ラオス日誌-3「ラオスの多難な過去と未来」


 ラオスでは漢字の看板を良く見かける。要は、中国によるラオスの植民地化が進められている。中国からラオスを縦断する鉄道の計画も一旦止まりつつも進められているし、中国からの道路も整備されつつある。テレビをつければどのチャンネルよりも、中国のテレビ番組が何チャンネルも映り、中国見解のニュースや中国語や漢字がラオス人を自然と中国化していく。ラオス人も中国の浸食に抗議を行っているし、反感をもっている。しかし、流通、交通、情報、文化、言語をどんどん抑えられたら身動き取れなくなる。物静かなラオス人が、中国化したら、、、、、と思うと悲しい限りだ。


 元々ラオスは北部、中部、南部と異なる歴史を持っており、現在も約50の主要な部族と150ぐらいの少数民族がそれに加わる。非常に細かなパッチワークのモザイク。ラオスの国土は古来からシャムやチャンパ王国など分割されて統治されていた。現在のラオスという国はフランスやイギリスによる植民地時代の便宜上の分割によるものと言えなくはない。ラオスは1975年独立したがその後も多難だった。そもそもフランスは20世紀以前には山岳の多いラオスは経済発展が見込めないとし、鉄道網も道路もなにも都市基盤を残さず、ただそこには搾取があるのみだった。戦時中に日本軍が一度フランスからラオスを開放して独立を果たすが、自由を謳うのも束の間、戦後にすぐにフランスによって再占領されてしまう。再び行われたフランスの奴隷制度のような占領から、開放のためフランス軍と戦い、独立を勝ち取る。しかし、共産主義化を恐れたアメリカが介入し、爆撃などの無差別な虐殺を行う。べトナム戦争の陰に隠れてしまっているが、ラオス中にその傷跡は未だに残る。多数の地雷が現在も地元民を苦しめているし、当時アメリカ軍に雇われたモン族の掃討作戦(要は逮捕か殺戮)は21世紀の未だにべトナム•ラオス軍によって行われている。



 経済発展といっても何かラオスで特別なことが行われているのではない。現在も国家の80%が他国からの寄付によってまかなわれている。ただし、近年になって資源鉱山が見つかったため、これらの輸出国になることは間違いない。また、ラオスはメコン川によって蔵水力の宝庫であり,開発可能な水力は30,000MWを超えると推定されている。今までに開発されたのはほんの1―2%である。そのポテンシャルが近隣諸国から将来の電力不足に当てにされ,「インドシナ半島のバッテリー」と言われる。そのために各隣国が虎視眈々とラオスを狙っている。
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写真は乾季時なので水が少ないが、雨期には洪水しそうなほど水量が上がる。


 ラオスはヨーロッパにおけるスイスと同じく、山岳国であり、そして強国同士の緩衝地帯でもある。もしラオスが無ければ、東南アジア各地で今も紛争が続いている可能性もある。スイスと同じく、国語はあっても言語もバラバラで、それぞれの場所は強国に近いエリアの言葉に近くなる。政治体制を見れば、ラオスは共産党で、政治的にはべトナムの弟分であり、共産党員になるにはべトナムで半年間の政治教育を受けねばならないという制度がある。

 大学での留学は近年では2/3がタイへ行くと聞いた。べトナムよりもタイの方が多いのは驚き。タイ、、べトナム、、中国の順とのことだ。大学教育においての言語は75年までフランス語で行われ 91年までロシア、それからはラオス語で行われている。しかし、ラオス語は前述したようにそもそもラオ族の言語で50%にも満たない。多様な民族への教育のために漢字が簡潔に、そして韓国語も漢字を無くしたようにラオス語も簡略化して体系化した。ただ、それが韓国のそれよりも格段に簡単にしすぎた。



 ラオス語は75年以前はタイ語にほぼ同じような言語だった。日本語だったらカタカナによってアメリカの言葉や難しい論を取り入れることも出来るように、タイ語でも外国の言葉を取り入れられる、だが、簡単にしすぎてしまったラオス語には概念を説明したり、取り入れたりすることが出来ない。造語がなくなってしまった。経済用語でいう「市場」は、おばちゃん達が売る場所と言う意味以外に何も付加できない言語ということなそうだ。



