日本の空港に、日本らしい広告

羽田空港にて、疑問。
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日本の空港ならば辛ラーメンやらJINROばかりでなく、日清など日本の企業がカートに広告を出せばよいのにとおもう自分は排他的なんだろか。Cocacolaのように、グローバル狙いなら日本語いらないしね。かといって、DHCの叶美香さんの広告も、なんだか、さっぱりわからない。もう少しトータルデザイン、トータルなコンセプトを日本は持つべきだろう。
[2016/04/27 22:37] | 旅コラム | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
チップ制度にはやはり反対。


ハワイに来ると、各所でチップを払うことになる。
気持ちのいいサービスを受けた時には気前良く払ってあげたいし、(もちろん、そんなにお財布にお金が入っているわけではないので)最低限のマナーとしてチップを支払う。

しかし、日本人からしてみると、チップの制度自体に疑問を感じている人も多い。 

 例えば ウェイターはすでにレストランから時給をもらっている訳だから、客にサービスをするのが仕事なのに、サービス料に上乗せしてお金を求めるというチップ制度自体の意味が分からないと言う方も多いだろう。僕もその一人だった。
 チップ制度のために、テーブルごとのウェイターが決まってしまい、注文を頼みたくても他の人にはなかなか頼めず、時間ばかり掛かってしまうとか、、


 ただし、ウェイターの給料は安く、チップ制度で成り立っている側面もあり、良い仕事をする労働者が良い給料が得られるというのは理に適っているいるようにも思う。
 実際に優秀なドアマンは1年前の来客のことも覚えているというし、このような人はドアマンであってもプロ中のプロだし、尊敬されるべきだと思う。当然、仕事の種類には優劣がないというという考えからすれば、その道のトップである人間は、他業種のトップの人間と同じように高い賃金が支払われるべきだと思う。

 ただし、チップ制度は全ての仕事は同等に価値があるいう考えとは根本的に相容れない。

 サービス能力がある人に賞賛としてかもしれないが、報償を貰えるということは、その仕事自体を貶めていると言える。
というのは、チップ制度がなければ、そのサービスに勤めている人間は最高のサービスを提供しないということが前提にある。昔は、ウェイターなどのサービス業は、底辺の仕事であったろうし、言い方はわるいが低学歴でも出来る仕事だった。
 
 サービスの向上を図るため、馬に人参をぶら下げるようにチップ制度が取り入れられた歴史的背景があることは決して否定出来ないだろう。つまり、チップがなければ、下層の仕事をする人間はきちんと働かないと。


 となると、チップを貰える仕事というのは、下層の人間がする下等な仕事であったという、古来からの貴族と平民、白人と黒人、市民と奴隷の関係の背景から切り離せない。ココが平均的には世界一のサービスを提供をしているだろうと自負する日本人から相容れないところなのだと思う。

 
 チップ制度を続ける限り、支配層と被支配層の旧体制から抜け出せないのかと思うと、チップ制度は必要であっても、社会的に機能していても、やはり私は反対なのだ。


チップについてはこんなことも書いていた。
http://hirokijourney.blog35.fc2.com/blog-entry-49.html

http://hirokijourney.blog35.fc2.com/blog-entry-122.html
[2014/02/12 19:57] | 旅コラム | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
エベレストトレッキング
Everest Trekking
ゴーキョ+カラパタール展望台を巡る11日間。
人生最高のトレッキング。
(文章と写真をまとめて補充予定。現地からのメモ

Day 1
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Day 2
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Day 3
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Day 4 & Day 5
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Day 5
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Day 6
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Day 7
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Day 8
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Day 9
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[2013/08/10 01:39] | 旅コラム | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
【旅コラム】世界の見方

 このブログでは出来るだけ、僕が何をしたとか、ガイドブックに書いているようなこの城はこういう歴史があって、、、というのはあまり書かないようにしている。というのもそれはどうせすぐに忘れられることだし、専門書を読めばそれでよいと思うからだ。


