上海日誌-41「漏水は発明の母」
まず、中国で二重床は一般的ではないにしろ、トイレの配管はスラブ上で回すようになってきているようだ。しかし、二重床器具は中国では一般的ではない。必ず提案しても反対される。現在では中国には種類が少ない。現在担当の設計ではBAZONの束を指定しているが、ヨーロッパからの輸入なので恐ろしく高い。中国なら偽物がいくらでもつくれるのではないだろうかと思う。そんなに需要がないのだろうか?

 また、壁の厚さやメンテナンスを考えてサヤ管(管の中に管を通す仕組みで破損しにくく補修しやすい。)などきちんと使えば良いと思うのだがこれも何の抵抗があるのだろうか。こちらはRCを打つと高いのでコンクリートブロックを使用しているが、このブロックだと壁厚がブロックだけで200mm見ておかないとならないのでプランに無駄が出る。となれば、このブロック内部にサヤ管を通せる仕組みをつくれればいいのだ。
コンクリートブロックを販売、、、というのでは現場作成をする中国や世界の現場では役に立たない。となれば現場作成コンクリートブロックのための型枠を工夫して作成出来ればヨーロッパ、アジア、南米、アラブ諸国でも一般的に使われるものにならないだろうか。
 
 まぁ、誰か考えたことがあっても良さそうな物なのだが、構造的に関係のないブロックなら後から穴を空けてつくった方がいい、とかブロックを使うような限界的な設計を求められない場合では配管のための50mmぐらいなら目をつぶるということなのだろうか。
 漏水対策の為にも壁と配管の仕組みをサヤ管の為の空洞付きのブロック(型枠)をつくればいいと思うのだ。

[2009/11/27 01:10] | 上海日誌 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
上海日誌-40「漏水。尋常ではなく」
 中国語の学校に通っている最中と突然大家から慌てた様子で電話がかかった。我が家は4階にあるのだが、3階に漏水しているというのだ。とにかく走って帰ると近隣の住民が私の到着を待っている。

 慌てて洗面所へ。水が下に溜まっているのだがシャワーからも蛇口からも水は出ていない。しっかり閉めていったはずだ。トイレも別に溢れていない。どこから出て水がいる?どこだ、、?

 中国人の人と必死に捜索、トイレのタンク内のゴムが外れていて水が止まらなくなっていたようだ。
これが原因で漏水。日本だったら通常全く問題はないのだが、このトイレは下階と管で繋がっている訳ではなく、シーリングで留めてあるだけ。これがなんらかの理由で開口部に水が入らずに便器の下端の際から水が漏れていたのだ。
(驚いた事に便器はカッターで下のシーリングを切ってしまえば簡単に外せる。)


 さて、普通、漏水といえば、ちょろちょろとしみてくるだけかなと思うのが日本人。
下の階に言ってみると確かにぽたぽたと漏っているし、漆喰材が剥がれた水で浮いてきていた。

 それも洗面所の下だけではなく廊下部分や居間の方まで、、
 あぁ、これは大変だなんて思っていると 

2階も漏水しているという、

2階はたいした事ないと思っていたら、水が滝のように流れており、4、5もある大きなたらいが満杯になっていた。

1階も漏水しており水がぽたぽたとこぼれ落ちていた。
(2時間後、1階の天井の漆喰が、ぼろぼろと剥がれ落ちていく事になる)


さて、、、


我が家には下階から原因探しに入ってきて、警察はくるやら、関係のない隣人やらが土足で上がり込みとてんやわんや。

 中国的に原因はまず全く私にはないと、大家につっぱねなくてはならないのが日本人的には気持ちの悪いところ。事実、トイレのゴムが古くなったのは私のせいではないし、本来付けてあるはずのオーバーフロー管が閉じられていたのが下階に甚大な被害をもたらした原因だ。

 私と大家どっちの責任にしろ、下の人にはとんでもない迷惑だ。下階の住人の対応は私から大家に。となると、大家も負けじと応戦。(悪いのは明らかにこっちなのだが)中国っぽい。

