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[旅コラム] スパゲッティ<ピザ 

 南米ではおいしいスパゲッティを食べるのは不可能に近い。必ず茹で過ぎで出てくる。最もひどかったのがペルーのクスコで食べたスパゲッティで、街が標高2500mぐらいであるために沸点が低く、茹でるのに時間がかかることもあり、うどんのようなスパゲッティになって出てくる。そして、作る人も「スパゲッティ」というものを何たるかを知らずに作っているのだから仕方のないことかもしれない。

 スパゲッティと違って味に問題が無いイタリアンフードがPiZZAである。チーズ(Queso)がモチモチした食感のこちらのチーズであること以外は問題なく「おいしい」。これは世界各国共通だと思う。これは素材の単純、調理法にあるのだろうか。文化人類学の教授が一つ論文を書けそうなテーマである。
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[2008/03/31 03:14] | 旅コラム | トラックバック(0) | コメント(1) | page top
[080331] Santiago
 中南米の町で、はまずアルマス広場へ向かえばいい。カテドラルや市庁舎がすぐにあり、観光地もお店もたくさん並んでいる。新市街に比べて安宿があるのもこちらのほうだ。ただ、若干治安が悪いのもどこでも同じ。

 朝のラッシュ時の地下鉄で旧市街へ。荷物が多いが、ラッシュには慣れているので問題なし。僕は埼京線より込んでいる電車など世界に存在しないと思っている。驚くのは、スーツ姿のビジネスマンが多いこと。日本を経ってから久しく観ていない光景だった。アルゼンチンはフランス・パリを目指し、文化的に成熟したが経済は発展せず、チリはその逆なのだと昨日友達が話していたのを思い出した。本当に文化と経済発展は両立しないものなのだろうか。文化の成熟には大いなる「暇」が必要とするならば、そうなのかも知れない。


サンティアゴは山々に囲まれた都市で、チリの人口の40%を持つ大都市である。朝夕の交通渋滞もあって空気が白く霞むほどスモッグが立ち込めている。フフイやインドの都市に比べればたいしたことはないのだが、コンタクトを一日中していると夜には目がシパシパしてくる。
 セントロ北東のサンクリストバルの丘からサンティアゴを眺めると空気が白く霞んでいるのがよく分かる。遠くのほうにかすかに山が見えるが、50km先に見えるはずのアコンカグアは望むことは出来ない。

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 サンティアゴの町を眺めても、はっきりとしたゾーニングは見て取ることは出来ない。10階を越える建物は固まって存在しているわけではなく、2,3階建ての街並みの中に雑然と建設されているように見える。街並みには街路樹が多く、丘の上からも緑が多いのが見てとれる。空気が汚い汚いとは言え、街中にいて心地良いのはそのせいだ。
 
 日本では景観法に引っかかって、とても使えないような色が使われている住宅が街中に多数見つかる。単体としてもそれなりに良く見えるのだが、街並み自体が派手な色彩をしていると、不思議と納得させられてしまう。
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これを「良し」と感じるのは強い太陽と青い空によるのか、自分の知らない街並みを美しいと感じてしまう心理学的な作用によるものなのだろうか。
[2008/03/31 03:11] | 世界一周旅行 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top
[080330] Mendoza→Santiago
 メンドーサからアンデス山脈を越えてチリ・サンティアゴへ。車窓からの景色で間違いなくBest5には入る絶景を眺めながらの旅だ。南米最高峰のアコンカグアとそれに連なる山々を眺めながら、いつか必ずアコンカグアに登ってやろうと決心した。
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 サンティアゴにはベトナムの国際ワークショップで知り合った友達がいて、これまたワークショップでも一緒だったチリの女性と結婚して暮らしている。そして31日までこれまた共通の知り合いのチリ人が仕事で来るというので、南米での旅行行程を全て変更して、一路サンティアゴに向かってきたのだ。
 誰かが待っている街というのは心が躍る。旧友と会うのは人生での最高の喜びの一つだろう。相手にとっても「友、遠方から来るや」という感じだろうか。
 
バス停で待っていてくれるということなのだったが、見当たらない。電話をしてみると、ちょうど子供が生まれたところで、迎えに来られなかったのだという。1週間前に生まれるはずと聞いて、わざとゆっくり来たのに裏目にでてしまった。そして、恥ずかしいことに電話で話したときに「Baby has just gone….」と聞こえてしまい、生まれたばかりの赤ん坊に不幸があったのかと勘違いし、実に神妙な再会の電話になってしまった。
 Just Bornとも思ったが、もし、間違えていたらと思うと怖くて聞けない。南米ではほとんどの人が英語を喋れないため自分が英語を使える気分になってしまうが、決して自分のレベルが上がっているわけではないことを再認識させられた。

 もう一人の友人(Hugo)が自分のホテルの鍵を自分に残してくれていたので、豪華なホテルの部屋で友達をゆっくり待つことができた。友達に感謝。
 ただ、このゆっくりというのが微妙な表現で、結局4時間待つことになってしまった。分かっていたがラテン人の「ちょっと後で」「1時間後」とかはその倍かかると思っていてちょうど良い。

 夜はHugoとその友達と一緒に食事を楽しんだ。Hugoはアメリカの大手設計事務所SOMに勤めていて現在北京にて多くの街のマスタープランを作っているそうだ。彼も曰く、中国はクレイジーだと。ただ、まっさらな土地にプランを描ける(ないし、現状から外れて描ける)のは日本では有り得ないので、ちょっと魅力的な仕事でもある。あと1年は北京にいるそうなので、彼のいるうちに北京に遊びに行きたいと思う。
[2008/03/30 03:04] | 世界一周旅行 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
[080329] Mendoza
ボデガ(ワイナリー)ツアーへ。今日は土曜日だったため目的のワイナリーは残念ながら休みだった。土曜日・日曜日はお店も休む、知っていたけれども、これには参ってしまう。

 「おいしい」ワインを造るのは素人には不可能に近いが、ワインを造るのは非常に簡単だ。昨年ワインを造る機会を得て、この辺を勉強させてもらった(もちろん合法)。作り方はブドウを潰して、酵母を入れておけば自然とワインが出来てしまう。もちろん濾過や消毒のため亜硝酸を入れるなどの工程はあるが、基本はブドウに酵母を混ぜれば酵母が勝手にブドウの糖分をアルコールに変えてくれる。このように単純な工程なだけにブドウをいかに育てるかにワイン農家は人生をかけている。
 (ワインを造ってみたければ、ワインビンの底に沈殿している酵母を潰したブドウに入れれば作れます。)

 アルゼンチンワインは生産量も多く、メルドックなどの品種はアルゼンチンが有名なのだが、チリワインと比べると日本における知名度はグッと下がる。品質的なものが劣っているわけでは決してない。これほどの知名度の差がついてしまったのはアルゼンチンの港が大西洋に面しており、チリが太平洋側(つまり日本側)に面しているためだけのせいではないだろうか。事実、今日訪れたボデガのワインの70%が大西洋を通ってアメリカのケンタッキーに送られ、30%は自国消費だそうで、日本には輸出されていない。ボージョレーヌーボーのように空輸してまで運ぶコストをかける日本なのだから、アルゼンチンワインがもう少し日本に入ってきても良いのにと思う。
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メンドーサはいろんな意味でブドウを作るのに最適な環境を整えていて、ワインがおいしいはもちろんのこと、ワイン好きにたまらないのが圧倒的に安いこと。アメリカや日本で6000円ほどするものが、こちらでは1000円に満たない値段で購入できる。しかも、ステーキも安いのだから何もいうことはない。(昨日と内容が一緒だ)