 僕が主題として国土や地形による大きく国民性や民族性を描いているのは、やはり人間が外的な用件によって形作られているからだ。イタリア人は、、こういう種類の人たちだというようにガイドブックに書かれたり、体験記に書いているのを見かけるけれども本当はそこが重要な点ではないのだと思う。本来イタリア人を構成している要素は何かを考えていかないといけないのだと思う。それを丁寧に推測することで、世界のあり方が分かってくるのではないかな。なぜなら、イタリア人はこういう人たち、中国人はこういう人たちというようにステレオタイプに型を嵌めたら、そこからは何も発展しないように思うのだ。


少し話を変えて、人間の性質について、語ってみたい。
 僕らが誰々さんのことを語るときに、彼も人間であり、動物的な本能を持っているということをつい忘れてしまう。

 例えば僕は赤ちゃんにはとても人気があるのだけれども、それは僕が特別なのではなくて、僕は基本的なルールを守って赤ちゃんに接するようにしているからだ。赤ん坊に近づくときは、相手が信頼するお母さんと仲良く話しているところを見せて、自分は赤ちゃんを含む仲間に属する動物で、君の敵ではないことを認識させる。赤ちゃんに近づくときは、相手の目線より下から相手を威嚇しないようにゆっくりゆっくりと動く。赤ちゃんのテリトリーである80~90cmあたりのところで止まり、警戒させないようにする。赤ちゃんに触れるときも相手がいやがらないところを触るとかが大事で、犬の毛を逆立ててなでたら嫌がられるのと同じように、子供だって毛の生える方向に沿ってなでてあげることで相手に安心感を与える。そして、相手に自分の匂いを覚えさせる。


これらは、ごくごく基本的なルールだと思う。子供は人間がより動物に近いプリミティブな状態なのだから効果は強くでる。もちろん大人であっても、薄まりながらも同じような本能を持っている。


 「女性を3分で口説く方法」なんて本がベストセラーになっているとニュースで見たが、相手の対人方向や机と椅子の位置やらそんな所を工夫するようにも書かれていると思う。女性だから、、女性に対してはと考えるのではなくて、人間は結局のところ動物なのだから、その本能に逆らうことなく接するべきということが書かれているはずだ。(分かりませんが)。多くの人の虚栄心や、人の悪口を言うのも、少しでも猿山の序列を高めるためだと思えば、○○さんの性格が悪いというのではなくて、そういう風に造られているのだと、大局を眺めるしかないのだと思う。

 
さて、国民性の話に戻る。

人間や国民性は個別解答が用意されている。特別解を求めるのではなくて、おそらく、人間って大きくこういうものだと大局を見ることが大事なのではないかと思う。国民性は地形や歴史などから造られているのだと、単純に決めつけるのではなくて、目に見えない要素を見極めようとすることが大事なのではないか。

 地形や歴史、食事に服装、本質を見極めるための視点をいくつも持てば、それだけ世界はもっともっと味わい深いものに鳴るのだと思う。旅行時に、街がきれいだねぇ、人がこうこう人達だった、と話を終わらせるのではなくて、それがなぜ引き起こされたのか常に考えていきたい。
[2011/06/29 22:21] | 旅コラム | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
couch surfing
海外に行くのだけれども、ホテルに泊まるお金がない!
というときにはコレ。

http://www.couchsurfing.org/

自分の家に余っているカウチ(ソファー)なら、寝てもいいよ!というコミュニティサービス。
コレが新しい一つのコミュニティの形。

5年ぐらい前から市民権を得ていて、知ってはいたけれども使うのは初めて。
面倒なこともあるかもしれないけれども、同じ意識を持った人と人とが知り合うってことは奇跡的なことなのだ。旅に出ているとあまりにもそういう人が多すぎて麻痺してしまう事もあるけれど。お金を節約ということもあるけれど、ローカルの人と知合えるっていうのがこのコミュニティの大きな魅力。

さて何が待っているのやら。




[2011/03/09 17:38] | 旅コラム | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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