さて、建築的な見解。
(1)こちらの住宅の洗面所は段差スラブ(2重スラブ)となっておらず、直接下階に落とす仕組みになっている。(配管も下階でまわすので、問題があったら全て下の階が被害を受ける。)
(2)シート防水などの防水処置がスラブに対してなされておらず、簡単にRCにしみ出してしまう。(洗面所だけでもきちっと防水してあれば、、)
(3)RCもRC(rainforced concrete)とは言えないほど水に弱く、隙間から抜けていってしまう。(だから4階の漏水が1階まで、、、)
(4)壁はRCではなくコンクリートブロックでつくられているため横方向にはすぐに抜けてしまう。
(5)シャワー、洗濯機、洗面台、トイレという水回りが集まっているにも関わらずオーバーフロー管の重要性が考えられていない。
(6)トイレの内部配管が考慮されていない。(便器の内部に管は一切ついていない)
SDC10005.jpg


便器が取り外されて、悲惨な状況。

他にも「とほほ」、、、という話はあるが色々と勉強になった。
 設備も含めた設備設計の過渡期にある中国、日本とつくられ方が違う。住宅はスケルトン販売で、例えば便器やシャワーを含めた内装は全て大家持ち。水回りの設計を間違えると他の階にも迷惑がかかる。大和ハウスなど日本のデベロッパーの住宅もつくられ始めているが、住宅設計の在り方を法的、間取り、設備、販売方式など整えるだけ仕事だけでも大きな可能性があるだろう。


日本だと色々と復旧が大変だけど、それは中国、たくさん叫んでいたが、まぁなんだか大丈夫そうだ。中国はこの辺が大らかでいい。

でも、彼らの家の漏水はRC内に水が残っているため3日間は続く。

菓子折りぐらいもっていったほうがいいんだろうか。。
[2009/11/25 02:03] | 上海日誌 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
上海日誌-39「中国でもi-phone 発売]

最近中国でもi-phoneが発売された。といっても、wifiも使えない、電話会社(チャイナユニコムも限定されるなど制限が多い。今まで中国でi-phoneが売られていなかった訳ではなく、単に正規で売られていなかっただけ電気屋さんに行けばi-phoneやi-phoneの偽物は山積みになっている。この状況下では新たに発売と言ってもはっきり言って正規で買う人はいないだろう。
 i-phoneは中国でも人気で、外国人や上流階級は当たり前のように所有しているし、中所得者でも若い人たちに広まっている。上海にはmac storeが出来ていないなど本来ビジネスモデルとして確立していないのだが売れるものは売れる。

  i-phoneの機能が制限されているのは中国だけではなく、アメリカだって日本だってされている。制限されていないのは世界でイタリアと香港だけだと言う話だ。香港は法律でSIMロックを掛ける事が禁止されている。(香港だって一応中国なのだが、一国2制度、中国本土内とはずいぶん違っている。)

日本でiphoneを購入して、自力でSIMロックを解除して中国で使っている人も多いが、香港で購入すればその手間も省ける。そもそも端末にとてSIMロックなど不要だ。それぞれの電話会社ももし、全ての電話回線がWIFIに、それもラジオのように自由に使えるようになったときの事を考えたほうがよいと思うのだがそうは考えてはもらえない。短絡的な利益を守るために、情報伝達を助けるはずの会社が世界の情報伝達スピードを遅らせることになりかねない。


 さて、そんな自由な香港があるというのはこの国の一つの在り方だ。SIMロック一つでもずいぶん差が出る。日本もアジアのハブ空港をつくると前原さんも話しているようだがハブというのは何も交通機能をさす言葉ではない。金、物、人、情報、文化の伝達の交差点を造る事だ。それは国土交通省だけではなく国の在り方を問う事だ。国の在り方を点や部分でみるのではなく全体を見る事が必要だと思うのだが、傲慢な言い方をすればどうも日本は江戸時代から頭の中がまだ鎖国から抜けていないような気がする。

 中国はその辺は強い。日本以上の鎖国に文革時の鎖国を経ても、、すぐに世界を受け入れた。華僑のネットワークや全てを受け入れて混ぜこぜにしても大丈夫な『文化的な耐性』そして商人気質の状況判断の早さがそれを可能にしている。

i-phoneといえど、たかが一つの電化製品だ。しかし、その受け入れ方一つに国の在り方を考えさせられる。
 



[2009/11/24 03:56] | 上海日誌 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
上海日誌-38「文革時代の絵画」
上海美術館で文革時代の絵画の展示を見学。
文革時代


