被災地ではマスクを。
 放射性物質も心配だけれど現地被災地で壊れた建物建材からのアスベストの飛散が短期的に深刻だと思う。

 コンクリート造の建物が少ないのでアスベストを使った建物が全体割合から少ないとはいえ、92年以前はアスベストは多く使われていたし、特に寒い東北のため使用していた場合は東京の建物よりも1つ1つは多く使われているかもしれない。それにアスベストだけではなく、そのころどんな科学物質が入っているか分かったものじゃない。それにアスベストですら30年ぐらいにわたって安全の素材と言われていたほど。

 今分からないだけで危ない化学物質もあるだろう。ガレキが乾いて来ているはずだから、量から考えても、いる人の量を考えてもそちらも今何とかせねば。現地の方、ボランティアに行く人はマスクは絶対してください。現状に限って言えば、危険度は福島第一原発の近く10KM圏内にいるようなものと言えるかもしれません。


1982年にはアスベストの吹き付けは禁止されたのですが2006年まで建材としては使われています。なので、どう管理するか、、というとまぁ今までも同じ問題があったわけです。

石綿自体は自然界に存在する物質なのでその存在自体は放射性物質とは違うね。けれど、心配しなくてはならないのはそれが、非常に小さな粒子(髪の毛の半分)の細さで体に吸い込んでしまうこと。粉塵に気をつけてマスクをすれば良いので、

被災地のいる方、被災地でボランティアをする方は本当に気をつけて。

必ずマスクをしてください。

[2011/04/27 23:50] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
自転車に関する回答書


”現在、本区では区内の自転車商組合やシルバー人材センターの自転車整備の有資格者に委託し、整備を行い提供させていただいております。”

とある。私の質問②で
有資格者をボランティアとして募集すればよい。」と思います。
なぜなら、登録していない人間がいるからです。出来れば拡大解釈して、ボランティアが直したものをシルバー人材センターの方がチェックするということでも良いと思います。


”撤去された自転車の中でも再生に適したものを選択して責任を持って整備している”

とはいえ、
専門職の方が修理しても「10台に1台」しか、使いものにならないというのははっきり言ってエコロジー的な視点から見ても僕には異常に映る。


お忙しい中、質問するのも日本の時間を使わせてしまうので申し訳ないので、再質問はしません。

しかし、
エコロジーを叫んでもなにも変わらなかったけれども、今では電力の消費状況が常に表示がなされ、実際に地下鉄の電気を少なくしてもエスカレーターを止めてもそんなに問題になっていない。1年前なら危険とかクレームがくるなど、決して譲らないところだったはずだ。つまり、お固いところでも状況は変わるのだ。

となれば、きっと自転車に関しても変わってくるかなと 期待しています。



下記、お忙しい中答えてくださったので感謝。
情報共有のために添付します。(灰色文字は補足)
*********************

 「ボランティアに撤去自転車を」ということでご意見をいただきましたので回答させていただきます。

 東日本大震災の発生により、被災地への支援として撤去された放置自転車を提供することはすでに進められており、本区でもこれまでに計150台を贈らせていただきました。

 再生自転車の担当者がお電話でもお話しましたとおり、再生自転車につきましては被災自治体の要望を都の現地対策事務所が把握し取りまとめたものを各自治体に要請し、それぞれ台数を確保できた自治体から提供させていただく方法をとらせていただいております。



また、「年間2万台以上の自転車を処分しているのだから足りないはずはない」旨のご意見をいただきました。しかしながら、保管期限を過ぎて引き取りに来なかった自転車を再生し活用するためには行政としても責任がございます。また、整備には一定の技術が必要です。現在、本区では区内の自転車商組合やシルバー人材センターの自転車整備の有資格者に委託し、整備を行い提供させていただいております。「乗れそうな自転車はいくらでもあるじゃないか」と思われるかもしれませんが、行政として、撤去された自転車の中でも再生に適したものを選択して責任を持って整備しているということをご理解いただけたら幸いでございます。



○○様からは「現地でのボランティア経験から、まったく行政も福祉協議会も機能していない(※現地では要望を出せないぐらい忙しいの意)」とのご指摘がございました。いたるところで手が足りない状況であろうことは存じますが、それでもまずは被災自治体へご相談ください。個々人のご意見やご要望にすべて対応することはできません。

被災自治体へは23区からも職員を派遣し、支援活動を始めております。状況が見えてくるにつれ、現地からの要望もはっきりしてくるものもあろうかと存じます。

○○様の切実なご意見は確かにお伺いいたしました。ありがとうございます。

状況はまた変わっていくのだろうと思いますので、本区といたしましてもできる限りの支援の方策を検討させていただきます。



平成23年4月25日
豊島区交通対策課長 廣瀬陽一

この件に関するお問い合わせ先 

交通対策課自転車計画グループ:中村、齋藤

Tel 03-3981-4847 

[2011/04/25 17:20] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
九州新幹線全線開業


本当にいいCM元気になるなぁ。

さて、東北新幹線も4月中に復帰させるとのこと。
元気になるかな!?

こういうのもあるけれど、これは音楽とあわせて流すだけでも全然違うだろうな。
復興支援ポスター

それから
Pray for Japan


googleのメッセージ(地図と一緒になって、世界中からリアルタイムに言葉が届く)


現地の人々には届いているかは分からないけれども、
言葉と絵が本当に元気を出してくれる。



一方、震災復興に際して三陸に国道45号の復旧の件とは別に 三陸縦断道路をつくるというような話がある。コレだけ聞くと明るいニュースだけれども、実はその分の予算が土木事業に行き(もちろん地元雇用になるにしろ)、出来た結果が地元の過疎化を促進する動きになっていくんだろうな。 よくよく、影響を考えていかねばと思う。一時的ではなく、長期的な地域のビジョンをもって。
[2011/04/23 12:10] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
ボランティアのプラットフォームが出来て来たかな
ボランティアプラットフォーム


あとは、使ってもらうだけ。
とはいえ、すぐには要望来ないだろうから、これも一緒にいきませんかとボランティアの横の動きで頑張ってほしい。ミクシィやフェイスブックでは2、3週間まえからそんな動きが始まっていた。
それから善意を悪意の人々に乗っ取られないように頼む願う。

↓既に1000人以上の人が登録している。わかりやすい!


