上海日誌-29「南京大虐殺の真実」
 転職する前に気分を切り替えるために南京へ。南京は歴史がながく、北京と同じように様々な年代の都市骨格や廟の年代レイヤーが重なって出来ている。孫文の廟(中山廟)や国民党の戦士のための廟など国民党時代の遺構も多く、現代に近い都市レイヤーも重なっている

 清時代の王朝制度を廃止、民衆のための国家を創ろうとした孫文は共産党の時代となっても尊敬されている。多くの人が、共産党の幹部でさえ孫文を讃えた。中国という国家を創るために尽力した人間に対する敬意だ。ただ面白いのは孫文と国民党が切り離せないという点。国民党は共産党の世にあっては悪であり抹殺されるべき集団である。中国的で面白いなと思うのは孫文を讃えながらも国民党の功労は認めないというようにしなければならないところだ。ここに歴史を語る矛盾がある。孫文の記念館や歴史を語るところでも周恩来はかろうじて出てきても決して蒋介石は出てこない。国家を分裂させた悪の親玉をヒーローにする訳にはいかない。

 ここが中国的なところ。


 南京に行きたいと思ったのは「南京大虐殺」をより良く知るため。悲しいことに日本では南京大虐殺を否定するような表現があるのも事実だ。一方で南京大虐殺は100万人とか200万人というような数字を誤認した中国人も多いのも事実だろう。逆に日本ではそのことばかりに焦点が行きがちだからこそその場にいきたいと思った。

 南京に着いてすぐに虐殺記念館へ。建築はモニュメント的に創られており、共感出来る設計。ランドスケープには南京大虐殺で亡くなった30万人への追悼が込められていた。

 内部の展示は実に詳細。南京大虐殺を生き残った人々の多くの証言が残され、事実の写真が残され、そして虐殺された遺体の骨がなによりも多くを語ってくれた。
 当時の日本人を肯定するつもりは全くない。ただ戦争でこのような状況が起こらない訳がない。日本人は戦争の過程の中で許しがたい過ちを侵した。しかし、認めなければいけないのは戦争は必ず人を狂気に向かわせる。日本も広島、長崎に原爆を落とされ、東京では第急襲で一般市民が虐殺された。狂気のない戦争などない。これは歴史が証明している。現代ですらそうである事をユーゴスラビア、グアンタナモ基地やイラクで人間は証明している。ましてはあの時代だ、狂気に走らない訳がない。私たちは戦争が二度と起こさないように声を上げることだ。

 きちんと事実と付き合わせた展示の検証は納得出来る内容だった。日本からも沢山の日本人や日本の小学生から慰問団が来ているようだ。施設には彼らが置いて行った沢山の千羽鶴が置かれている。中国の展示も日本人の悪行を説明しているだけではなく、途中途中には「歴史を正しく覚えよう。しかし、決して恨みを伝えてはならない」と標語がある。是には共感と感謝の念を覚える。

 と、こんな素晴らしい展示なのだが、最後は中国。きっちり落ちがある。

展示の最後の結びの言葉だ。

「このようなことが起こったのは残念でならない。しかし、これは国が弱ければ必ず蹂躙されるということを歴史は教えてくれる。ひっくり返った巣の卵が割れないことはない。だからこそ、国を愛し、団結して強い国を創らねばならない。・・・・etc」

 当たり前のことだけれども、日本人の感覚としては???となってしまう。日本でこの書き方をしたら大問題になるはずだ。きっと展示とは関係のないところでの誰かの意向が働いたのだとは思う。

こんな結びの言葉から、変わりつつある中国と変わっていない中国をきちんと理解しなければならない。


***
一方で、日本のサイトを見ると、、、
a3c279f0.gif
dd8d63b6.jpg
など、南京での日本軍が平和そうにしている風景もある。サッパリだ。戦争という状況が、全ての人間を変えてしまうということなのだろう。




続きを読む
[2009/09/20 03:15] | 上海日誌 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
上海日誌-28「世界で最も共産主義の似合わないこの国で。」
 中国の発展は目を見張る。上海だけをみれば共産主義とは何の事やらと考えるどころか、思案の枠の外だ。次に目に着くのは目覚ましい都市の高層群とおんぼろアパート。金持ち中国人と乞食のギャップだ。共産主義であればこんな景色など本来生まれないはずはない。
 共産主義であるはずの中国が_小平が実権を掌握した1978年より徐々に市場経済導入を取り入れてから数十年。この結果が如実に出ている。

 中国に来たら誰もが中国人の大仰とも思える親切さに感動するだろう。ちょっと知り合った関係なのに親身にチケットを取ってくれたり、空港に迎えにきてくれたり、信じられないくらい丁寧に対応してくれる。日本では考えられない事だ。そして、次に感じるのが中国人の裏表の激しさや、嘘を平気でつくいい加減さにイライラし、なんと信頼出来ない国民なのだと憤慨する。

 自分のためになら平気で人をこき下ろし、責任は全て他人のせい、自分は悪びれる事などない。お金が稼げるとなれば、一元でも儲かるように悪知恵を働く。こすいし、ずるいし、抜け目ない。と中国にきてしばらくたった日本人はこう考えてしまう。こんなこんな計算高い国民が働いても働かなくても同じ給料しかもらえないのだったら働く訳がない。共産主義などもってのほかだ。と。
 

