれば、それを発電に変換するだけだ。水田での水の誘導に長けている日本ならきっと実現できる。
[2011/09/26 23:16] | イタリア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
イタリア日誌26-「73番目の国 サンマリノ」
サンマリノはこの21世紀にも関わらず、たった61㎢の面積 わずか人口3万人で未だに独立共和国として成り立っている。この国はイタリア統一のために戦ったガリバルディを一時期匿い、援助したことによりその独立をイタリアによって保障されている。


 こんなにも小国であっても成立していたのは、山岳地の街として鉄壁の守りを誇っていたからだ。この断崖を上って攻め落とせた軍隊はいなかった。海の街リミニが近くにあるが、どんなに大勢の軍隊が攻め入ろうとも決してサンマリノの人々は降伏せず、撃退したばかりか、逆に攻め入るほどの気概を見せていた。
 s_IMG_4763.jpg
(こりゃ、攻めるのも大変)

 
 この小国サンマリノでは、小さい国ならでは制度を見ることができる。
例えば、法人税はあるけれど消費税や酒税などいっさいなし。これによって、多くのイタリア人がサンマリノに買い物にきて国が潤う。シンガポールと同じような戦略だ。
サンマリノを有名にしているのは記念切手が挙げられる。小さく、簡単に作れて高付加価値をつけられるので、非常に有効な戦略だと思う。そしてこの国では、ユーロコインの裏側に独自の模様を入れられることが認められている。
s_IMAG0744.jpg
(ユーロコインは、表側が統一デザイン、裏側はユーロ加盟国それぞれがデザインを変えて入れられる。)



 政治は伝統的に半年に2人ずつが首相となる。そのため1年で4人の首相が排出されるので、流石の日本も負けてしまう。日本で首相になるのは難しいけれど、3万人の国で毎年4人なら、頑張れば首相になれるかもしれません。国会議事堂も小さく、わずか10人で行われている。
s_IMAG0739.jpg


 法制度も面白く、3万人程度の国ではみんな顔見知りに近くなって、公平な裁判が行えないので、裁判は外国人によって行われる。これはとても潔い選択だと思う。


 サンマリノは、山岳地帯なので当然交通は不便ではあるのだけれども、地形と一体となった有機的で魅力的な都市。ペルージャしかり、ウンブリアの都市では現代においてどうやって車を中心地(山の上)から減らして、人を運ぶかがポイントになる。サンマリノではゴンドラが大きな交通を担っている。
s_IMG_4722.jpg



この辺りは山岳地帯のウンブリアでも特に面白い地形、砦が中心となる街が多い。近くにもSan Leoなどの都市も或るので是非、巡ってみてください。


 
 山岳都市では、まず都市へのアクセスをどうするかがポイントになる。サンマリノではロープウェイが設置されて、駐車場から一気に中心にアクセス出来るようになっている。



s_IMAG0743.jpg
 夕焼けの前でのピアノの演奏。観光客は、夕焼けとともにすばらしい音楽を楽しむことが出来る。

 
山岳地に住む人の性格を総じていうと、独立心が強く、それが総じて高いプライドに通じる。そして、父性が強くなり、家長制度も重んじられる。小さな単位での階級制度が作り上げられる。これらは、イエメンやパキスタン等の山岳地帯を巡ってみて感じたことだ。また、中国や日本での事例を見ると独立心から社長として経営を始める割合も多いのが山岳地の住民だ。となると、独立した国の集合であったイタリアの中でも特別的に何百年も独立を保ったサンマリノの人々にも同じことが当てはまるのではないか。怒らせたことはないけれど、怒らせたら結構気性が荒いかもしれない。
[2011/09/19 05:40] | イタリア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
イタリア日誌-25「石田純一とイタリア人」
シャツに、ハーフパンツ。そして革靴。伊達な男に靴下はいらない。

素足で革靴をはく為に、イタリア人は足に粉を付けて履くらしい。



へー、へー、へー
[2011/09/16 23:46] | イタリア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
イタリア日誌-24「言語戦争」

 イタリアでイタリア語を学ぶのは到れりつくせり。語学学校は値段が安いし、サービスもよいし、学食も安いし、非常に学びやすい。各国からイタリア語を学びにペルージャに集まってくる。やはり、イタリア政府としては、他国民にイタリア語を学んでもらって、イタリアをもっともっと好きになってもらいたいという気持ちが溢れている。もちろんイタリアだけでなくて、自国の言語を話せるように、人の取り合いを、それぞれの国が行っているようなものだ。