04/23 New! 東京都 全国 スペイン語使えます。 力仕事、作業、何でもやります。 ~
04/23 New! 群馬県 北海道・東北 震災地ボランティアとして現地および、避難場所のお手伝い。 2011-05-03~2011-05-07
04/23 New! 東京都 北海道・東北 現職、相談員 介護経験7年 お年寄りの身体介護、 障がい児の見守り 2011-05-03~2011-05-05
04/23 New! 東京都 宮城県 ローカルに物流をサポートする業務をしていました。 現在は、電気のエンジニアをしています。 海外の企業に勤めているので、英語も可能です。 2011-04-29~2011-05-07
04/23 New! 埼玉県 埼玉県 子供と一緒に英語活動+パソコンサポートできます。 現在、子供の英会話教室をしているので、 楽しいゲームなどを一緒にしたり 長年、IT業界に勤務していたので パソコンの使い方などをサポートできるかと思います。 もちろん、物資の仕分けなども可能です。 ~
04/23 New! 宮城県 北海道・東北  教育ー15年間公立中学校で社会科教諭の経験があります。読み聞かせ、お年寄りの話し相手、中学生の家庭教師(英語、国語、社会、理科、数学)できます。  英語ー外国人と一般的な話なら意思疎通ができます。TOEIC625点取得。(しかし、20年前です。)英語で意思疎通可能な外国人の話し相手、相談相手には慣れると思います。個人的に日本語の家庭教師を2回していました。 ~
04/23 New! 岩手県 岩手県 瓦礫の撤去、片付け、その他何でも(宮古市近辺希望) 2011-05-03~2011-05-05
04/23 New! 東京都 全国 作業療法士(5年目)、病院・訪問看護で勤務経験あり。リハビリが緊急に必要な状況でないと思いますが、マッサージや介護、エコノミー症候群対応などやれることは何でもしたいです。 2011-05-03~
[2011/04/23 11:45] | 日本 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
続:ボランティアに撤去自転車を!
考えがあって、何もしないのならば、それは愚痴を言っているだけの旧日本人と一緒だという視点から、自分なりのアクション。


下記、区に電話し、区長へ要望書と候補者へ要望書を送付。

とはいえ、区はすぐに対応できないだろうから実質的なボランティアや行動は別個進めていきます。

********

ボランティアに撤去自転車を!

豊島区の自転車は放置自転車が非常に多く、かつ自分で回収するには盗まれた場合でも取り戻すのに5000円かかります。自転車は量販店なら1万円ぐらいで新品が買える。となると、結局回収をあきらめて新しいのを買ってしまうというのが現状だと思います。

一方、震災直後ガソリンがない間、現地では特に1週間前後自転車が必要だったろうし、もちろん今でも必要です。それは私も現地にて感じたことです。

 当然現地の方だけでなく、ボランティア拠点に配置することができれば、ボランティアの人がニーズ票にそって依頼者のところにいくのに自転車が活躍するはずです。現在の移動は徒歩であり、時間がもったいないです。自転車を廃棄するのではなく日本の為に使うべきではないでしょうか。

参考データ:
18 年度
撤去台数 51,457
返還台数 27,140
廃棄実績:21,851
※リサイクル(転売1250台、海外譲与600
台、そのた)
リサイクルできているのは わずか2500台
ほど10%強


と意見をさせていただいておりました。
21日の豊島区が新たに50台石巻に運んだというニュースを見て新たに、豊島区に新たに電話をさせていただきました。

(1)トラックで現地に運ぶので自転車を貸与•ないし譲渡してほしい

(2)自転車が足りないのならば、自転車を修理するためのボランティアを募集してほしい。

とお願いしたのですが、
東京都で一括で管理しており、豊島区では動けない。個別には対応できない。とのこと。

現地の行政から依頼がきていないとありますが、私の現地でのボランティア経験からまったく行政も福祉協議会も機能していないのは明らかです。それにあわせて要望がないからと言って、困っている人を助けないのは怠慢であると思います。現地では明らかに困っています。


(2)出したくても自転車がないといいますが、年間2万台以上も処分していたら、一ヶ月あたり1800台ほどの自転車があるわけです。自転車が足りないなど、と言えるはずがありません。

→そのため、自転車を修理する人間としてボランティアを募集すべきです。これは豊島区独自で
もできるはずだと思います。ただし、この場合は豊島区独自の応援として現地として運ぶべきです。ボランティアで自転車を直したのに、使われないというのではバカらしいと誰でも思うからです。



現地は困っています。すぐに対処願います。

全て、電話にて「出来る!」方法を提案させていただきましたが、当然担当者は「出来ない」理由を述べ
るだけです。担当者が悪いのではなくトップの決断次第です。

ボランティアや行動できる人間は区や福祉 協議会の動きを待っていることはできません。あまりにも対応が遅すぎるからです。仕方がないことだと思っています。


ですから、動ける人間を使ってください。もっとボランティアや人の善意を信じて欲しいと常に思います。

  当選したときには是非、善意が形になる行政にしていただければと思います。

[2011/04/22 15:10] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
続:Oさんの手紙

今、たくさんの情報が直接くる。
現地からの情報だ。
自分が歩いていけば、自分と同じような考えを持った人にあう。
自分の道が、好き勝手にしてたようでも続いていたのだと思う。

現地で会った整体師の方からのメールだ。
******
今、10日ぶりに石巻専修大学にいます。
私がいない間に整体師チームの活躍によって数が増えマッサージなどの活躍が活発化したようです。
しかしNPO、市のボランティア事務所に変化なく継続的に会議と称した発表会です。
なぜこのチームがそこで活動していて今どんな状態にあるのか被災者側はどんなニーズがありどんな変化があるのか各頭が集まり会議するわけでもなくその日を終えていきます。
被災者側のニーズが刻々と変わり、人の心理状態は、どん底から上へと変わっているなかで、日中や平日にボランティアしてもニーズに応えられない活動もあるのです。古くからいるボランティア新しいボランティア、ある方は、考えが堅くなり、新しいボランティアは状況もわからずに活動し上に使われ終えていく。

私は、もう一度始めに戻って1人で移動して活動していこうと思います。
そこにニーズがあり、活動に賛同していける人が集まるのならその時にチームを広げていくつもりです。

今、スピードをあげて忘れさられている災害とり残されるのは立場の弱い人間
そんな恐さを感じます。


************

まだまだ現場は困っているんだろう。
ボランティアはもっと出来る!

もっと使えるように、人がそれぞれの領域を超えて(でばって)きてほしい。


どうしてもすぐに体が動かないひと、

手が動かせないひともいるのだ。

無理、出来ないという人が中枢にいる。

しかたない。


彼らに文句をいうのではなく、一緒の気持ちになってもらって

一緒に動いてもらおう。
[2011/04/20 02:04] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
お節介ぐらいでちょうどいい
今日は区の議員が選挙活動をしていたので、議員さんと少々意見交換。
豊島区の動きはどうなっているの?
と、いくつか話したけれども

その中で
僕は
「豊島区の自転車は放置自転車が非常に多く、かつ自分で回収するには盗まれた場合でも5000円するはずだ。自転車は量販店なら1万円ぐらいで新品が買える。となると、結局回収をあきらめて新しいのを買ってしまうはず。ということは、震災直後ガソリンがない間、現地では1週間前後必要だったろうし、もちろん今でもボランティア拠点に配置してボランティアの人がニーズ票にそって依頼者のところにいくのに自転車が活躍するはずだ。廃棄するのではなく日本の為に使うべきではないのか?」

参考データ:
18 年度
撤去台数 51,457
返還台数 27,140
廃棄実績:21,851
※リサイクル(転売1250台、海外譲与600台、そのた)
リサイクルできているのは わずか2500台ほど10%強だ!