 となると、教育内容が進歩できない。ラオスは完全なる言文一致をめざした。聞き取る力はあるけれど、読み取る力がない。そして、問題なのは1975年まで様々な言語で話していたのを急速に言文一致にしてしまった。普通にしゃべっている通りに書くと、地域ごとに発音が違うので、ラオス語の表記が違ってくる。標準語があっても標準語が成立していない。ラオス語と英語の辞書が成立していないとのことだ。中国ではそれを解決するためにテレビにはすべて字幕が付き、毎日教育されているのだが、ラオスでは自国の番組がほとんどないし、ほとんど誰も見ていないとのことだ。



 少数民族の立場から見れば、ラオス語という言葉で自分の文化を奪われ、共産主義によって慣習を奪われ、今度は当初の教育はフランス語、今では英語を覚えなくてはならず、商売の面では中国語が強くなるし、娯楽テレビや音楽に関してはラオス語よりもタイ語が流れる。どこにラオスのハートを見つければよいのか。
 正直言って、ラオス語を勉強する必要が本当にあるのだろうか。フィンランドの北部では既にフィンランド語を教育用語とせずに英語で教育されている。現地語と文化を残す必要はあるが、少なくとも文化的背景を同じとしない部族はラオス語を勉強する必要はないだろう。ラオス語教育は僕に言わせれれば国家のエゴだ。



 このように国家として難しい側面を抱えている、一方ラオスの強みもある。
それは基本的に自給自足ができるということだ。暖かく、水があり、山に行けば食料が豊富にあり、自ら食べ物をつくり、家畜を飼い、鉄など使用しなくても家を造ることが出来る。だから飢えることがとりあえず無い。これが、ラオスのおっとりとした性格を生んでいるに違いない。ラオスの舵取りとしては、まず、この環境をいかに担保していくかが基本条件になるだろう。決して、原発に動いてはいけない、他の国よりも必要性が少なく、かつ、万が一のときは犠牲が大きいからだ。
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このような食事を山の中でも山菜をその場で切って造ることが出来る。食器も竹でつくり、すべて現地調達





 環境の担保のためには人口増加の抑制、急激な都市化をさけること、海外からの援助は都市に集中して投下するのではなく各集落に分散型に投下し、かつ、援助は環境の保全(水質、土壌保全、焼き畑に変わる生業の送出、歴史的技術をつかった治水 等)のみに絞る。一方で、鉱山開発とメコン流域の開発は東南アジアとの連携で行う。中国と繋がって開発するのではなく、文化や考え方の近い東南アジア圏での繋がりを強くすべきだろう。拡大するなら大乗仏教圏の国々を結びついたほうがよいだろう。
 いずれにしろ中国がアジア圏における商業を握るであろうから、その流れには乗りつつも、取り込まれない仕組みを構築すべきと思われる。



 この鉱山開発と電気の開発利益を決して誰かの懐に収まるようにせず、貧富の差を生まないように制御できれば、自然環境と最先端の技術が組合わさった新しい国の形が出来るかもしれない。
このようにすれば、ラオスは3週遅れのトップランナーとなりうる。しかし、もしも、現代的な技術や西洋的なものだけを追い求めるのならば、3週遅れ、かつ途中でリタイアしてしまうランナーとなるかもしれない。



 べトナム戦争はイデオロギーの戦いだったが、中東戦争は資源の争いだった。東シナ海、べトナム領土における海底資源が見つかったことで、現在急速に雲行きが怪しくなっている。べトナムでは毎週のように中国への抗議でもが行われ、いっぽうで中国は空母を展開しようとしている。これにアメリカが絡んでくると、、望みたくはないが、戦争が起こりうるかもしれない。
 