 前にも書いた通り、今後、割合の観点だけで言うならば、言語は英語、中国語、スペイン語、アラビア語に集約されてくる。


 2030年の将来人口でインドネシア語及び パキスタンのウラル語は2.6億、インドのヒンディー語は14.8億と数としては大きいが、経済的と文化的背景から、これらの言語が他国を巻き込むことは考えにくい。ロシア語圏も現在は大きな人口面積を占めているが、それぞれ近い言語圏に吸収されて、徐々に崩壊してくると予想する。
 

 またスペイン語と言っても、その文化背景にあるのは南米圏でスペイン語はブラジル•ポルトガル語も含めて巨大な勢力を誇るようになるだろう。先進国で取り残されるのが独立した言語を持つヨーロッパ諸国ではあるが、元々言語が似ているし実質的には英語という形でまとめられるだろう。




 言語は文化。そして通常の場合、同じ文化を持つ人間を自分の「仲間」として感じる。言語圏が巨大な商圏になり、世界地図内での勢力図にそのまま変わっていきそうだ。
 20世紀前半の「イディオロギー(資本主義-社会主義)」→20世紀後半の「宗教(イスラム-キリスト他)によって、世界地図が描かれていたが、21世紀の「言語」によって世界地図が描かれる。言語はイデオロギーや宗教と違って、短期間で変わったり身につくものではないことを考えると、たった今、如何に自国の言語を話せる人間を増やせるか、他国に自国のファンを増やせるか、という国家間の『言語戦争』が繰り広げられていると考えた方がよい。

 日本語はこの言語戦争に加わるには、残念ながら既に時を逸している。歴史上日本は他国の植民地化を失敗したし、1980年辺りに本格的に言語戦争を仕掛けもしなかった。
(※なにも戦争を賛美しているのではなくて、英国や中国が他国を侵略して、他国をその言語下に置いたのに対して日本は継続する形で出来なかったという意味です)


 今後も海外留学生はおおきに受け入れファンを増やして欲しいけれども、数の意味での勢力図に加わることは出来ない。


 となると、日本はどこに所属すべきか。英語は当然できなければいけないけれども、30年後の未来にはアジアの商業言語の中心は中国語になっていると予想している。どちらかというと、中国語圏に対抗するのではなくて、より広い意味で漢字圏域に所属していることから、日本もその中心に加わってアジア諸国と連帯していくことが重要だろう。お隣の韓国も学校で漢字を再び教え始めたようだし、韓国と漢字圏という意味で十分連携可能だろう。となると、東アジア諸国には単に「日本語」を輸出して行くだけではなく、韓国などと連携して、タイやべトナムなどにも漢字教育を取り入れてもらうことを提言して、日本韓国中国やASEANを含めた漢字共同体を作って行くのが良いだろう。
 アジアが中国の完全なる支配下に置かれるよりも、完全なグローバル社会という意味での戦いを強いられるよりも、アジア諸国にもいろんな意味でメリットがあるし、中国の顔も立つのではないだろうか。


 最後に、言語戦争に加われなくても、決してそれは日本の文化がなくなるということではない。フランスやイタリアがそうであるように文化立国への変貌が十分可能だろう。 日本はアジアでは未だに歴史問題によって足を引っ張られているけれども、アジアのみならず、世界中に日本のファンは多い。武道や茶道、禅などに見られる高い精神性をもつ伝統。それから、新しく若者から生まれてくる漫画などの特殊なカルチャー。日本はこの独自性を駆使することで、言語戦争に加わらなくても、自国の高い文化性を保ち発信することは十分可能だろう。未来では世界中で文化が失われている中、良くも悪くもガラパゴスのように日本独自の文化は世界の人々を強く引きつけるだろう。ここにこそ、戦略的に力を入れて欲しい。
 
[2011/09/16 02:18] | イタリア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
イタリア日誌-23「ウンブリアの車事情」
 ウンブリアは城塞都市が点在し、それが今でもすばらしい都市として残っている。
一方で、現代社会においてはその建物間の狭い坂道を通ってモノを運ばないと行けない郵便配達人は大変。
 もちろん、今でもスクーターで運んでいたりするけれど、こんな一人用の郵便配達車もあります。

perugiaペルージャ



しかし、こんな特別仕様の車をつくらないと行けない地形を持っている街の人たちは買い物にもっと不便。ちょっとした買い物なら町中にある小さな商店で済むけれど、値段も高いし、結局は平野部の大きなスーパーに行きたくなる。車を持っている人ならいいけれど、おばあさんなんてどうやったら買い物にいけるのか?