 事実、リーダーは別として、進んで仕事に従事している人というのは、、多くないように思う。やっているように見せつつも、手を抜いているように思う。(日本もそうかもしれないが) まぁ、つまり、こんな利己的な国民がなぜ共産主義に走ったかと言えば、中国人があまりにも計算高すぎて、ちょっと頭の働く連中が農民やら工夫から搾取してあまりにも貧富の差が広がってしまったからだ。これはどうしようもないところまで行きそうだったので、針が真逆に振れてしまった。市場開放まで共産党支配の何十年を経ても、中国人の計算高い国民性は決してへこたれる事なく、自由市場が一部導入されるや否や一気に富めるものが貧民を食い散らかす世界が作り上げられてしまった。一方で共産主義では全く中国人は働かず、生産性は低く、食物自給率も100%とは決してならなかったはずだ。しかし、国に納める分以上を生産した場合は自分の懐にいれていいとなった瞬間から中国の生産性は一気に向上した。共産主義では中国人は働かないのだ。

 一方で共産党が出現しなかったらどうなっていたか。国民党の一派とその仲間が幅を利かせ、自由市場主義が到来したとしても利権を守ろうという利己的な人間が多すぎて発展を妨げただろう。

 やはり、日本人が思う典型的な「中国人」という国民性が有るのであれば、極端に失礼な言い方だが)中国人には仕事を一緒にやりつつも一方で、信用できるような保証をつけておかねばならないと日本人の経営者はかんがえてしまうだろう。「中国人」は結局のところ自分(ないしお金)が基本動機。とにかく会社のためとかいい商品をつくりたいという(希望観測的な)日本人的な職人感覚とは違う感覚を持っている。経営者としてはコントロールするのが非常に難しい国民性なのではないだろうか。

 自由市場主義を押し進めて行けば、より格差は広がり、中国国民は再び針を振り戻し昔の共産主義を懐古する日がくるだろう。去年の旅の中で出会った東欧の人々は共産主義時代を懐かしそうに語ってくれた。中国も近いうちにそうなるのだろうか。


※中国人のことを極論しひとくくりにした言い方をして失礼だと十分承知。
しかし、誤解を恐れずに書かねば意図がはっきりしない。どんな国民にも必ず国民性というものはあり、違う国民性を持つ日本人の目から見ればその違いは必ず見えてくる。お許しを。
続きを読む
[2009/09/09 01:33] | 上海日誌 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top
上海日誌-27「顔を立てるのか、建築を建てるのか」
 全ての設計という訳ではないが、中国の設計は本当に穴だらけ、整理というものがされていない。予算や仕上げの質、ターゲット等が明確ではないまま、夢見がちなまま進む。しかし、最後に建築を作るとなれば当然現実を見ざるを得ない。まったく整理をされていない仕上げ、構造、予算管理。おまけに設備を先に抑えていないものだから、後から後から必要なものが出てくる。しかも、あれこれ多種多様な要望が一元化されないまま具現化されてくる。
 3、4日図面を見ないと、訳の分からないものが次々と生まれてくる。こうして中国の建築は緻密からかけ離れて乱雑、大雑把になっていく。

 関わっている建築もその段階を迎えている。コントロールは難しい。なぜこうなったかを把握するので一苦労、こうすれば出来るのは分かっていても、最終図面を書くのは設計院、クライアントの予算によっても変わるし、施工段階でも大丈夫か、、、そう考えると半ば悟ったように簡単にしておいた方が無難とすら考えてしまう。もしくは以前に書いたように、何が変わっても雰囲気が変わらない「カレー粉」のデザインをしておくかだ。

 このように後から問題が起こる理由は決定的な経験不足は当然として、各会議ごとの整理(ほぼ口伝)や計画段階でのスキーム作成不足に加えて中国的な考え方にも起因する部分があると私は思う。

それは「人の顔を立てる」という慣習だ。

 中国では何か相手から要望が出た場合、全てを断ると後々人間関係にこじれが出る。中国では人間関係が日本より重要視される国だから絶対に全てをNOとは言わない。どこかで相手の顔を立てるのだ。中国でいつも頭に来る値引き交渉の仕組みも、はじめから最低金額を出しておいて、相手から安くしてくれと言われても1元も安くできないのは相手のメンツを潰すことになるのだ。だからこそ、最低価格よりはじめから値段を高く設定しておいて、相手の安くしてくれという要望に応える余地を残しておく訳だ。(面倒な事だ)

 建築をつくるにもその考え方が入る。様々な提案やらアイディアがいろんな人から出てくる。しかし、それらの考えが矛盾する事も多々ある。しかし、これらに対して、いちいち全てに顔を立てようというのだから困ってしまう。ダメなものはダメと理論的に整頓すればいいのだが、そうもいかない慣習が根底にある。これでは統合された考えをもった建築など到底創れない。加えて相手(例えばクライアント)の意見が間違っている可能性があると知りつつも、とりあえずその場しのぎで相手の意見を反映させることもある。そうなると後々設備に負担がかかったり、法的に問題が出てきたりするのだ。一言、説明すればいいのに、みんな幸せになれるだろうにと思っても慣習なのだ。
 
 また、プレゼンテーションに対するクライアントの反応の見極めも難しい。相手は決して直接的に、そして具体的には評価を言わない。日本でもクライアントが具体的にどんな空間を作ればいいかを教えてくれる訳ではない。考えるのは当然建築家の仕事だ。しかし、何を求めているのか、何が気に入らないか、気に入っているのかさっぱり推測できない場合が多い。相手に信頼してもらえれば、自分が作ったものは全て「正」になるのだが、中途半端な場合はさっぱり分からない。

 いい建築を創るにはどうすればいいのか、格闘の日々。設計の勉強というより、中国を勉強させてもらっている気がする。いい経験をさせてもらっている。今、中国のど真ん中にいる。
[2009/09/02 01:10] | 上海日誌 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
| ホーム |