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リオ•デジャネイロ、2014年に向けて
 リオデジャネイロは何度来ても 特別な街と感じる。。海と山も自然も大都市も全て混ざり合い成立している街。海と山と高層ビルのすぐそばに飛行場まである。奇妙だけれども忘れがたい景観。

 リオデジャネイロは2014年ワールドカップと2018年のオリンピックを控えて、街中がウキウキしているかのようだ。
貧困層の問題も以前よりは改善され、リオのファベイラ(貧困街)にはUPP(安全警察)が入ったことで今では安全になっているようだ。特にイパネマ等のビーチ近辺ではイベントを控えて安全な街をアピールするため、政府もプライベートカンパニーも多くの資金を投じている。

一方で、まだまだニテロイ(Niteroi側)のファベイラは危険なようで、オスカー•ニーマイヤーの美術館の崖の上に建った近隣住民施設を見学しようとしたら警察に止められた。30分前に銃撃戦があったとのことだ。貧困層の収入増加率が富裕層と比べてあがっているとは言え、まだまだ、問題が大きい。ブラジルの北と南では教育レベルも異なるし、まったく違う国民が混在しているかの様だ。
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現代美術館(MAC)
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崖の上の公共集会場




 今回のリオでは4年前に街で偶然出会ったブラジル人の住宅にお世話になった。4年の間で二人は結婚し、男性の方はソーシャルメディア広告会社のCEOとして活躍していた。当たり前のことだけれども、誰もが知らない間に、今、この瞬間にも70億人分の物語が生まれている。
 彼の会社はまだまだ小さな事務所ではあるけれども、若い社員が10人程楽しそうに仕事をしていた。次々と新たな若い仕事へのエネルギーが生まれてきている。
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上海で知り合った友人(台湾人、アメリカ人)とも合流。ブラジルの会社に勤め始めたらしい。人が動く時代ではあるけれど、他にもサンパウロにも移動した友人もいた。ブラジルは成長が約束されている国だ。活気がある国には人が集まる。そして当たり前のことだけれども、人が集まれない国にも活気は生まれない!
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[2012/11/07 02:13] |  -ブラジル | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
音楽で決まるブラジルの市長選
ブラジルの小さな街アントニーナという街
クリチバから車で東に1時間半ほどいったところにあり、世界遺産(自然遺産)として登録されている「大西洋岸森林南東部の保護区群」にも近く、街のすぐそばにはマングロープの樹林が広がっている。

17世紀には金銀を運び、現地労働者を搾取するため、また湾の奥地にある防衛的な機能もあり開拓がはじまり、1714年にアントニーナとして街が形成された。19世紀始めからはブラジル•マテ(マテ茶)等を運ぶ為の湾に面した港街として栄えた街ですが、20世紀半ばには深度の問題で湾の主要港は他の街に移り、1976年には列車も廃止されました。観光ルートからもはずれ、いまでは何もないと思われているような静かな街。

そんな街だが市長選の時は騒がしいお祭り状態になる。

たかが選挙と思うけれども、まるで全住民がそれぞれの候補者の陣営に立って戦うかのよう。
朝から大きな旗をもった市民が立ち、夕方になれば花火があがって集会が始まる。
特徴なのはさすがはブラジル、音楽の善し悪しで市長が決まる。
車を改造してスピーカーを詰め込み、爆音を挙げての候補者の宣伝音楽。
そこには政治的な主張はないのがポイント。


それぞれの立候補者に番号が与えられ、「♪アイヨウヨー♪ にじゅう~♪エレナっ!エレナ!♪」って感じで音楽と一緒に番号が頭に刷り込まれる。音楽で決まる選挙って、音楽の国ブラジルらしい。確かに、新しい市長になった候補者の音楽が一番頭に残ってる(笑)


異常な数の応援団。何処からお金が出ているのだろうか。
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爆音改造
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超爆音改造、トラック全てがスピーカー
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さて、こんな田舎でどうしてこんなに選挙活動が盛んなのか。まるで住民全てがそれぞれの市長候補派に分かれて戦っているかのようだ。たしかに1週間で100レアル4000円ほど貰えるとのことだけれども、1週間だったらそんなに高い値段じゃない。どうしてだろうと考えていたらヒントを貰った。