夜は中心地のシアターでTangoの声楽を鑑賞。鑑賞というより聴きにいったというほうが正しいかもしれない。踊りはあくまでも脇役だ。人間の声というのはなんと素晴らしいことか! オペラなどの声楽を聴きに行く機会はなく、久しく忘れかけていた。街中に流れる「音」とは違う次元を目指す分野があるのだと改めて思い起こさせてくれる。
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「音が求める街、街が求める音」
Tangoには哀愁が必要だ。この町には哀愁はない。今日のショーは満足しているが、もし踊りが中心のショーだったならば、こんなにも感動しなかったかもしれない。
サルサがテッカテカの太陽が必要とするように、フラメンコが熱気を必要とするように、Tangoにはある種の闇と煙のような哀愁が必要だ。それぞれの音楽が求める空気や環境がある。4年前ブエノス・アイレスに哀愁が漂っているのを感じた。その哀愁がTangoを産んだ。そして、Tangoは哀愁を帯びた街を求める。
 その街でこそ実感できる音楽がある。シカゴのブルースしかり、NewYorkのジャズしかりだ。ブエノス・アイレスに行くのが楽しみだ。
[2008/03/29 06:46] | 世界一周旅行 | トラックバック(1) | コメント(0) | page top
[080328] Mendoza
メンドーサはいい街だ。昨日立ち寄ったフフイが空気も景観も相当悪かったせいもあるだろう。街中に特にこれといってみるものがなくとも、街路樹や公園などがしっかりしていると町のよさがグッと上がる。他にもいろいろと理由はあるのだが、都市計画がしっかりしている都市は、よくも悪くもそれなりのクオリティは保てる。

 交通もきちんと体系立てていると空気も少しはきれいになる。電線を利用したトロリーバスは通常のバスと違って排気ガスを撒き散らさないので素晴らしい。日本の地方都市で中心市街地活性化のために市電を復活させようという動きがあるが、南米における市電(トロリーバス)の有効性は違う議論の軸にあるのかもしれないと感じた。

メンドーサはワインと牛肉のメッカだ。早速昼食からたらふく肉とワインを喰らう。ワインとコーヒーは同じ値段だ。なんと素晴らしい。

こちらでは牛肉の調理はアサードと呼ばれる炭火焼きが一般的で、その肉の部位によって注文することになる。とにかく、でかい、旨い。全くもってカロリーオーバーだ。アルコール摂取量も健康診断に間違いなく引っかかる。
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 夜はブッフェ形式でたらふく食べる。貧乏性なのか、どうも食いすぎて仕方ない。ワインも旨く、まったく申し分ない。分かっているのに止められない。自分の体に「ごめんなさい」。


メンドーサは南米最高峰のアコンカグア登頂への出発点でもある。7000m近い山ではあるが、夏季であれば登るのがそれほど難しくはない山だ。しかし、3月の末ではシーズンを終え、秋になった。植村直巳さんなら難なく、喜び勇んで登ったことだろうが、私は山の素人。諦めるしかない。(前の会社の上司に植村さんの「青春を山にかけて」という本を頂きました。非常に熱い本で、あれを読んだ自分としては何とか登りたいのですが、現実無理と判断。)仕方の無いことだが、南米に来るのが2ヶ月半遅かった。
[2008/03/28 01:00] | 世界一周旅行 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
[080327] Humahuaca→Fufuy→Mendoza
[080327] Humahuaca→Fufuy→Mendoza
  毎日ビールばかり飲んでいるように指摘されるが、そんなことはない。
ワインもたらふく飲んでいます。(笑)

今まではアルゼンチンの北にいたが、中央、南はパンパと呼ばれる大草原地帯が広がっている。そこにはアルゼンチン人より何倍も多い牛が放牧されている。おかげで長靴のような大きさのステーキが昼食から楽しめ、それに赤ワインがセットになる。たまらない昼食だ。そのせいか、アルゼンチンでは12時半から15時までお店も美術館も教会もしまってしまう。幸せな昼食だ。
 これから行くところはMendoza。世界第4位産出量を誇るアルゼンチンワインの70%を作り出すワイン産地だ。これはたまらない。
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一方でパンパでは車窓は草原のみになるので一気につまらなくなり、よく分からないスペイン語の映画か、バンクロードバンダムの初期のアクションをバスの中でたらふく観させられることになる。

 不運が重ったと以前書いたが、その一つに大規模なストライキがある。農業業者なのか、道路工事関係者なのかわからないが、道路を封鎖して政府に抗議活動をしている。まったくの無差別攻撃である。
 おかげで、渋滞とは無縁のアルゼンチンで何時間も足止めさせられてしまった。
南米のストライキは日常茶飯事で、特にボリビアが有名。メーデーのときなどはバスが一切止まってしまう。おじさんおばさんは手にダイナマイトを持ち、首都を占領して抗議活動をすることもある。それに比べればと思えば、我慢するしかなぃ。
[2008/03/27 00:55] | 世界一周旅行 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
[080325&26]Asuncion→Resistencia→Humahuaca
 移動→移動→移動→移動

運も悪く、乗り換えも時間がかかった。
サルタの北から続くウマワカ渓谷は南米のグランドキャニオンといわれ、多数の鉱物による赤や青、黄色などの色が美しい不思議な景観をもつところだ。このHumahuacaに行くことになったのは、4年前ボリビアからサルタに抜ける時に夜行バスに乗ってしまい、通ったのにもかかわらず景観を見損ねた。そのため、もう一度行って見ようと思ったからだ。
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(実際は多数の不運が重なって、ローカルバスでHumahuacaに行き、しかも泊まらざるを得ない状況になったのが実状。日本の日常でも不運は重なってくるもの、旅が日常になってきたので、そういう時もあるのだと、不運を楽しめるくらいの悟りを開きたいものです。)


Humahuacaはボリビア、アンデスに程近いので文化圏もアンデスの雰囲気を持っていて他のアルゼンチンのどことも違う風景が広がっている。景観も、住宅も、何よりも人が違う。インカ帝国の末裔のような顔をして、服装もマントを纏い、山岳帽子を被っている人々が街に溢れている。
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住宅形式を目を移すと、この土地の土を使った日干し煉瓦をセメントを使って積み重ねた(一部RC造)住宅で、その上から石灰とペンキを使ってカラフルだが、落ち着いた色を付けている。道路は全て石畳だ。こんな街並みがなぜか心惹かれてしまうのである。
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 アンデスの奥地の方にいくと本来、屋根は茅葺屋根なのだけれども、最近はトタンが主流になっている。この街でもそうだった。雨を完全に防げるし、屋根構造も簡単な梁を通して、その上にトタンを置くだけで完成する手軽さもある。また貧困層にとってトタンは資産であり、お金に困ったらトタンを売ることも可能である。こんな理由からアンデスだけはなく、世界中の貧困街にはトタン屋根が多く見られる。

ただ、アンデス地方の峠から谷間の集落をみるとトタンが光ってしまって景観が台無しになっていたりもする。トタンは日中日差しを浴びて暑くなり、夜は熱を保たず寒くなるので高山地には適さない。彼らにトタンよりも安価でより快適な屋根を提供できれば景観も保つことが出来るのではないだろうか。その地に合わせた適正技術であれば、例えばトタンの上にホースを切ったものを置いて断熱性を高めその上から日射を避ける干草を置く三層構造にするなどの工夫だ。何か手は無いものだろうか。

ここではトタン屋根だけではなく、梁を配し、特殊なレンガを使用してRCで屋根を作っているものも見受けられた。
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建築を作るうえで構造的に最も難しいのは屋根である、この屋根を安価に快適に作れることが、この地域の住民とって必要不可欠なのだと感じた。