と意見したところ、



「実は現地に支援物資を持っていった社長さんがそんなことをいっていたそうだ。けれども現地のいろいろな議員さんにきいても現地の体制が整わないということでできなかったんです。。」


「あほか!!!日本の政治家すぎる。自分で動かないどころか、非常時と日常をはき違えてます。」
(と、心の声)


当然現地は必要としているのだから、持っていってあげればいい。



ボランティアはチーム3~5人で移動する。彼らの移動手段は徒歩が多い。
となれば、ゴミになる違法自転車は貴重な移動手段だ。

自転車屋さんボランティアも募るべきだろう。

少し頭を使ってほしい。


今でも県外ボランティアを受け入れていないところも在るような 閉ざされた県なのだ。


お節介ぐらいで ちょうどいい。


今からでも遅くない。議員さんを見つけたら、民主だろうが、自民だろうが言ってあげよう。
日本が良くなるならそれでいいのだ。

[2011/04/19 22:54] | 建築・都市コラム | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
被災地の子供を未来のために海外へ
 住民の移転に関してはコミュニティ単位を維持するためにも姉妹都市やペアリングによる支援が重要だとおもいます。

しかし、一方で元気な家庭をもつ人々に大しては海外の姉妹都市にも依頼して特に子供達を海外の学校に通わせることも未来のための布石になると思います。その両親はJICAと同じように日本の文化を伝えたり、津波とは何かを伝えることで防災プランナーとして海外に日本の経験を伝えてもらうことができます。海外の支援国と日本との橋渡しにきっとなってくれるはずです


 都でも区民住宅(マンションのような広さ)の受け入れとう始まっていますが、若い元気な家族が対象です。それぞれの幸せをつかんで欲しいと思う一方、都心に生活の拠点を移した方が震災復興で大変であり、かつ職場の少ない震災地に戻るのは大変であると思います。その面でも海外の姉妹都市に支援をして、送り出すことで、彼らが回遊魚のようにまた地域に戻って活躍してくれるのではないでしょうか?

 海外の奨学金や留学プログラムも非常にそういった内容がおおいです。大学に州のお金で授業料の高い私大に入れる代わりに、州に戻り何年間か働いてもらうという仕組みや、留学も卒業後現地に3年いた後には自国に3年は働いてもらうという仕組みなどあります。
 これらの奨学金は強制力が伴いますが、上記の提案は人の心で必ず被災地のために戻ってきてくれるはず。


 今、子供達を海外に出すことは未来への布石です。長期にわたる復興の希望の光になる。
 
[2011/04/19 12:15] | 震災復興 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
震災復興情報ソース2
社会科学系
[2011/04/19 11:51] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
エンジニア・アーキテクト協会

コレも情報UPが遅くなりましたが、篠原修さんの文章は分かりやすく、的を得て、非常に素晴らしいと思う。

同じような事を考えている人は多い。
けれど、このように人が分かりやすいメッセージを発信してくれる人はそうはいない。

[復興の基本方針]
1.人をバラバラにしない
2.人を土地と歴史から切り離さない
3.住む人が主役であることを忘れない
4.自然に勝とうとは考えない
5.非常時を日常と取り違えない

特に5.は非常に大事だ。
ついつい、非常時を日常と勘違いして、1000年に一度の災害を日常化してしまったら、当然1000年うち1日以外は不便な街で、美しくない街になってしまう。それに、震災のために復旧復旧としてしまったら、本当に日常に美しいものを生み出せなくなってしまう。

是非、ご一読を。
提言VOL2も素晴らしいです。
[2011/04/18 00:55] | 日本 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
このサイトは凄い。
三陸海岸都市の都市計画/復興計画史アーカイブ


少し情報upするのが遅くなっていますが、
明治、昭和の津波被害と復興計画がのっています。

正直、明治の時の復興がうまくできなかったところ、危険区域としたにも関わらず住民が戻った所が昭和の大津波で大きな犠牲をだしました。
昭和の教訓によって、またもや危険区域になっているところ、15m~30mの津波がくると予測されている所に今回、予想通りといってよいように恐ろしい津波が来ています。

どうしても市街化が進む中で新しい住民が、その危険区域に流入してしまったと悲しいながら言わざるをえない。しかし、住民がその情報を知るように広報しなかったのはいったいどういう経済論理の中にいたのか。のど元過ぎると熱さ忘れる、、ということなのか。

今回の被害は3度目の正直で必ず次世代に残した教訓としたい。

[2011/04/18 00:47] | 日本 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
ヒラリーさんと天皇の会談
ヒラリーさんはもう少し日本人の文化から入ってほしいなと思う。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110417/t10015375731000.html

ここは日本なのだから。
この会談を実現するのに、いろんな人が大変な努力をしたのだとおもう。
なにも、僕は国粋主義者ではないのだけれども、
多くの日本人がこの両者の挨拶をみて、敗戦時のマッカーサーと昭和天皇のツーショットを思い出した人が多いのではないかな。

単純に、一歩落ち着いてからお辞儀するだけで、たった2秒の所作だけでよいのだ。
ここはアメリカではないのだ。天皇に対して失礼、というのではなく、日本にいるのだからだ。


さてさて、人の振り見て我が身を直せ。僕らもそうだ。
欧米で知らない女性が前にいて、お店に入ろうとしていたら、先にさっと自分がドアを開けて待つぐらいの態度が取れるかどうか。最近、日本の自動ドアになれて来たのでなかなか出来ないもんかもしれない。

郷に入りては郷に従え。
ちょっと考えてほしかった。

残念。
[2011/04/18 00:28] | 日本 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
管 有能 無能
googleで 「管 有能」という検索をすると

googleのもしかして機能によって
 もしかして 「管 無能」ではないですか?