 以前書いたように、家族による社会保障によって担保されているような国だから、もし、そこから外れたおばあちゃんがいたら大変なことになる。もちろん、人とのコミュニケーションを何よりも大事にする国だから、日本みたいに公営団地だけで1191人孤独死しているなんて 状況にはイタリアでは起こっていない。(読売ウィークリー2007年記事より)



でも、本当に大丈夫なのか。

いつだって時代と共に、人はより小単位で暮らすようになっていくのだから。



と、なればここで新しいビジネスモデルが考えられる。


個人宅への宅配サービスだ。食事をセットして、お家のレンジで暖めるだけで大丈夫な形で家まで運ぶ。イタリアの食事はチーズやパン、プロシュートなどの保存食がほとんどだから、生鮮食品やミルクなどを時々持っていくだけでも足りるだろう。

 これらのサービスは、街の大きなショッピングモールが宅配サービスを行うというよりも、街の小さな商店と連携して行うべきだろう。COOPに代表されるように社会的企業の地盤があるイタリアでは、アマゾン等の大手からの宅配よりも小規模エリアでの展開を狙って進めて欲しい。宅配だけでなく、安全状態や地域のお祭りの情報などを含めて顔の見える情報を、顔見知りの人間が行うことがオーラルコミュニケーションを重視するイタリアにはマッチするのではないだろうか。情報を一元化することが、日本でも大切であると考えられているのに、未だに縦割りだ。イタリアではこんな縦割りのネットワークをつくることなく、今後廃れると思われる個人商店がその地域のネットワークの担い手になるモデルがつくられるのではないだろうか。

 これには、行政の誘導もあるだろうけれども、宅配サービス業者の新規参入もしくは、新たな社会的企業の立ち上げの可能性もあろう。どうやったら経営ベースにのるかも今後考えてみたい。



 






(他にも面白い事例がいくつもあるので、いつかトスカーナ地方の車等の動力機関については、またまとめたいですね。)
[2011/09/14 04:20] | イタリア | トラックバック(0) | コメント(2) | page top
イタリア日誌-22「食べ物にまつわる言喭」
 子供は小さい時にこそしっかり育てなさい。
 よりよく学習が飲み込める時期にこそシッカリ叩き込むことが大事。




そういう意味の言喭がイタリアには あるという。




「○○ は熱いうちに•••  」






そう、








「ピザは熱いうちに食え!」 



Batti il ferro quando è caldo. (鉄は熱いうちに打て。)
Mangi la pizza quando è caldo.(ピザは熱いうちに食え。)
~民名書房(日伊言喭辞典)より~

[2011/09/13 08:40] | イタリア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
イタリア日誌21-「イタリア語について」
 現在、イタリア語を急速に勉強中。厳しい言い方をすれば 日本語と同じくマイノリティ化している言語をわざわざ学ばないといけないのはちょっと辛い。20年後世界の人口は83億人、その時日本は1億1500万人、イタリアは5900万人だ。ということはイタリア語を話せるのは世界の人口に対して1%にも満たない。クラスでもイタリア語を学ぶ人間はほぼ英語を話せるというのに 何も苦労して勉強する必要なんてないだろうとも思うのも当然だ。
 

 僕の場合は これから一緒にチームを組むイタリア人達が英語を話せないからという理由でイタリア語を勉強するわけだが、イタリアにいるのだからもっともっとイタリアを知りたいという気持ちが強い。イタリアを知るにはイタリア語を話せなければ始まらない。


 言語は言語だけ取り出せる訳ではなくて、言語は文化の一環、その基礎をなしている。言語を知らずしてその国の文化を知ることはできないし、言語を変えてしまえば、文化の魂と言える部分との関係が切り離されて宙に浮いてしまう。イタリアはヨーロッパの文化の原点から繋がっている言語であるため、絵画、音楽、宗教を学ぶものにとって、イタリア語はどうしても避けて通れない。
 