 
 中米や南米の町の夜の光は素晴らしい。これまでラパスやクスコ、メキシコシティ旧市街など素晴らしい町があった。どの街の光も暖色でやわらかい光だ。生活の暖かさを感じるような光だ。真っ暗ななかその光がほのかに灯り、壁や地面を照らしだす。それに対して日本の夜は明るすぎると思う。そして、うるさすぎる。
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 光が建物に付いているのもグリッドの街の空間把握に役立ち、尚のこと、夜景がしっくりくるのだろう。


 空には天の川。満天の星空だ。こんな日、こんな夜もあってよいのだ。
 ついてなかった3日間を洗い流してくれる星空だ。
[2008/03/26 03:10] | 世界一周旅行 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
[080324]Asuncion
 本当にパラグアイのアスンシオンという町は首都のくせに特に何も観るべきものがない。4,5年前は物価も非常に安かったようだが、現在ではその2倍近くの値段がする。円高で助かるねといわれるが全くそんなことはなく、円安であり、30万近くドル建てをしてしまった分、ずいぶん損をした。経済は本当によく分からない。

 こんな観るべきものが無いのに、日本人が来るのはブラジルのビザを1日で取れるという理由くらいで、ブラジルからアスンシオンを通る物好きは私ぐらいだろう。それも今日は運の無い日で午後には乗れるバスが全くなかったので2泊も滞在だ。サンティアゴに29日までに着かねばならぬというのに何も無い町で疲れるばかり。

 パラグアイに入るとマテ茶を飲む人が多くなる。全国民が飲み、全国民の半分が常に携帯していると言ってもいい。アルゼンチンよりもMyマテコップ(皮と水牛の角で作られ、これがまたカッコいい)とmyマテポットを持っている人が多いのではないかと思う。
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マテ茶とは茶と各種薬草を煎じたものをコップにいれ、葉っぱが入らないようになっている金属製のストローで飲むもので、お湯さえ注ぎ足せば何度も飲める。街角ではおばちゃんが煎じてくれるし、お湯だけも提供してくれる。
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(日本茶の)きゅうすから直接ストローで飲む感じだろうか。あちこちでマテを飲んでいる人々が見える、中毒性でもあるのではないかと思ってしまう。

 夜はSUKIYAKIを喰らう。日本食はやはり旨し。
[2008/03/24 09:12] | 世界一周旅行 | トラックバック(0) | コメント(3) | page top
[080323]Foz do Iguacu→Ciudad del Este→Asuncion
 どうも元気が無い。昨日朝まで飲み続け踊ったせいだろうか、それともレッズが勝てていないからだろうか。まったくレッズのフロント陣には参る。クリチバのクラブチーム、フルミネンセは元レッズのワシントンを獲得したが、レッズに返すようにクリチバの宿のおじさんに言っておいた。



 歩いてブラジルとパラグアイの国境である橋を渡る。国と国との境目があるというのを強く実感できる瞬間だ。陸路での国境越えは何かと面倒なものなのだが、国境の警備員も国境税(という名の賄賂)も要求せず、かつ英語も話せたのも驚いた。とはいえ、新しい国に入り闇両替業者との交渉や貨幣価値のよく分からない中での交通費の交渉等はやはり面倒だ。



 パラグアイの交通バスはさまざまな街によりながら人を集めて乗せていく、いわゆる乗り合いバスだ。満員のバスの中、ひとに揺られながらパラグアイを駆けていく。昼間の移動は時間がもったいないが、「旅」を感じる時間でもある。車窓から見える人々の生活や、停留所に着くたびに窓に向けてコーラなどを売る少年やおばちゃんをみると、旅をしているのだと強く思う。
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今日はイースターの日。イエスさんの復活祭である。
南米ではウサギの人形やたまごの形をしたチョコレートが売られる。この3つに何の関係があるのかさっぱり分からない。ウサギは復活祭と赤ん坊の誕生をかけてたくさんの子供が生まれるようにという話も聞いた。ウサギと卵との関係は、日本でウサギを「1羽」[2羽]と呼ぶようなものだと思えば、あんまり深く考えても仕方ない。チョコレートはきっとチョコレート会社の戦略が実ったのだろう。
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[2008/03/23 11:17] | 世界一周旅行 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
[080322]Foz do Iguazu
 雨ニモ負ケズ、風ニモ負ケズ、夏ノ暑サニモ、生水ニモ負ケズ、丈夫ナ胃袋ヲ持チ、イツモ笑ッテイル・・・・ 

 だっただろうか、

食べ物の好き嫌い無く、何でも消化できる体に産んでくれた母に感謝。
(褒め言葉になっていないかも)




Foz do Izuacuに到着。夜行バスで隣に座って話していたドイツ人の若者の携帯電話が盗まれていた。意外と安全ではないかと思っていたが、やはり南米気を許すことはできない。正直お金は盗まれてもたいした額ではないけれど、カメラやPC(その中に入っているデータなど盗まれたら泣くに泣けない。)



イグアスの滝は4年ぶりだ。前回来た時は時間が無く、27時間バスを2回乗る強行スケジュールを敢行したのを覚えている。今回の旅はサンティアゴまで抜けるついでではあるが、ブラジル側から滝を見るのは初めてなので楽しみだ。
クリチバに来てしまったために、飛行機だとサンティアゴまで乗り継ぎが生じるため値段が上がってしまい、通常の航空会社では高くついてしまう。知り合ったブラジル人にいろいろ聞いて見ると、Webjet.com.brやvoegol.com.brに安いチケットが販売しており、バスの値段とあまり変わらないとのこと。どこの国でも安く旅行する方法というのがあるもの。地球の歩き方などはその辺の情報を載せてくれないので困りものだ。(地球の歩き方はバックパッカー向けに作られているはずなのに、いつの間にか一般旅行者向けにされてしまった。)

 イグアスの滝はアルゼンチン側とブラジル側からの両方から見ることが出来る。前回はアルゼンチン側だったので今回はブラジル側から見物。ブラジル側からは滝の全景が見ることが出来る。

圧巻。

滝の中間点から眺められるので周囲320度ぐらい全て滝。見事なほどに自然が形態をなしている。

天候もよく、水量もあるイグアスの滝は最高だった。
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その後、イタイプー ダムへ。中国のダムが出来るまでは世界最大のダムで(誰が考えたんだか)新世界7不思議に数えられている。先程観た、自然が作り出した雄大な滝と同じ水量を放出し、パラグアイの全て、ブラジルの多くの電力をまかなっている。
 雄大な自然をみて、人は神が作った景観などというけれど、人間の知力はそれに十分追い付いてしまっているところもある。人間の構築への欲求はどれほど強いのだろうか。

 夜はカレーを作って振舞う。やすくて、ぼりゅーむがあって、うまし。やはりカレールーは偉大。




一緒にいた人間がドイツ人だったため、やはりたらふくビールを飲み、ディスコへ。こちらは夜中1時2時ぐらいからディスコクラブへ。長い夜だ。4年前は南米でサルサが踊れず悔しい思いをしたけれど、日本でスクールに通い練習したので今回は大丈夫。うまくは無いけれどセリョリータを楽しませることができた。(嘘)
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[2008/03/22 11:03] | 世界一周旅行 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top
[080321]Critiba→Foz do Iguazu
 前言撤回。郊外に行けば、よりクリチバがいかに都市計画によって制御されているか分かってきた。美しい公園やインフォメーションの仕組み、バス交通路、建築形態規制、これらが浮かびあがってくる。放送塔に登ってみてみると、都市のゾーニングがよく見て取れる。
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 こう書いていると、日本の都市がダメなような記述となってしまう。ただ、日本は最も素晴らしい都市空間を持っている。それは「安全」な街ということ。これ以上に都市空間にとって重要なことはない。都市計画的な分野によるものではないけれど、日本が世界に誇るべきところだ。