 このアントニーナは2011年3月11日に豪雨によって地滑り災害が起こったように自然災害の多い土地。以前の市長によって展望台が作られたが、整備もなく崩壊し、それまでの道も寸断されてしまった。現在の市長は過去の市長の行ったことは、過去のものとして気にしていないらしい。この展望台を作るのに多くの資金をつかったと思うのだが、維持費ならそうお金が掛からないはず。

 そう、新規の建築工事であれば多額の工事となり、おそらく市長へのキックバックが発生しているのだろう。実は2013年より、ペトロブラス(ブラジルの国営石油会社)による港湾工事が発生し、その工事に直接関わる人員だけで1500人もの労働者がこの小さな街にやってくる。この利権を誰が得るのか。

 今回の市長選が大きなうねりとなっているのは、こんな背景もあるのだろうか。
[2012/10/28 22:57] |  -ブラジル | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
帰国/旅の終わりに
 日本を発って9ヶ月半。駆け足、表面的ではあるけれど48カ国の国々を巡った。以前の旅行と合わせると計約一年半で66カ国を巡った事になる。世界には193の国があるので、単純計算して世界の1/3を眺めた事になる。


その中にはたった一日しか滞在しなかった国もあるし、それらの国々を理解したとは決して言えない。研究室時代に研究していたベトナムでさえ理解からはほど遠い。母国の日本ですらそうだろう。


 道中、様々な国の人と出会い、語り合った。もちろん様々な発見もあるし、心から人に触れ合った。本当に楽しかったし、本当にいい旅だったと言いきれる。この9ヶ月半の全ての日を鮮明に思い出せる。一日として忘れられる日はない。
 しかし、どんなに楽しくても旅は所詮「旅」でしかない。自分探しの旅なんて聞かれることもあるけれど何も変わらない。30歳近くなって人が劇的に変わることはない。僕は僕のままだ。また、建築と都市計画の道をしっかり歩んでいきたい。


 忘れることの出来ない多くの思い出と各国で出来た友達がこの旅で僕が得た財産だ。また、世界を眺めていく中でいくつかの視点を得られることが出来た。それから少々の知識。当たり前のことばかりのような気もするが某美禄として思いつくものを列挙しておきたい。


「国土と人口」
 国を知るときにはまず国土(気候、面積、天然資源、農地、対他国位置、港etc)と人口(人口、人口比率、民族構成、人口増加率etc)の2つに着目する。この2つはその国の歴史理解や現状分析、これからの問題点を読みとくのに実に役立つ。
 この組み合わせでまず考えられる事は国民が飢える事なく食べていける国かどうかだ。気候は農業に適しているか、人口に対する農地面積はどうか。人口増加に対する農業対策は万全か。これが達成できていない国は本質的に安定を欠く。土台が落ち着かないままに戦略的な国家運営を強いられるからだ
 今日の世界恐慌で資源に頼らない経済のもろさが改めて露呈した。アイルランドなどがいい例だ。資源等のない国は資本主義経済の中で流通を回す側、資本を集める方向に立ち回る。アイルランドは漁業などが中心のEU内の最貧国の一つであったが株等の資金を集める事によって金持ち国家になった。しかし、今では恐慌による煽りを120%受ける事になる。

 資源のない国は国家の運営方針を明確に定める必要がある。国民を食べさせられるけれども、資源のない国は工業国になる、貿易の中心地になる等の選択が求められる。資源のない国ほど他国との関係もより重視しなくてはならない。これはアラブ世界で国家ごとの違いが顕著だった。UAEやオマーン等の産油国とヨルダンやエジプトでは政策がまるっきり異なる。
 国家運営は国が世界のどこに位置するかによって立ち振る舞いが異なる。どの地域に国が属しているか、ハミルトンの「文明の衝突」ではないが地理的な文化圏も関与してくる。

