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北京-1「都市骨格」
 1月18日~22日まで北京を見て回った。実質3日間の旅行であったが精力的に見て回る事が出来た。北京は中国の都市の中でも都市骨格が積み重ねられてきたその長たるものではではないだろうか。

 北京の誕生は13世紀の元の時代までさかのぼる。水源を享受できる場に紫禁城を配置し、城壁をつくった。明の時代になると城郭の北側を縮小し、南側に外城を増築して凸型の都市形態をつくった。天壇などがこのゾーンに入る。城壁で囲まれていた旧市街の面積は62平方キロ程だ。
北京旧骨格

(図1 明の時代(乾隆年間)の北京復元図参照 「北京」陣内秀信他より出典)

北京年代別
(図2 右上の年代別に着色したもの)



 「北京の背骨」
 元の時代より北京は背骨を持っている。故宮(紫禁城)を貫く南北軸(天-地)だ。
軸を中心として街が成立し共産党時代にも天安門広場や毛主席記念堂や英雄等、最近話題となったオリンピック公園もこの軸線上につくられている。
(天安門広場をつくったときには住民は強制的に移転させられただろうが、オリンピック公園もそうなのだろうか?)
 
「北京の東西動線」
一方、北京の大動脈は東西の建国路である。これも人民政府によってつくられた。天安門広場の前を通る軍事パレードでも使われ、多くの人がテレビなどでみたこともあると思う。幅80mほどある大通りは人民政府の威光を強く知らしめるものでもある。道路の下には地下鉄1号線も開通しており、今では街の大動脈となっている。

「北京の環」
 北京にはいくつもの環がある。故宮の回りが第一の「環」。旧城壁の位置が第二の「環」。この第二の環には山手線のように地下に環状地下鉄が走っている。その次が第三、第四、第五と環状道路が整備されている。都市が拡張する度、環が増えていく。

「胡同(フートン)
北京の細胞は胡同(フートン)と呼ばれる。一つ一つの街区が四合院と呼ばれる住宅形式、ないし、壁に囲まれた長屋の集合体となっている。それぞれの辻である胡同の単位は地域の特色も出ており、北京らしい風景をつくっている。



 故宮を中心として、2つの線がつくる「十字」に、幾層にも重なる「環」。そして細胞の「胡同」。これを理解すれば北京という都市の把握がしやすくなる。

北京都市骨格
図3:現地でスケッチした都市イメージ図(汚すぎるなぁ)

北京地図google
図4:google 地図 環状道路。

北京航空地図
図5:google航空地図 胡宮を貫く天地の線が見えるでしょうか。それがオリンピック公園まで続いている。


後で詳しくそれぞれを見ていきたい。

故宮の北にある景山より眺める天地の軸に沿って都市が造られているのがよくわかる。
SDC18066.jpg南を眺める(故宮側)
SDC18071.jpg北を眺める


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[2009/01/30 00:42] | -北京 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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