 夜は街を挙げての芝居週間なので、街中で芝居を鑑賞。いろいろな場所で開かれている。その中でスケッチをしていると、近くにいたブラジル人カップルが似顔絵を描いて欲しいと依頼された。


うーむ。

プロじゃないよ。


と言っても、それで構わないというので承諾。

で、描いたのがこれ。
(写真よりは似てるかな)

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クリチバは外国人が来る様な観光地ではないので外国人が珍しく、興味深々なのだろうか。相手から話しかけてくる人間は警戒しなくてはならないが、その必要のないほどの天真爛漫な好奇心が彼らの目に見えてくる。いい人々がいる町は、旅行者にとっていい街だ。

イエローナイフでのように、クリチバでも取材写真を撮られたので、私の写真がブラジル人と共に下記のサイトに載っているはずです。(2サイト、確認はしていません)
 www.lupaluna.com.br
www.quixoteart.com.br


[2008/03/21 06:14] | 世界一周旅行 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
[080320]Critiba
 ジャイメ・レーネル市長による都市計画で世界的に有名となったCritiba 市へ。有名なチューブ状のバス停は確かに効率的な乗降をさせている。ただ、それよりも中心部を外れたところで、バスレーンが自家用車レーンと独立しているところに都市計画の整備を感じた。

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 クリチバ単独で見ると中心市街地でも渋滞はあるが、リオデジャネイロと比べるといろいろな工夫を感じる。とはいえ、現代においてニューアーバニズム理論による中心市街地復興が叫ばれ実践される中にあっては、本で読むほどの感動は覚えなかった。時代とその他の都市との比較を考えれば素晴らしいのだろう。クリチバの都市計画局を訪れたかったが祝日となってしまい、いけずじまいだった。

ニーマイヤーは目のデザインにどれほど魅惑されているのだろうか。クリチバで目を模したデザインの美術館を見に行った。
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その名もオスカーニーマイヤー美術館。外観は知っていたが、驚かされたのは内観でガラスの裏側に黒い布を配し、その裏にアルミハニカムで複層化させモアレ現象が起こして魅惑的な内観としていた。天井も小さな鉄板パネルを多数吊り下げ、なんともいえない空間を作り上げていた。
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建築的空間性というより、彫刻の精度が極限まで高められたというべき建築であった。
(ただ、水勾配や水仕舞いなどちょっと不安の残る建築だった。プランも外観優先であるし、オスカーニーマイヤーおじいちゃんしか実現出来ません。)

夜は知り合った2人のブラジル人と共にドイツビールをたらふく飲む。他にも日本に住んでいたというブラジル人からも親切を受けた。やはり、こうやって歓待をうけると日本に来た外国人になんとかして親切にしてあげたいと思う。親切のpay it forward.
[2008/03/20 06:11] | 世界一周旅行 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
[080319]Niteroi→Critiba
朝からコパカナーナ海岸をランニング。毎日飲みすぎているビールを戒めるのではなく、今日のビールを楽しむためのランニング。村上春樹も「ダンス・ダンス・ダンス」の中でそんなことを書いていたような気がする。

 Niteroiにフェリーで着くとなにやら不思議な建物が見える。行ってみるとオスカーニーマイヤーの新作だということ。フェリー乗り場と駐車場、バス乗り場を一体化させる計画で実際にできたら便利だろう。その中にオスカーニーマイヤーの建築があるが、近くの空港から飛び立つ飛行機から見ると目のようにみえるように設計されている。空から見たときの形態を考えるとはなんとも達観的だ。
 ちなみに成田空港の管制塔も屋根が赤く塗られているらしい。設計をした方が日本に帰ってきたときに、パイロットが日本を感じるように設計したと教えてくださった。
 この港の近くのプロジェクトは現在も進行中で徐々に完成されるらしい。

オスカーニーマイヤーは100歳になるのに、いまだに健在だ。そして絵を描くだけで実現できる立場にある幸せな建築家だ。

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彼が作ったニテロイ美術館は海を背景として美しく佇み、思わず我を忘れてしまう彫刻的建築だった。スープ用皿のような側面の急角度も海を含めた景色を眺めるためには理解できる角度で、また、中間階にあるスラブを外観から喪失させる効果もあった。見事だった。
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夜は夜行でクリチバへ。

[2008/03/19 06:08] | 世界一周旅行 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
[080318]Rio De Janeiro
  それでも生きる子供たちへというジョン・ウーやスパイクリー等の7人の映画監督がオムニバスで送る世界の子供たちの厳しい現状を描いた作品がある。その中でブラジルのストリートチルドレンを描いたショートムービーが含まれていた。缶やニッケル、ダンボールなどを仕分けしながら集め、それを換金所に持っていくとお金がもらえる。リアカーを借りるのもお金が必要で、ほとんど儲けることが出来ない。町を歩いていて、収集所も見学することが出来た。
 これは子供たちだけではなく、若い人もおばあちゃんもごみ収集を行っていて、リオでは一種の職業として存在しているように感じた。階層が固定化されている。

 リオは美しい。コルコバードからの眺めは絶景だ。海のすぐそばに標高800m近い丘があるのだ。特別な風景だ。この場所に町のどこからでも眺められる巨大な像を配置したことは賞賛したい。

ブラジルにはブラジリアぐらいしか建築がないと思っていたらトンでもなかった。メトロポリターナ教会(catedral Metropolitana)は素晴らしい空間だった。直径106m、高さ80m、ブラジルの強烈な光を間接光に変換し、それを取り入れて内部に驚嘆する空間を作り上げていた。

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また、隣にあった新しい建物も、おもしろかった。おもちゃのジェンガのような建物だ。、階高とは関係の無い四角い窓を利用することで、そのキュービックのような形態をより具現化させていた。可動式のブリーズ・ソレイユを使い、表情を変化させるとともに、東西方向と、南北方向では可動させる方向が異なるのでそれも建物のデザインに一役買っていた。

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 町にもオスカーニーマイヤーが作ったと思われる彫刻的なモニュメントもあり、建築から脱したと思った南米で休息を与えてくれない。

夜はサンバを鑑賞。他にもガウーショという、紐に玉をつけたポイのようなものを振り回しながら、床にたたきつけ、音を鳴らし、かつ足もタップダンスという素晴らしいショーを見た。

 また、サンバもちょっと頭にとさかをつけた美女が踊るだけかと思いきや、まったく違いました。


一言で言うなら



「動く小林幸子」



それも5体



トンでもない衣装で驚きました。リオのカーニバルはそれはすごいだろうなと感じました。
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[2008/03/18 06:28] |  -ブラジル | トラックバック(0) | コメント(2) | page top
[080317]Rio De Janeiro
ポルトガル語ではRioは川、Janeiroは1月なので、Rio de Janeiroの名前は「1月の川」という意味だ。

ブラジルについた。アメリカから一転、これからは英語が使えない国、ようやく旅らしい感じになってきたかも知れない。

コパカバーナのドミトリーに宿を取り、町を散策する。本場のシェラスコは旨い。かつてのボスのブラジル仕込みのシェラスコも旨かったが、それに慣れていた分、リオの肉の柔らかさとジューシーさに舌鼓。
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コパカバーナに宿を取りビーチでビール。
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イパネマビーチには、いるわ、いるわ、たくさんのイパネマの娘たちが。