というアナウンスが出るという。

 確かに、現地の状況を見ても実態を見ていても動きは遅いだろうし、文句も言いたくもなる。しかし、これまでに万人に良かったと言われる首相はいたのだろうか。
 最近、森首相、安倍首相、福田首相、その他、皆潰れていったではないか。そして今では政権を批判する側に回っている。

 となると、管首相の一個人の能力の問題というよりも、日本の首相を「押しつぶす気質」の方が問題なのではないか。首相のみならずトップが自由に動けず、足を引っ張り合う雰囲気が強制力をもって機能しているのではないだろうか。そして、大企業ほどトップが何もしないことが良いという方向に進んではいないだろうか。重大な危機の際には情報リテラシーを重視して、たとえ無能なトップであっても良い方向に導いてあげるしかない。現場は混乱しても、それを導いてあげなければ全体の利益を損ねるだろう。


 批判する人々は管首相を降ろした後にどうしたいのだろう。市民であれば納得できないものに違うって叫んだっていいのだ。デモに代案はいらない。しかし、同じフィールドに立つ人間であれば、代案を出して議論すべきなのだ。世の中にはただただ否定するだけの人が実際にいる。こういう人を僕らは判別しないといけないと思う。

 政治家に対して提案する専門家側は当然、最高の案を作る。ただ、それを実行できる人間が出てくるのだろうか?現在は国家の在り方が変わる、都市の形が変わる重大な局面であるので、足を引っ張るのではなくALL JAPANでがんばってもらいたいし、その一助になりたい。

そのためには日本のおかしな足の引っ張り合いを僕らは認識しないといけない。
たとえばニュースを読むと、ニュースがおばちゃんが話す愚痴と一緒。
ただ、万人が期待し、読み、同意したいという気持ちがあるから、意味のないニュースが書かれる。その負のサイクルが日本の足を引っ張っているのだろう。


その事例を今日のwebニュースより(同日、同じ新聞ソースより)
*******************
蓮舫“節電バトル”空回り?身内まで慎太郎へ…求心力ゼロ

そもそも、自販機の制限は、東京都の石原慎太郎知事が節電のために提唱したもの。花見自粛論でも激突した天敵の蓮舫氏はこれに反対していたが、今回、身内である都議会民主党が反旗を翻した形になった。

ダメ菅を倣って?都議会民主がムチャクチャな条例案

東京都議会最大会派の民主党は、都内にある清涼飲料水の自動販売機の電力使用を制限する条例案を明らかにした。条例の罰則規定はないというが、ここまでやっていいの?

* ********

上記ニュースは蓮舫氏に悪い印象を与えるように書き、下記は蓮舫氏が批判した都議会の提案をも批判している。要するにだいたいのニュースはどの提案が良いかと判断していないで、井戸端会議で、文句を垂れ流しているだけなのだ。
 

で、いま政治で行われていることも同じ構造に見えるのは僕だけだろうか。



今、自分のいる立場ではALL JAPANを感じている。複数のボランティア組織も提案があればすぐに現地に知らせし、学術機関は自分で調査が終わればすぐにweb上にアップして、それを使ってほしいと提供している。複数のユーザーによって更新され続けるLinaxのように提案をマッシュアップしていく。

たとえば国土地理院もそうであったし、東北地方太平洋沖地震関連データ公開特設サイトも貴重なデータも迅速にアップしてくれている。津波の浸水状況や震災前後の写真など震災1週間後には整理されてアップされていた。この動きはインターネットのシステム系企業の援助で加速していくだろう。

 政府関係のシステムは乱立しすぎてて統制がとれていないのだが、そのうち企業内の若者が「おかしい」と気づいて変えていってくれるだろう。


 今、世の中は日本を良くしたい。なんとかしたいという気持ちで繋がっていると思う。「俺」が「俺」がではなくて、自分がやったことが少しでも日本の力になればいいなと思う気持ちにあふれている。ぜひ政治家同士もそうであってほしいし、自分たちも「代案のない足を引っ張るニュースは無視する姿勢」を持ちたいと思う。



少し偉そうに書いてしまいましたが、若気の至りということで。
[2011/04/15 20:51] | 震災復興 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top
支援ハブ都市が再生する地域圏
近代以降薄れつつあった地域圏が再び顕在化されつつある。

海沿いの国道45号線が断絶されたこともあり、旧街道による沿岸と内陸の結びつきが強化されている。奥州街道(東北道)上に位置する内陸都市(一関、奥州、北上、花巻、盛岡、二戸 等)がハブとなり沿岸被災地を支援する体制が出来ている。例えば一関は陸前高田や気仙沼を支援し、花巻は山田・大槌・釜石を支援するという具合である。これを支援クラスターないし地域圏と呼ぶことができるだろう。

岩手の街道

『いわての街道』
http://www.bunka.pref.iwate.jp/seikatsu/kaidou/main.html


 沿岸地域での加工場は壊滅的な被害にあった。例えば山田、大槌、釜石の支援ハブ都市である花巻に空き家等を使って生鮮魚介類の加工場を設営し、大きな「市場」と東北道による大量「物流」とを併せて実現する動きが出て内発的に生まれてきている。この方式が実現すれば内陸花巻にも雇用が生まれ、沿岸部の被災者も一時避難しながら内陸部で働くことが可能になるとも試算している。

 この考え方は震災はきっかけであるが必然でもあったと思う。「動力」の変革による時代の転換期を意味する。過去を振り返ってみると四国瀬戸内海では多くの漁民が家船(えぶね)に寝泊まりしながら暮らしていた。明治期には学校制度が進んだこととエンジンの発達により陸地への定住が行われた。住む場所と働く場所が分化されたのである。これは定住を持たない漁民にとっての大転換であった。漁業には「漁場」と「加工場」と「市場」と「物流」が必要であるが、これを現代のトラックによる物流の発展によって内陸部でも漁業を支えられる体制が出来うる。

 また漁業加工品の販売も市民ネットワークの中で10年続けて買ってもらうサポーター制度などの資金的な支援の仕組みも出来つつあり、地方の漁村一つでは構築できない仕組みが内陸部のサポートによっても実現できるのである。若者や漁村地区ではその方式に直に触れることによって経験を自分の中に蓄積することができる。ニュースには載ってこない草の根のネットワークによる地域再生がいま芽生えてきている。人は経験することでしか、成長できない生き物なのだと思う。その機会を地域がつくってくれる。


 将来的には少しずつ避難民も沿岸に戻り加工場も徐々に沿岸に戻ることも考えられる。地域圏の産業連携などによって培われた人と人との関係は将来にわたって残り、地域を支えることになるだろう。実際、これまでもこの地域圏内では婚姻関係も多く見られたが、今まで以上に強い結びつきになり人々が流動的に住まう新しい生活スタイルが出来上がってくるだろう。

 今でも県外ボランティアを受け入れようとしない場所のある、どちらかというと人見知りの東北地方では人の顔が見える支援こそが重要である。そのコミュニティの中に入り潤滑油となる人と生活のスタイルが必要なはずである。なによりも人が地域の一員として生きていく仕組みが求められている。