文革時代の絵画は共産党のプロパガンダとしての絵画だ。時代を変えるという強い意志、それが強いタッチとなって絵画に現れる。例えば徐永祥の井○山会○1964年。霧の中から現れる馬と刀、馬上の共産党員の絵画は躍動感溢れ、そして強い意思を訴えてくる。強い陰影やはっきりした輪郭、そして焦点を強く合わせているのがこの時代というか共産国の絵の特徴と言えるだろう。


 戦争時の絵画をみていると厳しい表情のものが多い一方、戦争が楽しそうなものにすら思えてくる絵もある。これは中国絵画にしかない特徴だろう。男女平等に戦っていたこの時代、女性の戦闘員の絵もある女性達が笑い合って銃を扱っている写真など[我们都是染手]笑う女性の笑顔を深い印象を残す。

 この時代の絵画は人物が中心だし、一枚の絵にたくさんの人々が描かれている。彼らの強い意志の視線は絵の外の一点を向いている。その絵を見た人はついその視線を一緒に見てみたくなる。

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これは良くないけれども
 もう一つ、この時代の絵で求められているプロパガンダは毛沢東というアイコンに人々の心を集める事。彼の視線の先を一緒にみたいと言う気持ちにさせるもの
2009103110292645.jpg

穏やかな農業での作業風景、毛沢東中心に人は集まり、笑う。自分もついその輪の中に入りたくなる。毛沢東のそばに行きたくなる、認められたいと思うのだ。実にうまく絵画がつくられているものだと思う。
20091031102914973.jpg


絵画のタッチとしても見応えあり。写真は全て上海美術館のHPより抜粋。
 上海美術館で29日まで。時間がある人はぜひ。
[2009/11/24 03:50] | 上海日誌 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
上海日誌-37「人民広場で婿嫁探し」

 結婚相手を探す。といっても、両親が探す。
人民広場にて毎週土曜日、日曜日の昼間に集まって、娘と息子の相手を捜す。
広場には所狭しと張り紙が置かれ、植え込みあたりに紙袋で立てられている。紐にぶら下がっているのも見られる。

 張り紙には名前や年齢、自分の収入や相手に望むものが書かれている。
上海結婚

これは最も単純な張り紙で
「1979年生まれ、女性、大学出、外資系、身長は1.68m。電話番号(といっても仲介人or両親だろうか) 相手に望むのは学歴とか仕事が安定していること」等と書いてある。
しっかりしているものは、手書きであったり、趣味や長ーぃ文章を添えてあることもある。

 意外と写真を映しているのも少ないのだが、ちょっと眺めているとおばちゃんが寄ってきて、写真を見せてくれたりするようだ。とは言っても、ここはおばちゃんやおじさんの社交場。結婚適齢期の人が訪れる場所ではないから、通常予想される猛烈な紹介がある訳ではない。

両親が色々と嫁相手を物色する一方で、よく見てみると多くの顧客を持った仲介人もいるようで、仲介人同士でなにやら怪しげな会談。相手の手札(男性)を見せてもらい、こちらの手札(女性)を合わせる。まるでトランプでババ抜きをしているかのようにマッチングさせる。よく言えば素晴らしいシステムなのだが、人が売買されているようでもある。青空フリーマーケット。

上海結婚2

写真は人が少なく見えるが大変な賑わい。

 とはいえ、マッチング出来る仲介人は重宝されるようで、看板にも登録人○百人、とか○○組成立させた。とかの看板も控えめながら見られる。
 日本人も登録出来ないかって?もちろん出来る。外国人枠もあり、澄んでいる場所は中国でも日本でなくてもOK。華僑のネットワークを駆使して、世界中から婿さんを探せるし、嫁さんを発送することも可能だ。登録人にはオーストラリアやらアメリカ、中国人ばかりではなく、アメリカ人やフランス人も登録している。これら、皆インターネットを駆使するような代物ではなくワープロ程度。後は仲介人の腕次第。

 公園の写真を取る枚数が少なかったので紹介しきれないが、超有名観光地のそばにある、マニアックな観光スポットとして面白い場所だ。(上海博物館側ではなく、時計台のある側。MOCA現代美術館の近くで毎週土日に開催中。)

 また、社会体制と80年代以降の中国人の結婚観、家族の在り方などまた詳しく書きたいと思う。社会学者の上野千鶴子さんが中国を見たらどういうか、そんな観点で。

[2009/11/19 03:24] | 上海日誌 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
上海日誌番外編-5「横浜、温泉、群馬」
 坂倉準三さん設計の神奈川県立近代美術館へ。
神奈川県立近代美術館坂倉準三