若干、太っちょなのもいるが、イパネマの娘には変わりない。
ボサノバの名曲「イパネマの娘」を鼻歌しつつ、奇岩が迫る不思議な景観を楽しみながら、気持ちいいビーチを散策した。

 ビーチ沿いは舗装が見事に整備されていて、舗装のデザインがビーチにアイデンティティを与えているほどだった。建物側の舗装も同素材で、しかし、何からも自由な模様としてデザインされていた。歩道からのシークエンス(眺め)も心地よいが、この長い舗装デザインをホテルから眺めたら尚美しい。修復も現地の作業員が同じように直すことが出来るので、半永久的にこのデザインが保てるのも嬉しいところだ。

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(上がイパネマ、下がコパカバーナの舗装の模様。)


夜はJazzとBossanovaのライブを聞いて素敵な時間を過ごした。いい夜だった。

[2008/03/17 06:16] |  -ブラジル | トラックバック(0) | コメント(3) | page top
[都市コラム] 駐車場≠景観阻害要素

 北米の駐車場のデザインは多様だ。多種多様のデザインがあり、駐車場デザインをまとめた本まで出ていた。(この本は即購入本だったが、旅行中はなかなか手が出ない。)
街中では周囲の景観に合わせて自走式駐車場のファサード(に窓や入り口をデザインコントロールし、建物のような意匠としている。全て一品生産である。
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自走式駐車場の高さも周囲と同じく6,7層ほどの高さほどあり、これも街中に空隙を作り出さないことに寄与している。また、隣り合う建物との間には隙間が無く設計できている。日本の場合だと、民法や換気などの関係と消防法の関係から周囲とは隔離することが多いので大きな違いだ。
自走式駐車場はプレキャストコンクリート造が多く、その組み合わせ方や作り方に構造と意匠のアイディアを感じることが出来る。
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市街地に駐車場が多くとも景観が保たれているのは「駐車場を前提」として街が作られているからだろう。アメリカでは駐車場は必ずしも「景観を乱す要素ではない」のだ。


※写真はあまりよくありませんが、幾つか素晴らしいのをいつかのせます。
[2008/03/16 06:08] | 建築・都市コラム | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
[080316]Washington,DC
 キリスト宗教関連の安宿で、朝はボランティアスタッフの方々と一緒に朝食。神に祈るところから始まる、落ち着いた朝食だった。
昨日も街はセントパトリックを祝って浮かれていて、今日もワシントンDCでパレードがあるらしい。パトリックさんのことについて聞いて見ると、彼らの宗派では彼はセイントになっていないらしい。アイリッシュ移民が多いので、それが習慣化したとのこと。とはいえ、彼らもたまには楽しく参加することもあるらしい。日本人にとってのクリスマスみたいなものだろうか。

 ユダヤのホロコースト博物館は資料が圧倒的であった。あまりにも悲惨な資料に胸を打たれる。一方で、日本の原爆記念館でもほとんど残虐な写真などを展示しておらず、東京大空襲などの無差別攻撃についても展示していないのは、日本にとってもアメリカ人にとっても何か寂しさの残るところだ。いろいろなそれぞれ国が持つジャーナリズムの力の違いを強く思い知らされた。
もちろん、日本が各地で行った戦争行為についても日本できちんと公開すべきだと思う。中国で展示されている日本人の残虐行為の写真は目を覆うような写真ばかりだ。(後から作成したものが多そうではあるが)それぞれの国やジャーナリズムの考えによって、市民が得る情報や感情が左右されるのは危惧すべきことだろう。

今日でアメリカでの日常も最後だ。結局予定を5日延ばして18日間滞在した。建築もお腹一杯見た。次はブラジル、久しぶりに緊張で胸が高まる。
ゴールドメダルを獲得したというBrewing Beerを引っ掛け、いざブラジルへ。

[2008/03/16 06:06] |  -USA | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
[080315]Philadelphia
 朝から電車で郊外のHatoboloへ。O君にLouis KahnのFisher邸がHatobolo駅にあるということ、そして、オーナーが親切であることを教えたからだ。しかし、行く予定などなかったので、それしか聞かなかった。O君とも連絡がつながらず、住所も分からない。駅に着いたら何とかなるだろうと楽観的に。まさにドラクエと同じように村人に、スケッチを見せながら聞いていく。やっと情報が集まる、どうやら線路の上を歩いていくと早いらしい。たしかに楽だろうが、アントニオ・ガウディは車に轢かれ、ルイ・カーンは地下鉄の駅で死んだ。偉大な建築家は電車と縁が悪いようで心配したが、よく考えれば私はまだまだ修行中なので大丈夫だ。とはいえ、心はビクビク、振り返りながら歩いていく。
(これまでブログには載せてませんでしたが、こんな感じで建築を探すのは一苦労することもあります。アメリカではGreat Building Americaというサイトがあり、行き方が詳細にかかれているとのこと。)


建築写真だと長いアプローチがあるように感じていたが、Fisher邸は住宅地からすぐのところにあった。有名な写真は小川の流れる裏手だ。非常に気持ちの良い場所にあった。凍えるような寒さの中、スケッチをしていると住人のおばあちゃんが出てきてくれた。スケッチを見せながら話していると、新設にも家を見学させてくれた。住宅の中は博物館化していないと見られないものだが、まだ住民の息遣いを感じる幸せな空間を体験することが出来た。感謝。

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 40年間カーンの家に住んでいる彼女が私のスケッチを見て、’’I feel Lois’’と言ってくれたのはお世辞でも嬉しかった。

その後、DownTownに戻り
[Pensilvania University]内のLouis Kahnの建物、ベンチューリのフランクリンパークモニュメントやGuilty House等々を見学、ビールを引っ掛けWashintonDCへ。
 
グレイハウンド貧民層の足だが、途中でいろいろな町に止まるので時間がかかる。ワシントンDCからフィラデルフィアまで直線160KM程度だが、グレイハウンドに乗ると4時間近くかかってしまう。そこで登場しているのが通称「チャイナ・バス」。主要都市のチャイナタウン間をダイレクトにつなぐ格安バス。さすがは華僑。今では、若い旅行者はこちらを利用するようだ。楽そう。
他にもグレイハウンドの半額程度のバスもあるようでなかなかアメリカ交通も多様です。
[2008/03/15 06:05] |  -USA | トラックバック(0) | コメント(2) | page top
[都市コラム]ゴミ箱
アメリカは大量のゴミ排出社会だが、あまりゴミが落ちていない。毎晩、ゴミ掃除人が街灯を掃除し、日中でも街中の掃除人がいることが挙げられるが、やはりゴミ箱が街中にしっかりとあることが一番の理由だろう。加えて、アメリカは特に分別をしないので何でも捨てることが可能だ。(言い方は悪いが)マナーを守っているとは言いがたい人が多くとも、街中にゴミが溢れかえらないのはそんな理由があると思う。

 それに対して日本はというと、あまりにゴミ箱が少ないように思う。常にゴミを携帯し続けなくてはならないほどだ。サリンの事件以後あまりに過敏になっていのか、それともサリンを理由としてゴミ箱を減らす方向をとったのだろうか。それはわからないが、安心してゴミを出せるのはコンビニぐらいだ。行政はなぜゴミ箱を街中に置けないのだろう。

 もちろん税金でゴミを片付けるのだから、ゴミ箱を増やせば税金は増える。街中にゴミ箱を置いたら分別する人は少ない。業務ゴミまで出されて困る。などが挙げられ答えは出ない。