 各地域にはこれらの街だけでなく、道路もしっかり通っていないような沿岸に多くの集落が残る。これらも地域園の一員として迎え入れ、取りこぼしのないように地域圏に加えていく。小さな集落の加工場や流通のネットワークが内陸に集約されることで、生活がいっそう豊かになることもあるだろう。


 また、各都市には対口支援も行われ、地域圏を飛び越して遠くの都市と直接的に繋がっていく仕組みもある。見えないところで日本の国家再編が行われつつある。


下記は雑記メモ

地域支援クラスター
[2011/04/12 16:46] | 日本 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
東北の林業を活かして
被災者に必要となる仮設住宅は10万戸、現在対応できるのはプレファブ仮設住宅は3万戸のみ。
そのため、別の手法(空き家利用や対口支援による一時移転)も必要となる。

その中でも期待したいのが、本設に移行できうる可能性をもった仮設住宅。

東北は元来林業が盛んであり、気仙大工と呼ばれるような地元棟梁による地域をカバーする建設集団(といってよいか)もあった。もう一度地産を見直し、それを生かした住宅を作ることでエコロジーで、かつ、地元にも雇用を生み出すことも出来うる。被害があったのは海沿いの地帯であるが、経済圏や歴史的なつながりを考えれば海と杜は一体であった。

ぜひ、期待していきたい。



************************************************************
http://www.s-housing.jp/modules/news6/article.php?storyid=284

福島県のHPで募集要綱、応急仮設の仕様書等がでています。
http://www.pref.fukushima.jp/kenchiku/04topix/oshirase.html


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宮城、岩手、福島 応急仮設住宅の建設業者を公募、地元業者・県産材も活用

宮城、岩手、福島の3県が応急仮設住宅の施工業者の公募をスタートする。地域のつくり手に門戸が開かれたほか、地域材を使った木造住宅もコストなどの条件を満たせば建築が可能になる。


 応急仮設住宅は都道府県が発注、国が取りまとめてプレハブ
建築協会が受注し、傘下の企業が生産・施工する。 ただし、今回は都道府県からの発注戸数が6万戸と膨大なうえ、用地確保が難航し建設が計画より遅れている。このため宮城県、岩手県、福島県ではこの従来のルートとは別に、仮設住宅の建設事業者の公募を行うことにした。


 まず福島県が4月11日から18日まで公募を行う。
 事業者の選定基準としては、応急仮設住宅の供給能力が100戸以上あること、7月末までに県が指定する土地で工事を行い入居者に供給できること、県内に本店のある建設事業者であること、過去3年の間に年20戸以上の戸建住宅または共同住宅の供給実績があることなどが挙げられている。
 団体や共同企業体も応募可能で、その場合は代表者及び構成員が県内に本店のある建設事業者であることが条件となる(構成員の実績合計年30戸以上)。

公募分の建設戸数は4000戸前後になる見込み。20平米タイプ(1DK)、30平米タイプ(2DK)、40平米タイプ(2LDK、3K)の3タイプで募集する。30平米タイプの1戸当たりの販売契約価格は上限600万円程度、リース契約の場合は2年間で上限520万円程度とされている。

仕様は県の定める標準仕様に合致することが条件。
ただし県では「仕様には幅を持たせているため、ある程度柔軟な提案が可能なはず。県産材を使った木造住宅にも道を開いている」と話す。「供給住宅の建設にあたり県産材の活用について十分配慮すること」との一文も盛り込んだ。

 応募は所定の応募用紙による提案方式とし、県が設けた「福島県応急仮設住宅建設事業候補者選考委
員会」が選定を行う。選定に際しては、供給能力や体制、価格のほか、供給住宅の性能・品質、県内企業の活用状況、被災者の雇用状況、県産材の活用状況も評価するという。
 応募要項などはこちら
  。


 岩手県でも、現在県が募集要項を作成中で、今週末から来週頭にも県独自に建設事業者の公募をスタートする予定だ。


 宮城県は、一般社団法人・すまいづくりまちづくりセンター連合会(東京)に公募の窓口業務を委託、県内外から建設業者を募集する。同連合会が事業者の選定基準や仮設住宅の標準仕様を設定、募集を行い、これらを満たし
た事業者を県に伝え、県が発注する流れになる予定。


 こうした建設業者の公募と木造住宅による仮設建設については、林野庁が情報提供や資材供給の支援などでバッ
クアップするほか、工務店団体の全建連(JBN・工務店サポートセンター)や全建総連も協力を申し出ている。
[2011/04/12 12:43] | 日本 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
管首相の構想にもの申す
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高台に住宅地・エコタウン…首相が町づくり構想: 政治 : YOMIURI ONLINE(読売新聞) から引用
 菅首相は1日の記者会見で、東日本大震災の被災地復興に向け、「エコタウン構想」など、自ら描く街づくり計画を紹介した。
 首相は「山を削って高台に住む所を置き、海岸沿いの水産業(企業)、漁港等までは通勤する」「植物、バイオマス(生物由来資源)を使った、地域暖房が完備したエコタウンを作り、福祉都市の性格も持たせる」と説明。また、「漁業など1次産業の再生が重要だ」と訴えた。
 首相は、地元首長との電話で話した結果を踏まえた発案としており、有識者や地元関係者からなる「復興構想会議」でこうした青写真を取りまとめたい意向だ。
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とニュースにありましたが、非常に恐ろしい。一国の首相が発言することが、どれだけ力を持つかしっかり考えてほしい。



 今回の地震は広範囲に渡る。市街地、農村、小規模漁村、高台の有無、分類は様々だが今回の「丘上がり」や「エコタウン」ものだけで解ける場所はなく、解決方法も簡単なものではない。現実的に山がない場所もあれば、丘上がりは漁村関係者が何度も取り組むも達成しなかった政策であった。防潮マンションもそうだろう。必ず必要になるが被災者の共同建て替えは市街地化している中核都市以上(言葉の定義が曖昧だが)で、震災以前から進行している中心市街地の活性化のセットで考えるべきだ。(細かい提言や手法は絵をもってまとめていきたいので省略する。)

今回の管首相の言葉でどんな結果をもたらされるか具体的な姿を想像して欲しい。この事例は2005年福岡県西方沖地震で被災した玄界島の復興。一部では成功とされているし、僕も全てを批判するわけではない。

○震災前の姿
玄界島3
玄界島2
(いい写真が見つからないが、使いづらそうだけれどもなんだか漁村の生活感の魅力があった。)


○復興後の姿
玄界島整地
一旦すべてをクリアランス。今回の津波と同じ。

玄界島new2

管首相の言う通り、公共住宅を防潮マンションとして海側に建て、山を切り崩し、整地して住宅地をつくった。これが彼の言う復興の姿だろう。




見た人は違和感は感じないだろうか。
少なくとも僕にとっては好きだった日本の漁村の風景ではない。機能的な側面だけで説明してほしくない文化的な、愛着を僕たちは持っているのではないだろうか?