 そのとき、ラオスはわずか3日で占領されうるだろう。中国が出資してつくった、中国からの高速道路を軍用に利用したならばそれは可能だ。



 なんて、ラオス人に話してみたら、

「まぁいいから、酒でも飲めやぁ」
なんて言われるだろう。


きっと、彼らの中では未来は彼らの人柄と同じく、いつでも明るく、温かい。



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現地のお酒「ラオ•ラーオ」濃い米焼酎に水を足しながらストローで飲む。村人の家の持ち回りで夕方から、1集落で週に2、3回は開かれる。村々を訪ねると、まず、はじめに飲め招き入れられる。理由などない。すてきな国なのだ


[2011/08/13 17:07] | ラオス | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
ラオス日誌-2「歴史的保全地区における社会的還元」
開発利益の社会的還元という概念がある。

http://www.itej.or.jp/archive/shiten/200905_00.pdfの言葉を借りれば(一部改訂)
港湾、道路、空港など、交通におけるインフラ施設を交通社会資本と呼ぶ。この交通社会資本の整備によって「外部効果」が発生することは良く知られている。すなわち、交通社会資本には、その施設を利用し、対価を支払う人だけでなく、周辺の地価や土地用途も変化させる可能性がある。

 鉄道整備のケースを取り上げてみよう。鉄道が整備されれば、その利用者は目的地への移動時間が短縮することによって便益を得る。一方、鉄道の整備によって沿線の価値が向上すれば、地価も上昇する。この沿線に住んでいる人は、もし土地を売却するとすれば、開発以前より高い価格で売却することができる。これは自分たちが何らかの経済活動を行った結果もたらされた便益ではなく、他者の経済活動によって獲得した「たなぼたの便益(Windfall gain)」である。

 そのような便益は、何らかの形で交通社会資本の整備資金に還元し(「開発利益の還元」)、
適正な所得分配が達成される必要があろう。


 東急や西武などの私鉄は地価が上がることを前提として、鉄道を整備し、土地を開発し、不動産事業と一体となって経営がなされてきた。しかし、そのような企業的な努力とは関係なく、たとえば国民の税金によって造られた鉄道駅の近くに「たまたま」そこに住んでいたという、本人の努力とも関係なく手に入れたお金は、本来国民のために還元されるべきである。決して、働きもしない人間になぜ「棚ぼた」がもたらされるのか。アメリカではそれを社会的に還元する。つまり、「棚ぼた」分の土地の価格ではなく、開発以前の地価でしか当人が取引できないようにするとか、開発利益について税を課徴することが行われている。


 ラオスのルアンプラバン(Luang Prabang)を考えてみよう。現在、急速に観光客が増え、そして、歴史的街並として世界遺産登録されている街にホテルや民宿が乱立している。これにより、街の中にてんざいするお寺のお坊さんが行う托鉢にきちんと参加できる人間がすくなくなり、文化的な体系も壊れてきている。もやは托鉢はデズニーのパレードであり、観光客は僧侶を動物に餌を与えるかのように供物を渡し、渡しざまにフラッシュをたたく。
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 こう街が急速に開発されるのもラオスでは公務員が一ヶ月働いても6000円も給料がもらえないという背景がある。西洋人や日本人の外国人が落とすお金の量が彼らにとって半端無い金額だからだ。だから、その外国人からの収入を奪い合うようにして、街が壊れていく。

 しかし、考えてみてほしい。観光客がルアンパバーンに来るのは、決してホテルに泊まるためでもなく、街に構える旅行代理店に行きたい訳でもない。ルアンパバーンの街並と宗教と密接に結びついた文化というか精神性を楽しみに訪れるのだ。
 現地住民は生活に必死だとはいえ、けっしてお金儲けのために街を壊してはならない。それでも、まだ住民が経営しているなら分かる。けれども、外国人がその街の土地を買いあさり地元にも還元せず、歴史的遺産や文化、街並を商売道具にしているのが許せない。
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だからこそ、はじめの開発利益の社会的還元の話に戻りたい。