 言語と文化が一体化しているというのは、言語はその言語圏の人々が求める情報や感情を表現するように作られていることを第一に指す。イヌイットは「雪」という言葉を50以上の言葉で表現するように、それぞれの国々が重要視しているものが異なる。日本であれば、「様」や「さん」に代表されるように自分と相手の上下関係を指し示す言葉が多く、裏を返せば上下関係を強く求める文化と言える。表裏一体なだけではなく、日常で求められる行為が言語化されることで制度化され、言語と文化は相乗的な効果を持つ関係といえる。韓国なら親戚関連の言葉が非常に多いし、最近話したポーランド人が言うには「酔う」と言う言葉と「下ネタ」の数に関してはポーランドは他の国の追随を許さないとのことだ。(彼はこれを自慢していいんだろうか?)


 さて、


イタリア語を学ぶ外国人が文句を言いたくなるのは、なぜ動詞も名詞も形容詞も単数、複数系、男性、女性によって変化するのか。分からないのが「もの」にも、男性と女性がある。テーブルは男で、椅子は女性。なぜ男女に分けるのだろうか。

勉強するときには、「本」は男で「雑誌」は女と、そういうものなのだと割り切って覚えろと教えられるが、

言語には文化的な背景があるということを前提にすれば
そこにはイタリア人が男女の区別をつけねばならない文化的な理由があったはずだ。


なぜ、そんなにイタリア人は、男と女を分けねばならなかったのだろう。


例えば、イタリアはカトリック総本山があるように宗教的な要素が強い。神がアダムとイブとして男と女を別々に生み出したのと同じように、それぞれに正しい形で生み出された「モノ」であり、神によってそれらは分別されなければならない。神と悪魔、善と悪、是-否,の二項対立で考える宗教的な思想が根底にあった。そのために、男女の区別を付けねばならなかった。などと推測できたりしないだろうか。


 もしくは、やっぱりイタリア人ジョーク的に言えば、男女の関係に非常に執着していて、常に女性のことを考えてばかりいるので、ものにも男とか女とか付けたりしたんじゃないか。例えば女性がよく見る「鏡」は「男性」名詞。これは女性が見とれるのは「男性!」なんて考えてみたり、当時は男尊が強かったのか座る「椅子」は女性だったり、、、と、

もしくは、大体において美しさを含むモノや変化の或るものは大体女性名詞の様な気がする。luna(月)もそうだし、椅子も美しい椅子がたくさんあるし、

と、、

男性女性名詞の起源を考えてみるのも面白い。
(今の日本だったら、女性に尻に敷かれるので、椅子は男性名詞になるのかな?)


 言葉は文化。文化が分かれば言葉も理解できる。教科書には決して書かれていないイタリアのなぜ?がきっといつか理解出来ると期待したい。








(補足)
イタリア語の起源。
「イタリアの社会」早稲田大学出版部1999年 によれば 960年にあるラテン語でかかれた「カプアの判決文」の中に地方語のまま挿入された証言の言葉が記録に残る初期イタリア語とすれば、イタリア語には1000年の歴史があるそうだ。一方、「統一イタリア言語史」(1963年)の著者でもあるデ•マウロ教授は、統一当時(150年前)にイタリア語のはなせる人は全体の2.5%(1951年においても10~18%)に過ぎなかったと推測している。当時およそ75%を占めたと言われる方言しかはなせない人が100年後の1961年には約8%まで減った。社会的変動、徴兵制度、マスメディアの発達などが言語の統一をおおいにを押し進める結果となった。その普及率がいちじるしく増加したのは過去数十年においてであり、方言の使用率もこれにともない急激に減っている。
1999年では方言を全く使わずイタリア語だけを話すイタリア人は全人口の41.8%に達し。これを少しうわまわる43.8%の人は場合に応じてイタリア語と方言を使い分けているという。


※フランス語に関してhttp://hirokijourney.blog35.fc2.com/blog-entry-150.html
[2011/09/12 08:40] | イタリア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
イタリア日誌20-「イタリア大使館への申請/仮面の下の涙」
イタリアは長い間チュジジアなどの北アフリカ諸国や東欧諸国からの移民が多く、移民のコントロールに悩んでいる国だ。また労働組合が強く、慢性的に業態改善が出来ない体制と役所意識が加わり、外国人にとってイタリアビザを取るのは非常に困難な作業となる。