 言葉は強い力をもつ。「防災に強いから」という理由で一方的に話が進んでしまう可能性がある。これまでは高い防波堤をつくった。しらひげマンションのような高層の壁建築も作った。今度の震災の教訓によって→山を切り崩すのだろうか。防災のためという名目の元で山の木を切り崩す予算が私たちの知らないところで成立する。その一方でエコタウンという美談がいくつか作られる。(いくつか成功は必ず生まれるが、それのための予算を各者が奪い合う。しかし全体は解決できないだろう)全てやる予算もないだろうし、丘上がり、公共施設建設手法では限界があるのは明らかだ。


僕らはもっと大きな視点に立たねばないはずだ。
簡単には簡単に語れないが、必ず復興の軸にしなくてはならないのは

(1)(自然を押さえ込むのではなく、)環境と寄りそって暮らすこと。
(2)(行政ではなく)市民の力を信じること。
この2点だと僕は思う。

第一は被害にあった津波被害地を含む広大な東北の海沿いを「大きな環境軸」として捉え、その中に環境型市街地への再編や国立公園の拡張、防潮林の拡大、漁港への援助 等等(他多数)の事業メニューを組み込んでいくこれが基本路線だろう。

第二に「環境共生型都市(エコタウン)」というのは何もバイオマスを使ったり太陽光を使えばいいという短絡的なものではない。いかに住民が省エネルギーで暮らせるかという視点で街を再編することが必要になる。中核都市のコンパクトシティ構想に再編し直すとか、小規模の町村ではバスを市の運営で遠くまで出すよりは、市民サービス施設(市役所やバスターミナル、中心市街地等、福祉施設)を集約し、そこから市民事業による小規模の乗り合いバンを運行するなどでエネルギー消費を少なくすることが出来るだろう。市民サービスのオンディマンドもIT技術によって容易に可能になるだろう。市民同士の支え合いのサービスを作り、市民によって運営していく街を作っていかねばならない。現在行われている企業の社会的な貢献やNPOやボランティアは本来資本主義とは相容れない考え方だ。しかし、ジャックアタリの言う市民による「超民主主義」は既に芽生えつつある。市民同士でどう支え合って暮らすか、市民の力をどこまで信じるか。現段階では常識ではない考え方をもって街は再編されなければ、日本が持つ地方都市の根本問題は解決できないだろう。そして、夢のある世界だ。そしてこれは市民の方々とともに一緒に考えていき、まちづくりを進めなくてはならない。


小さなアイディアもそれを実現するアイディアは専門家の間で既にたくさん出ている。まだまだ表に出ていないだけだ。それを実現にして詰めて、一方夢のある構想として紡ぐ。僕らが構想している世界は、管首相が文字だけで語る「夢」よりもっと明るいものだと信じている。


雑文失礼。
[2011/04/10 02:16] | 建築・都市コラム | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
石巻市にボランティアに行こう!
3/31日時点でのボランティア状況簡易レポ


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NPOはテントで寝泊まり。寒い!
しかし、愛媛から自転車で来た高校生なども。テントを持っていないので本来不可だが倉庫に泊まってもらう。空いている教室など開放して、たくさんの人に来てもらって、夜に語り合ってボランティアの繋がりを強めてほしい。

今年の流行語大賞の一つに
「ボラ友」=ボランティア友達 
   or
「ボラ仲間」=ボランティア仲間
というのが出来るだろう。



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NPOの支援連絡会議。様々なNPOが石巻の専修大学に集まっているが、仕事がかぶらないように、被災者へのケアに抜けがないようにしっかりと連絡報告を行う。

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ニーズ調査班や炊き出し、リラクゼーション部隊など部会に別れて討議。連絡会

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余震が来たので一時中断、上を見て、安全を確認して議論再開。

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各NPO内でも報告会が行われている。一日を終えての報告で色々な嬉しいニュースが聞こえて来る。

「子供に夢を聞いたら、将来建築士になってこの街を全部元に戻すって言ってましたよ~」

「僕らが掃除した小学校で、卒業式が行われたんです。生徒も先生も皆諦めていたのに、やって良かった!本当にみんな喜んでた!」写真を見せて一同、歓声があがる。疲れが吹き飛ぶ。

「自衛隊との連携ばっちりです!今日いつものように自衛隊の所にいってきました。マッチョな男性隊員さんに女性用の生理品がありますかって?聞いたら『昼用ですか?夜用ですか?』って聞いてきてくれてビックリ。」そんな細かく気をくばってくれてるんだ~。

※ちなみにみんなお風呂に入れず、そして、靴を脱いでいるので臭い!
画面では伝わらないけれど。


さて、朝から泥出し隊(MUD BUSTERS)でボランティア。
英語か中国語のヘルプの予定だったが、本来、建築士なので作業員の安全確認のために同行。そのまま作業へ。関係なし、力仕事も出来るユーティリティプレイヤー。
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ニーズ班が集めた依頼によって、NPOの方々とチームを組む、現地でキリスト系の韓国人部隊(ありがとー)と合流予定

石巻ボランティア1
ニーズ表。今日は老人福祉施設だ。腕が鳴る。
トラックの荷台に荷物を乗っけて、自分も乗って(警察も観てみないふり)出動。

家は無事でも道路は酷い状況も多い。
車を降りて道をあるく。道などない。
石巻ボランティア2

さて、建物内も強敵。
石巻ボランティア3
この近辺では20年間住んでいる人が言うには、何百回と津波警報を聞いていて、一度たりとも浸水したことのない地域がいきなり2mの浸水。これでは対応できない。亡くなった方には津波被害など考えたこともない、そんな方々が多かったろう。津波なんて海岸だけだと普通考えてしまう。
一方漁師は逃げ惑うどころか津波警報が出る前に、すぐに船を守る為に舟に乗り、沖にでて船を守った。写真に載っている船の座礁はたまたま漁師が居なかったか、県とか外国籍の船が多いのだそうだ。


石巻ボランティア4
建物が無事のように見えても全く無事ではない。泥だらけ、20cmぐらい泥が積もっている。靴箱には全て泥が詰まっている。


石巻ボランティア6
バケツに土嚢袋をセットして、そこにバケツで詰める。土嚢を作っては一輪車に乗せ外に出す。とにかくこの繰り返し。服の中まで泥がしみて来る。ボランティアする人は、防水の服orレインコート用意してください。あとゴム手袋。化学物質も飛散しているので必ずマスクもしてください。


volunteer作業
一輪車で運ぶ量は膨大。まずは一輪車の通るルートを考えることが効率化を促します。泥詰め班と土嚢運び班と一輪車道路整備班が必要。泥だらけの通りをまっすぐにして、流れてきたいたを張り合わせて道路をつくる。最後の捨て場はどんどん満杯になっていくから、つぎつぎに道を整備するのだ。これは僕が担当。土嚢はしっかり詰めて、しっかり結ぶ(正しい結び方があるのできちんと勉強!)道に土嚢を置く場合は、土嚢は向きをきれいに揃えて道に並べるのが大事。