前に見に行ったときは内部に入れなかったため再度見学へ。色々評価は在るがあの時代にこの建築、初期モダニズムをどう実現表現するかの思考錯誤が見られる。 展示も現代美術家の内藤礼さんのインスタレーションだったので期待して内部へ。


。。。。

やりすぎでしょ。内藤さん。


展示ケースの中に入るという観点や境界の認識を消す操作には共感を覚えるが、、この近代美術館だとすこし無表情性が足りないような気がする。建築に味が在りすぎるのだ。外部空間での瓶の配置などは、もう少し鎌倉の広い範囲でインスタレーションした方が効果的なように思える。中央の精霊インスタレーションもアートに対して回りの建物が煩雑すぎる。ここでやって良かったのはお客さんがほとんど入ってこないため、内部インスタレーションの動線が問題とならないくらいだろう。
 たぶん、普通にお参りで来た人は全く理解出来ないレベルのインスタレーション。お金を返せと言う人がいても全くおかしくない。説明も足りないし、美術館の人に聞いても説明が用意されていないのでは、、。

日本の美術館の監視員は世界的に見て最もまじめだ。おそらくボランティアでされている方もいらっしゃると思うのだが、全く身じろぎもせず、じっと下の方をみて動かない。
ゲームも携帯も読書もお眠りもおしゃべりも全くしていない。全く尊敬するが、、、、一方であんまり美術を勉強をしている方が多い訳でもなさそう。
 日本の職人体質は個を消し、人に与えれたポジションに素早くフィットさせる。しかし、美術館の監視員はかく在るべきという原型があるのであろうか。僕にはとても真似出来ない。ただ座っているだけならばビデオ+私服の巡査でいいのではなんて思ってしまう。
そういえば、外国のアーティストで日本の美術館の監視員の写真を集めた写真集があった。カメラの視点が日本の何かをえぐりだしていた。



 お風呂に入りにラクーアに。上海では長らくお風呂に入っていない。温泉って最高だと思う。中国にも温泉施設が出来つつあるが、日本の温泉は「裸で混浴」という誤った情報が中国人の頭にはインプットされている。

 ラクーアの戦略は見事に成功している。都心で家に帰れない会社員層や運動帰りの学生層、癒しを求める主婦層を囲い、しかも最近では中国人や韓国人の観光客もターゲットにしているようだ。休憩室で中国語や韓国語を聞き取る事が出来る。見事である。
 大体日本の旅をしているときは、野宿か友達の家かスーパー銭湯だ。このスーパー銭湯は都市部だと大広間に雑魚寝、凄く良くてカプセル。凄まじいイビキの大合唱。こういう世界があるのだと初めてのときは驚いたが、このラクーアでは寝るにしてもイビキの低く抑えてもらえそうな雰囲気だ。根拠はないのだけれど。


群馬県立美術館へ。
群馬県立美術館磯崎新

改築されたばかり。磯崎新氏のまぎれもない傑作。立場上あれこれ書けないが、見た事のない人は是非。
[2009/11/18 01:25] | 上海日誌 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
上海日誌番外-4「日本のタクシーは空車が多すぎる。」


久々の日本。まずは成田のトイレに感動をする。

毎回長期旅から帰って思う事だ。あの汚い、青空の、ニイハオのトイレ、というかトイレですらないだろうと思われるトイレの世界から清潔で、個室、消音の為の滝の音、トイレシート、暖められた便座、ウォシュレット、自動水洗、、、用を足すだけなのになんて至れり尽くせりなのか。

さて、この当たり前の事に気付く目を持って東京を見るとやけにタクシーの空車が目立つ。金曜日の夕方、それも都心部六本木、しかも小雨が振っている。上海の都心部ならまずタクシーの奪い合いになっている時間帯。日本のタクシーの値段が高いのはたしかだし、電車交通網が発達しているという事情もある。ただ、上海の電車の値段が3元~、バスが1元~というのに対して上海のタクシーは12元~。これだけ見ると日本の地下鉄は160円~日本のタクシー710円~というのは比率で言えば同じだ。

だとすれば、上海のタクシーも空車率が高くて当然と思うだろうがそうはならない。要は貧富の差が激しいからだ。上海のタクシーに乗っている外国人比率は中国人と滞在外国人比率に対して圧倒的に高い。