ただ、アメリカでは分別の必要なし、貧困層への清掃業の労働創出などの理由から可能になっているのか、とふと考えた。
[2008/03/14 06:03] | 建築・都市コラム | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
[080314]Washington,DC
 ワシントンDCはNational Mall周辺に建築がほとんど集まっているので見学しやすい。料金もかからなかった。とはいえ、United States CapitolからLincoinMemorial まで3kmあるのでそれなりに歩く。NationalMallのようにしっかりとした軸を作った公園とそれに合わせて建築やモニュメントが配置されている。東西に長いNational Mallの両脇には街路樹が植えられているため、Mallの北側南側にある建築は軸線からは消されてしまう。Mallからみえるのは、Lincoin MemorialとWashinton記念塔と、United states Capitalだけである。実に美しい。都市計画勝利の景観である。

Lincoin Memorialの近くでは、映画フォレスト・ガンプでガンプがベトナム戦争反対のセレモニーに混じり、訳も分からず講演をした時に幼馴染でヒロインのジーニー(だったか?)が群集の中からLincoin MemorialとWashinton記念塔の間にある水盤の横切って現れ、主人公と抱き合うシーンを思い出した。この場所に来て改めて分かる。実に効果的な演出だった。


 Freedom Plaza/ベンチューリ他の設計の公園も良かった。街の街路のパターンを縮小し、公園の舗装パターンとしているデザインだ。都市の中でこの空間にどんな設計が良いかと考えたとき、いろいろ考えてもこれがベストの回答のような気がした。地面にはキャピトルの平面図も入っており、人はここで街の街路パターンを理解することが出来る。
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彫刻美術館も良かった。地元ではコンクリートドーナッツと呼ばれているらしい。見た目では分からないが、空間が広く利用されており感心した。

夜はまたもやNEW YORKに安宿がなさそうだったのと、週末に入り大使館がしまってしまうため、急遽グレイハウンドのチケットをとってフィラディルフィアへ。
[2008/03/14 05:55] |  -USA | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
[080312]Dallas→Washington,DC
 朝、ドノバンがアートワークを作成している豪邸を見学へ。石積みで詰まれた外観とコンクリートのコントラストが見事な現代的な住宅。一方で倉庫や水処理場をリノベーションしてギャラリー兼パーティースペースにしているおり、実に趣のある空間も備えていた。建築家が残すことを決めたのか、オーナーかは分からないが賢明な選択である。敷地にはリチャード・セラらのアートがいくつも無造作に置かれている。日本の金持ちはアートに対するお金の使い方を知っている人は多くは無いと思うが、こちらの金持ちは実にアートに寛容だ。ロケーションも豊かで、住宅の背後に小川が流れており、それを眺めるためのブリッジまで設計されていた。

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 また、ここでも奇跡的な偶然でNYに住む友達の事務所が設計した庭があった。

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友達に送ったら、きっと驚くに違いない。あと何十年かしたら自分を含め、知り合いがデザインしたものが世界中に散らばって出来てくるのだろうか。

 公共交通機関を5つ乗り継いで空港へ。ホテルから車で40分もかからない距離にあるのに、シャトルを使わないのであれば3時間もかかってしまった。ヒルトンホテルのようなホテルでは公共交通機関を使う客は皆無なので、レセプションマンに聞いても全く情報を教えてくれない。レセプションの人すら公共交通機関のことなど気にしたことは無いのだろう。
ドノバンも私もTシャツ姿なので、ヒルトンの鼻の高い人々から見たらならず者に見えるのだろうか。バーでもドノバンがちょっと変な目で見られたと言っていた。テキサスのような地方では金持ちと貧民の格差がはっきりしていて、彼らの意識にも強く差別意識が働くのだろうと、ドノバンと話していた。
 
10軒ぐらい連絡をとったが、ワシントンの安宿は一杯だった。学生シーズンが来た。南米は問題ないが、ヨーロッパでは苦労しそうだ。夜中だったこともあり、今日は空港にて夜を過ごす。節制、節制。
[2008/03/12 13:14] |  -USA | トラックバック(0) | コメント(1) | page top
[080312]Dallas
朝早くおきてO君と共に建築見学。
リカルド・リゴレッタやレンゾ・ピアノの作品を鑑賞。彼の話も実に興味深かった。彼は昼過ぎにヒューストンに向かうというのでランチに再会祝いを兼ねてたらふくビールを飲んだ。いい昼食だった。


(彼はニューヨークからグレイハウンドで片道45時間かけて来て、1週間の予定だが4日は移動時間。150ドル。グレイハウンドを使うのはお金が無い人と相場が決まっているが、そのため安く設定されており、貧乏人にも交通手段を設けているところが良くも悪くもアメリカの階級制度)


自分が飛行機を遅らせた理由のもう一つに、ドノバンがアートを製作中の住宅を木曜日に見学できるように手配してくれたからだ。ギャラリーとしても使われている住宅で、周りにはリチャードマイヤーやら著名な建築家の住宅がひしめいているそうだ。この住宅もWebで検索すれば出てくるらしい。それは是非行かねばということで延泊した。彼はこの仕事に一日250ドル、食事に75ドル、ホテル、車付き、航空券込みという待遇だ。そんなことが出来る上流階級の住宅を見学できるとなれば、一日変更することぐらいなんてことは無い。先を急ぐ旅ではないのだ。

今日のNO1建築はIMペイのシティホール、ペイらしくないRC造の荘厳な、そして理にかなっている建築だった。素晴らしい。
[2008/03/12 11:00] |  -USA | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
[080311]Dallas & Fort Worth
 DullesからFort Worthへ。Hiltonホテルだからだろう、レセプションに聞いても交通機関はまったく無いという。タクシーだと150ドルかかるからレンタカーの方が安いとか。馬鹿な、そんなことはない、金持ち相手ばかりしているから交通公共機関がわからないのだ。実際には往復6時間かかったが、たった3ドルで済んだ。確かに交通公共機関はダラスではほぼ貧困層がその利用者だ。黒人とメスティソ以外ほぼ見かけない。差別ではなく、事実としてバスステーションはちょっぴり治安が悪そうだ。
 

 シカゴ、ニューヨークと公共交通機関が発達したところにいたせいか、テキサスの車社会ぶりに一層へきえきしてしまう。人のスケールを完全に超えている街のつくり方だ。車がないと何も出来ない。日本では駅を中心として町が発展するが、アメリカの郊外駅の周りには駐車場以外まったく無い。悪い意味でのPark&Rideだ。私もフォートワースに着いてバスセントラル以外の場所で降りてしまうと、それからの移動手段がまったく無かった。猛スピードで行きかう自動車を横目に目的地のキンベル美術館まで4マイルの道のりを歩かねばならなかった。


 Kimbell美術館はLuis Kahnがデザインしたものだが、学生時代から教授が「ユダヤ人特有の光」とか、「天井からエーテル状の光が降り注ぐ」等と教えられてきたので、私にとっては神話的な建物だった。

 中にすぐにでも入りたいのを我慢しつつ、外からゆっくり眺めていく。外観は5つのドームをつないだ単純形態なのに、内部は豊潤な空間に満ち溢れている。内部を想像しながら外部をスケッチしていく。

 内部に入ると均一の光、天井のすりガラスから、なんとも形容しがたい柔らかな光が降り注ぐ(たしかにこの表現が正しい)。カーンの特徴の一つである美しいコンクリートの型枠と割りも心を躍らせた。光の取り込み方に非常に丁寧な造詣をもって回答していることがスケッチをしながら気付かせられる。かつて思い描いた神話は、実際に存在するものとして僕の心に刻まれた。建築のマスターピースであることは間違いない。
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その後、隣にある安藤忠雄氏の現代美術館を鑑賞。キンベル美術館にリスペクトを込めた作品だった。安藤さんらしさがにじみ出る建物であったが、外部の水切りの収まりにアメリカでの施工の難しさを感じさせられた。


ここで奇跡的なことが。

建物を見ていると、下のほうから私の名前を呼ぶ声が。


ん!?