石巻ボランティア5
一部屋一部屋この状態まで頑張る。

土嚢袋がなくなった事もあり、大体15:00過ぎにいったん終了.17:00には専修大学には戻るのが日程だ。



石巻ボランティア7
物資の搬入、搬出もどんどんスムーズになって来ている。

みんなボランティアになれて来て、マクドナルドのバイトのように、あだ名で呼び合い、そしてサンキューってな感じで楽しくやっています。ボランティアは楽しくなくては!と思っています。



現地ではとにかく人が必要です。時間のある人は是非!
東京から行く人も現地にいったん連絡してみてください。
特に炊き出しなど考えている人は重要です。
(場所がかぶってしまいますから)

毎日 石巻専修大学 朝9時集合
石巻ボランティア

(0225)23-6011・6012
石巻市災害ボランティアセンター
(石巻福祉協議会)です。
石巻福祉協議会の状況なのですが(臨時)
http://www.camper.ne.jp/npo/ishinomaki/?p=16

※石巻だけではなく、大槌町などアクセスが悪い場所には、行ける人が行ってください。情報がないところこそNPOの助けが必要です。

[2011/04/08 11:39] | 震災復興 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
写真:津波被害
石巻
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津波で大きく被害を受けた、電信柱も根こそぎ折られてしまった。
[2011/04/08 10:54] | 日本 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
本気の奴が世界を回す
たった一日だけ、会っただけだけれど、彼は僕の仲間になってくれた。
そして、被災地で活躍してくれている。


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海に近い避難所は,衛生上問題点があり、どうしても泥がついてまわります。炊き出ししている体育館ですら床は今だに泥まみれです。ライフラインは回復していないので近くのマンションでは、高い場所へ日に何度も水を運び往復。教室には家を失った方々がひしめいている状況です。私は体育館の壇上にダンボールやプラスチックケースを使って仮設のマッサージベッドを作りマッサージを提供させていただきました。粗末で綺麗ではないが,心良く受け入れてくださり、ありがたいといってくださいました。被災者側は、自分に何も残されてないと、様々な助けを受ける事で受け身になりやすくなり気持ちがふさぎがちになるのだと思います。

私は、日本で言うボランティアと言う言葉は好きではありません。私は、災害にあわれた方々の生きる時を繋いでいるだけなのだと思っています。人対人です。施しではありません。
毎日自問自答です。本気でもがき突き進んだ時、ほんの少しだけ受け入れてもらえたようで嬉しくて、心が震えました。
ロッキーの提言。
まさに、そうだと私もおもいました。
医療斑の佐々木さんと情報交換し500名以上の方々が避難されている河北総合センターがあること、ニーズが高いことがわかり、整体師チームと私の親友の柔道整復師2名と共にチームを作り初日前半訪問しマッサージをして回りました。寝たきりや足の不自由な方々に、後半は二階会議室をお借りして、マッサージコーナーを、ソファーや毛布で作り治療するのに必要な物は全て作くりました。
後半後から私の親友と道中で知り合った仲間が加わりマッサージを続けその日を終え、2日には5人体制でマッサージをし2日総合人数150人以上にご利用していただきました。最後に自らも被災しながらも明るく食事をつくるお母さん方々避難所職員の方々が最後に深々と頭を下げ、ありがとうごさいましたと言われた時に嬉しい気持ちもあましたが、こんな若僧を受け入れてくださったこと、改めて気が引き締まる思いとこのままでは終われないと強く感じました。
その現場で何が必要なのか、ネットワークは末端にまで聞こえいてニーズに合っているのか、動いている人間のケア、知識に欠落はないか、できないではなく、できる方法を諦めることなく突き進んでいけるリーダーがいるのか、課題は山ですが、まずは自分が窓口として行動するつもりです。移動手段と治療物をなんとか手に入れ、移動しながら情報を流し仲間と情報交換しチームをつくり、ネットワークを濃いものにしていきたいと思っています。
私はパソコンをほとんど使った事がなのでパソコンを使っての動きが苦手です。詳しくはまたメールか連絡してください。なんとかパソコンもできるように頑張ってみます。
また、近いうちに合って話ししたいですね。
ロッキーも体壊さないように頑張ってください。
それではまた。


*********


このメッセージの後、追記があった。


''諦めずに本気で行動していると本気な奴が手を貸してくれます。
凄いですよね。’’

うれしい反面、そこまで自分で鼓舞して頑張りきらないと行けない状況があるということなんだと思う。

この「本気の奴」が被災地にはたくさんいる。彼らが動きやすくしてあげることが今の僕らの役目だと本気で思っています。



本気の奴らへ


そうだぜ、いつだって世界は本気の奴が回しているんだ。



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P.S.
彼らはチームで動き続けます。彼らに加われる方は是非ご連絡を!


[2011/04/05 00:17] | 日本 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
物資ではなく宴会の幹事が必要。
どのようにすれば、ボランティアが最も効率的に機能させることが出来るでしょうか?
(=どうしたらボランティアを機能させられる人間を、頭に据えることが出来るでしょうか?)


先週の月曜日~木曜日にかけて、石巻に行ってきた。

tsunami_ishinomaki1.jpg
NPOのテント ほんとまだまだ寒い。凍える。

専修大学に寝泊まりをして、ボランティアにも参加し、NPOとの支援連絡会などにも出席した。
先週の状態では、県外のボランティアを受けて入れているのは専修大学のみで、受け入れが最も進んでいる状態だったと思います。専修大学には一緒に働いたNPO仲間、一緒に寝泊まりした人、一緒に泥すくいをした人等々、仲間がいます。


今、
仲間が困っています。

昨日も電話しましたが、出来ない理由や情報提供と言う名目で何もしない人々が 中心にいるようだと非常に困ります。要するに「宴会の幹事」もしたことのないような人間が現場で対応すると、モノゴトがスムーズに行かないように思います。


モノも人(NPO)も足りてきています。足りていないのは「頭」です。
「出来ない」ということを言う前に、「どうやったら出来るか」を考えられる人間が必要です。
現場ではひどく簡単なことも対応できていません。