 実際に国の土地を見て、国土と人口の将来統計資料をちょっと片手に置くだけで世界が見えてくる。現状だけを見て考えるよりもずっと見えてくる。日本の国土は約38万k㎡。タイの3分の2ほど。人口は1億2千万人で世界の人口の1/50ほどを抱えている。けれども世界の人口が100億へと到達するとき日本の人口は7000万人ほどになっている。比率は1/140ほどになり、日本人は世界人口に対してマイノリティになる。
 温暖で多様な気候帯をもち、土壌も優れている日本の国土は世界でも最も恵まれた環境の一つ。そんな国が50年後マイノリティの国民(日本人)に占有されている状況となる。このとき世界の人口密度は過密しているのに対してだ。これは世界にどのように映るだろうか。


【普遍化する世界】
 言うまでもなく近年の世界の変化はめまぐるしい。モノもどんどん流通する。人も街も景色がどんどん変わってきている。中国など3年行かなければすっかり変容している。美しい街や土着文化が残っていると言われた村も世界中同じようになってきている。どんな奥地の民族でも民族衣装の下にはアニメやプロレスラーの写真がプリントされたTシャツを着ていたりする時代。世界は確実につまらなくなっている。しかし、それを意識する事が大事だ。その上で自らの文化を真剣に考える事だ。


【染み付いた慣習】
 街が新しく建て替えられ、大量にモノが入れ替わっていく一方で人の慣習はなかなか変わらない。例えば、衣装は変わっても食べ物は変わらない。目に見えるものが先に変わっていく。人の慣習は姿/形が変わっても残り続ける。そこにズレがあるときはそこから考えていけばいい。ズレが完全になくなる前に姿/形を土地に合うように変化させる事が出来る。世界にはそれがまだ間に合うところがあるのだ。


【文化と形式化】
 慣習というのは人の体に染み付いたものだ。その慣習は土地、風土によって生み出されたものだ。すべてのものは風土から生まれる。建築も宗教もだ。それが度のかのタイミングで形式化(ないし様式化)されると風土に関係なく伝播していってしまう。それが過去においても、現代に置いても世界を普遍化させている。いい意味でも悪い意味でもだ。


【故郷】
 人の望郷心も最後まで残る。そこに住んでいる人は郷土愛といってもいい。土地に対する思いはなにも経済的な理由からくるものだけではない。人の心。自分がその土地の人間であることを切望する表れとしか言いようがない。人は土地を離れない。引っ越しは実はごく一部の人間のためである。
 人が土地に固執するが故に争っていることも多い。例えばパレスチナ。ここで彼らの思いを聞いて歩いた。あの状況でも自分の土地を愛している。自らの土地と信じているからだ。これまで住んだ事がない子供世代でも土地に執着しているのは驚きだった。そもそもイスラエルは自らの土地と狂信するユダヤ人の望郷心が湾曲した形で示した結果だ。人は本質的に土地に寄り添い、故郷にしがみつく生き物なのかもしれない。


【共通知】
 人類は突き詰めていくとアフリカのたった一人の女性に行き着くらしい。人類はたった一人の人間だった。人は共通知を持っている。各地の文化財や遺跡を見る中で人間は60億人という種族全体で一つの生物なのかと考えこむこともあった。ある文化と遠く離れた土地に同じような文化があったりする。人は頭の奥深くに遠い記憶を共有していると僕は信じる。人は同じ環境下では同じような構築の意思を持ち、霊的(と思える場所)に宗教施設を構築している。土着の文化を知れば知るほど、人間が共通の何かによって動かされているような気がしてくる。科学の発展の中で、この共通知を意識しなくなっている。共通知は私達の中にもある。それに意識を傾ける事で自分の中にある「人の本質」に近づけるのではないか。自分は意識の底で世界の人間と繋がっている。旅こそが、その深い意識の片鱗に近づくことができる手段のように思う。


【宗教対立ではなく経済問題】
 世界の動乱は宗教ではなく経済格差が生み出している。世界の全ての人が豊かでお腹いっぱい食べられていれば戦争など起こらない。限りある富を巡って圧力を掛け合い、不平等が起こり、テロや戦争が起こる。イスラム原理主義もその母体となるイスラム貧困層の不満がなくなれば支持基盤を失う。狂気的な一部の集団は残るとしても、本質的には自然と消滅する。
 イスラエルですらパレスチナ人とユダヤ人の収入が全く同じであったならば状況は大きく変わっているだろう。