とはいえ、日本は国策なのか夜中は電車もほとんどバスも走らない。通勤時間が長い日本人にとってはもっとタクシーが活躍できるはずなのだが、、、どうもそうはなっていない。なにかタクシーの使い方、使われ方がおかしいのではないか。

旅先のバヌアツでは乗合タクシー制度が使われていたし、
http://hirokijourney.blog35.fc2.com/blog-entry-33.html

パキスタンもモロッコも乗合タクシーだ(まぁ、道が少ないので人数が集まったら出るバスみたいなものだけれど)
パキスタン乗合
パキスタンの地方都市の乗合バン乗り場。人数がそろったら出発。そろうまで出発しない。急ぐ場合は助手席の2人分の座席を買ったりする。しかし、女性が来たら譲らないと行けないので、結局後ろに男にぎゅうぎゅう挟まれて乗る事になる。

トヨタの改造ハイエースには通常14人最高22人乗れる。ドライバー?人、前列:2人、中前列:3人 中後列:4人 後列:4人。加えて 屋根2人。後ろに掴まる人4人、中につめて+2人。あり得ない。



pakistan乗合1
これもタクシー、好きなところで乗り、降りる。



上海にも実はある。深夜路線やバス停に近くには何かバンらしき車が泊まっていて、きちんと客引きをしている。大体行く方向が同じなのだからと皆乗っていくのだ。
日本で言うと、白タクになってしまうのでこのシステムは将来的な防犯の為には日本に同入しずらいかもしれない。しかし、日本のタクシーの空車率はやはり異常に映る。一方で田舎の方のコミュニティバスの利用率も酷いもので全く採算が取れていないはずだ。

 田舎の街の仕組みは東京のそれとは違い、拠点が駅ではない事を認識してジャスコ等の郊外型ショッピングモールと交通手段をタクシー、コミュバス一体となって考えるべきだろう。

で、話は戻って東京、東京のタクシー問題は街の作り方自体にあるといってもいいかもしれない。タクシーに乗っても素早く移動出来ない。これほど信号があったり、道路幅や直進性の悪さなど、車の移動効率が悪い都市も珍しいのだ。上海はタクシー以上に便利で早く移動出来る手段はない。そして、地下鉄+タクシーとするぐらいなら、タクシーで始めから行った方が圧倒的に早いし、値段もたいして変わらないのだ。

 タクシーは非常に便利な移動手段だ。これを空車にしておくのは全ての面に置いて日本は損をしている。タクシー会社ならず、市民や国、市が有効活用出来るすべを考えていくべきだろう。これは都市部も田舎も関係ない。

[2009/11/17 00:44] | 上海日誌 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
上海日誌-36「耐性と慣れ」
上海には春と秋がないとは良く言ったもので、宵の雨を境に、一日にして冬になった。毎日の電動自転車通勤は非常につらくなる季節。ジャズを聞きつつ、気ままにドライブなんてわけには行かない。寒くて凍えそうになり、そして目が痛くなる。 目が痛くなるのは空気中の埃のせい、有毒物質も相まって目には涙。早くゴーグルが欲しい。もしくは片目づつ器用に目をつむれるようになるか、まつげに駱駝並みの防御力を手に入れたい。

 上海に来て半年、だいぶ汚い空気にも慣れてきたと思っていたが、道路付近の高純度、大量の空気だとさすがに耐えられない。上海人にゴーグルをしている人を見かけないのは、耐性が出来ているからなのだろう。
 とすれば、地球環境が汚染されてもきっと耐性のついた中国人と私は生き残る。そして、僕らはきれいな空気のもとでは生きられない、というナウシカ的な逆転現象が起きたりするのだろうか。
 
 空気だけでなく、街が汚いというのも同じように慣れが関係しているかもしれない。新しい空間に人が移ったときに、快適に暮らす為に自分の空間に変えようと人は努力する。汚い空間で育つときれいな空間に拒否反応を示し、必死に空間を汚そうとする。心理学的には説明のつく話。

 とはいえ、こんな負のサイクルがいつまでも続く訳ではない。いつか、街も空気もきれいになるのだろう。東京の60年代の空は今のように青空は見えなかったはずだ。

 上海の今には、青空はない。

テーマ:中国 - ジャンル:海外情報

[2009/11/04 02:51] | 上海日誌 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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