O君ではないか!!

大学の3つ下で、イエール大学に留学しているO君ではないか!!

奇跡的な偶然だ。彼はたまたま春休み中にキンベル美術館などを見学しにニューヨークからグレイハウンド で45時間かけてきたそうだ。旅にはこういう信じがたい再会はつきものだが、ここで彼と出会うとは思いもよらなかった。

彼とは夜会う約束をして(実際には次の日に会うことにしたが)別れた。人と人は引かれあうのだろうか。万有引力ならぬ万人引力。

とりあえず彼と再び会うために延泊。飛行機の予約はキャンセル。席があれば乗れるスタンバイとなった。それでも、奇跡的な出会いを楽しむことのほうが重要だ。


復路電車の出発前に待ち時間があったのでフォートワースでフィリップジョンソン設計のwater placeを見学。ここは水をテーマにした公園で、ジグザグに詰まれた石材や多様な親水空間がある。実に自由度があって、心地のよい、人工的だが自然を感じるような空間があった。その中の一つに滝をテーマとした空間があったが、ここで2004年に4人溺れて亡くなったそうだ。


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その後2006年には改修し安全にしたと書いてあるが、今の形態でも気を抜いたら誰でも死ぬだろう。On your Riskとはよく言ったものだ。良くも悪くもこれぐらいのことが自由に日本でも出来れば、デザインの幅は格段に広がるだろうなと思う。

夜はドノバンいわく世界最高のリブステーキで食事。確かに旨かった。

[2008/03/11 10:48] |  -USA | トラックバック(0) | コメント(2) | page top
[080310]New York→Fort Worth
キンベル美術館のあるFortWorthの近くの町Dullasにニューヨークで泊めてくれていたドノバンがたまたま同じ時期に行くという。DullasとFort Worthは同じ空港だ。こんな奇跡的な偶然もあって、Fort Worthまでマイレージを使っていくことにした。いろいろな裏技を使って何とか80ドルの追加料金で行くことに。(交渉するオペレーターによって金額が変わるのは一体どういう仕組みなのかさっぱり分からない)
 
 宿は彼のホテルに便乗させてもらうことにした。なんと、ヒルトンホテル。(ただし、僕が寝るのは床なのだけれど。)それでもバックパッカーズよりはましだ。彼と偶然に感謝。


New Yorkには結局丸々1週間いて、ようやく地図を見なくても街を歩けるようになってきた。初めて訪れるまちはその町の地図を自分自身の手で書き写し、重要な道や建物などを記入して、街の骨格を把握することにしている。
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そうすることで多少は都市把握が早くなるのだが、学生時代の先生は「街の全ての道を歩かなければその町は分からない」とか「建築家は同じ道を歩かない」とか無茶苦茶なことをいう。健気に守ろうとする僕としては大変な教えだ。違う道を歩けば歩くほど確かにいろいろなことが分かる、それは建物だけではなく、人の生活であったり、裏道の使い方が分かったりする。落ちているゴミですらどのような環境にあるのかを教えてくれる。だから街歩きは疲れるが楽しい。

ニューヨークの出発はJFK空港にした。La Guardia空港の方がマンハッタンに近く、便数が多く、ダラスまで直行便もあるのだが、JFK空港のTWAターミナルはエーロ・サーリネンが設計した傑作なのでわざわざJFK空港を指定した。空港の待ち時間も至福の鑑賞時間であると考えれば面倒と感じないが、こんな選択をするのは建築家ぐらいか。

TWA空港は実際には改修中で中を見ることも出来なかった。セキュリティがいて外部から写真を撮ることも禁止された。「スケッチはしていいだろう?」と聞いてみたがそれもだめだという、その分記憶に焼き付けるように見ることができた。

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(写真はセキュリティが来る前に撮影したもの)

これが出来たときはコンクリートシェル構造がまだ実践され始めたころだ。当時は今のように高強度コンクリートも3D modelingによる型枠も作れない頃である。現場とスタッフの大変なもので、建築を作るというよりも巨大な彫刻を作り出すという感じであったろうと思う。そのせいか、実際に見た印象は荒粗しくより巨大な岩の塊のような印象すら受けた。

建築の紹介雑誌にはTWA空港は鳥が飛び立つような優美な姿をしており、内部も滑らかな形状のインテリアで、SF未来的だというような表現をされていたが、旅客者のいない空虚な建造物は原始的な記憶を呼び起こすような建築であった。

今日は飛行機が遅れ、空港で6時間待ち。PCに入れておいた映画が役に立つ。残り時間は、ポルトガル語の練習。そろそろ勉強しないと致命的なので。
[2008/03/10 10:44] |  -USA | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
[080309]New York
Yale University内にある建築を見学するためにNew York から約2時間離れたNew Heavenへ。本来17日であるはずのSt.Patrick Dayのパレードが9日に開かれていて驚いた。目的であるLouis Kahn設計の美術館が閉まっていないか不安であったが、開いていて、ほっとした。
 
聖パトリックさんについてはネットで調べてもらえればよいと思いますが、当日の私の解釈としては、アイルランドから来たとてもビールの大好きなファンキーな人で、その人を祝うために人々は緑の服や、クローバーの形を帽子を被り、アイリッシュビールたらふく飲むのだと勝手に解釈。パレードも行われていて、街は非常にハッピーな喧騒に溢れていた。

Yale大学は非常に歴史がある大学で、現代建築を目的として訪問したがそのキャンパスに圧倒された。町にいるだけで知識がつくようなそんな雰囲気のキャンパスだ。

イェール大学の中には幾つかエール・サーリネンの建物がある。有名なのはイエール大学アイスホッケー場であるが、それよりも初期の作品であるEzrastiles and Sumnel Morse Collegeに魅惑された。スペインの古い街並みのような学生寮であり、その彫刻のような形態が実に美しかった。凍えるような寒さの中だったが、たまらずクイックスケッチングしてしまった。
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エーロ・サーリネンは構造家としてより有名ですが、それ以前に彼は彫刻家なのだろう。自分のイメージする形態をつくるために、より構造に詳しくなったのだと考えてしまう。

 目的のLouis Kahnの2つの美術館は精緻で完成度が高く、コンクリートの割付や影のある深遠な空間に惚れ惚れとしてしまう。2つの美術館のうち1つは彼の処女作で、50代のときに作りあげた。もう一つは彼の死後に完成された。建築家は遅咲きでもこれだけのことが出来る。建築家は50歳でも若手、そう信じて努力し続けたい。
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※ルイス・カーンについてより詳しく知りたい人は是非「MY Architect」という彼の子供が作ったドキュメンタリー映画をご覧ください。

ニューヨークの地下鉄では多くの楽しみがある。ダンスだったり、ミュージックだったり大道芸だったり、通路だけではなく、コンコースや電車の中でさえアトラクションが始まる。人々を決して飽きさせない、こんなにもエンターテイメントがある街はニューヨークだけではないだろうか。
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たくさんの人がそれに対してきちんとチップをあげるのは、エンターテイメントが街中に溢れる環境を愛しているからだ。東京では大道芸ライセンスなども発行していろいろ大道芸に対して寛容になろうとしているが、まだまだ駅前などで音楽を演奏するのは困難がある。少しづつルールをつくって、どんどんやらせてあげることで街の魅力がもっともっと高まるはずだ。ぜひ、各自治体はJRと手を組んで街の活性化を考えてほしいと思う。