【根深い民族問題】
 国家はNATIONと書く。一方でNATIONとは民族をも意味する。つまり国=民族であると日本語では書く。しかし、文化情報共同体である民族が必ずしも一つの統治機構を持ち得るとは限らない。しかし、これにヤルタ会議で示された1民族1国家の考え方が国と民族を同一化させようとうする。実際には不可避である統治機構作りによって限られた土地を民族間で奪い合う事になる。そしてこの問題を非常に根深い。民族間が重ねてきた憎しみの歴史があるからだ。民族など意味はないと日本人は単純に考えてしまうが、それは逆に日本が単一民族国家という特殊な国であることを意識する必要がある。パレスチナ、コソボ、クルド人、セルビア、、、宗教対立よりも民族対立の方が感情に基づくものだ。民族問題など関係のなさそうな国でさえ、貿易の量が減ってしまったり中立国の会社が入る事で流通していることがある。民族問題とは少し異なるが、日本人がアジアでどのように考えられてきたか意識して立ち振る舞う必要がある。


【日本人の特質性】
 日本人の文化が生活、慣習だけなくほぼ単一民族であるがゆえに国の在り方まで強く影響している事も自覚する必要がある。日本人の特質から派生したものとして「制度疲弊」がある。制度だけが固く立ち上がってしまって、意味のない重荷を日本人全体が背負われている。最近の簡単な事例で言えば駐車違反。まったく取り締まる事の必要のない場所でも捕まえるということがある。駐車禁止以外の解決策も考えずにだ。
 また対人疲弊も日本の特質からくる。村的社会、他人との付き合いの中でよけいな仕事をしている状況も脱せてない。会社同士の関係でも、一方が無料奉仕させられるような状況は特殊だと言っていい。例えばある事業者が複数他社に声をかけて仕事をさせる、争わせて一社を選ぶというのは、局所的には成功するが他の多くの労働者がただ働きするというのは、日本全体の国力低下であると理解しなければならない。日本は世界でも最も優秀な国ではあるが、労働効率は世界最低でもある。



 知識は自らの体験によって本物の知になる。仏陀は説法の中で知は3段階あるという。聞いた「知」、教わった「知」、そして体験した「知」だ。世界はなにもテレビや本の中にある訳ではない。うっすらとでも世界を眺めて旅をするというだけでも世界の捉え方は本物になる。(と思う)


 これからは日本で少しでもこの「知」を生かしたい。自分の中に残っている旅の感覚も役に立てたい。帰国時ですら日本に「帰る」というより日本に「行く」という感覚だった。今、日本が新鮮だ。そして日本の都市のいいところ悪いところを旅立ち前よりも見る事が出来る気がする。都市計画に関わるものとして世界と比較しながら考える事が出来るのは(直接役に立たなくても)面白い。自分の仕事がもっともっと楽しく、好きになりそうだ。


今日も世界のあちこちで人が毎日を生きている。

アンデス山脈でリャマを追う子供、

広場で太極拳をいそしむ中国のおばちゃん、

パレスチナ解放を目指して戦う戦士、

嘆きの壁の前で頭を振り続けるユダヤ人、

オープンテラスでワインを楽しむイタリア人、

ゴミを拾い集めるブラジルのストリートチルドレン、

砂漠の空の下で眠る遊牧民、

みんな今日を生きている。一生懸命に毎日を。

僕も彼らを感じながら一生懸命生きたい。同じ空の下、繋がっているのだ。



世界は今日も動いている。
GJスケッチ後ろ姿
[2008/11/15 19:45] | 世界一周旅行 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
【081112】パンガン島フルムーンパーティ
 パンガン島はタイの南の半島、東側にある。バンコクからバスで8時間+フェリーで2時間ほどの距離だ。近くにあるサムイ島、タオ島に比べて小さく、観光資源もあまりない。人口は約1万人、面積は 168k㎡ほどでサムイ島の2/3ほの大きさだ。このパンガン島を有名にしているのがフルムーンパーティだ。パーティが開催されるときには1万を超える外国人が押し寄せる。物価は跳ね上がり、ホテルは埋まる。もともと1990年代始めに半島の先端にあるビーチの1つのゲストハウス(兼バー)が始めたパーティだった。この規模がどんどん大きくなって、そのビーチ全てがパーティ会場になった。