まず、日本のイタリア大使館の対応がひどすぎる。
•必要な書類はきちんとHPに明示されていない。
•書式も分からない。
•加えねばならない文面が書かれていない。
•大使館に行ってみると、必要な書類が変わる。
•大使館員と話してみると違う書類を指定される。
•これらの必要な書類はコロコロ変わる。


そして、大使館員に

これが僕らの憧れた陽気な国イタリアか!!(失望)

という対応をされる。書類に目を向けたまま、申請者を見もしないで聞こえないぐらいの言葉であれこれ足りない書類を指摘する。そこにはどうやって解決すればよいいうアドバイスはない。

「大変申し訳ありませんが、聞き取れませんでしたのでもう一度話して頂けないでしょうか」とお願いすれば、

書類だけ、手にもってビラビラ翳し

怒りの籠った声で「だから、これは必要ないですって言ってるでしょ!!!」とか、
私がイタリアでの動き方が一般的ではないことを説明すると、
(といっても、単純に2ヶ月後に滞在先を変更するというだけ)

「そんなことは出来ません!決まった通りにしてください。(淡々)」と。

外国人申請者に対しても「印鑑証明を持ってきなさい!」の一言で外国人申請者は「????」状態。大丈夫なのだろうか?

帰る頃には、この事務の女性にどんなに不幸があったのかと心配になってしまった。一度目に大使館から戻るときには、「あの人に今日、いいことがありますように」と心の中で祈ってあげたほどだ。

 調べてみると、この女性はイタリアビザ取得の門番として有名な方らしく、2chによれば、慣れている人ならこの女性が自分の順番になったときには必ず次の人を先に行かせるらしいのだ。

 学生申請者を眺めていると書類の順番を揃えて出さなかったり、言葉使いが稚拙だったり、HPに書いてあったんですけど~ なんて言うところなど良くないところも見受けられる。きちんとHPに説明を書いていない大使館も悪いが、申請場所をおばさんを怒らせたりしたら他の申請者にも被害が及ぶので気を付けて頂きたい。こちらとしては初めて聞くことでも、おばさんは同じことを毎回言わされていると思って、怒りが込み上げてくるのだ。

 
 こんなことを書くとイタリア大使館に申請に行くのが恐ろしくなってしまうだろうけど、イタリア大使館に勤めているイタリア人の対応は親身になってくれるので、初めての人は出来ればイタリア人の職員の方に相談してみよう。


加えて、6年ほど前までイタリアに留学する学生は大使館だけではなく、イタリア文化会館のテストを受けて通らねばならなかった為、そのハードルはもっともっと高かったそうだ。文化会館の対応もこれがイタリア?こんな人がイタリアでイタリア語を勉強してたのか?なに、この人間味のない対応は???なんて始めはみんな思う。

 ただ、僕が対応してくれた人は意外と親切。単に過度にシャイな感じ。文化会館ではこちらがイタリア的対応するとよいです。また、大使館にいる男性は一見冷たそうに見えるのだけれども、実は結構親身になってくれます。


さて、どうして太陽の国、イタリアがこんなにも陰険そうな対応をとるのか。それもましてや同じ日本人同士でだ。まったく不可解。


しかし、


イタリアに来てみると良く分かる。
 イタリアでは申請のルールもない(ように思う)、出会う人出会う人で言うことが違う、申請は多くの役所を回るけれど自分の役割分担さえ済ませれば他での申請が困ろうと問題ないという対応、それぞれの申請場所で恐ろしいほど並ぶ、申請の時間も短い、滞在許可証の取得もままならないようだ。これは普通の日本人なら泣き出してしまいそうだ。


こう考えると、つまりだ。

 日本のイタリア大使館でこんなにも「冷たい」と思われる対応を日本人職員が取るのは、イタリアに行く日本人に申請の厳しさを少しでも慣れてもらおうという気持ちの現れなのだ。

大使館職員は本当に明るく人間味のある方達なのだけれども、申請者のことを思って、心を殺して冷たく対応しているのだ。(はずだ)




朝の朝礼ではこんな会話が交わされているに違いない。



叔母職員「さて、今日も厳しくいくわよ!あなた昨日、女性学生に親切にも大使館内でコピーをとってあげてしまったでしょ、あれは突き返して20分歩かせてコピーを取りに行かせるものよ!」