専修大学でこの状態だと、ほかはもっとひどい状態だと思います。
仙台のNPOセンターとも、3月30日の時点では連携とれていなかったはずです。



提案です。

1. 現状の課題
 ボランティア、NPOの受け皿がまだまだ整っていない。多くの人を招集し、能力に合わせた配分を効率よくしなければならない。被災者へのサービスを第一に考えたい。
 (1)社会福祉協議会が困っている(パンク寸前)
 (2)職能のある人材の最適利用が出来ていない。援助もない。
 (3)長期化が予想できるが、ボランティアの組織化がバラバラ
 (4)現地に行くまで、ボランティアの状況が分からない。
 (5)被災者のニーズ情報が整理しきれていない
 (6)何も準備してこないボランティアが来てしまっている

2.提案
①マニュアル化ではなく「人」。臨機応変に対応する
 未曾有の災害時にはマニュアルが役に立たないことが多々あります。重要なのはマニュアルではなく「人材」です。宴会の幹事のように、その場で判断し、人にまかせ、場を監督します人間が必要です。状況は刻々と変わります。長期的にはNPO等と震災以前に契約しおき、震災後にはボランティアセンターは彼らと協力して、指揮系統を作り上げるべきだと思います。経験不足の人間よりも経験のある人を暫定的にでも中心に近い位置にきてもらうことが大事だと思います
 現状ではリーダーシップは行政がとるにしろ、権限や自由度をNPOに早急の場合は渡していくべきだと思います。職員判断で事後処理にする等、緊急時の指揮系統を柔軟にすべきだと思います。

②NPOから臨時雇員を入れる
 日本各地からNPOが被災地に集まってきているが、それをコントロールします社協がパンクします寸前です。ボランティア活動がしっかりしている地区でも機能不順を起こしており、一般的な市町村レベルでは対応しきれないはずです。社協には残念ながら場所を仕切れる人間が少ない。そのため長期に滞在しているNPOの情報支援部隊(たとえば め組JAPAN,PEACE BOAT等)から臨時に雇い入れるべきです。NPOに参加している人間はフリーターであったり自由な人が多く、気持ち次第ですべてを投げうってくれる人も多い。1週間以上滞在して活動したボランティアに限って、すぐにでも実施すべきです。

③専分野ボランティアに対する窓口を早期に設置する
 ボランティアセンターに行っても人材の振り分けがまだ機能しきれていない現状もあるかと思います。例えば今後リラクゼーション(心理療法、整体等)が重要になってくると思われますが、ボランティアセンターを介すと能力を持っていても他のボランティアと同じく扱われてしまいます。同じ職能を持った人間によるチームを作れるように配慮すべきです。ないしNPOに紹介できる仕組みをつくるべきです。

④ボランティア分野ごとチーム編成ルール決め、名前を統一する
• ニーズ調査隊②片付け隊③泥片付け隊④リラクゼーション隊⑤エンターテイメント隊⑥メディカル隊に分けて組織化すべき。この名前ですべての市町村を統一し、リーダーとサブリーダーを決める。人的な資源を最適化して配分すべきです。今であると、力のない人まで片付けにまわされたりしている現状があり得ます。例えば③の泥片付け隊では衣服使えなくなるほど汚れる。これは1日だけのボランティアで、何をやるか知らされていない人間では行うことが難しい。道具などチームにとって必要なものを用意しておくべきです。

⑤NPOの継続的な支援のためのグループ化と知識の伝承を行う
 NPOはチームで来ますが、援助可能期間が限られています。そのため彼らが行った内容と知識が伝えられずに去ってしまう現状があります。
 まず、前項ボランティアチーム①~⑥加わり、長くその場にいるNPOがリーダーになる形をとり、新しい人間はその組織化に入る。そして情報を共有し、リーダーが被災地を離れてもチームが機能しますようにします。(NPOの名前や団体名が前に出なくても納得してもらえる仕組みをつくる)

⑥県外ボランティアが入りやすいHPの創設を
 支援可能機関、何歳、性別、人数、支援物資、支援内容等をインターネット上で記入できるフォーマットが必要です。このようにフォーマットに入れてもらうことで時間を節約でき、炊き出しの場所の手配など運営をスムーズに行うことが出来ます。ボランティアも初日から効率的に動くことが出来るため、被災者への支援時間を増大します。

⑦聞き取り調査フォーマット作成と情報共有のための支援部隊をつくる
 被災地ではボランティアを使って、被災地全戸のニーズの聞き取り調査を行っているが、まだまだフォーマットが十分に出来ていません。かつ各市町村やNPOでもずれがある。これに加えて今はまだ手書きの段階で処理が出来ていないのが現状である。個別聞き取り調査は非常に価値のあるデータであるため、まちづくり系の学生が拠点に4,5人入って情報処理の部隊を作るべきだと考えられます。

⑧県外ボランティアに現場宿泊所を提供する
 ホテル等ではなく、集合場所に泊まるところが必要。避難所をそのまま一部県外ボランティアの寝どこにすべき。日本各地から体だけでもと自転車にのって四国から来ている高校生など見受けられる。気持ちだけはあるが、お金も経験もない人間が今後多くなるため、教育を施す意味でも現地ボランティア集合場所に近接した位置に宿泊場所が必要。寝袋ぐらいは持ってきている。夜、色々な人と話すことが、次世代のNPOにつながります。
(それが出来なければテントの提供をNPOレベルで行うなど)



<事例:Oさん(整体師)>

 彼とは網島ラインの船の中で出会った。網島に両親がいるため、東北道が通れるようになったと同時にバスで網島まで来たそうだ。両親と会った後に、時間もあるために(会社をやめてきていた)ボランティア活動を行って埼玉に戻る予定だった。どこに行くかもわからないというので、専修大学にボランティアセンターもあり、NPOが集まっているので整体のリラクゼーションが最も大事だと両者意気投合。現地に言ってみると、市のボランティアではただ紙に記入させるだけです。


「ただの一兵卒」扱いでした。


私も到着し苦労して市に説明。市のボランティアセンターの協力をあきらめ、NPO部会に加わる。ここでも社協は「個人ではNPO部会(連絡支援部会)に入れない」などと話す。NPO部会ではスムーズに進み、ほかの整体師と共にリラクゼーション部が作られ、日本財団足湯とセットにした部隊が出来る。しかし、

本来、一カ所にとどまり、何百人もいる避難所で高齢者に対して


「暖かい一つの部屋があり、出来ればベッドがあり、ついたてがある」状態が一番いいわけです。


今彼は自分でチームを作り、段ボールでベッドをつくり、対応しているとのことです。(私がその電話を受けた後、ほかのNPO団体に余っているマットと毛布の要請しておきました。)これでも毎日50人ほどの高齢者の人が列を作るとのことです。



写真等はまた追加添付します。


現在、提言書のとりまとめに向けて、動いています。(上記は即席、即効のもの)


単なる、即席の提案ではない、長期の思想づくり

政府が大鉈をふった復旧ではなく、希望の持てる未来。

未来のための東北のグランドヴィジョンを!






[2011/04/04 13:59] | 日本 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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