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 何も観光資源を提供していないのに毎月の満月には多くの人が集まる。これはすごい事だ。日本でも夕日が美しく見える丘と名を打ってコンサートするというまちづくり事例がある。四国の双海(ふたみ)町下灘駅はコンサートを初めて24年にもなるはずだ。それを考えるとパンガン島はフルムーンパーティによる まちづくりに成功したといっていい。日本でもお台場などでレイブパーティなどが行われているが、その収入を考えるともっと地方や離島の役所はレイブを観光客誘致に役立ててもいいはずだ。


 パンガン島のレイブはそりゃぁ凄い。火をつけた大縄跳び、リンボーダンス、異なる音源は5、6カ所ある。飲むにはいい雰囲気だし、名物のバケツカクテルもいい。これは小さなバケツにラムやウォッカ、コーラ(などの炭酸)、レッドブル、氷を入れた飲み物。豪快にそして皆で楽しめるクレイジーな飲み物だ。ここで踊ることは若いバックパッカーの楽しみの一つだ。

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パンガン島名物(?)大火縄。めちゃくちゃ楽しい。しかし、みんな酔っぱらっているせいかすぐ引っかかる。もちろん私は一度も引っかかりませんでした。

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バケツでカクテルを作る。これはタイ全土で飲めるようになってきている。アホな飲み物です。



しかし、若干不安はある。音源の連帯感のなさ。踊るスペースと歩行スペースが混在して踊りにくい事、観光地的になりすぎたのか踊っている人が少ない事、街全体のサービスの低下(ぼったくり等)、夜間にビーチの清掃がない事、などなど個人での儲けを優先しているのか、パンガンのフルムーンパーティ全体を運営する組織が浮かんでこない。満月はどこでも一緒に見える。はっきり言ってパンガン島でやる必要はないのだ。と、考えるとフルムーンパーティというイベントを大切に育てないと貴重な観光資源がなくなってしまう。島の住民はその単純なことに気付いているのだろうか。

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* **
いやぁ~、なんだかんだ言っても楽しかった。最後にハッチャケてきました。馬鹿のように踊り狂って、うん、楽しかったぁ。今度はもっとディープなハーフムーンかブラックムーンにでも行ってみたい。

 また、この満月の日はローイ・クラトーンというタイのお祭りの日だった。夕方、現地の人と一緒に草で作られた灯籠を流した。水と共に生きる国の美しい慣習だった。


[2008/11/12 19:21] | 世界一周旅行 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
エベレスト.トレッキング
合計11日間のトレッキング
カトマンズを出て、フライトでルクラへ。
カラパタール展望台、エベレストベースキャンプ、チョルラ峠を越えてゴーキョピークを回る。
チベットで高地順応していたとはいえ、ガイドブックの案内より5,6日は速いペースだった。実際にほかのツアー客はカラパタール展望台往復だけで19日かけているツアーもあった。

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このエベレスト街道のトレッキングはすばらしい。金色に輝くエベレスト、眼前に広がる8000m級のピーク群。最高だった。ネパールトレッキングで一番人気があるというのもうなづける。
誰に聞いてもアンナプルナ方面よりいいというので、なおのこと大満足。
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ただ、このトレッキングルートには日本人の若い人がほとんどいない。時間がかかることや防寒装備がちょっぴり必要なこと、フライトのお金がかかることなどで敬遠されているのかもしれない。日本から来ているのはおじいちゃん、おばあちゃんのリタイア組ばかり。

こんないい季節、最高のトレッキングの場所に日本の20-50代はいないのだ。たった2週間の休みが取れないからだろう。日本の社会はやはりどこか歪んでいるのだろうなぁ。と、改めて実感。

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今回の旅、時間がたくさんあったのでたくさんスケッチをした。しかし、最終日、見事になくした。
空港でこれから登山をする旅人に、なくした可能性のある場所を伝え、お金を渡した。
運がよければ日本に送ってもらえるだろう。やはり、記憶は自分の頭と体にだけ残るのかもしれない。
残念だが、それでいいのだ。

[2008/11/04 01:50] | 世界一周旅行 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top
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