男性職員「しかし、この暑い夏の日差しの中歩かせるのもちょっと、、、、、往復させたら申請時間が終わってしまいますし」


叔母職員「いやいや、○○さん。イタリアでの申請の大変さを考えたら、もっと厳しくしないといけません。これは愛の鞭です。かわいい子には旅をさせよ。獅子の子落としです。」


男性職員「分かりました、今後、申請者に一層厳しくあたるように致します」


叔母職員「分かればいいんです。さて、ほら顔に表情が出ているわよ。表情を消しなさい。」


男性職員「世界に△△さんほど申請者のことを想っている方はいないと思うのに、嫌われる職業って辛いですね」


叔母職員「いえ、私はどう思われてもいいんです。申請者がイタリアでの苦労に耐えられるようにしてあげるのが私たちの仕事よ!さて、今日も申請者が来るわ。仕事の時間だけ、自分の中から人間味をなくすのよ!」




うん。これからイタリア大使館に行く人はこんな風に考えれば、あの冷たい対応に耐えられるかもしれない。


頑張って!
[2011/09/03 17:02] | イタリア | トラックバック(0) | コメント(2) | page top
「日本人、責任と自覚/大統領制度」


 仮説。日本人は何か悲劇的なことや失敗があったとき、自然のせい、他人のせいにしてきた国民性があるのではないか。提案を行うのではなく、人の非難から始めてしまう傾向もだ。そのために問題が解決しにくい。
 
 今、もしも僕らが政治の問題を、政治家のせいにしているならば、僕らも同罪とも言えるかもしれない。


 この日本人のメンタリティーこそが様々に隠蔽されてきた問題の根本にあるかもしれない。マスコミだけでなく僕らは常に人のせいにしがちだ。原発の問題もしかりだし、他の問題もそうだ。まず、制度として日本で大統領制を導入したらどうか。一人一人が責任を持って直接的に選ぶ大統領制は日本人の責任転嫁精神を根本的に変えうるきっかけになるのではないか。


というのも

 僕らは問題が起きた場合のみ問題に目を向けて、うやむやにされて、嵐が過ぎ去って、また他のことに目を向ける。将来の問題が起こりそうなことには目を向けない、目を向けても問題が起こるまで適当に放っておく。

 原発の時の保安院の体制などの管轄が問題視されたが、日本には異常な体制がまだまだある。例えば公認会計事務所だって異常な体制だ。会社の税金をきちんと払っているか検査する人間(=監査法人)が、検査する側からお金をもらって仕事をする構図はやはり道義的におかしい。IBMが監査機関と共に手を組んで2000億円の脱税を図ったというニュースが流れた。事実関係はニュースに任せたい。しかし、要するに構造、体制自体がおかしいのにそれを見て見ぬ振りをしている。そこに実用的で切り離せない関係もあるけれど、利権や慢性的な癒着があるからだろう。
 そして、僕らにとっては危機的な体制が一つ。60年、ずーっと解決できていない問題がある。自衛隊だ。法的に矛盾を抱えているままに、そのことに目を向けないというか安定した体制に持っていけない。
 明日、空爆されたとして、日本人はどう考えるか?「なんで今まで政府は国防についてしっかりと決めていなかったのか?」と政府を糾弾するのではないか。一方で、その議論を行うだけで批判が上がり、議論すらままならない状態が続いている。だから問題は常に棚上げにしておく。長大な国債しかり。

 建築界では以前姉歯の事件があってから申請の体制が大きく変わった。改悪になった部分もあるが、日本では問題が起こって初めて体制が少し変わる。しかし、他国に空爆されるまで、国が借金で破綻するまで問題を先送りするのだろうか。

 
 でも、本来、政治は政府のものではなくて自分自身のもの、と誰もが学校で習ったのではないだろうか。

 決定を先送りにするという体制は、責任を取らないという姿勢から始まると言えるかもしれない。それは日本人がはっきりした態度を望まないから。しかし、もうそうは言ってられない。日本人全体の責任転嫁精神を変えないとやっていけない。



 先日またもや、国民の預かり知らぬところで新しい首相が決まった。また、この首相が失敗しても、国民も政治家も彼に責任を押し付ければよい。

これの繰り返しでよいのだろうか。

 まず第一のステップとして国民全員が任命責任を持つように、大統領制度という考え方もあろうと思う。
[2011/09/02 22:57] | 日本 | トラックバック(0) | コメント(3) | page top
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