[2008/03/09 12:26] |  -USA | トラックバック(0) | コメント(3) | page top
[080308]New York
 今日は朝からDIA Beaconへ。古い工場を改装した美術館でマンハッタンから1時間半くらい離れたところにある。一部を除いて完全に自然光の下での展示で、時間や天候によって美術品の見え方が変わってくる。倉庫を改装といってもほぼ依然と同じ形、同じ状態なのに、非常にアーティスティックな空間になっている。
 すでに事例もあるが、日本の蔵が集中している地区も思い切って現代美術館に改修してみれば面白いはずだ。
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 夜はドノバンの所属するギャラリー(彼が働いているギャラリーとは別。)のボス(写真左上)と所属アーティスト(右上)と共にディナーへ。他にもたくさんのアーティストがいたが、彼らの手から100万やら1000万やらの絵が生み出されるのだから不思議なものだ。
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 スウェーデンフードをたらふく食った。ハワイ以来の豪華飯であった。
[2008/03/08 11:52] |  -USA | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
[都市コラム]New Yorkの夜景
ニューヨークの夜景には哀愁、情緒がある。

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それはきっとしっかりとした「暗さ」があるからだ。闇があるから明かりが情緒を伴って見える。ニューヨークと比べると日本は何でも明るくしすぎだ。
ニューヨークの多くの建物は外壁がレンガで出来ているので光を反射せず建物は影となる。
建物内は天井に照明を持たないので、ほとんどが下からの間接照明であり、暖色なので、真っ暗な壁面にある窓から適度なやさしい光が漏れてくる。

街灯の光は建物の下部壁面を滑らかに照らし出し、地上にある金属を反射させる。イエローキャブが道路に光のラインを作る。

 冬には道路の下から湯気が出てくる箇所もあり、それがまたニューヨークらしい情緒を与えてくれている。

ニューヨークの夜景には情緒がある。
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[2008/03/07 13:58] | 建築・都市コラム | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
[080307]New York
 午前中にいくつかの建築を鑑賞後、イスラエル人のランドスケープアーキテクト、Leorと昼食。彼とはベトナムのインターナショナルワークショップで出会い、約4年前にサンフランシスコに訪れたときもお世話になった。10つも年上なのに、フレンドリーに接してくれるナイスガイだ。彼はPeter walkerなどの幾つかの有名事務所を経て、今はMichael Van Valkenburgh’s AssociatesでPartnerとして働いている。確実にステップアップしている。今はペンシルバニア大学のランドスケープのマスタープランを担当していて、IMペイやスティーブンホールなどの大御所事務所と日々取り組んでいるとのこと、聞いているだけでも実にエキサイティングだ。

 学生時代に出会った人たちが、世界のいろいろなところで活躍しているのはうれしく、また、自分もがんばらねばと奮い立たせられる。Leorと一緒に撮った写真をワークショップで一緒だったバークレイ大学の友達に送ったら、同時期に他の友達が別のHongKongで再開を果たしたと連絡がきた。Santiagoにも友達がいるが、同時期に他の友達が来るかもしれない。日本の大学以外の友達はみんなフットワークが軽い。Leor自身もいつまでもニューヨークにいるつもりはないとのこと。自分にあった環境を探してどんどん動いている。僕のフィールドは日本だ。けれども、こうやって世界を自由に動きながら仕事を続けられるのもデザイナーならではかもしれない。
 昼食後、彼の事務所を見学、模型室や打ち合わせスペースはやはり興味深い。事務所を見るとデザインプロセスがなんとなく分かるものだ。

 SANAAのNEW MUSEUMを見学。パッと見は良いが、ディティールをみると金属メッシュや白い壁のメンテナンスが考慮されていない。今は良いが10年後はひどい状態になるだろう。もしくは、実験的な若手アートの設置スペースなのであまり金をかけないつくりだし、古くなったら取り壊してしまえばよいと戦略的に考えているのだろうか。

Guggenheim 美術館へ。やはり素晴らしい美術館だ。螺旋状のプランで通路を歩き、上りながら美術を鑑賞する。そのため見学者が美術館にいるだけで、見学者自体がアート作品になる。建築の至福。
 それにしてもスケッチを描くのが難しい建物だった。
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スケッチだと伝わらないと思うので
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夜は再びLeorの家で夕食を共にする。子供がいるので、絵本を持って訪問。プレゼントを喜んでくれてよかった。今日も良い一日だった。
[2008/03/07 11:47] |  -USA | トラックバック(0) | コメント(2) | page top
マイレージ応用編

 ダラス、フォートワースにある・カーンのキンベル美術館が見たい。知らなかったというか、空港でも教えてくれなかったのだが、二週間以内のフライトにマイレージを使うと片道75ドル、1週間以内だと50ドルかかり、空港で予約するとさらに50ドルかかるらしい。ちなみに電話でといあわせると100ドルかかるという。
 とりあえず、乗りたい便は席が満杯でとれないという。しかし、空港で空席が開いていたら乗れるスタンドバイならどうかと聞いてみると、それはマイレージでは購入できないという。では、2週間後以降のチケットを購入してから、空港で変更は可能か?と問い合わせると、100ドルかかるという。スタッフによっては不可能だという。世界一周チケットであれば変更は自由にできるのに、セキュリティの問題なのだと訳の分からない対応。

 しかも、アメリカのドメスティックを購入する場合、日本に住所があるクレジットカードは使用不可能で空港税等を支払うのに3日以内に空港で支払いをしなければならないという。まったく訳がわからない。

 マイレージを2万5000も消費するのに、この条件では日本からもう一度マイレージを使ってきたほうが手っ取り早いくらいだ。

 とりあえず、出発したい3日以内に電話予約を入れて、空港で交渉し空席の確認後、空港の電話を利用してチケットを購入、再び空港で交渉。という手はずになる。キンベルには行きたいが、状況次第。NWAのワイルドパークスは往復には5000マイル足りない。
また、これから他の国で使うこともあるかもしれない。なかなか面倒な作業だ。


ちょっと愚痴みたいになってしまった。ふぅ。
[2008/03/06 15:43] | 旅のルート | トラックバック(0) | コメント(1) | page top
[080306]New York
 この3日間でどれだけの美術館とギャラリーを巡っただろうか、建築をみるとどうしても美術館がついてくる。1日3つ以上の美術館、昨日だけでも20ぐらいギャラリーを訪問した。さすがにニューヨークはアートの街だ。

 メトロポリタン美術館やNatural History 美術館などを今日は見学したが、これも物量が多い。基本はモダンアートを見学するが、各国から持ち込まれた工芸品やアート、考古学的な品にもどうしても興味が沸いてみてしまう。質が高く、国宝級だと感じてしまう代物もある。ただ、アメリカもイギリスも第三カ国から搾取しすぎだ。さすがに価値あるもの、考古学的なアートは各国に戻すべきと思ってしまった。
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夜は泊めてくれているアーティスト(ギャラリスト?)のドノバンと奥さんと合流してSOHOにあるギャラリーのアーティストトークへ。彼はドノバンが勤めているギャラリーと契約しているアーティストで、彼の作品はドノバンの家にも飾ってあった。ジャスパージョーンズのような作風で、自分の名前をいろいろなキャンパスに描いている。アーティストトークを聞いたが「Stupidみたいだが、いい感じだろう」とか、「なぜか魅了されてしまう」という内容で、英語が分からないせいもあるが、結局なんだか分からない時間をすごした。これだからアートは難しい、そして、アートにはギャラリーの説明が必要なのだ。



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写真はMac shop.ガラスのシリンダー油圧EV。すごいっ。


[2008/03/06 13:36] |  -USA | トラックバック(0) | コメント(2) | page top
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