 歴史的な街並に住んでいる人も、地価が上がったのも決して自分の努力ではなくて、世界遺産になるほどの遺跡があったり、観光局ががんばって宣伝したからである。住んでいる人はなんの努力をしたのか。外国人から、高く土地を買うからと声をかけられて土地を売却してお金を受け取る。もしも、「開発利益の社会的還元」ノ考え方を応用して、「歴史的街並の保全の利益」みたいな考えをつくり、売却しても5年前ぐらいと同じ金額でしか売れないとしたらどうか。加えて厳しいレジュレーションや土地の分割の禁止、外国資本に対する制約 等等を入れれば少しは、外国人による無節操な開発は減るのではないだろうか。

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なお、お前も写真を撮っているじゃないか!という怒りの突っ込みはもっともですが、ご遠慮いただいております。(笑)
[2011/08/13 00:44] | ラオス | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
ラオス日誌-1「ラオスから学ぶ。」
 ごみ処理で最も厄介なのが生ゴミ。これは多くの水分を含んでいて焼却するのにものすごくコストがかかる。つまり多量の石油資源を投じて生ゴミを燃やしている。

生ゴミを減らすべく、ドイツでは地域コンポスト、日本でも家庭用のコンポストなどが備え付けられて肥料にするなどの試みがされている。しかし、ラオスではもっと手っとりばやく、穀物野菜以外に適用でき、そして有益だ。


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 ラオスの北部の村では豚と鶏と犬が飼育されている。これはタイの村でもそうだし、ミクロネシアのバヌアツでもそうだったからイスラム圏を除く世界的な家畜トリオなんでしょう。僕らの昼飯のもち米の残りを笹の葉に包んで村にもっていき地面に放り投げると、ものすごい勢いで鶏が集まってくる。そして犬もあわてて掛けてきて、恐ろしいほどの米トリ合戦が始まる。初速は鶏のほうが早いのだけれども犬がガツンと追い払って食べる。こちらも少し小さめにちぎって放り投げてやって小さな鶏にも食べさせてやる。

 そう、ラオスの村では残飯は全て家畜が食べてくれるのだ。動きの遅い豚はまとまった食事を出すと犬の威嚇をモノともせず、全て平らげる。食べ方にしてもなかなか違いのあるトリオで、米から野菜、肉まで何でも食べる。残飯は一切残らない。

 そして、なによりいいのは、残飯を食べて育った鶏を食べられること。夕飯は村の鶏を選んで絞めてもらい、チキンスープに。食べ終わった骨は「ポイッ」っと犬に。(本当は鶏の骨を犬に与えると危ないと日本では言うけれど、こちらでは問題ないようだ。)


 日本でも団地にひとつ、共同体にひとつ鶏小屋を作ってはどうか。できれば雑食の豚がいるといいけれど、それは地区が広ければ実践してみたらとしてみたい。当然、学校はいい養鶏所になるだろう。地域と連携すれば巨大な養鶏場も作れるかもしれない。それに子供の教育にもいい。自分で育てて自分で食べる。地域の農家の方に羽のむしり方や痛みのないように締める方法も教えてもらえばいい。

 こうして家畜に残飯を放ることで最も焼却所から嫌悪される生ゴミが一気に減り、地域の食卓に元気な鶏肉が供給できる。過激な意見かも知れないけれど、来る世界的な食糧危機やフードマイレージなど考えれば自分で家畜も育てるのもいいではないか。家庭菜園はもう当たり前になったし、鶏小屋も当たり前になる日が来るかも知れない。

 
 最貧国のひとつであるラオスから学ぶこともたくさんあるのだ。



 ちなみに鶏と豚は家畜として理解できるが、どうしてこんなに犬が多いのだろう?ペットとしては多すぎて食料の無駄だし、、、、、


それはラオスでは問題なし。

そう、

もちろん犬も食べてしまうのだ。



写真はラオス山岳民の食事
国立公園の中で火を焚いて、近くにある竹を切ってお皿やスプーンをつくる。その場でとれた山菜ももちろん入っている。現代人に足りなくなったのは、こうして山で自力で生きられる知識なのかもしれない。
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ラオスの村の子供
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[2011/02/09 22:18] | ラオス | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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